はた迷惑な異世界召喚(中編)
「kdgSi3ovuey。43りiodda!」
すぐ近くでなにかを唱えるような声がした。
一体なにが起こったんだ? 俺はゆっくりと目を開ける。
「......!」
俺の足元には、未だ魔法陣が展開されていた。
ただし、色は青色で紋様も先ほどのものとは少し違っている気がする。
「これは......プロジェクションマッピングとかいうやつか?」
それ以上に現実的な答えを見つけられず、俺は呟いた。
流石にこの歳で最近のおもちゃ事情には詳しくないが、現代の技術進歩は目覚ましいし、床にそれっぽい魔法陣を描くおもちゃくらい案外そこら辺で、売っているのかもしれない。
とはいえ、いくらジジイでもこんなものを買うとは思えないしな──────
そんなことを考えながらふと、顔を上げる。
と、そこで、
「なっ......!」
俺は限界まで眼を見開いた。
どうして今まで、気づかなかったのだろうか。先ほどまで、自分が居たはずのオンボロアパートの一室が何故か、立派な教会の礼拝堂らしき空間になっていた。
俺は慌てて周りを見渡した。足元の魔法陣は既に消えている。
内装は見事なものだ。年季が入っていて、ところどころほこりを被ってはいるものの、壁や天井には豪華な装飾がなされており、正面には大きな祭壇が置かれている。
祭壇には大きな像が祀られていた。
その像を見て、俺は思わず自分の目を疑う。
「め、女神エリアス......?」
家の祭壇に祀られている像とは素材や大きさ、作りこみまで、明らかに違ったが、間違いなくそれは、祖父が毎日祈りを捧げている、エリアス教のご神体、女神エリアスの像であった。
「そうじゃ、あれこそが我らエリアス教徒の信仰する慈愛の神エリアス様じゃ」
いつの間にか俺の横にいた老人が言った。老人はほとんど絶滅しかけている頭部とは対照的に立派な髭を蓄えており、少なくとも70は超えているように見える。
それにしても、我らが信仰するだと?
「誰だ爺さん? うちのジジイの知り合いか?」
俺が知る限り、エリアス教の信者は祖父以外にはいない。奇跡的に布教活動が上手くいき、新しく信者ができたのか、それともこの老人は俺が把握していない遠い親戚なのか。どちらにせよ、世界でも10本の指に入るくらいのマイナー宗教であるエリアス教を信仰している時点で祖父と知り合いである可能性は限りなく高い。
それにしたって妙だ。エリアス教がこんな立派な教会を持っているなんて話は祖父からも聞いたことがない。昔は今よりはまだ信者もいたらしいが、それでもマイナー宗教であるエリアス教にそんな資金があるとは思えないし、それ以前に俺はさっきまで自分の家のアパートにいたのだ。どうして、こんな教会に瞬間移動している?
「おっと、これは失礼」
老人はゴホンと咳払いをする。そして、大きく胸を張って言った。
「わしの名は、ブライ=バーンズ! お主をこの世界に召喚した偉大なる大賢者よ!」
なるほど。痴呆症の爺さん。ブライ=バーンズか。イカン。この爺さん役に立たんぞ。この分だと本名を言ってるのかも怪しい。
俺は、即座に老人に背を向け、教会の出口と思しき扉に向かって歩き出す。
「おい待て! 一体どこに行くんじゃ!?」
後ろから聞こえる声を無視し、俺は外へと続く扉を開いた。扉の隙間から暖かい光が漏れてくる。そして外の景色を見て、あまりの衝撃に俺は絶句した。
「な......! あ......あ......!?」
目に映ったのは一面の青と緑の世界。俺のいる教会は周りより少し高い丘の上にある様で、眼前にはどこまでも青空と森のコントラストが続いていた。景観を害する建物はなく、人間の手など何一つ加わっていない。本来あるべき自然の姿。俺の生まれ育った東京ではこんな景色は見ることはできないだろう。そう、東京では決して......
「ど、どこだここは!?」
テンパりつつ、辺りを見渡すと自分のすぐ横に看板が立ててあることに気づいた。とりあえず、正面に回って、看板を見てみる。だが、看板には漢字とも、アルファベットともハングルともアラビア文字ともつかぬ文字が書かれており、なんと書いてあるか読むことはできなかった。
クソッ! どういうことだ!? そもそも、ついさっきまでは日が落ちていたはずだ。意識を失った記憶はないが実はもう白い光に包まれてから、何日も経過していて、その間に見知らぬ国に連れてこられたとでもいうのか?
「まあ、落ち着け。ここはラバンディエーラ王国の辺境の土地。お主1人ではどうすることもできんぞ」
後ろから、先ほどの老人が歩いてきた。俺は老人につかみかかる。
「おい爺さん! ラバンディエーラ王国ってどこだ!? 何州だ!? 何大陸だ!?」
ラバンディエーラ王国。そんな国は聞いたこともないが正直俺は地理、というか学問全般が苦手なので、存在しないと断言することもできない。
「だから、落ち着けと言っておるじゃろう。先に言っておくがここはお主たちが住んでいた世界ではない。お主はわしの手によってこの世界に召喚されたんじゃ」
「だからわけわかんねぇこと言ってんじゃねぇ! そりゃ爺さんもいい年いってそうだから多少ボケるのはしょうがないが、なんでそんな中2病的なボケ方をしちま......」
言いかけて、俺は、昼休みに柘植が言っていたことを思い出した。
『とにかく主人公が剣と魔法のファンタジーの世界に飛ばされて、神様辺りからもらったチートスキルで無双して、ハーレムを築くのが今時の流行りなんだよ』
......ふふっ。俺は思わず苦笑する。何を考えているんだ俺は。それは小説やアニメの世界の話だろう。いくら、非現実的な体験をしたからといってそれをいきなり、そんな話に結び付けるのは、いくらなんでも論理が飛躍しすぎている。
俺は老人から手を離すと、きわめて冷静に言った。
「よし、わかった爺さん。仮にアンタの言うことが本当だとしよう。それでも、やはり俺としてはここが異世界だと確信できる確固たる証拠が欲しい。で? アンタはその証拠を俺に示せるのか?」
「示すもなにも証拠ならお主の上にあるぞ」
あっさりと老人は言った。
「へ?」
俺は言われるがままに頭上を見上げる。
空には月が浮かんでいた。
俺は天文学者ではないため、正確なことはわからないが、その月は、明るさ、大きさ、色共に俺たちが日ごろから見ている月と何ら変わりがないように思えた。それでも、1つだけあえて、補足しておくならば......
月は2つあった。
「......マ、マジかよ」
俺は、引きつった笑いを顔に浮かべたまま呟いた。
「そうか。信じてくれたか」
俺たちは教会の礼拝堂に戻ってきていた。老人(ブライだっけ?)は信徒席に腰を掛けている。
「まあ、あんなもん見せられたら信じるしかねぇだろ」
「それを聞いて安心したわい。正直すぐに信じて貰えるか不安じゃったからな。いやーよかった! よかった! アーッハッハッハッハッハ!」
「アーッハッハッハッじゃねぇ......! も・ど・せ......! 今すぐ元の世界に戻せぇ......!」
俺は両拳でブライのこめかみを挟み込み、グリグリと締め上げる。
「なにが目的だジジイ! あれか!? 他の世界から人間を連れ去ってきて人体実験の材料に使うとかそういうやつか!?」
「ぐ......おお.......ち、違う! わしは、お主にこの世界を救って貰うためにお主をこの世界に召喚したんじゃ!」
苦悶の声を上げながら、ブライが答えた。
「はぁ?」
俺は、拳から力を抜き、ブライを開放する。
「エリアス教に伝わる大英雄スタークの伝説は知っておるな」
ブライはこめかみを抑えたまま言う。
「ん......ああ」
「お主は、スタークの伝説を空想だと思っていかもしれんが、あの伝説は、創作などではない。スタークとは今より1000年前にこの世界に実在した人物じゃ」
「!? あ......あぁ!?」
何言ってんだこのジジイ? と思わずにはいられなかったが。ブライはそんな俺を気にせず話を続ける。
「スタークは伝説の通り、女神エリアス様の祝福を受け、魔王軍と戦い、大魔王スパーダと配下の四天王を封印した。だが、世界が平和になった後も、スタークは次元を超え、他の世界へと渡り、その力を平和の為に振るい続けたのじゃ」
「ちょっと待てよ爺さん。確かに興味深い話だが、俺はなんで、自分がこの世界に召喚されたのかを知りたいんだ。スタークの生涯なんて聞いてねぇよ」
俺はブライの話に口を挟む。
すると、ブライは、右の手のひらを俺に見せ、
「まあ、聞け。わしは、謎の多きスタークの生涯に興味を持っていてな。様々な手がかりから、スタークの足跡を追っているうちに、ある2つ事実を突き止めることに成功した。1つはスタークがお主の住む世界に来ていたこと」
ブライはそこでもったいぶるかのようにタメを作る。そして......
「そして、もう1つは......お主らシロガネの家の者たちがスタークの子孫だということじゃ!」
「......は、はぁ!? お、俺が......スタークの子孫!?」
いきなりの衝撃の事実(?)に俺はたじろぐ。
「ちょっと待てよ! 俺は特別身体能力が優れているわけでもないし、めちゃくちゃ傷の治りが早いわけでもない、れっきとした一般人だぜ。なにかの間違いじゃねぇのか!?」
俺はブライに食って掛かる。既に常識もクソもあったもんじゃないが、いきなり異世界に召喚されて、その世界にも自分の家のマイナー宗教が存在していて、挙句の果てにその宗教の伝説に出てくる英雄が自分の先祖だったなんて、流石にちょっと話についていけない。これでも、いっぱいいっぱいなんだよ。
「いや、間違いない。お主を実際にこの世界に召喚して、確信した。自分では気づいていないかも知れんが、お主の中には莫大な量の聖法力が眠っておる!」
「聖法力?」
「聖法力とは、スタークが女神エリアスから与えられた特別な魔力のことじゃ。本来、次元を超えて他の世界に干渉するというのは、いかに大賢者のわしといえど容易に行えることではない。だが、ある時、ここより遠い世界からとてつもなく大きな聖法力の波動を感じたのじゃ。そして、その聖法力を辿っていくうちにわしはお主の世界、そしてお主を見つけたんじゃ」
俺の中にそんな力が? いや、仮にそれが事実だったとしても、まだ納得できないことがある......
「どうして、俺なんだ? 仮に俺がスタークの子孫だったとしてもスタークが俺たちの世界に来たのは1000年も前のことだぜ。だったら俺以外にも何千人もスタークの子孫はいるはずだろう!?」
「いや、その可能性も考えて、お主の世界の魔力を探ってみたが、お主以外に魔力を持つ人間を感知することはできなかった。もしかしたら、聖法力の遺伝にはなにか制約があるのかもしれん。とにかくスタークの聖法力を受け継いでおるのはお主だけじゃった」
にわかには信じられない話だ。というかさっきからぶっ飛んだ設定のオンパレードでいまいち話についていけない。
主人公の血筋とかって、もうちょい終盤で明らかになる設定じゃなかったか?
だが、まあ真偽のほどは置いといて、話は見えてきた。
「スタークによって魔族のほとんどはスパーダとともに封印された。だが、ここ最近生き残りの魔族の動きが活発化しておる。国王は今更魔族に大したことはできんと、楽観視しておるが、わしには、これがなにかとんでもないことの予兆に思えてならん。だが、わしにはもう魔族と戦いに身を投じるほどの体力もない。そんな時、スタークの聖法力を受け継いでいるお主を見つけ、お主なら魔族と戦い魔族の企みを突き止めることができるかもしれんと考え、お主をこの世界に召喚したんじゃ! 頼む! どうかその力で魔族がなにをしようとしているのか突き止めてほしい!」
「こ・と・わ・る!」
俺は両手を交差させバツ印を作り、即答した。
「な、なんじゃと!? 貴様! 生い先短い老人の頼みごとが聞けんのか!」
「やかましい! 勝手に召喚しといて、いきなり魔族と戦えとかなめてんのか! なにが異世界召喚だ! ただの拉致だろーが!」
「命の心配ならいらんぞ! お主の力ならまず大抵の魔族は相手にすらならんはずじゃ! 適当にそこら辺の魔族を倒して、企みを吐かせて、それを阻止してくれれば、それで終わる! 世界を救えばハーレムだって築けるぞ!」
「そーいう問題じゃねぇだろジジイぃ! こっちの事情も考えずにいきなり召喚しやがって! 高校の出席日数たりなくなって留年になったらどーしてくれんだ!」
うちは貧乏なんだ。ただでさえ学費の捻出に苦労しているっていうのに、さらにもう1年分余分に払うことになったらうちは破産してしまう。
俺はブライの胸倉を掴んだ。召喚できるってことは、元の世界に送り返すこともできるはずだ。ていうかできなかったらぶっ殺す!
「で、できないこともないが、今は無理じゃ。異世界へ生物を転移させるには、莫大な魔力が必要になる。わしもこの無尽蔵に魔力を貯めこめる国宝のマジックスタックに2年間毎日、魔力を注ぎ続け、お主を召喚する魔力を貯めたんじゃ。再び魔力を貯めるにはまた2年かかる」
「に、2年だと......!?」
2年。留年は確定。例え休学扱いになっていたとしても退学にならないかギリギリの期間だ。なんて中途半端な期間なんだ。いっそのこと一生戻れないとかだったらまだ諦めもついたというのに。というか学校以前に元の世界はどうなっているのだろうか。なんの前触れもなく、いきなりに高校生が行方不明になったとしたら、まず大事件になると思うのだが。もし仮に2年後、元の世界に戻れたとしても、俺、もう元の生活には戻れなくないか?
考えれば考えるほど、出てくる懸念事項に、思わず気が遠くなる。
......もういいや。どうにでもなれ。
「お主に宿っている聖法力は、長い間使われなかったせいで今は完全に眠っておる。だから、他の聖法力と反応させることで、聖法力を目覚めさせてやらなければならん」
俺たちは、地下へと続く長い階段を降りていた。なんでも、この下の部屋に俺の聖法力を目覚めさせるものがあるらしい。
別に魔族を戦うことを了承したわけじゃないが、自分の中に眠っている力のほどは確認しておきたい。そういうわけで、俺はブライに続いて階段を降りている。
「つーかよ。アンタは俺の中の聖法力とかいう力を感じ取って、遠い世界にいる俺を見つけたとか言っていたが、俺の中の聖法力が眠っているっていうんならその聖法力を感じ取ることもできないんじゃねぇのか?」
「確かに普通はできん。だが、わしは、魔力感知を得意としておるからの。放出している魔力だけでなく相手の奥底に眠る潜在魔力も敏感に感じ取ることができるんじゃ」
ブライは自慢げに言った。
ふうん。なんかだかよくわかんねーけど、ファンタジーの世界にはファンタジーの世界独自のお決まりごとがあるってことか。
俺は適当に自分の中で補完し、納得したことにする。
そういえば、話が変わるがこの世界では総人口の95%の人間がエリアス教を信仰しているそうだ。まあ、信仰対象である女神エリアスの祝福を受けたスタークが実際にこの世界を救っているのだから、そう意外でもない。うちのジジイが聞いたら喜びそうだ。いや、かなりウザい調子の乗り方をするにちがいない。元の世界に戻っても、エリアス教のことや俺たちがスタークの子孫だということは黙っておこう。
「着いたぞ」
階段の先は小さめの体育館ほどの広さの殺風景な部屋だった。壁には、青白い火を灯す蝋燭が固定されており、部屋の奥には棺桶ほどの大きさの箱が設置されている。
近くによって見ると箱には鍵穴らしきものがあった。ブライは懐から、妙にゴテゴテした鍵を取り出すと、鍵穴に差し込み箱を開けた。
「これが、スタークが女神エリアス様から授かった聖剣アーガストじゃ」
聖剣と聞いて、俺は最初、きらびやかな装飾が施された神々しい直剣の様なものをイメージしていた。だが、そこに入っていたのは、俺の身の丈よりも大きい武骨な片刃の大剣であった。
「持ってみろ」
「お、おう......って重っ!」
手にかかった重量に、俺はすぐさま手を離す。
これ100kgは軽く超えてるぞ。
スタークってのは、ゴリラかなんかか。
「理由はわからんが、スタークは他の世界へと渡る際に、聖剣をこの世界に置いていった。この聖剣にもお主の中に眠っているものと同じ聖法力が宿っておる。この聖剣の聖法力とお主の中の聖法力を反応させ、お主の中の聖法力を目覚めさせるのじゃ」
「反応させるって......具体的にどうするんだ?」
「簡単じゃ]
ブライはそう言って、聖剣を指差す。
「この聖剣をお主の尻の穴に指し、直接聖法力を注ぎ込む」
「ちょっと待てぇええええええええいっ!」
あまりにも猟奇的な覚醒方法に俺は思わず、叫んだ。
「ん? なにか問題があるか?」
「あるに決まってんだろ! んな馬鹿でかいモン、ケツに突っ込んだら2度とウ〇コできない体になるだろーが!」
「しかし、聖法力の波動を感知した限り、お主の聖法力は下腹部に眠っていてのう。聖法力さえ目覚めれば、お主は誰にも負けない強靭な肉体を手にすることができるが、口から注いだ場合、聖法力が目覚める前に上半身の臓器が聖剣の聖法力に耐え切れず、絶命する可能性があるぞ」
「そんな危険なモン人のケツに突っ込もうとしてんじゃねぇ! ていうかそれケツに突っ込んだところでケツから死んでいくだけだろ!」
「心配するな。尻から聖法力を注げば、聖法力が肛門を焼き尽くす前に、お主の中の聖法力が覚醒するじゃろうから、おそらく、軽度の切れ痔ができる程度で済む。まぁ、運が悪ければ肛門が消しず......とにかく大丈夫じゃから、安心せい」
「できるか! 今消し炭って言いかけたろ! 絶対、消し炭って言おうとしてたよなぁ!? オイ!?」
俺が怒鳴った瞬間だった。
突然、地下室に轟音が鳴り響いたかと思うと、爆発とともに地下室の天井の一部が勢いよく吹き飛ばされた。
今度はなんだ!?