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3話 初めての愛理沙との会話

 いつもの夕暮れの時間帯にパーカーを目深に被ってアパートを出て、近く公園まで歩く。


 今日も高台から見る夕陽は大きくてきれいだ。朝の日の出も好きだが、今は夕陽のほうが好きかもしれない。


 自販機でコーヒーを買って、少しの間、手を温める。そしてプルトップを開けて一気にコーヒーを飲み干す。

まだ4月の中旬だ、夜に近づくにつれて外気温が下がってくる。

その少し寒くなってくる間が、心地良い。


 今日は大空一面を雲が覆っていて、星空が見えない。

しかし、夕陽が沈んだ頃には、街の明かりが輝き始めるので、街の風景を見ているだけでも飽きない。


 いつもの時間に……ブランコの鳴る音がする。愛理沙が座って街の風景を眺めている。


 別に何かを話したいわけではない。でも愛理沙に話しかけたい。そう思った。



「―――あのさ……自販機で温かい飲み物を買うからさ……よかったら何か飲まないか?」


「ありがとう。ミルクティをもらえると嬉しい」



 少し小さい愛理沙の声が聞こえる。


 涼はベンチから立ち上がって自販機で自分のコーヒーを買って、愛理沙用にミルクティを買う。そしてブランコに近付いて、少し身を屈めて愛理沙にミルクティを渡す。



「ありがとう」


「声をかけたのは俺だから、気にしないで」



 涼は定位置のベンチに腰をかけて、コーヒーの缶で手を温める。

愛理沙もまだ飲まないでミルクティの缶を持って手を温めている。


 夕陽が沈み、公園の街灯がパチパチと音を鳴らして点灯する。


 街の灯りはきらびやかでとてもきれいだ。愛理沙は街の風景をずっと眺めている。涼はそんな愛理沙の横顔を何気なく見続けていた。



「どうしたの?」


「ああ……まさか同じクラスの女子だと思わなくてさ。もっと年上のお姉さんかと思ってた。すごく落ち着いているからさ」


「褒め言葉だと思っておくわ」



 そう言って、愛理沙は涼のほうへと振りむくと、缶のプルトップを開けて、ミルクティを一口飲む。

涼もつられてプルトップを開けてコーヒーを一口飲む。



「なぜ、あなたはいつも、この公園にいるの?」


「家にいてもつまらないし、窮屈なんだ。解放感が欲しくて、ここに座ってるのかな? よくわからないや」


「私と同じね。家にいることがツライ。全てから解放されたい。だから夜空を、街の風景を見ているのかもしれない」



 涼は一瞬だが愛理沙と自分は似ている部分があるのではないかと考えた。

しかし、人それぞれに事情は違う。愛理沙が涼と似ていると思うのは早計だと感じた。


 そのまま2人で無言のまま、街の夜景を眺める。

ただ無言のまま2人で公園に座っているだけで、少し心が温まる。



「あなたは、私になぜって質問してこないのね」


「人にはそれぞれ事情があるからね。立ち入ってはいけない部分もあるだろうし、詮索はできないよ」


「ありがとう。私は人が怖いから……人に詮索されるのはダメ」


「俺も同じ。人は怖い……人が一定の心の距離まで近づいてくると、逃げたくなる」



 愛理沙は不思議な顔をして、涼の顔をじっと見つめる。

その顔は非のうちどころのない、絶世の美少女。穏やかに涼を見つめ続ける。



「あなたは傷ついている人なのね」


「愛理沙はどうなの?」


「私は傷つけて、傷ついている人」


「愛理沙も傷ついている人なんだね」



 涼は知っていて、愛理沙の「傷つけて」の部分をスルーした。

そして涼も愛理沙を見つめ続ける。



「そうなるのかな?」


「そうだよ。だから人が怖いんだ」


「人を傷つけるのも怖いのよ」


「愛理沙とは違う意味かもしれないけど、俺も人を傷つけるのは怖いよ。できれば触れたくない」



 人を傷つけたら、人を傷つけた記憶が残る。それはとても嫌なことで、心に残して置きたくない。

人を傷つけたら、自分を苦しめることに繋がる。

だから涼は人を傷つけるのも嫌だった。

涼は今の素直な気持ちを愛理沙に伝えた。



「私は生きているだけで、人を傷つける。そのことがツライ。誰も傷つけたくない。誰からも傷つけられたくない」



 愛理沙の言葉にすぐに頷けない。何も知らないのに、簡単に頷いてはいけないように思う。

愛理沙の過去には色々な事情がありそうだ。愛理沙のことを何も知らない涼が頷いてはいけない気がした。



「今の言葉は、聞いたことにしたほうが良い? それとも今の言葉は忘れたほうが良い?」


「聞かなかったことにしてくれると嬉しい。私が本音を言えたのって何年ぶりだろう」



 愛理沙は少し涙を溜めて、涼に向かって嬉しそうに微笑む。

それを見た涼は何も言わずに大きく頷いた。



「これからも俺は愛理沙の言ったことを忘れるよ。全て忘れる。だから、愛理沙が言いたくなったら言えばいい」



「ありがとう……涼……これからは涼って呼んでもいい?」


「いいよ。友達になろう」


「私みたいな厄介者で、運の悪い女を友達に持つと大変よ」


「俺はそうは思わない。愛理沙と友達になれて嬉しいよ」



 愛理沙には色々な事情があるかもしれない。色々と背負っているかもしれない。学生の涼では解決できないかもしれない。


 しかし、黙って話を聞いてあげることはできる。そして忘れてあげることができる。それだけで、少しでも愛理沙が楽になるなら、涼はそれでいいと思った。



「涼、ありがとう。できれば学校では公園のことは内緒にしてね」


「俺もそうのほうが良いと思った。俺はここで愛理沙と2人で夜空と夜景を見るのが大好きなんだ。だから誰にも邪魔されたくない」



 愛理沙は小さい声で「……私も」と呟いたが、涼の耳に届かなかった。



「私、そろそろ家に帰るね」


「俺はもう少し夜景を見て帰るよ」


「涼、ありがとう。また明日ね」



 そう言って、愛理沙は清々しい笑顔で手を振ってブランコを立つ。

愛理沙の胸にはピンクダイヤモンドのネックレスが輝いていた。

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