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36話 再会

 愛理沙のいない部屋は何て暗いんだろう。

シーンとした静けさが私室に漂っている。

暗いのは部屋じゃない。

暗いのは俺の心だ。


 愛理沙がいた時はあんなに部屋が明るかった。

何も話していなくても、心が楽しかった。

でも、その愛理沙が家を出て行ってしまった。


 涼はベッドの隅に座って頭を抱える。

愛理沙がアパートへ戻ってきたくないと言っている以上、無理に連れ帰ることは涼にはできない。


 涼はバス横転事故のことなんてどうでもよかった。

愛理沙が加害者の娘であっても関係なかった。

事故の当時は愛理沙も幼稚園児で被害者の1人だ。

だから愛理沙に対して負の感情なんてない。


 愛理沙が出ていったことで、愛理沙が涼にとってどれだけの光だったのかを思い知らされる。いつの間にか愛理沙なしでは生きていけなくなっている涼は自分の心に驚かされる。


 心の距離を取って、他人を警戒していた自分が、いつの間にか、愛理沙にだけは心を開いてしまっていた。

涼の心の中に愛理沙が今でも住んでいる。

そのことに気づいて驚きを隠せない。


 今までは独りで孤独を感じることもなかった。

孤独を心地よいとさえ思っていた。

しかし、今は愛理沙がいないことが恋しい。

愛理沙の笑顔をもう一度見たい。

愛理沙に会いたい。



「ガチャ――――バン」



 玄関の鍵が空けられて、誰かが家へと入ってくる。

暗闇のダイニングに細くてきれいな肢体のシルエットが見える。



「あ……愛理沙なのか……?」


「―――はい……今、戻ってきました」



 どういうことなのか、涼の頭では理解できない。

愛理沙がアパートへ戻ってきたことだけはわかる。


 ダイニングに正座をして愛理沙がペタリと頭を床につける。



「今まで迷惑をかけて……ゴメンなさい」


「行くな……これからもここに居てくれ」



 ダイニングから愛理沙が泣いている声が聞こえる。

涼はベッドの端から立ち上がって、愛理沙の前に行ってしゃがみこむ。



「愛理沙がいないとさ……この部屋が妙に暗いんだ……暗いのに慣れていたのに……独りでいるのに慣れていたのに……寂しいんだ……ここに居てほしい」


「涼のご両親を事故に巻き込んでしまってゴメンなさい……私では車を止めることができなくて……ゴメンなさい」



 ダイニングで愛理沙は大粒の涙を流して、床を濡らしている。

心から愛理沙は涼に謝罪をしているのだ。



「そんなことはどうだっていい……あの頃は愛理沙も幼稚園児だ……事故を防げるわけがない……愛理沙も俺と一緒で事故の被害者だよ……だから愛理沙……自分を許してあげてほしい……俺は愛理沙のことをずっと許すよ。どんなことが合っても許すから……傍に居てほしい」



「それが涼への償いになるなら……私……涼と一緒にくらします」


「そんな償いなんていらない……俺は愛理沙のことが大好きだ……愛理沙は俺のことが嫌いか?」



 愛理沙は急に顔をあげて涼を優しく見つめる。



「嫌いならアパートへ帰ってきてない……涼のことが大好き……世界一大好き……涼から離れたくない」


「俺もそうだ……愛理沙のことが世界一大好きだ」



 涼は愛理沙の手を引っ張って、体を引き寄せて、両手で愛理沙の体を抱きすくめる。愛理沙も涼の背中に手を回して、涼の体に強くしがみつく。



「こんな私でも許してくれますか? 好きでいてくれますか?」


「許す……何でも許す……愛理沙のことが好きだ。愛理沙は俺の光だ」


「私にとって涼は光よ。涼が私にとっての希望なの」



 涼は2度と愛理沙を離さないと心に誓うように、愛理沙の体を抱きしめる。

 愛理沙も2度と涼から離れないと心に誓ったように、涼の体を抱きしめる。


 そして軽く唇を交わしてキスをする。

キスの味は愛理沙の涙で、少し塩味がした。


 そして何度も唇を重ねていく間に段々と深いキスへと変わっていく。

互いが互いを求めあうように、キスの回数と深さが増していく。



「―――涼」


「―――愛理沙」



 2人はアパートの部屋の中で、互いに求め合うように抱き合って深いキスを重ねた。


 いきなり愛理沙が涼に抱きついている手を離して、唇を離す。



「―――これ以上すると止まらなくなっちゃう」


「―――俺はそれでもいいと思ってる。愛理沙と一緒にいられるなら……」


「もう、私は居なくなったりしない……涼から離れない……離れろって言われても離れない……だから安心して」


「―――うん」



 なんだか、やり過ぎを怒られた子供のようだと涼は感じた。

愛理沙はにこやかに微笑んでいる。

もう泣いてなどいない。幸せそうに微笑んでいる。

そのことがとても嬉しい。



「パジャマに着替えて布団へ入りましょう。私も涼も制服のままじゃない」



 そういえば部屋に帰ってきてから、ベッドの端に座ったまま、制服を着替えることも忘れていた。



「もう遅いからシャワーは朝起きてから順番に入ればいいよね」


「そうしよう」



 涼は私室へ戻って、私室の電気を点けてパジャマに着替える。

愛理沙はフスマを閉めて、ダイニングでパジャマに着替えて、フスマを開ける。


 涼がベッドの端に座っていると、愛理沙が布団の上に正座する。



「涼……酷く痩せたような顔になってる……私のせいだね……これからは涼を幸せにできるように頑張るね」


「―――愛理沙は愛理沙のままで居てくれたらいい……俺も愛理沙を守れるぐらい強くならないといけない」


「―――ありがとう……涼」



 また愛理沙が泣き始めた。涼はタンスからタオルを取り出して、愛理沙の目の前に座ると、優しくタオルで愛理沙の涙を拭ってやる。



「愛理沙がこんなに泣き虫だとは知らなかった……これからは心配をかけられないな」


「私も人前でこんなに泣いたのは初めて……涼が傍にいるから安心してるんだと思う」


「そうだといいな……俺も嬉しい」



 愛理沙は今まで独りで殻にこもって、涙を堪えてきたのだ。自分の前でぐらいは素直に甘えて泣いてほしいと涼は思った。


 電気を消して、2人で布団の中へ入る。



「今日はシャワーを浴びてないから、私……ちょっと臭いかも……」



 愛理沙の近くからは優しくて甘い香りがただよってくる。とても良い香りだ。



「そんなことないよ。愛理沙の優しい香りがするだけだよ。とても良い香りがするよ」


「アウ……恥ずかしいから、そんなことは言わないで」



 そう言って愛理沙が恥ずかしそうに照れながら、涼の体にしがみつく。

涼は離さないように優しくしっかりと愛理沙を抱いて包み込む。


 2人の唇が軽く触れ合う。

軽いキスが何度も続き、段々と熱の入った深いキスに変っていく。



「このままだと朝までキスしてそうだよ」


「それでもいい。愛理沙が眠るまでキスしよう」


 それ以上の言葉は2人にはいらなかった。

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