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34話 瞳お姉さんとの再会

 涼は足の向くままに自転車を押していた。

今、どこを歩いているのかもわからない。

涼にとって、どこを歩いていても良かった。

今の涼に生きている希望はない。

―――愛理沙がいなくなった……そのことだけが頭をグルグルと回る。



「あれ? 涼君じゃない? こんな時間に制服でどこへ行くの? 家に帰っているように見えないけど?」


「あ……瞳お姉さん……ここは駅前に近かったんですね……道に迷ってしまって……」


「涼君…顔が真っ青じゃない……少し寄っていらっしゃい。お店はCLOSEにするから」



 涼は強引に瞳お姉さんに腕を引っ張られて、喫茶店の横にロードレーサーを置いて、店の中へと入る。


 無理矢理4人がけのテーブルに涼を座らせた、瞳お姉さんはミルクティを運んできてくれた。しかし、涼は一口も飲もうともせずに、俯いたまま何も話そうとしない。



「一体、愛理沙ちゃんとの間に何があったの? ずいぶんと深刻なようだけど……」


「他人の瞳お姉さんに話せることはないです……これは愛理沙と俺の過去も関係することなので……」


「バス横転事故のことね……愛理沙ちゃんも、涼君も互いの立場がバレちゃったんだ……」


「どうして、瞳お姉さんがそれを――――」



 瞳お姉さんは何も言わずにエプロンを取ると、首から服を伸ばして肩口を見せる。肩口には大きな傷跡が残っている。



「私も……私の両親もバス横転事故の時にバスに乗っていた搭乗者だったのよ……だから初めに自己紹介をされた時に、雪野っていう愛理沙ちゃんの苗字が気になって三崎さんに連絡をしたの」



「瞳お姉さんは誠おじさんの知り合いだったんですか?」


「ええ! 私が大学卒業するまで、三崎のおじさんには相談に乗ってもらっていたわ。今は両親の跡を継いで喫茶店を経営しているけどね」



 瞳姉さんがバス横転事故の被害者だったことにも驚いたが、誠おじさんとも知り合いであることに驚いた。



「―――そうだったんですか」


「だから、涼君と愛理沙ちゃんのことは少し内容を聞いて知ってるわ。2人共、大きな傷を乗り越えて、強く生きてくれていると思って嬉しかったのに……一体、どうしたの?」



 涼はポツリポツリと楓乃の一件から、今までの経緯を説明した。



「そうなんだ……愛理沙ちゃんが、また元の心の殻に閉じこもってしまったのね……涼君と付き合い始めて上手く行ってると思っていたのに……」


「とにかく涼君は何かを食べないと……私、少し用意してくるから、勝手に出て行ったらダメだからね」



 そう言って、カウンターの奥にあるキッチンへ瞳お姉さんは消えていった。

そしてカレーを作って涼のテーブルまで運んできてくれた。



「さー何も食べていないんでしょう……無理をしてでも食べなさい」



 涼はスプーンを持って、一口づつ丁寧にカレーを食べていく。カレーの味は辛かったが、美味しいのかどうかさえわからない。涼はまるでロボットのようにカレーを食べていく。



「今、愛理沙ちゃんが泊まっているマンションってここから近いの?」


「ここからも見えるかもしれません。25階建てのマンションの12階に俺達の女友達の家はあります。そこに泊まらせてもらってるので安心です」



「へえー良かったわね。そんな女子の友達がいて……涼君も安心じゃない」



 そうだな……聖香がいなければ愛理沙は身を寄せる場所もなかった。聖香には感謝しないといけない。



「その女子の名前って何ていうの?」


天音聖香アマネセイカです」



 涼の頭の中は愛理沙がいなくなったことで頭がいっぱいだ。瞳お姉さんに話していることも、きちんと覚えていない。なぜ瞳お姉さんが聖香の名前を聞いたのかも疑うこともなかった。


 カレーを食べて、涼も少しは頭が回転を始めた。



「瞳お姉さんは愛理沙を見た時、やっぱり憎いって感じたの?」


「全然! だってあの時、愛理沙ちゃんって幼稚園児でしょう。幼稚園児に車の運転は無理よ。生きててくれただけでも良かったと思ったわ」


「愛理沙の周りにいた大人達は違う態度を取っていたようなんです」


「大人といっても色々な人達がいるからね。自分よりも弱いと思ったら、それを苛めて弄ぶ大人達もいるから……愛理沙ちゃんにとっては不幸だったわね」



 大人といえども人間だ。人間の性格や趣向は千差万別だ。全員が善人というわけではない。


 愛理沙の周りのには不幸なことに、そんな者達しかいなかった。だから愛理沙は自分は傷つきながら、ずっと人と拘わるのを恐れ、自分の殻に閉じこもっていた。


 それは小さな愛理沙ができる唯一の自己防衛の手段だった。



「やっと愛理沙が笑顔を見せてくれていたのに……心を取り戻してくれていたのに……」


「それは涼君がいてくれたからよ……愛理沙ちゃんに笑顔がよみがえったのは涼君がいるからよ……だから涼君が諦めたら全てが終わりよ……だから諦めないで」



 涼はミルクティを飲み干して、テーブルの椅子から立ち上がった。



「ありがとうございます……少し元気が出ました。家に帰って頭を冷やして、明日にでも、もう一度、愛理沙に会いに行ってきます」


「そうね……そのほうがいいわね。涼君が笑顔でいるほうが愛理沙ちゃんも喜ぶと思うわよ」


「ありがとうございます……お代を払いたいんですけど……」


「今日はいいわ。また今度、遊びに来て」



 涼は頭を下げると喫茶店のドアを開けて、外へ出る。

そして、少し元気を出して、自分のアパートのある高台へ向かって、自転車に乗って帰っていく。


 玄関を開けて、その姿を見ていた瞳お姉さんが、左手につけてある時計を見る。夜の21時を指している。



「愛理沙ちゃん……気持ちは理解できるけど……涼君をあそこまで落ち込ませるのは、お姉さん的に言って、甘えが酷すぎるわね……ちょっとお姉さんとお話をしようか」



 そう言って、瞳お姉さんは喫茶店の玄関を閉めて、店をCLOSEにした。

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