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14話 涼の初めての怒り



 次の休みの日に愛理沙が公園で待っていてくれた。

愛理沙の手には紙袋が持たれている。


「これ……私の親戚へ手土産として持って行って……クッキーの詰め合わせ」


「え!愛理沙が用意してくれたの……お金を払うよ」


「ううん…いいの。あの人達……手土産だけで機嫌が良くなるとは思えなから」


 一体、愛理沙が引き取られている親戚の家はどういう家庭なんだろう。

少しは注意して、身構えて会いに行ったほうがいいだろう。

何か嫌な予感がする。


 愛理沙の親戚の家は、いつもの公園から少し下がった路地を中に入ったところにあった。3階建ての一軒家だ。


 愛理沙は玄関を開けて小さな声で「ただいまー」と声をかける。

 すると中から茶髪で、乱れた髪を放置したままの50歳台の女性が出て来て、愛理沙と涼を見る。



「最近、帰りが遅かったり、夕飯の用意に遅れたりしていると思ったら、男を咥えこんでいたのかい。この性悪娘が!」



 玄関から中へ入ったばかりの愛理沙の顔をいきなり女性が平手を打ちをする。

女性からは酒の匂いがプンプンしており、昼間から酒を飲んでいたようだ。

完全に酔って、目が充血している。


 愛理沙は振り向いて、涼を見て『耐えて』という顔をする。

いきなりの出来事で、目の前の状況が呑み込めない。



「男を咥えこむ暇があったら、早く家の家事をしろ! 私に昼食も作らないで、何を出歩いているんだい!」


「すみません……由佳ユカ叔母さん。昼食の用意はするから、少しは私の話しを聞いてください。一緒に来てくれているのは、私と同じクラスの同級生で青野涼アオノリョウくんです。いつも学校でお世話になっていて、今日はお礼で私の部屋へ遊びにきてもらいました。どうか涼くんと挨拶してください」



 涼は愛理沙の横をすり抜けて、愛理沙の庇うように立って、由香叔母さんに持ってきた手土産のクッキーの紙袋を渡す。



青野涼アオノリョウと言います。学校では愛理沙さんにお世話になっています。ご挨拶をと思いましてクッキーを買ってきました。後で皆様で食べてください。よろしくお願いいたします」



 由香叔母さんは涼が持っていた紙袋を強引にひったくると中身を見て笑っている。気に入ったようだ。



「アンタ、愛理沙に騙されてるよ。この女ほど性悪な女はいないからね。小さい頃から私達夫婦が育ててやったんだ。学校をやめて水商売で働いて恩返ししろって言ってるのに、高校だけは卒業させてほしいなんてワガママをいう。ワガママを聞いている私達夫婦は天使のように優しい親戚というわけさ」


 あんまりな言いようだ。愛理沙はまだ高校生だぞ。水商売で働けなんて、この叔母さんは狂ってる。

しかし、涼はグッと心から出てくる言葉を我慢する。



「高校は義務教育ではありませんが、今は誰でも高校を卒業している時代ですし、高校を卒業しているほうが就職には有利です。愛理沙さんの進路希望は間違っていないと思います」


「何を言ってるんだい。こいつができることなんて、きれいな顔で男を騙すことだけさ。せっかくきれいな顔に生まれてるんだ。その顔を活かして水商売で働けば、男達が金を貢いでくれるだろうさ。そのお金を私達が恩返しでもらえばいいのさ。簡単な話だろう。今まで育ててやっただ、恩ぐらいは返しても罰は当たらないだろう」



 この由香って叔母さん、心の根っこから腐ってる。愛理沙のことを全く守ろうとも思っていない。愛理沙が大人になったら、愛理沙からどれだけ金を取れるか……それだけしか考えていない守銭奴だ……あまりにも酷い。



「愛理沙さんは成績も優秀ですし、大学へ行けるほどの成績を誇っています。愛理沙さんが大学へ行けばもっと良い就職先に巡り合うこともできます。できるなら愛理沙さんが大学を卒業するまで、 待ってもらえないですか」



「私の家には金が必要なんだよ。毎日、飲む酒のお金もかかるし、タバコ代もかさむ。今、旦那が使うパチンコ屋や麻雀屋に行く金も必要だ。とにかく私の家は年中、金がなくて火の車なのさ。愛理沙に大学だって!高校を卒業させてやるだけでもありがたいと思ってもらいたいね!」



 叔母さんは酒とタバコに狂っていて。旦那さんはパチンコ屋に麻雀屋。そんなことをしていれば、お金が貯まるはずがない。どういう感覚をしてるんだ。



「では愛理沙さんの高校の費用はどうやって出しているんですか?」


「奨学金に決まっているだろう。自分で高校へ行ったんだ。大人になってから自分で奨学金の借金を払っていくのは当たり前のことだろう」



 涼の常識が、ガラガラと音を立てて崩れていくのがわかる。この人達に何を言っても無駄だ。



「そもそも、私の家で引き取っている理由が何か知ってるかい? 愛理沙から聞いてるかい?」


「いいえ、何も聞いていません。ご両親が他界されていることは知っています」


「この娘は罪人の娘なのさ。だからこの娘も罪人さ。そんな罪人を育ててるんだから、私達は羽がついた天使のように慈悲深い人間さ」



 もう限界だ……愛理沙のことだけでも限界なのに……愛理沙が大事にしている両親のことまで貶めるなんてもう我慢できない。


 涼の目付きが変わり、まなじりが吊り上がる。鬼のように怒った形相になっているだろう。後ろにいる愛理沙に自分の顔をみられたくない……しかし、もう限界だ。



「おい……叔母さん、さっきから聞いてたら、偉そうなことばっかり言ってるけど、叔母さんなんて昼間から酒を飲んで、タバコを吸って、家事もしないロクデナシだろう! 愛理沙に家事全般の全てを押し付けて、何が自分は天使だ……ふざけんな!」


 まだ心の中から湧き上がってくる怒りが収まらない。



「お前の旦那もそうだ。昼日中から、パチンコ屋へ行って、麻雀屋に行って何してんだ? それで愛理沙に水商売で働えけって言うのはおかしいだろう。アンタ達は心の底から腐ってる鬼だ!」


 由香叔母さんの顔が真っ赤になって般若のような顔になる。



「アンタに何がわかるんだい。こいつのせいで私達も肩身の狭い思いをしてきたんだ。そのことも知らないで偉そうなことをいうな! クソガキ! ふざけるな!」


「うるせえよ! 叔母さん! 愛理沙のことだけでもムカムカするのに、愛理沙の両親のことまでバカにするな。愛理沙がどれだけ両親のことで苦しんでいるのか……お前達にはわからないだろう」


「それは当然だね。あんな両親なんだから。コイツが苦しむのは当り前さ。生まれたことを恨むんだね」


「うるさい! これ以上、愛理沙の両親の悪口をいうな。黙れよ! 叔母さん……そんな話は聞きたくないんだよ」



 由香叔母さんが玄関に置いてあった。スリッパを思いっきり涼の顔面へ投げつけた。そして鉄の軽い灰皿を涼へ放ってくる。


 スリッパも灰皿も涼の顔に当たる。灰皿が頬に当たって、頬が痛むのがわかる。



「俺は他人だ。これは立派な傷害罪になるぞ。警察を呼ばれてたら、不利になるのは、叔母さんのほうだ!」


 警察という言葉を聞いて由香叔母さんの勢いが失せて怯んだ。今がチャンスだ。



「愛理沙! これから、この家を出る。 俺のいう通りにほしい……まずは愛理沙の部屋へ行って荷造りだ」


「アンタがコイツの面倒を見るって言うのかい。それなら持っていくがいい。コイツの本性を知って、後から後悔するのもアンタだからね」


「俺は愛理沙のことで後悔したり、絶対にしない。 愛理沙を守るのは俺だ……叔母さん達には関係ない。愛理沙……自分の部屋へ案内してくれ。今から荷造りをする」


 後ろを見ると愛理沙は目から涙を流して、立ち尽くしていた。涼は愛理沙の手を握って大きく頷いて、安心させるように優しく見つめる。



「大丈夫。愛理沙は俺が守るから……今は俺の言う通りにしてほしい……部屋へ行って荷造りしよう」



 愛理沙は大きく頷くと、涼の前を通り過ぎて、玄関で靴を脱いで、涼と手を握りながら自分の部屋へと向かった。

そして、2人で急いで必要な分だけ荷造りをする。


 大きなキャリーバック2つ分の荷物を用意すると、1階へ降りていく。由香叔母さんが部屋から廊下へ顔だけ出している。



「出ていくのはいいさ……疫病神がいなくなるんだから。後から泣き言を言ってきても私の家ではコイツを引き取らないからね」


「誰がそんなこと言うか! また後から、必要な手続きが出てきたら、俺がこの家に訪問する。その時は邪魔するなよ」


「その時は、勝手にしな……クソガキ!」



 愛理沙は玄関を出ると、振り返って由香叔母さんへ深々と頭を下げる。


「私を引き取ってくださって、小さい頃から私の面倒を見てくださって、ありがとうございました。今日までありがとうございます」


「アンタみたいな者、さっさと出ていっちまいな。2度と顔を見せるんじゃないよ!」



 大きなキャリーバックを2人で1つずつ持って、愛理沙の親戚の家を出た。


 いつもの公園へ着くと愛理沙はブランコに座って泣き崩れる。


 

「だから、家へ誰も呼びたくなかったの……誰にも私の本当の姿を見られたくなかったし……叔母さん達のことを知られたくなかったから……」


「俺も熱くなってゴメン……でも、愛理沙を守りたいという気持ちは本当だよ……信じてほしい」


「でも……私も……私の両親も……」


「そのことは聞きたくない。愛理沙は無理に言う必要はない……俺は愛理沙の過去なんて知らないし、聞かない。過去は過去だ。今の愛理沙じゃない」


「――――涼!」



 ブランコから立ち上がった愛理沙は涼の胸に飛びこんで、涙がとまるまで泣き続ける。

 涼は何も言わずに、胸の中へ飛び込んできた愛理沙を受け止めて、ギュッと抱きしめた。

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