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前編・12歳

私には前世の記憶がある。それも生まれた時からだ。

さすがにこの世界で産声を上げた瞬間から自我があったわけではないが、気がついた時には乳母車に乗せられ、おしゃぶりをしゃぶっていた訳である。

私が前世で覚えているのは大学生の時まで。それ以降の記憶はない。恐らくその時に事故か病気か、はたまた事件か何かに巻き込まれて死んでしまったんだと思う。


だが、前世は前世。早くして亡くなってしまったことは残念だが、悲しいとか辛いとかそういった悲観する感情はない。

それに、前世の記憶があるため、同年代の子供と比べて非常に大人びており、可愛げのない子供であった私をこの世界の両親はたくさん愛してくれた。優しい家族に恵まれ健康にすくすくと育った私は、今年で12歳になる。


順風満帆な第2の人生(異世界ライフ)を謳歌していた私だが、最近になってあることを思い出した。

それは、前世でプレイしたある乙女ゲームのことだ。

実は、この世界は『恋愛王国〜世界を越えた愛〜』という乙女ゲームの世界にそっくりなのである。

ゲーム内容ははいたってシンプル。異世界から来たヒロインがその世界でイケメン達と恋をする…というものだ。


この事実を思い出した時、始めは悩んだ。ゲームと私には何か関係があるのか、それとも知り合いがゲームと関係があるのか…あげるとキリがない。

しかし、3日後には思い出したことは全くの偶然であると私は結論づけた。


その理由は、私のいるこのチョルチュチョルの町がとんでもなくド田舎であることに関係する。

物語の舞台はもちろん王都だ。せっかくの異世界なのに城も王子も騎士もいないのではプレイヤー達も興ざめだろう。

その王都からはるか北に、ここチョルチュチョルの町はある。考えてみてほしい。この小さな町で、果たしてゲームのイベントが起きるだろうか、いや、起きはしない。


要は私はゲームで言うところのモブなのである。

私の今世での名前──ミシェレ・クナウストはゲームでは聞いたことがないし、チョルチュチョルの町なんて非常に言いにくい地名もゲームには出てこない。


ゲーム開始まであと10年。

決して短くはない年月に、私はゲーム開始時にはその存在を忘れてるんじゃないかと漠然と思った。





「ミシェレ、今日はお隣さんが来るから、ご挨拶してね。」

「お隣さん?」


眠たい目をこすりながら、朝食を食べている私に母はそう告げた。

お隣さんって、ここから何十メートルも離れた場所にある屋敷のことだろうか。そういえばずっと空き家だったけど人が入るって聞いたな。


「あなたと同い年のお子さんもいるらしいから、友達になれるといいわね。」

「同い年?珍しいね。」


この地域一帯で私と同年代の子供は少ない。というかほぼ居ない。上で1番近くてミュンヘンさんとこの18歳のカレンちゃん、下で1番近いのはベネックさんとこの4歳のジョージくんだ。どこの世界の田舎も過疎化が進んでいる。

というわけで、私と同年代、ましてや同い年の子は非常に珍しいのだ。


「私はこの前お邪魔した時に一度会ったんだけど、とっても綺麗な子よ。落ち着いてる感じの子だったし、ミシェレと気が合うと思うわ。」


母よ、いつの間にお隣さんとそんなに仲良くなったのか。私の記憶が正しければお隣さんが来てまだ1週間も経っていないはずだ。

それにしても、落ち着いた感じの綺麗な子か…同い年のクール系美少女…うーん、すごく良い。


もしかしたら初めての同年代の友達が出来るかもしれない。しかも美少女。

私はまだ見ぬお隣さんの来訪が待ち遠しくなった。




待ち遠しくなった……………の、だが。


「ミシェレ、この方がお隣に越して来たアレクセイさんよ。」

「こんにちはミシェレちゃん。あらぁ、お母さんに似て可愛らしいわねぇ。」

「ふふ、言ってくれるじゃない。ミシェレ、その子がレオルくんよ。仲良くしてあげてね。」

「ほら、レオル。挨拶は?」

「…………………………どうも。」

「ど、どうも。」


お隣さんがやって来たその瞬間、私はいくつかの事実を悟った。


まず、美少女は美少年だった。

お隣さんの子──レオル・アレクセイくんは恐ろしく顔が整っていた。それはもう人形のように。

母が彼のことを「かっこいい」ではなく「綺麗」と表現したのも頷ける。


そして次に、レオルくんとは友達になれそうにもないことだった。何故なら、レオルくんはこちらを尋常じゃなく睨んでいるからである。

「近寄んな」「話しかけんな」オーラがビシビシとこちらに伝わってくるのだ。

私、何かしたっけ…。まだ会って1分の筈なんだけど。


「ごめんなさいねぇ、レオルったら人見知りしてるのかしら?」


お隣のおばさんが申し訳なさそうにそう言った。

いや、人見知りの域を超してると思うんですが。

明らかにこれは敵意を向けられているのでは。


「初めて来る場所で緊張してるのかもしれないわ。ね、レオルそうでしょう?」


おばさん、彼は猫か何かなの?


警戒心剥き出しの息子に反してお母さんは何だかフワフワしている。前世で言うならば天然。そう、天然だ。


「そうだ。ミシェレ、レオルくんにこの町のこと、案内してあげたら?」

「「えっ」」


思いがけない母の提案に、私とレオルくんの声が重なった。


「まぁ、名案ね。それがいいわ。レオル、そうしてもらいましょう。」

「ちょ、ま、」

「子どもだけで危ないところ行っちゃダメよ。」

「レオルも夕飯までには帰ってちょうだいね。」

「あの、母さ、」


──パタン。


気づけば私は、レオル少年と共に家の外にいた。

全く聞く耳を持ってもらえなかったんだけど…。


「……」

「……」


気まずい沈黙が流れる。

永遠に続くかと思えた沈黙を破ったのは向こうだった。


「…俺、お前のこと嫌いだ。」

「…はあ。」


突然の嫌い宣言。まあなんとなく察してたけど。逆にあの態度で好かれてたら怖いよ。

気の抜けた私の返事が気に食わなかったのか、ギロリとこちらを睨むと、くるりと後ろを向いて歩き出した。私もその後ろを黙ってついていく。


10分ほど歩いたところで、レオル少年はこちらを振り返った。


「どうして付いてくるんだよ!」

「子ども1人で歩くのは危ないよ。」

「お前も子どもだろ!」

「私はここら辺慣れてるから。」

「俺だって慣れてる!」

「レオルくん越してきたばっかりじゃない。」

「っ……」


レオルくんは押し黙る。言い返す言葉が思いつかないらしい。美少年なので苦悶する表情も非常に絵になっている。


「ねぇ、道、分からないんでしょ?戻ろうよ。」

「……」

「私も案内しなさいって言われてるし。」

「う、うるさい!いいから俺についてくるな!」

「あっ、ちょっと!」


レオルくんは走り出して行ってしまった。

うーむ…同年代の子って難しい…。正直、前世も含めてこれくらいの年代の男の子と過ごしたことがないので扱いが分からない。どう接するのが正解なんだろう…。

どの道、彼を1人にするのは危険だ。なんか色々やらかしそうだし。

私はレオルくんの後を追いかけた。





「レオルくん!レオルくんってば!」

「……」


さっきから何度も呼んでいるのに、前を歩く彼はこちらを見向きもしない。

嫌な予感は的中した。何をムキになっているのか、レオル少年は制止の声も聞かず、ズンズンと森の中に入っていく。

今は森の中腹あたりだろうか、まだ土地勘が聞く範囲だが、これ以上行くとまずい。


「ここから先は危ないよ!クマが出るかもしれないんだよ!?」

「…っ、」


クマという単語で漸く彼の足が止まる。

このチャンスは逃さない。私はガッチリと彼の腕を掴んだ。


「やっと止まった…ほら、帰ろ?もう日も暮れて来たし。」

「…離せよ。」

「そんなことできないよ。また1人でどっかいっちゃうでしょ?もう帰ろう、本当に危ないんだって。」

「離せって言ってるだろ!」


レオルくんはこちらをきつく睨むと腕を振った。手を払おうとしているようだが、そう簡単に離すものか。


「レオルくん!これ以上先は本当に行っちゃダメなんだって!」

「うるさいな!じゃあお前だけ帰れよ!」

「それが出来たらそうしてるよ!」

「じゃあそうしろよ!もうついてくるな!邪魔なんだよ!おせっかい女!」


も う つ い て く る な ?

邪 魔 な ん だ よ ?

お せ っ か い 女 ?


…さっきから言わせておけば、好き放題言ってくれるね少年よ。


いくら見た目は同い年といえど、相手は12歳の少年で。私の方が精神年齢ははるかに上なのだから。まだまだ子どもなのだから、とこれまでの振る舞いを今まで大目に見てきたが、この態度には流石の私も耐えきれなかった。


まあ簡単に言えば、堪忍袋の緒が、プツリと切れてしまったのだ。


「いい加減にせいやこのアホ!!!」

「…あ、あほ?」

「クマ出る()うとんのが分からんのんか!何ムキになっとんのか知らんけど、んなしょうもないことで死にたいんか!」

「なっ、しょ、しょうもないって、」

「命と比べたら何でもしょうもないんじゃ!私だってこんなとこで死にたないねん!」

「……」

「こっちだってアンタみたいな生意気なガキほっぽってはよ家帰りたいわ!読みたい本あんねん!でもそんなことしたら1人で森に迷ってピーピー泣き喚くのがオチやろ!」

「……」

「これ以上その生意気な口きくんやったら、しばき倒して一生口きけへんようにしたるからな!!!」

「……」

「……」

「……」

「…………あっ、」


そこでハッと我に帰る。あ、あれ?今私何言った?

私の向かいのレオル少年はポカーンと口を開けたまま固まっている。

そらそうだろう。誰だっていきなり関西弁(ましてやこの世界にはない口調である)でキレられたら恐い。…こ、こんな所で前世の話し方(クセ)が出てくるなんて思いもよらなかった。


だが、思いっきり怒鳴ってしまった手前、いきなりしおらしく振る舞うのもキツい。


「えー…ゴホンッ、とにかく分かった!?か、帰るよ!」

「……」


…と、兎にも角にも、無事に帰れるようだ。

すっかり大人しくなったレオルくんを連れて、私は元来た道を戻る。


「……」

「……」


それからしばらく、私達はお互いに一言も発さず森の中を歩いていた。もう少しで日も沈む。日が落ちるまでに森を抜けることはできるが、おそらくレオルくんの夕飯には間に合わないだろう。

何と声をかけようか逡巡していた所で、意外なことに向こうが沈黙を破った。


「……悪かったな。」

「え、」

「…確かにお前の言った通りだ。俺1人だったら、この森で迷ってた、…と思う。」


きゅ、急に素直になった…!!

と、若干失礼な感想を抱いたことは隠して、私も言葉を返す。


「いや、私も急に怒鳴ったりしてごめんね。」

「……お前のあの口調、」

「おお!もうちょっとで森の出口だね!」

「……………そうだな。」


何かを言いたそうにしているが、レオルくんもこちらの調子に合わせてくれた。賢明な判断だ、少年。

大人気ない対応したのは申し訳ないが、一刻も早く忘れてほしい。


「……ねぇ、何であんなことしたの?」

「……」


言いにくそうにレオルくんは下を見る。


「…周りを、困らせたかったんだ。」

「困らせたかった?」

「正確には、周りを困らせて、父さんに怒って欲しかった。」


……????…ま、マゾなのかな??

私の胡乱な視線を受けて、レオルくんは慌て始めた。


「おい待て、お前なんか勘違いしてるだろ!」

「若いのに大変だね…」

「バカ!別に怒られたいわけじゃない!俺のことをもっと父さんに気にしてもらいたいんだ!」

「気にしてもらいたい?」


レオルくんとお父さんは確か…学者さんだったかな?お母さんとお隣のおばさんの会話でそう聞こえた。


「…父さんと、最近会ってないんだ。仕事ばっかりで全然家にいない。新しい家だって、俺たちだけ先に住まわせて父さんは全然来ない。母さんに聞いたら父さんがこっちに来るのはいつかまだ分からないって言うし…。」


一言話すたびにレオルくんの瞳が潤んでゆく。


「ほ、本当は、俺より仕事が好きで、俺のことなんかどうでもいいんじゃないかって…俺のことなんか要らないんじゃないかって…。そう思ったらどんどん怖くなってきて、父さんに会いたくなって…。」

「…それで問題児になって、周りの大人を困らせてお父さんを呼んで貰おうって思ったわけね。」


レオルくんはコクリと頷く。


なんとまあ…。私はやれやれと一つ息をついた。

あれだけ生意気で尊大な態度だったレオル少年が、急に小さく見える。12歳なんだもんなあ、前世で言ったらまだ小学生だ。

あのクソ生意気な態度の裏には、こんな切実な、大切な想いが隠されていたなんて。


「そのことはお父さんには伝えたの?」

「…伝えてない。」

「じゃあ、伝えたらいいよ。そしたら絶対にお父さんとすぐに会えるよ。」

「本当か?本当にすぐ会えるか?」

「うん。秒で来るよ、秒で。」

「びょうで…?」


聞き慣れないレオルくんは首を傾げる。ごめん、今のは無意識に言っちゃったから気にしないで。


気がつけば森の出口の前だった。

そこを抜けると、もう空には星が瞬いていた。


「お父さんの仕事してる姿は好き?」

「…好きだ。カッコいいし。」

「学者さんだよね。いいよね、憧れる。」

「…本当か?」

「うん。私も勉強好きだし、物知りな人は好きだよ。私も旦那さんは学者さんがいいなぁ。」


稼ぎいいらしいしな。この間、母がそう言ってたのを思い出した。


「ふーん…。」


何やらレオル少年は考え込んでいる。

私も星を見上げて、本で見た星座を探そうと必死になっていた。


この後、帰りが遅いことを心配した母親達のお説教が待ち受けていたのだが、この時の私たちはまだそれを知らない。


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