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第4話 関係構築


「探偵ではない。私たちは、決して」


 コーヒーカップを傾けながら、春霞さんが言う。

 探偵以外の、なんだというのだろう。

 だって、こういうのマンガでよく見るもの。


「私達は、舞台人だ。ゆめゆめ忘れぬように」


 カタン、と音が鳴る。

 春霞さんは、あくで探偵ではないと強調してくる。

 そういえば、一体何を打ち続けているんだろう?


「依頼内容を聞きたい」

「は、はい」

「緊張しなくていい。ただ、なるべく明確に、説明を」

「わかりました」


 そう言って、春霞さんは優しく微笑んだ。

 肩から力が抜けるのを感じる。

 私は、ゆっくりと頭の中で整理した言葉を発していく。 


「確かに、私は演劇関係者です。大学のサークルに、演劇サークルに入っています」


 私はそれから、語り始めた。

 この場所に来た理由を、依頼内容を。


「来年の大会に向け創作脚本を製作することになり、私と他に数名のメンバーがそれぞれ台本を書き上げ持ち寄ることになりました。私は、元々脚本家志望だったのですぐに製作に取り掛かり、ようやく完成させることができたのですが……」

「台本が無くなった、と」

「……はい」


 ぐっ、と無意識に拳を握る。

 そう、無くなったのだ。

 どうしてかは、分からないけれど。


「なくなったというが、データを保存しておかなかったのか?」

「いえ、保存してあります。家にあるパソコンに。無くなったのは、個別保存をしておいたUSBです」


 首を傾げる春霞さんは冷静だ。

 なんだか、口を開くたびに口調が変わるような違和感はあるけれど。


「いつ、どこで?」

「3日前に。どこでかは、わかりません」


 今度は言葉足らずな部分が無い様に、気を払いつつ私は答えていく。

 ふむ、とパソコンの画面を見つめる春霞さんは、次々に疑問を投げかけてきた。


「その日、最後にUSBを見たのは?」

「たしか、大学で。無くさないように、常に持ち歩いていました。サークル終わりに確認して、帰宅しました。家に帰ってから作業をしようと鞄を見た時に、無くなっていることに気づいたんです」


 春霞さんが、少し動いた。

 恐らく、足を組んだのだろう。

 唇に触れるのは、考えている時の癖だろうか。


「帰り道、途中でどこかに寄ったりは?」

「していません」

「イヤホンは?」

「していません」


 投げかけられる質問に、私はハッキリと答える。

 ふむ、と春霞さんはキーボードを強く叩いた。


「猫、とは?」

「え? あ、家の飼い猫です。USBが無くなったことに気が付いて、その時に猫もいない事に気が付いたんです」


 また、説明不足だった。

 猫を探してほしい、と言い出しておいて、それについて触れていなかったのだから。


「猫を飼っているなら、一軒家か?」

「偏見だろ」

「偏見」

「偏見だー」

「イメージだ、イメージ」


 春霞さんの発言に、すかさずブーイングが入った。

 息ピッタリ。

 猫飼いは一軒家か、マンション系かで多数決まで始まった。

 私は完全に置いて行かれたけれど、なんだか、凄く微笑ましかった。


「はい、一軒家です」

「そうか」


 私の答えに、春霞さんは画面に視線を戻した。

 そういえば、手元は一度も見ていないな。


「飼い始めて何年になる?」

「たしか、私と同い年で……、20年程かと」


 指を2本立て、春霞さんに見せる。

 猫は、私より数か月年上で、常に一緒にいた。

 私の、お姉ちゃんのような存在だった。


「長いな」

「あぁ、猫又か何かだな」

「えぇ!?」


 まさかの猫否定説。

 確かに、かなり長生きしているとは思う。

 人間の年齢に換算すると、96歳らしいから。

 猫の年齢に、潮ヶ波留さんまで首を傾げた。


「猫の外見は? 個人的には黒猫だとうれしい」


 春霞さんは、右の人差し指を立てながら私に尋ねた。

 質問というよりは、リクエストに近い気がする。

 私は口を緩ませ、首を振った。


「残念ながら、三毛猫です」

「オスか」

「メスです」

「そう」


 食い気味に春霞さんが顔を上げた。

 揺れた髪が宙を舞う。

 私の答えに、春霞さんは興味をなくしたように目線を戻した。


「年齢からしても、そう遠くへはいけないだろう。猫がいなくなって、今日で何日目になる?」

「えっと、4日目です」


 指を折り、日数を確認する。

 そう、4日。

 この場所を見つけるのに、時間がかかってしまった。


「……生きてるか?」


 ドキリ、と鼓動が跳ねるのを感じた。

 その瞬間、潮ヶ波留さんが目にも見えない速さで春霞さんの頭を叩いた。

 彼女の頭部から軽快な音がする。


「大変失礼しました」

「い、いえ……」

「本気で殴らないでよ」

「殴るわアホ」


 潮ヶ波留さんが、丁寧に頭を下げてきた。

 頭を摩る春霞さんに、潮ヶ波留さんはもう一度紙束をお見舞いしている。

 そう、4日だ。

 もういなくなっていてもおかしくないのだ。

 猫の性質を鑑みても、とっくに。


「猫は死期を感じ取ると主人の前から姿を消すという。だがそれなら何故USBまでなくなる? ただの勘違いでUSBは別になくなってはいないかもしれない」

「部屋は、全部探したんです。部屋だけでなく、家中も部室も全部!」


 思わず、私は声を荒げてしまった。

 焦っているのは、もう既に伝わっているだろう。

 春霞さんが、目線だけをこちらへ投げる。


「……?」


 視線を戻した春霞さんは、今度は掌で口を覆う。

 まるで、言葉を溢すのを防ぐかのように。

 首を傾げる私に、春夏秋冬さんはティーカップを傾けた。


「独り言だから。気にしないで」

「え? あ、そういう……」

「それより、お茶のおかわりはいかが?」

「い、いただきます」


 全身から脱力するのを感じる。

 春霞さんは、考えを纏める時は声に出すタイプみたいだ。

 それに反応してしまったのだと考えると、凄く恥ずかしい。


「彼誰時」

「あいよ」


 差し出されたティーカップに、彼誰時さんがお茶を注ぐ。

 私のカップにも、優しく注いでくれた。

 注がれた液体から、ふわりと温かい香りが舞いあがった。

 そして去り際、忘れずにウィンク。

 めっちゃギャップ。

 こういう爽やか青年は好感度高い。


「脚本を書いているのは、他にもいるんだったな」


 ふいに、春霞さんが口を開く。

 カタリ、とキーボードの音を共に鳴らしながら。


「はい」


 ティーカップを置きながら、私は頷く。

 確認するような口調は、今度は独り言ではなさそうだった。

 その証拠に、春霞さんが1つ頷き返してくれた。


「書き上げたばかりの脚本。もしそれがライバルの手に渡ったとすれば、私だって身震いする。それに加え、猫までいなくなった。気が気でなくなるのも当然だろう」


 カタ、と一際大きく音が鳴る。

 香り高い液体を口に含む彼女の姿は、本当に絵になる。


「そこで、確認したいのだが」

「はい?」


 僅かに、春霞さんは声を低くする。

 部屋の空気が、温度が下がった気がした。


「貴方が大事に思っているのは、猫か? それとも、……USBの方か?」

「……はい?」


 恐らく、今が一番鋭い。

 春霞さんの瞳が、刃物の様に鋭い。

 彼女だけでなく、他の瞳も私を見ているのだと直感する。

 斜運さんも、視線を私に移していた。


「君が探したいのは、生きている猫の方か? それとも、己が血肉を注ぎ、漸く書き上げた脚本か?」

「何が、言いたいんですか?」


 声が震えた。

 何を聞かれているのか、本能が理解を拒否する。

 それでも、無情に、無感情に、春霞さんは言葉を噛み砕く。


「本当に心配なのは、猫ではなくUSBの方なのでは?」

「っ、そんなこと!!」


 堪らず、私は声を荒げた。

 思わず立ち上がったことで、足がテーブルに触れる。

 テーブルに置かれたティーカップの中身が揺れる。

 今度は、潮ヶ波留さんは止めに入らない。


「未発表の脚本を奪われてしまっては、自分のモノであると証明する手段はかなり限られる。パソコンの履歴なんぞ、どうにでも偽装できるからな」

「それは……」


 そうだ。

 未発表で、誰にも見せたことの無い物語なら、奪われてしまえばもう取り返せない。

 履歴なんて、あらかじめ保存してあった適当なファイルに上書きすればいくらでも偽装できるのだから。


「脚本家志望なら、大会で自作の演目を役者に演じさせることの重要さは誰よりも理解しているだろう。自分の夢を叶える一世一代のチャンスを前に、猫を優先させる理由が、お前の中にあるのか?」


 言葉が、喉に詰まる。

 まるで、図星を突かれたようだ。

 そんなこと、考えていなかったのに。

 酷い顔をしているだろう。

 一瞬の動揺も見過ごさないような観衆の眼が痛い。

 舞台の上に、何も持たされず放り出されたような孤独感が私を襲う。


 そう、これは私にとってチャンスなのだ。

 USBの中に入った私の努力の欠片は、失う訳にはいかない。

 でも、それでも、それ以上に。


「……脚本なら、書き直します。また、新しく書けます。まだ、書けます。でも、でも私の(ねこ)はあの子だけなの!」


 あの子に、まだそばにいてほしい。

 真っ直ぐに、私の視線は春霞さんを穿つ。

 見つめ返すその猫のような瞳に、負けぬよう。

 その時、ふわりと彼女の瞳が揺れた。


「ならばこの事件、私が紐解いた」




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