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第1話 プロット作成


「おはよう、春霞」


 ふわり、とコーヒーの香りが舞い上がる。

 扉を開けた私に、潮ヶ波留は眼を向けた。

 それに続いて、他の3人も私へ視線を移す。


「おはよう」

「おそよう」

「また夜更かしでもしてたの?」


 それぞれに、朝の挨拶を口にする。

 4人は、既に朝食を終えているらしい。

 彼らの前には、ティーカップと茶菓子が置いてある。

 それに対し、私のデスクには、カップとサンドイッチが置いてあった。


「おはよう」


 挨拶を返し、ゆっくりと体を運ぶ。

 やはり、若い頃の様にはいかないな。

 もう少し、健康に気を使わなくては。

 杖をデスクの脇に置き、椅子に腰掛ける。


「少しでも寝れた?」

「30分程度なら、寝れたんじゃないか」

「そう」


 春夏秋冬から指摘があった通り、私は夜更かしをしていた。

 6時頃、私の部屋の前を通り過ぎようとしていた潮ヶ波留に紙束を投げつけ、ようやくベッドに体を任せたばかりだった。

 私は、朝日を見てからでないと落ち着いて寝られない。

 だが、朝になれば団員達が代わる代わる私を起こしに来るのだ。

 現在時刻午前8時。

 もう少し、ゆっくり寝させてくれればよかったのに。

 まぁ、私が夜更かししたのには、ちゃんと事情があるのだが。


「昨日報告書サボった人、手を上げて」


 手本というように、私は片手をあげて見せる。

 あ、眼を逸らした。

 なんで3人同時に眼を逸らしたんですかね?

 私が何時まで起きてたと思ってんだ。


「サボった奴、手を上げろ」


 まぁ、上げなくても分かってるんですけどね。

 何故、別々の案件の報告書を全部私が仕上げてるんですかね。

 パソコンに文字を打ち込みながら不思議でしょうがなかったわ。

 私の体を襲う絶不調。

 大声を出す気力さえない。


「潮ヶ波留は偉いなぁ。ちゃんと、きっちり、報告書くれるんだもんなぁ。潮ヶ波留は偉いなぁ」


 思わず、私はデスクに突っ伏した。

 駄々を捏ねる様に、両手でデスクを叩く。

 その反動でパサリ、と羽織が床に落ちた。

 私の腕を一瞥した潮ヶ波留は、無言でそれを拾い上げた。


「よ、流石団長!」

「偉い偉い、春霞さん偉い」

「流石リーダー」

「調子のんなよテメェらあ」


 この3人は、こういう時だけ団結する。

 囃し立てた後、自室へ逃げる3人を追いかける気すら起きない。

 大きく溜め息を吐き、私は潮ヶ波留から羽織を受け取った。


「ありがとう」

「うん」


 受け取った羽織は、肩にかける。

 一気に静かになった部屋の中を見回した。

 この部屋は、事務所、だろうか。

 この家の中で一番広い部屋だから、共用スペース兼客間として使っている。

 私が入ってきたのは、私から見て左側の扉。

 その先は廊下で、他の部屋への出入り口だ。

 そして私から見て正面の扉は、ある意味玄関だ。

 本来の玄関は別の場所にあるのだが、使い勝手の良さから、皆この扉を玄関として使う。

 客も、この扉から入ってくる。


「今日の朝食当番は潮だったか」

「うん。今日はタマゴサンド」

「いただきます」


 目の前に置かれたサンドイッチに手を伸ばす。

 黄色く、艶のある具が、私の食欲を引き出す。

 まだ、ほんのりと温かい。

 潮ヶ波留が私の起床に合わせて温めたようだ。

 本当に気の利く男だ。


 一口。

 サンドイッチを口に含む。

 とても優しい味だ。

 卵だけでつくったのは、ほぼ徹夜の私を気遣ってくれたのだろう。

 皿に乗っていたサンドイッチは、すぐに私の腹に収まった。


「ごちそうさま」

「おそまつさま」


 食後の挨拶も忘れない。

 朝のコーヒーを楽しみながら、私は潮ヶ波留を見る。

 この時間だと、潮ヶ波留はソファに座っている。

 私が仕事を始めると、彼は常に私の傍に立っている為、座っている潮ヶ波留は貴重だ。

 私は彼の足元へと目線を下げる。


「何?」

「靴変えた?」


 私の視線に気づいた潮ヶ波留が顔を上げた。

 彼の靴は、昨日まで黒だったはずだ。

 茶に変わった靴に、私は首を捻る。


「あぁ、ダメになったから予備の。今日明日辺りに新調に行く」


 そう言って、潮ヶ波留は床に踵を打ち付けた。

 どうりで、色以外に変化した箇所が無い訳だ。

 男性という生き物は、靴にこだわりがあるらしい。

 たしかに、彼誰時も同じブランドのものしか使っていない。


「なら、今日は私が買い出しだから護衛代わりに一緒にくるか?」

「元々そのつもり」


 私の提案に、潮ヶ波留は立ち上がりながら答える。

 空になった皿を手に取り、私に顔を近づけた。


「本当に、護衛のつもりだけど」

「あぁ、今日は特に体の調子が悪いから助かる」


 事実、右足首が痛んでたまらない。

 古傷が疼く、というのは比喩でもなんでもない、ただの事実だ。

 潮ヶ波留は、1つ溜め息を吐いて踵を返す。

 何故このタイミングで溜め息を?


「潮、ついでに地下の劇場から猫に関する台本を何本か取ってきてくれ」

「猫?」

「選択は任せる」


 ドアノブに手をかけた潮ヶ波留の背に、私は言葉を投げた。

 この建物には地下もあり、そこは防音完備の劇場になっている。

 劇団らしいだろう。

 私の趣味だとも。

 この部屋に置ききれない台本は、劇場に置いてあるのだ。

 振り返った彼は、何かを納得したように首を動かした。


「そういえば、昨日、猫を見たって言ってたな」

「久しぶりに出かけてみれば、足元に猫の死骸が転がっていたんだ。気分のいいものではなかったよ」

「SAN値チェックしとく?」

「失敗した」

「そう」


 私は基本、外出をしない。

 身体を蝕む絶不調が、私を外へ出さないからだ。

 だが、月に一回程度、身体の調子が良いときがある。

 そんな時にふらっと、散歩にでることがあった。

 その先で出会ったのが猫だ。

 上がりかけていた気分はすぐに元に戻る。

 まぁ、帰宅後、積み上げられた報告書を見た時の方がテンションは下がったが。

 再び、潮ヶ波留は扉へと向き直る。


「その扉の傍に突っ立っている3人も呼び戻しておいてくれ」

「了解」


 私の言葉を聞いた潮ヶ波留は、僅かに扉を開ける。

 そして勢いよく、開きかけていた扉を蹴った。

 悲鳴が聞こえた気がする。

 私は背凭れに寄り掛かりながら、カップを傾けた。


「そろそろ、客が来るぞ」




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