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とみちゃんと天国のレシピ   作者: 黒猫チョビ
二品目 親友のカレーライス
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二品目 親友のカレーライス -1-

 パンッパンッパンッ


 夕刻。豆腐の移動販売のラッパの音が聴こえる中、私が頼まれた食材の買い出しから戻ると、調理場でなにかを執拗に叩いている大将の姿があった。


 カウンターには辰さんと、初めて見る顔の初老の男性のお客さんが一緒にお酒を飲み交わしている。


「おぉ〜、トミちゃんおかえり」


「辰さんいらっしゃい。変なお客さんでも来たんですか?大将執拗になにかをバンバン叩いてますけど」


 それを聞いた辰さんは、大笑いしながら


「違う違う。いま、大将に『かつおの塩たたき』を作ってもらってるところなんだよ」


 かつおの塩たたき?かつおのたたきって、かつおの身を火で炙って、切り分けておわりじゃないの?という顔をしていると


「トミ、電話で頼んだもんあったのか?」と、タオルで手を拭く大将に聞かれた。


「はい。一緒に探してこいっていわれた"あさつき"買ってきました」


 そういうと、そのあさつきを袋からサッと取り出して手渡す。それを、見事な包丁さばきであっという間にみじん切りし、たっぷりとかつおの上に振りかけると、なにやらタレのようなものをかけて、またパンパンパン。


「はい。お待ちどうさま」


 辰さん達の前に、ローストビーフのようにグラデーション鮮やかなカツオが大皿に並べられており、その上にたっぷりとかけられた緑鮮やかなあさつき、中央にはスライスされた玉ねぎがこんもりと盛られたている。皿の端には、すりおろした生姜が山葵のように添えられている。


「うめぇ〜。このカツオの身のモチモチ感。やっぱりカツオはたたきで食うのがいちばんだな大将」


 一切れ、また一切れと一向に箸が止まる様子のない辰さん。それから遅れて、横にいらっしゃるお客さんも一口召し上がると、


「おぉ〜、これは美味い。長い事本場にいましたけど、それに勝るとも劣らない味ですね」


 お二人の喜ぶ姿をみてホッとしたのか、


「カツオは足が早い魚ですからね。今は輸送技術が良くなったとは言え、本場の味や風味にはとても敵いません。それを補うために、昆布出汁に、醤油、酒、砂糖などを合わせたタレをなじませてあります。」


 なるほど。と納得する二人。そこで、私はある疑問を聞いてみることにした。


「さっき、カツオをパンパン叩いてましたけど、あれはなんなんですか?」


 その質問に答えてくれたのは、意外にも辰さんのお隣にいる男性だった。


「本場土佐のほうでは、実際あのように塩や調味料をかけた後、手のひらや木の棒などでパンパンと上から叩いて味を馴染ませていくんです。諸説あるみたいですが、このような調理法から『かつおのたたき』と呼ばれるようになったそうですよ」


 へぇ〜。と感心している私を冷ややかな目で見てくる大将。時々見せる「調理学校でおまえは一体なにを学んできた」の目である。うぅぅ…グサグサと心に刺さって痛い…


「こいつ、俺の釣り友達で最上もがみっていうんだ。九州のほうで働いてたんだけど、定年を機にこっちに引っ越してきて知り合ったってわけよ」


と、辰さんが初老の男性の背中をバンバンと叩く。


「私も釣りが好きで、以前住んでいたところは海には近かったんですけど、車で数時間いかないと川がなくてね。ちょうど娘婿達から一緒に住まないかっていう話をもらっていて、それに、車で30分もしないところで渓流釣りができるスポットもあって。それじゃ、余生は川釣りを楽しもう。そう思って越してきたら、この人で川でばったりと出会っちゃったってわけです」


「なんだよ、それじゃまるで俺が川でシャケとってるクマみたいじゃねぇか」


 ガハハと大笑いする二人。ここまで楽しそうにおしゃべりしている辰さんをみるのは久しぶりである。


「春になって、カツオのたたきが食べたいなぁ、って先週辰さんと話をしていたらね。『だったら美味い店紹介してやるよ』っていって本日お邪魔した次第です」


なるほど。大将が先週末くらいに九州の漁港の知り合いの方となにやら電話をしていたのはこのためだったのか。


「近年カツオの不漁が続いていて、形が良く、手頃のものがすぐに手に入らなくて、お待たせして申し訳ありませんでした。」


「こちらこそ、美味しいたたきを久しぶりに食べることができました。ありがとうございます。」


バクバク食べては飲んでを繰り返し、徳利に残ったお酒をお猪口にすべて移すと


「トミちゃん。ぬるで1本つけてくれ」


辰さんのその注文を聞いた大将が目で合図してくる。ははぁ~んなるほど。


「辰さん?次で何本目?」


一瞬肩がビクリと動いたのが見えた。最上さんも苦笑いを始めた。


「な、何言ってんだ、トミちゃんが来てからまだ1本しか飲んでないよ」


声がうわずっている。私は大将にアイコンタクトを送る。こういう時は、つうと言えば、かあで通じる。


「確かに、トミが来てから"は"1本目ですね。私がつけたら4本目になりますけどね」とどめの一言。日本酒だったら徳利2本が適量。それ以上は飲みすぎ。


「そ、そういえば、もがちゃん。ほかに食べてみたいものはないか?」


うまく逃げた。こういう時の引き際は流石と言うべきか。


「お好きなものをおっしゃってください。和以外でも、ある程度はお作りさせていただきますよ」


過去に、結婚記念日のお祝いでご家族が見えた際も、お子さんが「お子様ランチ」が食べたいとぐずったのですが嫌な顔せず作って出していた。大将曰く、毎日和食ばっかり食べていると、たまにはハンバーグが食べたくなるだろ?料理も一緒で、たまには違うものも作りたいのさ。ということらしい。


「そうですねぇ。それでしたら…」


はてさて何が来るかなと一同構えていると


「カレーライスが食べたいですかね」


まさかのご注文に私は目が点になってしまった。


え?カレーライスって、あのカレーライス?

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