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とみちゃんと天国のレシピ   作者: 黒猫チョビ
二品目 親友のカレーライス
10/42

-4-

 畳の上で、私は大の字になって何もない天井を眺めていた。


頭の中で数多あまたの人の感情が一度に流れ込み、そして逆流しては渦巻いて、今は、立ち上がる事どころか、身動き一つすらとれない。


 昨晩、最上さんと宴会の打ち合わせをさせていただいた。最上さんが食べたいと言っているカレーライスを作った友人の方は、数年前に起きた天災によってその生涯を閉じられたとのこと。


その故人をしのび、毎年旧友達で集まっては追悼会をしているらしく、今年は最上さんが幹事ということで、「つくし」を是非使いたいのだと。


 −天災−


 その単語を聞いた時、私はある一つの覚悟を決めた。寿命や病気など、本人が自覚をし、その生涯を終えられた方は、ほとんどの場合が自分の死を受け入れている。だから、あの世からこの世に降ろしてくる御霊みたまは落ち着いている事が多い。でも、天災や不慮の事故などの場合、御霊はその事実を受け入れる事がいまだできないままでいる事が多くある。そのような事から、平安時代には『御霊ごりょう信仰』という一つの思想が生まれた。死を受け入れる事ができず、この世にまだ生があると思っている御霊は、何かのきっかけで暴走し『怨霊』と化してしまうことがある。一度怨霊と化した御霊は暴走を繰り返し、現世に災いを振りまく種となる。御霊信仰とは、そのような怨霊を崇め奉り、御霊へと戻す事で平穏無事に過ごすための一つの神事である。


 その思想は、鎮魂祭や慰霊碑などという形で現代でも残っている。しかし、それだけでは不十分なこともある。家族や知人、そう言った近い関係にある人たちが故人を偲ぶ事で、御霊は死というものを受け入れていくことができる場合もある。問題なのは、そう言った近親者がいない御霊達。彼らはあの世で死というものを受け入れる事ができず、今なおもがき苦しみ、現世に戻ろうとしていることもある。中には現世に霊魂として彷徨っているケースもある。最上さんの友人のように、天災で命を落とした御霊をこの世に降ろそうとした場合、同日、同時刻、同場所で亡くなった、条件の近い御霊達が引きづられるように現世への通路に集まってくる事がある。そういったことがおきると、体の中に複数人もの御霊が入る事となり、幾人もの御霊達の喜怒哀楽の感情が一度に発生し、呪術者の負担は膨大なものとなる。八百万の御霊の中から、ただ一つの御霊と交信ができない未熟な呪術者ほどそれは起きてしまうことがある。


 そして、案の定それは起きた…


 頭の中で渦巻く感情の暴走は、吐き気や嫌悪感を通り越して、体の各神経回路までもを蝕んでいた。師匠であるお婆ちゃん自身も若い頃にはよくあった事だと言っていた。そうやって、御霊たちの気持ちを汲み取っていくことも修行なのだと教えてくれた。


 ギシッギシッギシッ


 一階から誰かが上ってくる音がする。多分大将だろう。廊下を歩く音が部屋の前で止まった。


「とみ。生きてるか?」


昨晩お店を閉め、片付けをしている時にこうなるであろう事は事前に話をしてあった。


「な、なんとかいきてますぅ〜〜〜」


情けない声だけど、私は答えた。


「とりあえず、入るぞ」


そういって大将が部屋に入ってくると、私の横に座った。


「こういうのもなんだが、断るのも一つの勇気だからな。お前自身の体が壊れたら元もこうもないだろ?」

そういって、大将は私の体をゆっくり起こしてくれた。


「わかってます。でも、料理も呪術者としてもまだ半人前だから…合わせてやっと一人前に成れる私にとっては、これしかお客さんを喜ばせてあげることはできないから」


大将が一つため息を吐く。わかっているはずだ、親戚とはいえ、元をたどれば私たちは同じ血が入っている。自分が頑固なら、私も頑固だという事を。


「わかった。ただ、毎度毎度思う事なんだが、この際だから一つ聞いていいか?」


そういうと、大将が目線を外して聞いてきた。なんだろうか。


「その、なんだ…儀式を行うにあたって、その服装じゃないとだめなのか?」


だめなのか?といわれると、答えるのは難しいのだけれど、これは一種の仕事着でもあり、精神を集中し霊力を高めていくためのルーティンの一種でもあるから、やっぱりこれでないとダメなんだとは思う。


なんでそんな事を聞くのかと思い、私は自分の服装に視線を落とした。電気ケトルが湯を湧かすよりも早いんじゃないかと思うくらいのスピードで赤面する。上着は乱れきり、平均的なサイズの谷間を包み込む水色のブラジャーがバッチリ見え、大股に広げられた袴からは、スラリと伸びた右足が姿を露わにし、下着が見えるんじゃないかと思うくらい盛大に捲り上がっていた。


「た!た!た!大将のへ、変態!!」


さっきまで四肢に全く力が入らなかったのがまるで嘘だったかのように、介抱してくれている大将の顔を私は全力で引っ掻かいていた。


その夜から、顔に大きな絆創膏を貼る事となった大将は、傷が癒えるまでの数日間の間、お客さん達から口々に「お?どうした大将。奥さんと喧嘩でもしたか?」と言われ続けるのでありました。

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