「あんたうちの組にいくら貸しがあるとおもってんの!」
「…で…野良猫が引かれそうだったからトラックの前に思わず飛び出したと…。」
「はい…幸い、軽いねん挫と脳震盪で済みました。」
昼下がりの病院の個室から突如、ドォンという不自然な轟音が響き渡った。
俺はその轟音…というか衝撃によりベッドから吹き飛ばされ、病室の壁に激突した。
「ごげぇぇ!」
「ざけんなぁぁぁ!何回目だと思ってんだぼけぇぇ!毎回毎回お人よしな理由で死にかけやがって!」
俺をグーパンチでベッドから壁に叩き付けた美少女は、腰にまで届く真っ黒な長い髪をなびかせながら、俺の前まできて仁王立ちしたあと、ヤンキーよろしく(いや、ヤンキーより怖い。)俺の襟首を掴み、どう見ても筋力のなさそうな細腕で俺を高々と持ち上げた。
間違っても怪我人にする仕打ちではない。
「あんたうちの組にいくら貸しがあるとおもってんの!」
「す…すみません。小椿姐さん」
「その呼び方はやめろって何べん言ったらわかんのよ!!」
完全なキレ顔になった彼女、海道小椿は俺を今度は床にたたき落とし、またグーパンチを繰り出そうとする。
あぁ…死ぬな…。もういっぺん。
「お嬢!あんまり騒いだら駄目ですって!パンツが見えそうです!はしたないです!あと明那の借金は8千万です。」
「あぁ!?見たやつは今すぐ闇医者に目ん玉売ってこいこらぁぁぁ!!5千万くらいにはなるだろ?!」
「お嬢!そんなに高値はつかないっす…。あとこれ以上やったら明菜が本気で死ぬっす。まだ保険もかけてないのに!!」
死を覚悟したが、そり込み系オールバックグラサンと、ドレッド系長髪グラサンが、殺人パンチが繰り出される寸前に小椿の両腕をそれぞれつかみ、ずるずる引きずりながら小椿を俺から離していく。
オールバックグラサンが田澤さんで、ドレッドグラサンが大崎さん。
組長に頼まれ小椿の護衛をする下っ端構成員の二人。一応俺の先輩ということになる。
しかし、護衛とは名ばかりで、小椿と一緒に暴れるか暴れる小椿を押えるかしてるところしか見たことがない。
「それにこれだけきれいな顔してるんですよ。そっち系のAVに出させた方がもっと儲かるってもんです。」
「そうっすよ!その辺の親父からちょちょいと小遣い稼ぎさせることも…なので顔は勘弁っす!」
あと、俺のことを金づると見ていて、先輩というのも名ばかりである。
「そうね!女の私よりキレイな顔!髪!体!肌!!」
自分で言いながら落ち込んでいき、更に怒りをヒートアップさせる。(なぜ?)
「ちくしょう!若さがそんなに大事かァァ!!」
「お嬢は明那より一つ上なだけでしょう!」
小椿の怒りの対象が田澤さんに代わり、大崎さんが必死に繰り出されるこぶしを押えている。
騒ぎを聞きつけてあけっぱなしのドアに、他の患者や看護師が集まってくるが、どう見ても普通ではない雰囲気にだれも中に入ってこようとはしない。
俺は騒ぐ三人にばれないように、小さくため息をついた。
現世で悪いことをしたら死後は地獄に行くと言うが…
俺…乙星明那にとっては、今、この現世こそが地獄だと思う…。
両親は7歳の時に飛行機事故に巻き込まれて死に、遺産は弁護士の親戚に根こそぎ奪われ、俺を引き取った別の親戚からは奴隷扱い。その上俺を担保に闇金から金を借り、とんずら…。
最終的に金を巻き上げに来たヤクザには…
『いやいやいや…このガキに8千万って…いやいやいや…』
『ボロッボロのガリガリだしなぁ…あんぱん食えるかー?』
…と同情されほどこしを受ける始末。
俺はヤクザに売られ…借金返済の日々を送るようになった。
その境遇だけでも地獄といっていいと思うが…地獄はそれだけで終わらない。
俺は誰に似たのか、男とは思えないほどの女顔かつ細身。
その顔も、自覚はないが他人がいうには「そこらにそうそういない美人」らしく、名前のせいもあって、しょっちゅう女に間違えられた。
加えて仕事柄、夜の繁華街をうろつくものだから、それは!もう!変な連中から声をかけられまくりだ。
『彼女ー、俺たちとちょっと遊ぼうよー』
『おねーさーん、オレらちょっと教えて欲しいことがあってー、そこの路地裏に来てくんない?』
『5万出すから!男でもいいから!!先っぽだけでいいからぁぁぁぁ!!!』
「男だ」と主張しても信じてもらえなかったり、男でもいいから!と毎回毎回、最後には無理矢理連れて行かれそうになる。
小椿と違って基本荒事の苦手な俺は、必死で逃げようとするが、そううまくいくわけもなく…。
必死で逃げようとして道路に飛び出して車にはねられたり、無理に手を振りほどこうとして反動で塀に頭をぶつけたり、逃げ切れずにリンチにあい、ズボンのベルトを外される寸前で小椿に助けられたり…。
他にもバイトで疲れてぼーっとしたりして信号の変わる直前の道路で倒れたり、今日のように、他人が危ないからとついつい助けにつっこんだり…で………。
とにかく俺は死にかけることが多かった。
しかし根はしぶといのか、入院するほどの大けがになっても今日まで大きな後遺症もなく、生き延びている。
ただ治療費と利子を返すだけで手一杯で、借金は一向に減っていない。
そして今日も、結局死ななかったのかとため息をつく。
自殺願望があるわけではないが、こんな人生早く終わった方がいい…と思ったことがないわけではなく…。
死にかけやすいのか、死にたがってるのか…。
卵が先か鶏が先か…の思考になってきてるのは明らかだった。
『今生も…お前にとって………世界は地獄か?』
そういえば…。
トラックに轢かれ…意識を失い…なんだか変な夢を見ていたような気がする…。
……思い出せない…。
ただ…しわがれた老人の声だけがやけに耳に残っている…。
記憶の糸をたどろうと、頭をひねっていると小椿が俺の上着を無造作に俺の方にほおった。
「ほら…支払は済ませてあるから…とっとと帰るわよ」
不機嫌そうに顔をゆがめてはいたが怒りは治めたようだった。一通り騒いで落ち着いたらしい。
赤ん坊か!?と突っ込みたくなるが、いつものことなのでこれ以上怒らせないように口元を押えた。
「午後のバイト先には私から休みって電話しといたから…今日はゆっくり休みなさい…」
「ありがとうございます。小椿姐さん…」
ぴくっと病室を出て階段を降りようとしていた小椿の動きが止まる。
顔は見えないが、オーラはさっきのアレに戻っていた。
そのまま振り向かずに…
「やっぱなしうちで働け…奴隷のごとく…」
「え?なんで?」
「治療費分しっかり体で返すのよ!」
「だったらバイト休ませなくても」
「うるさーい!」
そう言って振り返ると、俺の襟首をまたつかみ。そのままづかづかと階段を下っていく。
今にも落ちそうな俺と小椿のわめき声を聞きながら、西澤さんと大崎さんがやれやれという顔をしながら続いた。
俺は小椿に蹴られながら病院の自動ドアをくぐる。
正面玄関にとめられた黒塗りの車に人々の目が集まっている。
同じく正面にとめられた白くて小さな車には目もくれず…
運転席の女は、その黒塗りの車に乗り込む…どう見ても堅気には見えない集団をサイドミラー越しに見ながら、助手席を倒して置かれている大きくて平たい桐の箱を撫でた。
「あれが…「心眼」の持ち主…」




