告白の先に……
~告白の返事~
なんで?なんでなの?
人生初の告白。
「わりぃ!俺、お前無理だわ!」
今日の昼休みに聞いた声がまだ、耳の奥で聞こえている。
何も、あんな振り方ないじゃないか。もう少し優しい口調で言ってくれたっていいじゃないか。
でも、どっちにしろ傷つくことに変わりはない。
出そうで出ない涙が目に溜まる。視界がぼやけてきた。もう我慢するのは限界。いっそのこと泣いてしまおうか。そう思った時だった。
「つかさ!」
誰かに名前を呼ばれ、同時に肩を掴まれた。
振り返るとそこには奏矢がいた。
「……奏矢?」
涙が溢れた。その涙は頬をつたって、膝に落ちた。
「どうした?」
奏矢は、驚いて、顔を覗き込んだ。
「ううん。なんにもないよ」
「なんにもないことないだろ。俺で良かったら聞くよ。っていうか、聞かせて」
あぁ、本当に心配してくれてるんだ。そう思った。
「実はね、私、告白したの。4組の本木直也に。でも、ダメだった。私じゃダメだった。それに、振り方が、ひどかった。もう、学校行けない」
「直也、なんて言ったの?」
「私じゃ無理って、言ったの」
奏矢に話したら胸の中にあったモヤモヤがなくなった。でも、涙が溢れた。さっきよりも、もっともっと。
「そっか」
奏矢の声が聞こえた瞬間に、体がなにかに包み込まれた。全然苦しくなくて、心地よい。暖かい。
「奏矢……」
「安心した?」
「ありがとう。心配してくれてありがとう」
涙が頬をつたって、奏矢の肩に落ちた。
なんだか、ずっとこのままでいたい。
家に帰ってきてからずっと奏矢のことを考えていた。
★ ★ ★
奏矢との出会いは6年前。
小学校1年生の頃のことだった。
なかなか友達ができず1人で大人しく絵本を読んでいる私に声を掛けてくれた。
「あ!!『ダンゴムシの本』だ!!面白いよね!」
「あ、うん」
出会って間もない頃は「テンションが高くてついていけない」と、敬遠していた。
でも、だんだん仲良くなっていった。一緒に家に帰ったり、遊んだりした。私にとって奏矢は“親友”だった。奏矢自身も友達は少ない方だったから同じ気持ちでいてくれただろう。クラスの男子に「ヒューヒュー」と言われたって、私の手を離さなかった。力ずよく握っていた。
でも、今、私の奏矢への気持ちは変わりそう。“親友”から別の何かに。
~嫌いになった瞬間~
朝はみんな嫌いだと私は知っている。でも、今は「自分が一番朝を嫌っているんだろうなぁ」と思ってしまう。
振られたばかりの心は生まれたての子鹿のように立とうとしても崩れてしまう。
なんとか勇気を出して学校に行ったところで何が変わるんだろう。
告白の返事が変わるわけでもなく、クラスのみんなが慰めてくれるわけでもない。だって、友達なんていないから。いらないから。
教室のドアの前で突っ立って、「1年4組」のプレートを眺めている。
予鈴が鳴る3分前。廊下には誰もいない。時々「ドサドサ!」という騒音が聞こえるだけだ。
「早く教室に入りなさい。遅刻になりますよ」
学年主任の高岳先生がそう言って通り過ぎた。
「別に遅刻したっていい……」
ボソッと呟いてドアを開けた。
──ガラッ
──キーンコーンカーンコーン
「おい安元。ギリギリだぞ」
担任の先生が早口に言った。
「す、すいません……」
消えそうな声で謝り、自分の席に向かった。その時。
──ガタン
いきなり、何かにつまずき目の前が教室の床に変わった。木の匂いとホコリの匂いが混ざった変な匂いがした。
ヨロヨロと立ち上がるとクラスのみんながこちらを見てクスクスと笑っていた。
直也がこちらを見てボソリと言った。
「やめろよなぁ。俺の足が汚れるじゃんか」
そっちから引っ掛けてきたくせに。馬鹿じゃないの。
言いたいことは山ほどあるのに、なんで言えないんだろう。
もし、言いたいことが素直に言えたなら私は間違いなくこういうだろう。
「アンタみたいなばか、大っ嫌い」
心の底から思った言葉。
こんな事言ったら直也はどんな顔をするかな。
口を開けて、ポカンと私を見つめるだろうか。
自分の席に座ってため息をつく。
隣から呟きが聞こえた。
「あぁーあ。誰かさんのせいで朝行くのちょーだるかったよ」
「あ、そう」
何よ。私の方がもっと辛かったし。振られた方の気持ち考えてよ。
告白する前までは「隣に好きな人がいるんだ」とドキドキしてたのに。今ではもうそんなことない。好きじゃない。
私が直也を好きになった理由は、顔じゃない。性格が好きだった。困っている人を見ていると放っておけない、その性格に恋をした。
直也は顔がいいわけじゃない。でも、モテる。きっとみんな性格で好きになっちゃうんだろうな。
~親友に嫉妬~
帰りはいつも1組に行く。奏矢を迎えに。
「起立。さようなら」
「さよーならー」
勢いよくドアが開いてぞろぞろと人が出てくる。その中から必死になって奏矢を探す。
いた。
人混みに紛れて、よろけながら奏矢が出てくる。
「奏矢……」
一瞬、見てはいけないものを見てしまったような寒気がした。
奏矢の手には誰かの手が握らていた。その相手は、女子だった。女の子は、奏矢に手を引っ張られて、慌ててついて行っているようだった。
「そ、奏矢くん……」
女の子の慌てた声が聞こえる。どうやら、奏矢は私の存在に気づいていないようだった。
仕方なく1人で帰ることにした。さっきのことがずっと脳裏をめぐっている。
もしかしたら奏矢はあの女の子が好きなのかもしれない。告白を、したのかもしれない。
だとしたら……私……。
この時、奏矢への気持ちがはっきりとわかった。
「私、奏矢のこと、好きだったんだ」
いつも奏矢と一緒に歩いていた帰り道を走る。走って、走って、奏矢の家の前まできた。
インターホンを押そうと伸ばした手を引っ込めてはまた伸ばして、を何度も繰り返した。
「はぁ。無理かぁ。帰ろっかな」
「つかさ……?」
「え?」
不意に右から声がした。
「奏矢、まだ帰ってなかったの?」
「うん。お前、いなかったからさ。しばらく校門の前で待ってたんだけどな。高岳先生に『はやく帰れ』って言われちゃってさー。仕方なく帰ってきた」
待っててくれたんだ。すごく嬉しい。すごく嬉しい、けど……。やっぱりあのことが気になる。
「あのさ、今日、女の子の手を引っ張ってどっか行ったよね」
「え、あー。あれね、ちょっとね。あはは……」
誤魔化すように笑う奏矢に腹が立った。
「何?なにか隠してる?」
「なんにも隠してないよ」
「じゃあなに?教えて」
「ごめん。俺もう家入りたいから。じゃあな」
奏矢が足早に家に入っていった。
なんか、すごく嫌な奴だな、私って。
まだ、付き合ってもないくせに奏矢に問い詰めて。奏矢ちょっと、いや、かなり嫌そうな顔してた。
~事故っちゃった~
〈さっきはごめん。色々、問い詰めちゃって〉
メールで謝る。これは本当に都合のいい方法だ。
こんなことを感じるのは私だけかもしれないが、メールの方が直接伝えるより特別な感じがする。それに直接言うより伝えやすい。文字を打って「送信」のボタンを押すだけなのだから。
「はやく返事帰ってこないかなー︎」
こんなに返事が待ち遠しいのも、相手が“好きな人”だからだろう。
──ピロリン♪
着信音がなった。
「きた!」
携帯の画面を覗き込んだ。内容は……
〈もうご飯だから降りてきなさい〉
なんだ、お母さんか。ガッカリして、しばらくボーっとしていると今度はお母さんの“声”が飛んできた。
「ご飯よ!」
「はーい」
急いで階段を降りた。
「やばい」
足がもつれて階段の上で足をすべらせた。
──ドン、ドン、ゴン
鈍い音がした。その後に、腕に激痛が走った。
「痛った……」
「つかさ!?」
お母さんの声が聞こえる。「大丈夫だよ」そう言って立ち上がりたいのに、笑いたいのに。体が動かない。
「痛い?どこが痛いの?」
「腕、腰……」
声を絞り出す度に腰が痛む。
「救急車を呼ぶわ」
お母さんが電話機の方に走っていく。
「はい、はい。そうです。はい」
相変わらず、お母さんのあいずちは多い。
「来てくれるって。安静にしておきなさい。驚かさないでちょうだい。でも、頭をぶつけなくてよかったわね」
お母さんは完全に独り言状態になっているけど、お構い無しに話を続ける。
「明日は学校行けないわね。病院で入院になるかしら」
その言葉は私の心にチクリと刺さった。
私が入院したら、奏矢に会えない?
私が入院したら、あの女の子に奏矢を取られちゃう?
奏矢のことを考えれば考えるほど不安は増していった。
「あ、来たみたい」
救急車のサイレンが近ずいてくる。そして、玄関のドアが開いた。私はストレッチャーに乗せられ、車内に入る。その後にお母さんも車内に入る。
「どこが痛みますか?」
「腕、腰」
「どこでこけましたか?」
「階段」
「足をすべらせたのですか?」
「はい」
「他にどこをぶつけましたか?」
「わからない」
すべてを単語で返す。でないと、言葉が浮かばない。
でも、奏矢への想いを語ることならできそう。
──ピロリン♪
携帯の着信音がなった。
でも、それを手に取って見ることはできなかった。
腕は重くて動かない。
★ ★ ★
朝の光が病室に差し込む。
──コンコン
ドアのノックがして、看護婦さんが入ってきた。
「安元さん、朝ごはんですよ。腕、腰の痛みはどうですか?」
「まだ痛みます」
「ここに痛み止めを置いておきますから飲んでくださいね」
看護婦さんは私に笑いかけて出ていった。
病院のご飯って、少ないなぁ。
私は「体は小柄なくせにご飯だけはよく食べる子」とよく言われていた。給食だって、自分より体の大きな子が残したご飯を全て平らげた。
もちろん、自分のご飯なんてあっという間だった。
「あ、そういえば救急車の中で携帯の着信音なってたんだっけ?誰からだっけ」
右側にある棚に携帯が置いてあった。何気なく手を伸ばした。
──ズキッ
「痛っ」
思わず腕を引っ込めた。右手にはギプスがはめられていた。あまりの激痛に驚き、右手を抑えようとした時、別のところに激痛がはしった。
「いった……」
腰だった。このままでは歩けそうもない。
ちらりと左に目をやると車椅子があった。
「これ……、私の……?」
急に悲しくなった。そんなに重症だったなんて……。
★ ★ ★
1階から15段上の階段から足をすべらせた。
(やばい)
そう思ったのと同時に腰が階段の角にぶつかり、腕から1階の床に叩きつけられた。
「つかさ!?」
お母さんの声がして、「あぁやっちゃった」って思った。
お母さんの心配そうな瞳は潤っていて、まるで私が死ぬ寸前の時のようだった。
──コンコン
はっと我に返り、わざと明るく返事をした。
入ってきたのは………奏矢だった。
「え?奏矢……?」
「大丈夫か?」
信じられない。すごく嬉しい。嬉しすぎてもう腕、腰が痛いのなんか吹っ飛んでしまいそう。
「学校で噂になってた。お前のこと」
「私のこと?どうして」
「直也が俺に伝えてくれたんだ」
「直也?本木直也?」
「うん。あいつさ、授業中にも関わらず急に俺を呼びに来てお前のこと教えてくれたんだ。俺も本当にビックリしたよ」
なんで?どうしてそんなことするの?やっと諦めかけたのに。また、好きになっちゃうよ。
~あの時~
──ガラッ
3時間目の数学の途中、教室のドアがいきなりあいた。まるで遅刻ギリギリの生徒が教室に駆け込んでくる時みたいだった。
ふと、目をやるとそこには本木直也の姿があった。
(あ、あいつ……何しに来たんだよ)
心の中で呟いて、また数式がぎっしりと書かれたノートに目を落とした。
教科書の問題をもう一度解こうとシャーペンを握った時。
「松下奏矢!!」
いきなり教室に入ってきたかと思ったら俺の腕を引っ張ってきた。
「うわっなんだよ」
「こら!今は授業中だぞ!」
数学の大塚先生が怒鳴ったが、直也の耳には入らなかった。
「ちょっとこっち来い」
これ以上先生を怒らせてはまずいと思い、仕方なく直也についていった。
「5分で戻ってきますんで」
直也は長い廊下を歩き、3階から2階まで続く階段の近くまできた。
「なんだよ」
少しきつい口調で言ったが直也は動じない。
「つかさ、入院してる」
「は!?なんでだよ!」
「昨日の夜、階段から落ちたって」
頭の中が真っ白になってただ呆然と立ちすくんだ。
「それ伝えたかっただけ。悪かったな、急に教室押しかけて」
直也は謝ると2階にある4組の教室に戻ろうとした。
「おい」
直也が足を止め、こちらを振り返る。
「なに?」
「なんで、俺に教えてくれたんだよ」
「は?」
「なんで、先生に怒鳴られながらも俺につかさのこと教えてくれたんだよ」
「だって、お前とつかさ、仲いいから」
「ありがとう。その……」
「5分で戻ってくるって先生に言っちまったんだろ?行けよ」
俺の話をさえぎるように言って、階段を降りていった。
なんだか、直也ってすごくいいやつだなと思った。
★ ★ ★
奏矢はベッドのそばにあった椅子を指さして、
「ここ、いい?」
と聞いた。
「うん。どうぞ」
奏矢が椅子に座るとなんだか緊張してきた。
(なんか言った方がいい?話題ないかな。あ、最近流行ったギャグのこととかいいかも!)
「あのさ…」
「あのさ…」
(かぶったーーーーーーーー!!)
「あ、いいよ。どうぞどうぞ」
「いや、いいよ。大した話じゃないし」
「私だって大した話じゃないよ!」
慌てて弁解した。
すると奏矢は私の目をじっと見て言った。
「いいよ。大した話じゃなくても」
(なななな、何この展開!!)
ドキドキして、いい感じになってきた時に奏矢が付け足した。
「お前の『大したことじゃない』は、ズレてるからな」
「ちょっと、なにそれー!!」
二人で笑った。この時間が、ものすごく貴重な時間な気がした。
「ところで、お前、どこ怪我したんだよ」
「腕と腰。今でもちょっと痛いんだ。腰はこうやって寄っかかっとけばなんともないんだけど」
ベッドの背もたれの部分に寄りかかって、再現した。
「へー。なんかいいよなー。歩かなくてもいいんだろ?」
「でも、退屈だよ」
「それもそうだな!よし!これから毎日、俺が見舞いに来てやる!」
奏矢は胸を叩いて、ニコリと微笑んだ。
「うん!待ってる!」
元気に返事をしたら、奏矢はいっそう嬉しそうな顔をした。そして「あ、そうだ」と思い出したように一通の手紙を鞄から取り出した。
「手紙?私に?」
「うん」
奏矢の顔から笑顔は消えていた。
「一人で退屈になったら読んで」
そして、また微笑んだ。どこか寂しげな微笑みだった。
~手紙とメール~
奏矢からもらった手紙。大切に棚の上に置いてある。
「退屈な時かぁ」
今もどちらかと言えば「退屈」に近い。でも、手紙を読むのはもったいない気がする。
「今は……11時か。まだ学校おわんないか…」
ボーッとしていたら、だんだん手紙の内容が気になってきて、最終的に「退屈だと思うんなら読んでしまえ」という気になった。
右手はまだ自由に使えないから頑張って左手で手紙をとった。
そしてそこには、小学校三年生のころから変わらない字体が並んでいた。
〘安元つかさ様へ〙
俺(松下奏矢)は、つかさに1度だけ泣かされたことがあります。
つかさは覚えてるかどうかわからないけど俺ははっきりと覚えてます。
あれは、小学校の三年生の頃のことでした。俺が初めて国語のテストで100点をとった時、
「見て!!100点!!」
俺はつかさが「93点」だと言うことを知りながら、自慢をしました。すると、君は今までに見たことがないくらいものすごい顔をして、俺に怒鳴りつけました。
なんて言ったかも鮮明に覚えています。
「そんなの偶然だよ!!100点なんていくらだって取れる!そんなことで喜ぶなんて馬鹿じゃないの!?」
暗記したりすることが苦手な俺でもすぐに覚えられました。四年間ずっと覚えていられるなんて、そうとう怖かったんだと思います。
次の日学校に行きたくなくて、仮病を使ったことも覚えています。
「お腹が痛い」なんて、バレバレの嘘をつきました。
お母さんも呆れて、学校を休ませてくれました。
でも、その日の夕方に俺にとってものすごく嬉しいことがありました。
君が俺の家に来てくれたのです。
嬉しくて、嬉しくて抱きつきたくなりました。(今、そんなことがあったら抱きつくと思います)
ちょっと話は変わります。君は四組の本木直也に告白をしました。そして、残念な結果になってしまいました。君にとってものすごく辛いことだったと思います。でも、逆にいいこともありました。君は本木直也のジャンプ台になりました。
君は本木直也に勇気を与えました。
君は俺が女の子と一緒に教室を出ていったことを知っていました。
実は、あれは、直也の為でした。
直也は俺に「つかさが告白してきた」と相談してきました。(君を抱きしめた時にはもう知っていました。ごめんなさい)
そして、彼は「やめとく」という選択をしました。
でも、それと一緒に「俺も勇気出す」という選択もしました。
直也も「告白する」と言いました。
そこで、俺に「頼みがある」と言ってきました。
「確か、お前 山本美菜保と同じクラスだったよな。だから連れてきてくんねぇかな。な、頼む。いつか必ずなんか恩返しするから」
「分かった」
俺はその頼みを引き受けました。そして、直也は告白しました。
返事はまだわからないらしいです。
そして、直也からの恩返しが「俺につかさが入院していることを伝える」ということだったんだと思います。
だから、忘れないでください。直也が決して君のことを嫌いになんかなっていないこと。
そして、俺がずっと君のそばにいること。
松下奏矢より
泣いた。奏矢に私が色々問い詰めたから、嫌な思いさせてしまったのに、こんなこと言ってくれるなんて。
(返事書いた方がいいかな……?)
涙で濡れた手でシャーペンをにぎった。
「えぇっと。まずは『手紙ありがとう』だよね」
書いて書いて書き続けた。気づいたらもう夕方の4時頃になっていた。
手紙を読み返す。
〘松下奏矢くんへ〙
手紙ありがとう。
小学校三年生の頃のことよく覚えてたね。私はもう忘れてたよ。
そういえば、奏矢の字体は小学校三年生の頃から変わってないなって思ったよ。
今更だけど、あの時はごめんね。まさか泣いてたなんて、思いもしなかったよ。
それから、私に教えてくれてありがとう。直也から聞いてたんだね。
でもね、私、案外悲しくなかったんだ。
じゃあなんで泣いたの?ってなるよね。
私多分 安心したんだと思う。
直也に振られた時、
「もう私は一人になってしまった。優しく接してくれていた直也まで私から離れていってしまった」
そう思って、私は一人ぼっちの世界に入り込んでしまったの。そしたら、後ろから奏矢の声がして。すごく安心したよ。だから、涙がこぼれたの。
奏矢が私が直也に告白したのを知っていたのは驚きだったけど、直也も告白しようと思ったのはもっと驚きだった。
それに、私が直也の後押しをしたなんてね。嬉しいけど、ちょっぴり悲しいかな。
でも、本当に、奏矢には感謝してる。
たとえ直也と美菜保ちゃんが付き合ったとしても、私はきっと泣かないと思う。だって、奏矢がいるから。
これからもよろしくおねがいします。
安元つかさより
「こんなんでいいのかな?」
奏矢は三枚くらい書いてくれたのに、私は二枚しか書いてない。少し申し訳ない気持ちになったがこれを渡すことにした。
(奏矢はやく来ないかなぁー)
ぼーっと天井をみていたらメールのことを思い出した。
(あれ結局見てない)
左腕で携帯をとって画面を開く。そこには1件のメールがきていた。
「誰?」
タップすると、一番最初に「気持ち、分かる」と出てきた。
わけがさっぱりわからない。
しかし、どんどん読み進めていくとそれが誰かわかってきた。
〈気持ち、分かる。ものすごく。俺が今までお前にしてきたことがどれだけひどいことかやっとわかった。
振られるってすげー怖いよな。学校行くのとか、まじで辛い。俺さ、お前にひどいことしたよな。ほんと、ごめん。俺さ、お前のこと振ったけどお前のこと嫌いじゃないよ。でも、友達のままでいたいんだ。もうちょっと言葉考えたほうがよかったよな。お前のおかげで勇気出せた。ありがとう。〉
「何よ。そんなんで済まされると思ってんの?」
口では怒っているのに、顔は涙でぐしゃぐしゃで、心の中では少し、「嬉しい」って喜んでる自分がいる。
「勇気出せた」ってきっと告白のことだろう。「気持ち分かる」ってことは直也も振られたんだろうか。
「あ、返事、返事」
返事をしようと思った時、ノックもなしに病室のドアが開いた。
──ガラッ
「ん?」
自分の目がおかしいんだろうか。そこには、コンビニの袋を片手に、私を見つめる本木直也がいた。直也は何も言わずにコンビニの袋を私に押し付け、
「これでも食ってろ」
そう言って病室を出ていった。
「え、ちょっ、待って」
追いかけたい。ものすごく追いかけたい。でも、痛い。
自分の「追いかけたい」という気持ちに負けて、車椅子に座ろうと立ち上がった。すると、
──ズキッ
腰が痛い。それと同時に足の力が抜けた。
──バタン!
狭い病室の床に体を叩きつけられ、余計に腰が痛くなる。立ち上がろうとしても立てない。
「誰か……」
私の声は病室に響き渡ることもなく消えていく。
──バタバタバタ
廊下で足音がする。その足音は病室の前で止まった。病室のドアに影が映る。
──ガラッ
病室のドアを開けたのは奏矢だった。
「つかさ!」
私のそばに駆け寄ってくれる。
「ありがとう」
「いいんだよ」
奏矢にベッドに戻してもらって一安心した。
「なんで、こんなところに倒れてたんだよ」
「あのね、直也が来てくれたの。それでコンビニの袋くれて、そのまま帰ろうとしたから追いかけようとしたの。そしたら、力抜けちゃって……。馬鹿だよね。ほんと、ごめん。」
まともに奏矢をみることができなくて俯いた。
「ほんと、馬鹿だな。」
奏矢のつぶやきが耳に入る。そして
「心配させんな。バカヤロー」
頭を優しく小突かれた。
「えへっ」
こんなことをされたら、照れずにはいられない。顔を真っ赤にして、枕に顔を埋める。
「なに笑ってんだよ。俺がどんだけ心配したと思って……」
「あ、そうそう!」
奏矢の話を遮るようにして、手紙を棚の上からとる。
「これ!手紙!」
奏矢は驚いた顔をして手紙を受け取ると一言。
「薄っ」
「はぁ!?薄いとは何事よ!これでもけっこう頑張ったんだからね?」
また、二人で笑う。
奏矢に文句を言われたって、心のどこかで「嬉しい」って思っている自分がいる。私って、けっこうMなのかもしれない。
~退院~
──翌朝。
腰の痛みも取れてきて、今日からリハビリが始まる。
長い間動かしていなかった腰を動かすのはすごく痛い。それに、力が入らない。
手すりを使わずに、ゆっくりと歩けるようになったのは夕方の四時頃だった。
「おーい」
背後から声がして振り返ると奏矢が缶ジュースを片手に壁にもたれかかっていた。
「あ、」
「よっ」
奏矢はゆっくりと歩み寄ってきて、リンゴ味の方を手渡してくれる。
「ありがとう!!さすが奏矢、私がリンゴ好きなの分かってるね〜」
「あったりまえだよ。何年の付き合いだと思ってんだ」
そういえば、奏矢と出会ってもう来年で7年になる。
「俺たち、もう中2になるよ」
「ほんとだね」
病室に戻り、奏矢にもらった缶ジュースを片手に昔のことを話した。
「そういや、俺お前の母ちゃんに『君、女の子?』なんて聞かれたっけ」
「そうそう!あの時はほんとに面白かった」
「ほんとだよなー。俺、次の日からちょっとナルシスト化してたもん」
「そうだったね。消しゴム拾っただけで『俺って優しいだろ?』とか言ってたしね」
「俺、その時から自分のこと『俺』って言うようになったんだ」
「そうだっけ」
「そうだよ。前まで名前呼びか『僕』だったから」
「そっかぁ」
奏矢の話を聞きながらジュースを飲む。
そしたら、奏矢もジュースを飲んだ。
「来年は、同じクラスがいいね」
「そうだな」
奏矢も私と同じ気持ちだったんだ。
そう思うと嬉しくなる。
「私、頑張る」
「え?」
「1日でも早く学校行けるように頑張る!」
「おう!頑張れよ!応援してる!!」
「ありがと!!」
私ならやれる。明日か明後日か。きっと学校に行ってみせる!
次に日からリハビリをいっそう頑張った。
──2日後
家に帰って来た。
「つかさ!おかえり!!」
家族の明るい声と共に、目の前にケーキが登場した。
「ありがとうー!!」
ケーキには『つかさ、おかえり!』と書かれていた。
「つかさがいなくて寂しかったなー」
お父さんがにこやかに話しかけてくる。
「……」
最近はお父さんとあまり喋っていない。小学校の頃までは普通に喋っていたのに。
「ほんとよね!なんだか寂しかったわ!」
お母さんが場の空気を悪くしないように努力しているのが目に見えた。
ケーキを食べて、携帯を手に取る。
「ん……?」
メールが三件も来ている。
タップして開くと1件は奏矢から、もう1件は直也だと分かった。
«退院おめでとう!明日から学校来るんだよな?帰りは俺が4組に迎えにいくから待ってろよ〜»
「うふっ」
思わずにやけてしまう。好きな人からのメール。
«うん!待ってるね»
2件目は直也からだ。
«明日学校こいよ»
«うん!»
相変わらずクールだ。
3件目は誰だろう。
タップするとなんだかしっかりした文が並んでいた。
«いきなりメールなんて、ごめんなさい。
でも、どうしても 安元つかささんに伝えたいことがあります。
つかささんは本木直也君に“告白”したんですよね?そのことに関しては私が口ずさむ権利はありませんから、なんともないのですが……直也君は私に告白してきました。知っていましたか?私は断ってしまいましたが、直也君はなんともなかったかのように私に微笑んでくれました。そして、「そっかぁ。しょうがないよなぁ」と言いました。私はあなたが直也君にふられている事を知っていましたからきっとあなたのおかげで、笑えたんだろうと思いました。私が伝えたかったのはそれだけです。
直接伝えた方が良かったですよね。ごめんなさい。»
彼女の名はきっと「山本美菜保」だ。直也の好きな人。
«わざわざ教えてくださってありがとうございます。
そんなことを言ってくれていたんですね。ふられて悲しかった気持ちが和らぎました。
あの、いきなりなんですけど、1組の山本美菜保さんですよね?»
メールのなかで自己紹介をされていなかったこととメールでしばらくやり取りしたかったことを理由に「山本美菜保さん本人」かどうかを確認するメールを送った。
メールはすぐに返ってきた。
«あ、そうです。自己紹介忘れてましたね。
1年1組の山本美菜保です。»
«私は1年4組の安元つかさです。»
«知ってます。»
«あ、そうですよね。すみません(笑)»
驚いた。この、山本美菜保さんは自分の感じたことを素直に伝える人だ。
それに、メールの返信が二時間経っても来ない。
まあ、返信はなくても困らないが……。
“無視”された。
──翌朝
朝の6時に目が覚め、いつもはバタバタする準備もゆっくりできた。
「忘れ物ない?」
「うん。大丈夫」
久しぶりに行く学校は少し新鮮な感じがした。
みんなと会うのが少し怖い。でも、休むわけにはいかない。だって、直也と仲直りしたから。
「行ってきます!」
勢いよく玄関のドアを開け、走った。
……と思ったら、家の前にある道路に飛び出してしまい右側から走ってきた車とぶつかった。
いや、“ぶつかった”では済まされないだろう。これは、はねられたのだ。
「いっったぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!!!」
階段から落ちて腕と腰を悪くしたことで、鍛えられたのだろうか。今では車にはねられても、声は出る。
★ ★ ★
──ピロリン♪
家を出ようとした時、携帯がなった。
「ん?」
そこにはふざけているのかと突っ込みたくなるような内容が書かれていた。
«車にはねられたよ~。ってことでいったん病院行ってから学校行くんでよろしく頼んだっ!!»
「はぁ!?」
思わず声が出た。
「馬鹿なの!?」
お母さんが家から飛び出してきて、私に“一喝”入れた。
そのまま、車に乗せられ病院行きだ。
「まったくもう。私もう恥ずかしいわよ」
「怪我したらまず心配してよね!」
「何が心配よ。もうやだ」
お母さんは一見呆れているようにも見えるが、本当は心配してくれているのだ。目が少し潤んでいる。
病院についたら無事だった自分の足でナースステーションまで行く。
すると、ナースステーションの女の人が少し驚いたようにこちらを見た。
「ど、どうされましたか?」
「あの、娘がですねぇ。そのぉ、車にはねられてしまいまして……。昨日退院したばっかりなのに申し訳ありません」
「は、はぁ」
動揺が隠しきれていない女の人にお母さんはさらに付け加えた。
「今日から学校だったのにねぇ」
少し笑ってしまった。
「そ、それは残念ですね。ではこちらへどうぞ」
動揺が隠しきれていない女の人にお辞儀をして診察室に入った。
そしてレントゲンを撮り、それを見て医者から
「なんともないですね」
と言われた。
お母さんは「え!?あ、そうですか。ありがとうございました」と少し恥ずかしそうにしていた。
それでは改めて
「行ってきます!」
病院を出て、車で学校へ一直線だ。
~全てがわかる日~
学校に着いたのはちょうど2時間目が始まったばかりの10時45分だった。
──ガラッ
ドアを開けるとみんながこちらを見ていた。先生も。
「お、おはようございます」
「おう!大丈夫か」
「はい」
担任の先生がみんなの方に向き直って言った。
「安元つかさが退院して今日から学校生活を送る。しばらく授業を受けていなかったということもあり、授業についていけないかもしれない。その時は教えてやってくれ。ノートも写させてやってくれよ」
「……」
みんなの返事はない。やっぱり私には友達というものがいないのだろうか?
授業が終わってから同じクラスの尾田さんや学級委員長の竹野くんに「ノート写させてもらってもいい?」と声をかけたけど「ごめん。忙しいから」と断られてしまった。
困っていたら後ろから声をかけられた。
「安元さん」
「はい?」
「これ、写なよ。早く写さないとノート提出日に間に合わないでしょ?」
「あ、ありがとう!!でも、どうして私の名前を?」
そう、この女の子は同じクラスの人ではない。初めて喋る、初対面の人だ。
「あ、ごめんごめん。メールで話したから、もう知ってるかなって思って……」
「あ!!あーーーー美菜保ちゃんだ!」
「そうそう、よろしく」
握手を交わす。
すると、美菜保ちゃんはにこりと微笑んだ。
(思ったよりいい人かも)
思わずそんなことを思ってしまうような笑顔だ。
「あ、ノート返すのはいつでもいいからね!」
「ありがとう!!」
──4日後
「はい、ノートありがとう!!」
「いえいえ。また何かあったら言ってね!」
「うん!」
1組の教室の前で喋っていたら奏矢が出てきた。
「あれ?つかさ、どした?」
「あ、美菜保ちゃんにノート返しにきて」
「つかさって美菜保と友達だったんだな~」
「意外~」と驚く奏矢に少し笑ってしまった。
「私にだって友達はいるよ!」
「だよな」
そう言って奏矢は少し俯いた。
そして、前を向いて言った。
「今日一緒に帰ろう」
真剣な目。いつも一緒に帰ってるのに、なんでわざわざ言うんだろう。
「う、うん」
戸惑いながらも返事をして、ホームルーム後に1組に行く。
「お待たせ!」
奏矢が走って出てきた。
歩きながら奏矢は「はぁ」とため息をついて言った。
「俺さぁ。手紙でも言ったけど、お前が直也に告白したの知ってた」
「うん」
雨が降った後で少し世界が暗く見えるのと奏矢の悲しそうな顔とで世界が全く違って見える。
「俺、正直なところ、お前が直也に告白したこと知った時、すんげぇ焦った」
すごく、感じる。
「だって、お前が直也のもんになるんじゃねぇかなって」
もしかして……
「お前が直也のもんになったら、今みたいに一緒に帰ったりできないし、いや、それだけじゃなくて」
もしかして、だけど……
「お前のこと、友達として、親友としても好きだけど」
心の中で息を吸った。
「お前のこと、恋愛的に好きになった!」
「ほんと、に?」
「やっぱ、だめか。直也のことまだ好きなんだよな」
また腹がたった。告白したのになんで最後の最後で自信なくすんだよ!
「バカ!!」
「え?」
「なんで自信なくしちゃうの!?」
「え、だって」
「だってじゃない!なによ……私も好きだった……」
「え!?」
私も驚いていたけど奏矢はもっと驚いていた。
「えっと……じゃあ、両思い……?」
「だね……!!」
「つかさーーーーーー!!」
両思いだとわかった瞬間に奏矢が抱きついてきた。驚いたけど、嬉しかった。
それから、月に2回はデートをするっていう約束をした。
私今、幸せの絶頂にいる!
1回振られたけど、振られたことで始まる“恋”っていうものもあるんだね!