幼い少女の記憶
私はいつも一人ぼっち。
愛してくれる家族も居るし、休み時間に一緒に居てくれる友達も、優しい婚約者だって居るじゃないかって?
……本当は違う。
使用人達が休憩の合間に話しているのを聞いた。
家では絶対の禁句だけどお父様とお母様が馬鹿みたいに溺愛するのは死んだお姉ちゃんの代わりなんだって。
それで私が生まれてから、死んだその子の分の愛情を押し付けるように溺愛してるんだって。
「金が無けりゃ、こんな家潰れりゃイイのに」
「声が大きいですって!」
そう言って、使用人さんは汚くゲラゲラ笑っていた。
友達だってそう、西園寺家の娘だから仲良くしろって言われてる。
だから、クラスでも一般家庭の子達と仲良くしていた時期があった。
でも女子トイレの個室に入っていた時に、いつも一緒にいる子達が話していたのを聞いてしまった。
「西園寺、本当ムカつく。お金持ちだからって、何でもかんでもプレゼントしてきてさー、嫌味かっての」
初めて友達だと思っていた子だったからショックだった。
プレゼントしてたのも、全部全部皆に喜んで貰いたかったからなのに。
だから私はあの子達を避けた。
あの子達は私が離れても何も言わなかった。
居場所が無い、辛い、苦しい。
でも泣いちゃダメ。
私が泣いちゃうと、お父様とお母様がすっごく怒るから。
それで一度、間違えて私が軽い火傷をした時、使用人のお姉さんが居なくなっちゃった。
あのお姉さんの作るクッキーがもう一度食べたかったな。
将来はお菓子屋さんになるんだって言ってた。
お母様は私に将来は「可愛いお嫁さんになるんだよ」って言ってたから、そうなるんだと思う。
ある時、誕生日会にお呼ばれした。
お父様もお母様もちょっとびっくりするくらい、張り切っててびっくりした。
お母様は私にフリルがいっぱい付いたドレスを着せて、プレゼントも用意する。
私も初めての誕生日会だったから、ちょっとドキドキした。
車が着いた先は凄く大きなお屋敷で緊張する。
大きな部屋には人が沢山居て、思わずお父さんの服の裾を引っ張る。
お父様は笑って、私の頭を撫でてから部屋に入って行った。
そして連れられた先には、周りが霞んで見えちゃうくらいビックリする程綺麗な男の子。
お父様はその男の子の横にいた男の人に笑顔で話し掛けている。
顔も似てるし、お父さんかな?
あんまりジロジロ見てたら、その男の人と目が合った。
「その子が、西園寺さんの……」
「はい、もう5歳になります。可愛いものですよ」
「それじゃあ、うちの終夜と同い歳ですか」
「そうなりますね。ほらご挨拶して」
そう言われて、私は緊張しながらもお父様の後ろから前に出る。
「……初めまして、西園寺 瑠璃子でしゅ」
しまった、噛んじゃった。
恥ずかしくて俯いていると、その男の人が笑った。
「はは、可愛いな。ほら、終夜も挨拶しなさい」
そう言われて男の子が前に出た。
「初めまして、皇 終夜です。今日は僕の誕生日会に来てくれてありがとう。是非楽しんでいってくれると嬉しいな」
綺麗な笑顔で言われる。
堂々としていて、凄くカッコイイと思った。
「立派なご子息ですね。これで皇グループも安泰でしょう」
「ふふ、まだまだですよ。そうだ、西園寺さんこの間言っていた件についてですが――」
何だか難しい話をしている。
思わず欠伸する。
それを彼に見られていたらしく、くすりと笑われた。
恥ずかしい、私はまたお父様の後ろに隠れる。
話が終わり、誕生日会も中盤に差し掛かった。
次はプレゼントを渡すらしく、彼の所には既に女の子が群がっている。
私もその群れの中に入ろうとするのだが、押し出された。
その拍子に転んでしまう。
周りの女の子達は気付かなくて、私のプレゼントを踏む。
箱が潰れてしまった。
泣きそうになったけど、泣いちゃダメだ。
私は諦めて、その場を離れた。
そのまま形の歪んだ箱を持って庭に出る。
お母様に怒られちゃうかな。
しばらく、そう思って佇んでいると。
「ねぇ、西園寺さんだよね?」
後ろから居るはずのない声が聞こえた。
びっくりして後ろを振り向く。
「……終夜様」
「さっき、来てたのに行っちゃうから気になって」
まさか、私のことを気にしてくれていたのだろうか。
思わず嬉しくなってしまう。
「その後ろの何?」
後ろで隠していた潰れたプレゼントのことを言われる。
私は観念して前に差し出す。
「ちょっと踏まれちゃって……」
そう言うと彼は笑った。
「中身は割れ物?それ以外なら大丈夫だから、箱が潰れてても気にしないよ」
その言葉に胸が暖かくなる。
嬉しい、凄く優しい人。
中身はお母様と私で選んだネクタイだった。
子供にしては大人だなぁと思ったけど、お母さんがどうしてもって聞かないからこれにした。
それを受け取ると、彼は「ありがとう」と笑顔で言われた。
私は凄く嬉しくて泣いてしまう。
嬉しくて涙が出るのは初めてだった。
彼は少し慌てたけど、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。
彼の小さな手はお父様の大きな手と違うけどドキドキする。
その日の帰り道に、お母様に「どうだった?」と言われ、ドキドキしたことを伝えると凄く嬉しそうだった。
「それは恋よ!」
そう言われてもピンと来なかったけど、お母様が「じゃあ、彼が違う女の子をお嫁さんにしたらどう思う?」と聞かれて胸が一瞬でギュッと、まるであの潰れたプレゼントの様になった。
そのことを伝えると、お母様は微笑んだ。
お父様は「駄目だ!」と言ったけど、彼のお嫁さんにならなりたいと思って泣いたら、お父様は渋々と言った感じで頷いた。
その後、お母様がやって来て「瑠璃子!良かったわね。終夜君のお嫁さんになれるわよー」と言われて、飛び上がる程嬉しくなる。
「じゃあ、これからは花嫁修業で忙しくなるわねっ!」
お母様はそう言って「綺麗になったら、彼も喜ぶわ!」と言う。
彼の為ならば、どんなことでも頑張ろうと思えた。