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専属運転手、小嶋さんの受難

「小嶋さん、来月からもう来て頂かなくて結構ですよ」


 俺はそう言われ、何も言えずに表面上取り繕った笑顔で物分かり良く了承した。


 今の俺はちゃんと上手く笑えているだろうか?




 ロボット機械の普及に伴い、会社側の人件費の削減の話が出ていたのを同僚から聞いていた。

 そろそろかなという雰囲気はしていたし、一応身構えていたつもりだったが、いざ上司の口からそう言われると、何回言われても傷付くものだ。

 前の会社では自分にとって納得がいかないことがあり、上司に楯を突いてクビにされた。

 今度こそはと、社内でも鬼と言われる上司の前で文句を言わずに汗水働いた結果がこれである。

 その日の夜、会社をクビにされたことを正直に彼女に話すと、1ヵ月後に別れを告げられた。


「ごめん、私好きな人が出来たの」

「あ、そうなんだ。良かったね」


 その日は丁度、経歴書を送った会社から不採用の通知が来た日で、もうその日の俺は彼女に追い縋る気力など無く、そう素っ気無く答えていた。


「……何なの。引き止めようとか思わない訳?」


 そう冷たく言われる。

 俺は室内の温度が一気に下がるのを感じた。

「引き止めるも何も、そっちから別れ話を切り出したんじゃないか」と言うと、「頭を冷やしてくる」と言って彼女は部屋から出て行く。

 時間が経った頃、流石に不味かったと思い追いかけたら、少し覗いた化粧室で今まで優しかった綺麗な彼女が豹変したかのように、化粧を直しながらスマホ越しで逆ギレしていた。


「あーあ!少し良い会社に勤めてたから付き合ってあげただけなのに、付き合ってすぐにまさか急にクビになるなんて思わないじゃない。一応、体裁上友達に悪いからもう少し我慢しようと思ったけど、もう良いわ。次の合コンは何日にする?良い物件あったら紹介してよー」


 女ってホントに怖いなと初めて思った瞬間である。


「……心もブスなら、すっぴんもブスだったな」


 俺の呟きは廊下の隅へと吸い込まれた。




 そして一気に就職難時代へと突入していく――




「小嶋様、車が趣味だということですが専属送迎運転手の募集が1件ありますし如何でしょう」


 そうハローワークの人に言われた。

 その専属運転手は給料も良く、この上ない高物件である。

 何処かのお金持ちの家なのだろう。

 それに俺は車を見るのも運転するのも好きだった為、二つ返事で採用募集枠に自分の経歴書を送るよう頼むが、その人の顔色が曇った。


「ただですね、少し問題がありまして――」


 その人が言うにはこうだ。

 その家には溺愛する愛娘が居るそうで、その子がとんでもなく我が儘なのだそう。

 今まで解雇してきた運転手は100人を越え、3ヵ月と持つ人は居ないらしい。

 その話に、げっ!と思ったのだが。

 金持ちの専属運転手だけあって、給料はそこらの大手企業と変わらないらしいし「短期アルバイトだと思って、気楽に受けてみたらどうです?」とのこと。

 貯金も底を尽きかけていた為、丁度良いと思った。




 そして見事、念願叶って夢の?採用通知が届いたのであった。




 ハッキリ言おう、正直しんどかった。

 休日は様々なショッピングモールに連れ回され、山の様にブランド物の衣類を買う。

 正に「ここからここまで全部くれ」状態である。

 そのお荷物を運ぶのも俺の仕事だ。

 余りの重量に肩が凝ってしまい、湿布が欠かせなくなった。

「短期アルバイトだと思って、気楽に受けてみたらどうです?」何て、良く言えたな!

 ブラックだ!ブラック過ぎる!

 更に酷いのは、俺に対しての言い掛かりの数々や八つ当たりだ。


 あと、婚約者の惚気話。

「誰だよ、そんな完璧超人みたいな男居ねーよ」と突っ込み、適当に相槌を打つ。

 居たとしたら、ソイツはこんな娘が婚約者で災難だろうと思う。

 しかしまぁ、婚約者の話をしているお嬢様が一番機嫌が良くて助かるので、ありがたい。


 そんなこんなで、俺は我慢の我慢を重ね1ヵ月経った頃に変化が起こった。


 学校の保険医から、お嬢様がクラスマッチで頭を強打したらしく家で安静させるようにと連絡が来た。

 俺は、若干ざまぁみろと思って迎えに行くと、凄い勢いで車に接近する謎の妖怪に思わずクラクションを鳴らしそうになった。

 昨日、テレビで見た幽霊にも見える。

 そして、車窓を叩くその少女の顔は目の下が真っ黒で髪は乱れており泣いている。

 ヒィーっ、俺が!俺が何したっていうんだ!

 今まで霊感の類には鈍感だと思っていたのに。


 余りの恐怖に固まっていると、窓の外越しからくぐもった少女の声が聞こえる。

 嫌だ、聞きたくない聴きたくない聴きたくない。


「小嶋さん、開けてよ!」


 ん?この声は――

 恐る恐る、目を凝らして良くみるとお嬢様だった。

 泣いたのかマスカラが禿げ、メイクがドロドロに崩れている。

 泣いたお嬢様を見るのは初めてだったが、これは衝撃的過ぎる。

 そこでようやく、俺はドアのロックを外した。

 車に乗ったお嬢様は何も喋らなかった。

 俺は気になり、声を掛けるが反応しない。

 その数分後に返事が返ってきた。


「……小嶋さん、今まで本当にありがとうございました」


 ああ、解雇予告か……いつかの上司の言葉が蘇る。

 それにまだ1ヵ月だ、3回もクビにされた為次の就職は難しいだろうと思い、駄目元で縋ってみる。

 そうしたら、ふふっと笑われた。

 俺を追い込んで楽しいのだろうか。


「違います。たまにはお礼の言葉を言いたくなったのよ」


 そう言って苦笑するお嬢様に、俺は耳を疑った。

 遂に、気が触れたかと思ったぐらい衝撃的だったのだ。

 あの我儘で!理不尽な!お嬢様がお礼だと!?

 何を企んでいるんだ、それにその顔で言われてもイマイチ信用ならない。

 俺は取り敢えず、今日の予定を伝える


「は、はぁ……あ、今日は予定にエステの予定がありますが、いかがなさいますか?」


 そう言うと、お嬢様はエステなんてとんでもないと言うように驚かれた。

 俺は身体よりも内面を磨くべきだろうと思うのだが、あの家の奥様は中々立派なお方なのに、愛娘のことになると途端にアホになるので諦めている。


「は、はい!花嫁修業には必要だと奥様が仰っていました」


 そうさらに言うと、お嬢様は顔を顰めた。

 普通、いつもなら喜んで行きそうなのに一体全体どうしたんだ。


「別に良いわ、雑誌を買って帰るから書店に寄って頂戴」


 そう言われ、俺は不信感を募らせながら書店へと向かった。




 書店に着いたお嬢様は何だか意気揚々と、車から降りて早歩きで行ってしまう。

 あの恐怖の顔面を指摘する間も無かった。

 気付いているのだろうか、周りの大人と子供が貴女のことを青い顔で見ていることに。


 いつもは毎月買っているファッション雑誌とネットで話題の美容に効くらしい本を買うのだが、今日は有り得ないぐらいに遅かった。

 いつもは20分もすれば帰ってくるのに、近くの時計台の長い針が3周もしている。

 今までも衣類の買い物の時は、このぐらいの時間は何回もあったので気にしないことにした。

 俺も相当、この仕事に就いてから麻痺してきたのだろう。

 これは物凄い量の手荷物になるだろうと予想された――のだが。

 帰ってきたお嬢様は若干しかめっ面で荷物という、荷物も無く帰って来た。

 ご機嫌斜めか?

 そう思って、いつもの罵声に身構えていたら頭を下げられた。


「お待たせしてごめんなさい!迷惑だったわよね!」


 と、ひとしきり謝られた。

 相変わらず、自分の顔面には気付いてないし必死に謝るお嬢様に笑ってしまった。

 頭を打って、性格が変わったのだろうか?

 だとしても、今のお嬢様の方がずっと素敵だと思う。

 前のお嬢様は我儘で理不尽だったが、何処かたまに悲しそうな顔をしていたのだから。

 今の感情豊かな面白いお嬢様となら、一緒に居たいと思ってしまった俺こそ可笑しいのだろうか?




 まぁその後日、張り込み捜査に付き合わされたり、お嬢様の変態っぷりにドン引きしたり、一日中長い長蛇の列に並ぶイベントに参加したり、それにより衣類だった物が薄い本の山に変わったりするのはまた別のお話。

 あれ?前のお嬢様よりもブラックじゃないか!?


 西園寺 瑠璃子専属運転手、小嶋さんの受難は始まったばかりだ。

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