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羊飼いも山羊もいない  作者: 遊舵 郁
九月、祭りのころ
56/63

【52】見よ、勝者は残る(7)

 文化祭初日の最後のイベントはクイズ研究部が主催するクイズ大会である。そのQUIZ ULTRA DAWNは本戦の第1ラウンドまで終わった。

 私、井沢景は頼もしいチーム文芸部の仲間に引っ張られる形で第2ラウンドに進出した。



「それでは準備が整いました。第2ラウンドを始めます」

と司会の尾方先輩が声をかけたので、上手(かみて)袖で休息を取っていた参加者たちは舞台へと歩みを進める。


 舞台の上手には長机が置かれ、審査員長の吉田先輩、次いでアシスタントとして問い読みを担当しているひかりちゃん、こと安住(あすみ)ひかりさんが腰掛けている。吉田先輩の席にはいくつもスイッチみたいな装置が置いてある。それらのものは果たして今までもあそこに置かれてあっただろうか?私の記憶は定かでない。

 ひかりちゃんは資料に目を通しているところだったので私は声をかけなかった。


 長机の隣にはホワイトボードがあり、第1ラウンドに引き続き、優しい2年生の女子の部員さんが立っている。

 笑顔で参加者たちに

「頑張って下さい」

と声をかけている。

 私が会釈して通り過ぎようとするときに尾方先輩が

「松川さん、ちょっと良い?」

とこの部員さんを呼んだ。それに応えてこの部員さんは尾方先輩の方へ向かって行く。この部員さんは「松川」という苗字だと分かった。

 ホワイトボードの横に教室の机がひとつ置かれていた。確か第1ラウンドの時はあの場所に机はなかったような気がする。



 ひと足遅れて解答席に到着すると随分と模様替えしているのが分かった。

 参加者が7チームから5チームに減ったのもあるが、その5つの解答席がホワイトボードのある舞台中央部から下手(しもて)袖ギリギリの位置にまで大きく間隔を開けて設置されていた。

 解答席の机の前面にはチーム名を書かれた紙が貼ったままになっていたので、各チームはそれを見て自分の席に着いた。


 上手からチーム三奇人、チームぎんなん、チーム文芸部、チーム科学部、チーム武道場という順番に解答席は並んでいる。



 机の後ろにはパイプ椅子が3つ横に並んでいる。左右の椅子は机の幅からはみ出しているが、隣のチームとの間隔が空いているから問題なさそうだ。


 他のチームを見ると、チーム三奇人の最上先輩、チームぎんなんの遊佐先輩、チーム科学部の長沼先輩、チーム武道場の作石先輩というようにそれぞれのチームリーダーが真ん中の椅子に座っている。

 他のチームに倣って須坂くんは真ん中の椅子に座る。続けて稜子ちゃんが下手側の椅子に座ったので、私は残った上手側の椅子に腰掛けた。

 

 机の上にはリレークイズで使った油性マーカーとスケッチブックがあり解答席の両端には仕切り板があった。

 この事実から第2ラウンドも筆記クイズなのだと分かる。


「これ、なんだろう?」

と言いながら須坂くんが机の上にあるプラスチック製のコップを触っている。

 その透明な使い捨て用のコップは机の前端と右側の仕切り板が作る角のあたりに置かれていた。須坂くんはそれを手に持とうとして

「あっ、これ固定してあるね」

と気付く。私も席を立って机の前側に回り込んで見ると透明な底面の向こう側に粘着テープらしきものが見えた。


 周囲を見回すと、このコップについては他のチームも気になっているようだった。みなさんも右前に設置された謎のコップに首を捻っていた。

 ただ、右隣のチーム科学部の机の上だけはその位置にコップがなかった。


「あれ?科学部だけコップがないね?」

と私が疑問を口にすると、稜子ちゃんが

「多分、長沼先輩が左利きだからではないでしょうか?左側ですとそこにコップがあったとしても衝立があるのでここから見えないでしょう」

とあっさり解決してくれた。


 だが、少し引っかかる。

「稜子ちゃん、長沼先輩が左利きだってなんで知ってるの?」

と尋ねると、稜子ちゃんはしばらく思案してから

「確かくじを引いたり、じゃんけんをしたりしたのが左手だったような気がします」

と答える。

「もしかして稜子ちゃんにはそうやって一瞬の映像を記憶出来る特別な能力があるの?すごいね」

と私が驚いて口に出すと、稜子ちゃんは頭を振ってから

「いいえ、違います。私はテニスをしていた頃に左利きの相手を苦手としていたから、ついつい過剰に意識してしまうんですよ、左利きの人を」

と事情を説明してくれた。


 須坂くんも会話に加わり

「そうなんだよね。僕も左利きは苦手なんだ。ボールのスピンが逆向きだし、そもそも対戦する機会が少ないから慣れることも難しい」

と自分の見解を述べる。それに対して稜子ちゃんは

「私も全くの同意見です。確か、、、景ちゃんのクラスと球技大会で対戦した時に須坂くんは左利きの方のスパイクに苦労していましたよね」

と私のクラスのバレーボールチームにまで話題が及んだ。


 そうだった。春の球技大会の決勝戦で1年F組の須坂くんはリベロのポジションで1年D組と対戦していた。

 あの試合を観ていて、私は「須坂くんが上田くんや大町くんの本格的なスパイクを綺麗にレシーブ出来たのに、左利きの川上くんの初心者っぽいスパイクに手こずったのは何故だろう?」という疑問を持った。

 以前にも須坂くんからその理由を聞かされていていたと思うが、今回改めてふたりの説明を聞いてようやく腑に落ちた。


 そんな風に上手く話にオチがついたところで場内に「探偵役が推理するシーンで流れるような不思議なBGM」が流れる。

 私たち3人は椅子の上で姿勢を正す。


 30秒くらいでBGMは終わり、舞台中央に躍り出た尾方先輩が

「第2ラウンドはユニーククイズを行います」

と元気に告げる。


 体育館に詰めかけた観客は拍手と歓声で応える。

 そんな喧噪の中でも舞台に近い大会参加者席で観戦している25チームの敗者の皆さんの声はしっかり耳に届く。

「チームぎんなん、頑張ってね!」

「文芸部、負けるな!」

「作石さん、勝って!」

「三奇人、二連覇だ!」

「科学系の問題出てくれ!」


 それぞれの推しチームにエールを送る。

 ありがたいことだ。


 そうした声援が収まるのを待たずに尾方先輩は

「それでは、ルールを説明します」

と進行を続けたが、その言葉を聞いて場内は静かになった。

 尾方先輩はすかさず説明を始める。

「ユニーククイズはご覧の通り筆記クイズです。各チームの3人で相談してひとつの解答をスケッチブックに書いてもらいます。このラウンドでは必ず正解が複数ある問題を出します。ただし、このクイズでは英語のunique、つまり唯一無二だと思う正解を選んで下さい。見事、他のチームと重ならない正解を答えたチームには1ポイントが入ります。正解であっても他のチームと同じ解答だった場合には0ポイントです。不正解や無回答の場合、減点はありませんが、次の問題に参加出来ません。1回休みになります。このラウンドでは先に5ポイント獲得したチームは決勝へ進出となります。決勝へ勝ち上がれるのは3チームです」


 尾方先輩はそこまで話して一旦説明を止めた。

 3チームが決勝に勝ち上がる、という情報がもたらされて場内から歓声が上がったからだ。

 右隣のチーム科学部の長沼先輩が

「よし!」

と気合いを入れているのも聞こえた。


 程なく歓声が止み、尾方先輩は説明を続ける。

「ユニーククイズでは問題が2回読まれます。このクイズでもスケッチブックを使いますが、解答に用いるページ以外であれば問題文をメモしたり、チームで相談する際に使用したりしてもらって大丈夫です。ただし、解答として示すページでは解答以外は何も書かないで下さい。解答を書き直す際には新しいページを使って下さい。解答はもちろん平仮名やカタカナ、問題によっては英語や当別な記号を用いても良いです。ただ、ひとつだけお願いがあります。油性マーカーの太い方のペン先を使って大きな文字で答えを書いて下さい。審査員長の席にいる吉田が採点する際に助かります」


 吉田先輩もマイク越しに

「円滑な運営のためのご協力をお願いします」

と言ってからお辞儀した。


 尾方先輩は

「それでは、実際の流れを説明します。問題が2回読まれたら、呼び鈴を鳴らします。解答時間は2分です。その間にチーム内で相談して解答をスケッチブックに記入して下さい。2分経ったら呼び鈴が鳴りますので、それまでに解答を書き終えて、机の上に固定されているプラスチック製のコップの中に油性マーカーを差して、指示があるまで触らないで下さい。チーム科学部は長沼さんが答案を作成すると予想してコップを左側に置きましたが、他に左側の方が良かったチームはありませんか?」

と説明を止めて問いかけるが、コップの位置の変更を希望するチームはなかった。


 すると、リレークイズでも使われた呼び鈴の「チーン」という音が聞こえた。

 音のする方を見ると、ホワイトボードの前に松川先輩がストップウォッチを手に立っていた。呼び鈴はそばにある机の上に置かれていた。


「ありがとう」

とひと言声を掛けてから、尾方先輩はルール説明を続ける。

「答案作成開始と終了の際に鳴る呼び鈴はあの音です。このラウンドでは1チームずつ順番に解答をオープンにしていきます。そのため、後で書き直せないようにルールで決めているのです。スケッチブックに書かれた解答がオープンになるとその都度、吉田が正解か不正解かを判定します。正解の場合は」

「ピンポーン」

というチャイムの音が鳴った。クイズ番組でお馴染みの明るい音色だ。吉田先輩の席にある装置のひとつなのだろう。

 

「解答が正解だと分かっても、他のチームと重複していないことが分かるまではポイントは入りません。それから、不正解の場合は」

と尾方先輩が振ると、吉田先輩は阿吽の呼吸で

「ブブー」

というこれもまたテレビ番組でお馴染みのブザーを鳴らした。


「こうやって全チームの解答が出揃ったら、どのチームにポイントが入るかが分かります。以上の説明で、何か質問があればどうぞ」

と尾方先輩が舞台上の参加者に声をかけると、下手にいるチーム武道場の作石先輩が挙手した。


 尾方先輩が

「作石さん、どうぞ。マイクを持って行きます」

と言ってチーム武道場の解答席まで行く。


 作石先輩はマイクを受け取ると

「もしも、1チーム、もしくは2チームが勝ち抜けた後で同時に5ポイントに達した複数のチームが出てしまって3チーム目が決まらなかった場合はどうなりますか?」

と尋ねる。


 そんなことが起こり得るのだろうか?

 私たちはともかく、他の4チームは強豪だから、3つ目の席を争って接戦になる可能性はあるかも知れないな、とは予想出来る。


 すると、上手に座っている吉田先輩がマイクを使って

「その御質問については僕の方からお答えします。作石さんが言っているような状況になった場合は、該当するチームだけに筆記クイズを1問出して勝者を決めます」

と簡潔に答えた。


 作石先輩は

「分かりました。ありがとうございます」

と言って一礼した。


 須坂くんは小声で

「出来ればそのコースは通りたくないね。絶対に難問が用意されているはずだよ。もしくは近似値クイズみたいな感じの優劣を決めやすい問題かも知れないな」

と自分の予想を話した。



 尾方先輩は吉田先輩とひかりちゃんに確認してから、舞台の中央に戻り

「今回は実際に練習問題を1問解いて流れを理解していただこうと思います。進行は本番と同じように行います。この問題はポイントが加算されませんから、気楽にやってみましょう」

と元気よく解答席のみんなに伝える。


「習うより慣れろってことだな。とりあえずやってみようぜ」

とチーム三奇人の最上先輩が声をかけると、各チームのメンバーが頷くのが見える。


「問題。練習問題です」

とひかりちゃんの声が響き、いつもの間を置いて

「野球の守備のポジションを答えなさい」

 この問題文をもう一度繰り返した。


 すかさず呼び鈴が鳴る。


 須坂くんはスケッチブックに大きな扇形を書き、扇形の直線部の真ん中辺りから垂直な線を2本引き、その扇形の中に9個の○を書き入れる。


「この○が守備のポジションで、このどれを僕らの解答としても正解なんだけど、他のチームがどれを選ぶかを予想して避けないとダメなんだよね」

と言って腕を組む。

 須坂くんはしばらく考え込んだが

「もう時間がないし、井沢さん、決めて」

と突然、私に振った。野球に詳しくないのを承知で敢えて指名したのだと思う。私は何も考えずに

「じゃあこのひとりぼっちっぽい人にしよう」

と指で示した。扇形の反対側にも似た感じのポジションがあったが、私が座っているのが上手側、つまり須坂くんの左側なので自分に近い方を選んだのだ。


 須坂くんはすかさずスケッチブックの新しいページに、油性マーカーの太い方のペン先を使って

「レフト」

と大きな文字で記入した。


 そして、キャップを締めた油性マーカーを机の上のコップに差して呼び鈴が鳴るのを聞いた。



「それでは1チームずつ解答を見ていきましょう。最初はチーム三奇人からお願いします」

 尾方先輩がそう促すと、チームリーダーの最上先輩がスケッチブックに書かれた解答を明示する。

 チーム三奇人は

「レフト」

と答えていた。

 ピンポーンとチャイムが鳴る。


「次は、チームぎんなんです。解答をお願いします」

という尾方先輩の言葉を受けて、遊佐先輩は

「ピッチャー」

と書かれた答案を示す。同じくチャイムが鳴った。


「チーム文芸部、どうぞ」

と言われて、須坂くんが「レフト」と書かれた解答を示すと、チャイムが鳴った。

 須坂くんは

「問題の答えとしては正解なんだけど、ポイントはもらえない。このクイズは難しいね」

とこぼした。


 その後、チーム科学部が「ファースト」、チーム武道場が「キャッチャー」と答えた。


 その結果を受けて、吉田先輩が

「チームぎんなん、チーム科学部、チーム武道場はそれぞれ1ポイント獲得となります。チーム三奇人とチーム文芸部は正解しましたが、同じ解答でしたのでポイントは得られません」

と採点を行った。

 尾方先輩が

「このクイズのルールは理解できましたか?」

と解答者席にいるみんなに確認した。

 須坂くんは私と稜子ちゃんに

「大丈夫だよね?」

と確認し、私たちふたりは黙って頷く。


 どうやら他のチームも大丈夫だったみたいで、尾方先輩は

「それでは始めましょう。第一問です」

と先へ進める。それを受けたひかりちゃんが

「問題」

と発すると、場内のみんなの集中力が上がる。

「オセアニアにある独立国を答えなさい」

 この問題文はもう一度読み上げられ、呼び鈴が鳴る。


 その音を聴くや否や、須坂君は油性マーカーを手に取りスケッチブックのページの上に「◎オセアニア どくりつこく」とメモを書き、

「思いついた国をどんどん言ってよ」

と私たちに指示を出し、「オーストラリア、ニュージーランド、パプア・ニューギニア」と自分で思いついた国名を次々に書き出した。

 だが、そこで手が止まる。


 私も何か候補を挙げないといけないのだが、咄嗟に浮かんでこなかった。

 稜子ちゃんも黙って考え込んでいる。


 その様子を見てか、須坂くんは

「時間もあまりないから、この3つからひとつを選んで解答としよう。不正解で1回休みだけは避けたいもんね」

と方針を決めた。


 この3つの国の中でパプア・ニューギニアはどこかのチームが狙ってくる可能性がありそうだということになり、オーストラリアとニュージーランドは逆に他のチームが選ばないのではなかろうかという可能性に賭けて、オセアニアの中心の国であるオーストラリアを選び、次のページに大きな文字で解答をした。

 すかさず須坂くんは油性マーカーを机の上のプラスチック製のコップに差した。


 そのタイミングで呼び鈴が鳴った。


「はい、解答終了です」

と尾方先輩が声をかけて、解答席を見渡す。


 当然ながらどのチームも時間内に答案を作成出来たようだ。

 小さく頷いてから尾方先輩は

「今回は逆にチーム武道場から解答を出して下さい」

と促す。


 それを受けて、作石先輩は「サモア」と解答した。


 すかさず、ピンポーンとチャイムが鳴る。


 場内がどよめく。


「次は、チーム科学部、どうぞ」

という尾方先輩の言葉に応えて長沼先輩は「ニューカレドニア」と解答した。


 すると、ブブーっとブザーが鳴った。不正解だった。


 場内から驚きの声が上がった。


 それを受けて

「ニューカレドニアはフランスの海外領土です」

と吉田先輩が理由を説明した。


 このような不正解を避けるためにうちのチームは安全策を取ったのだ。無理しなくて良かった。

 重要なのは他のチームが同じ答えを選ばないことである。


 尾方先輩が

「次は、チーム文芸部、どうぞ」

と振ってくれたので、須坂君は「オーストラリア」と書かれた答案を明示する。


 ピンポーン、と軽やかにチャイムが鳴る。


 場内には安堵の声が漏れ聞こえた。


「次は、チームぎんなん、どうぞ」

と尾方先輩が指示すると、遊佐先輩が「パプア・ニューギニア」と解答する。


 すぐにチャイムが鳴った。


 場内で控えめに声が上がった。


 パプア・ニューギニアを自分たちの解答に選ばなくて良かった、と私は安堵した。


「じゃあ、最後はチーム三奇人、どうぞ」

と尾方先輩が解答席に歩み寄りながら声をかけると、最上先輩は「バヌアツ」と答えた。


 一瞬だけ間が開いたがピンポーンと正解を告げるチャイムが鳴った。


 すると、ここまでなんとか堪えてきた観客から盛大な拍手が送られた。さらには

「やっぱ三奇人はすげえ」

「長沼さん、がんばって~!」

「チーム武道場、やっぱ強い!負けてねえ」

と言った声援も飛んだ。



 尾方先輩がジェスチャーで静まるように伝えてから

「チーム科学部は不正解でしたからゼロポイントで、第二問はお休みしていただきます。他の4チームは1ポイント獲得です」

と状況を伝え、すかさず

「それでは、第二問です」

と言い切り、ひかりちゃんが

「問題」

と問い読みに入る。

 いつも通りに間を開けて

「海に面していない都道府県を答えなさい」

と問題を読み上げると、もう一度繰り返した。


 間髪入れずに呼び鈴がなり答案作成が始まる。

 

 2分間しかないので、須坂くんは黙々と「海に面していない県」の名前を書き出していた。

 スケッチブックの左側を西、右側を東、と見立てて列記しているのが分かった。

 須坂くんの右側に座っている稜子ちゃんが

「栃木県もありますよ」

と指摘したので、須坂くんは「とちぎ」と書き足した。

 私は西側から考える。西日本のうち九州地方、中国地方、四国地方は全て海に面しているが、、、と考えて

「滋賀県も海には接してないよ」

と指摘すると、須坂くんはしばらく考えを巡らせてから

「あっ、そうだったね」

と納得し、「しが」と書き足した。


 須坂くんは

「それじゃあ、うちのチームが最後に思いついた『滋賀県』を解答に選ぼうと思うけど、どう?」

と尋ねるが、時間もないし異論もない。

 私は黙って頷き、稜子ちゃんも

「それでいいと思います」

と答えた。


 須坂くんがスケッチブックの新しいページに

「しが」

と大きく書いて、油性マーカーをプラスチック製のコップに立てると呼び鈴が鳴った。


 第二問はチーム三奇人から解答を明示していったのだが、チーム三奇人が「さいたま」、チームぎんなんが「栃木」、私たちが「しが」、チーム武道場が「山梨」と解答したので、各チームに1ポイントが加算されそれぞれ2ポイントずつで並んだ。



「それでは、チーム科学部にも戻っていただいて、第三問です」

と尾方先輩が声をかけると、ひかりちゃんが

「問題」

とひと呼吸置いてから

「北米大陸にある五大湖に含まれる湖を答えなさい」

と問題を読み、もう一度繰り返した。


 呼び鈴が鳴ったのだが、須坂くんは油性マーカーを持つ手が止まった。

「あれ?あっ、まずい。出てこない。覚えたはずなのに!」

と突如スランプに陥った。


「景ちゃんと私で対処しましょう」

と稜子ちゃんが切り出した。

 須坂くんは黙って油性マーカーを机に置く。それを稜子ちゃんが手に取り、スケッチブックに

「ごだいこ」

と書いた。

「5つあるけど、ひとつ分かれば良いよね。中学校でも習ったはずだから、、、スーパーなんとかみたいな名前の湖が一番大きいんじゃなかったっけ?」

と私が言ったので、稜子ちゃんは「スーパー?」と書き加え

「五大湖の中で一番北にある湖だったような記憶があります」

と言い添えた。


 すると、須坂くんは

「スペリオル湖だ。ありがとう。やっと思い出せた」

と言った。


 稜子ちゃんはスケッチブックの新しいページに

「スペリオルこ」

と書いて、油性マーカーをプラスチック製のコップの中にそっと立てた。


 程なくして、呼び鈴が鳴った。


「それでは、チーム武道場から解答を見ていきましょう」

と尾方先輩が声をかけると、作石先輩が解答を明示した。


 チーム武道場の解答は「スペリオル湖」であった。


 練習問題に続いてまたしても解答が重なってしまった。

 私は少し落ち込みかけたが、須坂くんは

「でも、1回休みにはならずにすんだから、次に頑張ろう」

と言ってチームを鼓舞した。


 第三問は、チーム武道場とチーム文芸部が「スペリオル湖」と解答してポイントは得られなかったが、チーム科学部が「ミシガンこ」、チームぎんなんが「エリー湖」、チーム三奇人が「オンタリオこ」と解答してそれぞれ1ポイントずつ加算された。


 総得点は、チーム三奇人とチームぎんなんが3ポイント、チーム武道場とチーム文芸部が2ポイント、チーム科学部が1ポイントである。



「それでは第四問です」

と尾方先輩が元気よく声をかけると、ひかりちゃんが

「問題」

と言って、いつもと同様に間を空けてから

「ノーベル賞の部門を『ノーベル○○賞』という名称で答えなさい」

と問題を読み、繰り返した。


 すぐさま呼び鈴が鳴る。


 油性マーカーを手にした須坂くんは瞬く間に6つの部門の名前をスケッチブックに書き出した。

 私が思わず

「経済学賞なんてあるんだね」

と訊くと、須坂くんは

「うん、あるよ。でも解釈によっては正解にしてもらえないかもしれないから、経済学賞は選ばない方が良いと思う」

と答えて、「けいざいがく」の文字の両端に括弧を書き加えた。


「それで残り5部門の中からどれを選ぶかだけど、5チームが5つの中から選ぶんだから、重なるかどうかなんて悩んでも仕方ない。さっきは井沢さんに選んでもらったから、今度は筑間さんが選んでよ」

と須坂君は言って、稜子ちゃんに油性マーカーを渡した。


 稜子ちゃんはすぐさまスケッチブックのページをめくり、新しいページに丁寧にカタカナとひらがなで解答を書いた。


 その答案を見て、私は再認識させられた。

 稜子ちゃんは芯が全くぶれない。強い人だ。


 プラスチック製のコップに稜子ちゃんが油性マーカーをそっと差し入れてから少し間を置いて、解答時間の終了を告げるチャイムが鳴る。


 

「さて、今度はチーム三奇人から解答を見ていきましょう。どうぞ」

と尾方先輩が声をかけると、最上先輩が「ノーベルかがくしょう」と書かれた答案を明示した。


 すかさずチャイムが鳴って正解だと告げた。


「次は、チームぎんなんです。どうぞ」

と尾方先輩に促されて、遊佐先輩は「ノーベル物理学賞」という自分たちの答案を示した。


 当然ながら正解であった。


 須坂くんが珍しく

「もしかして、この2チームは科学部を、、」

と独り言を言っている。


 その意図するところを気になったが、尾方先輩から

「次はチーム文芸部です。どうぞ」

と声をかかったので、須坂くんは稜子ちゃんが書いた「ノーベルいがく・せいりがくしょう」という答案を明示した。


 ピンポーン、とチャイムが鳴った。


 大事なのはこの後のチームと解答が重なるかどうかである。


「次はチーム科学部です。どうぞ」

と尾方先輩に促された長沼先輩は解答を示した。


 スケッチブックには「ノーベルぶんがくしょう」と書かれてあった。

 すかさず正解を告げるチャイムが鳴る。


 場内に驚きの声が上がった。出遅れたチーム科学部がなりふり構わずポイントを取りに来たことが観客にも伝わったのだ。


 それを見て須坂くんは

「他のチームの狙いがなんとなく分かって来た。少しはやりやすくなるからちょうど良い」

とまたしてもよく分からないことを言っている。


「次はチーム武道場です。どうぞ」

と尾方先輩が声をかけると、作石先輩が解答を示す。


 場内から思わず驚嘆の声が上がる。


 チーム武道場の解答は「ノーベル平和賞」であった。


 5チームとも答えが重ならなかったのだ。



 尾方先輩は審査員長の吉田先輩からメモを受け取って、ホワイトボードの前にいる松川先輩に伝えてから、解答者たちに向かって

「現段階での獲得ポイントをお伝えします。トップはチーム三奇人とチームぎんなんで4ポイントです。この2チームはあと1ポイントで決勝進出です」

と言い。一旦言葉を切った。


 案の定、場内から

「がんばれよ~」

という声援と大きな拍手が沸き起こった。


 尾方先輩は続ける。

「それに続くのが、チーム文芸部とチーム武道場で3ポイント、チーム科学部が2ポイントです。まだまだ接戦ですね」


 後続の3チームにも温かい声援と拍手が送られた。


 そんな余韻を断ち切るように、尾方先輩は

「それでは第五問です」

と元気よく先に進める。ひかりちゃんが

「問題」

と言うや否や場内が静まり返る。続けて

「古今和歌集の序文に記された六歌仙を答えなさい」

と問題を読み上げて、もう一度繰り返した。


 すぐさま呼び鈴が鳴る。


 須坂くんは油性マーカーを稜子ちゃんに渡して

「この問題は筑間さんにお願いするよ」

と伝えた。


 稜子ちゃんは小さく頷くと、油性マーカーの細い方のペン先を出して

「今だけは漢字で書かせて下さい」

と一言断りを入れると次々に6人の歌人の名前を書き記した。

 急いでいるのもあるが、普段の稜子ちゃんの筆跡とは違う。

 なんとなく毛筆で書いた文字のような躍動感がある。


 私が覚えている六歌仙の歌人は、在原業平と小野小町のふたりだけだ。しかし、私はそんなことはおくびにも出さずに

「この中から誰を選ぶか、ってのが問題だよね。毎度ながら」

と私が言うと、稜子ちゃんは

「はい。もう時間もないですし、須坂くんに決めてもらいましょう。順番です。お願いします」

と言って油性マーカーのキャップを閉めて須坂くんに渡す。


 須坂くんは受け取った油性マーカーの太い方のペン先を出してから

「そうだなあ。昔、よく親戚と『坊主めくり』をして遊んでて、なじみ深いこの人にするよ」

と言って、ひとりの歌人の名前を書いた。


 須坂くんがプラスチック製のコップの中に油性マーカーを差し入れ、自分の書いた答案を再度確認していると呼び鈴が鳴った。



「それでは、チーム武道場から答案を見ていきましょう。どうぞ」

と尾方先輩が元気よく声をかけると、作石先輩は答案を示した。


 その文字を読むよりも早く、須坂くんの

「え?また?」

というつぶやきが耳に入った。


 チーム武道場の解答は「僧正遍昭」であった。


 その次のチーム科学部の解答は「おののこまち」であった。


「さて、次はチーム文芸部です。どうぞ」

と尾方先輩に促されて、須坂くんは解答を示す。


 私たちの解答は「へんじょう」であった。


 第三問に引き続き、第五問でもチーム文芸部とチーム武道場は同じ解答をして潰し合いをしてしまっている。


 場内が静まりかえった。



 その次のチームぎんなんの解答は「大伴黒主」で、最後に示されたチーム三奇人の解答は「ありわらのなりひら」であった。


 第五問の結果が出そろった段階で、場内にファンファーレが鳴り響き

「おめでとうございます。チーム三奇人とチームぎんなんは決勝進出です」

と尾方先輩から祝福された。


 観客の皆さんからもたくさんの声援と拍手が送られた。


 吉田先輩から

「勝ち上がった2チームは、一旦舞台袖に下がっていただき、しばらく休憩を取って下さい」

と指示を受けて、その2チームのメンバーは上手袖へと消えた。



 舞台上に残っているのは、私たちチーム文芸部、前年の大会で3位だったチーム科学部、同じく準優勝したチーム武道場の3チームである。

 うちのチーム以外はメンバーの入れ替わりはあっても強豪であることには変わりない2チームである。


 そんな強豪チームを相手にここまで頑張ったのだ。

 私たちももう少しだけあがこう。私と稜子ちゃんと須坂くんは目線を交わし、無言でそう誓い合った。



 尾方先輩はメモを見ながら

「第五問を終えた段階で、3チームとも3ポイント獲得で並んでいます。決勝に勝ち上がれるのは1チームです。いいですね」

と状況を説明した。


 チーム文芸部とチーム武道場がもたついている間にチーム科学部が追い付いていた。


 解答席にいる全員が状況を把握できたのを確認出来たのだろう。尾方先輩は元気よく

「それでは、第六問です」

と声をかける。ひかりちゃんは

「問題」

と言って、いつもと同じタイミングで問い読みを始める。

「南極大陸に観測基地を持つ国を答えなさい」

 問題文をもう一度繰り返して読み上げた。


 呼び鈴が鳴り、解答作成が始まる。

 

 油性マーカーを手にした須坂君は

「知っている国があったら教えて」

と端的に指示を出す。すかさず稜子ちゃんが

「日本とアメリカは確実にあります。あとイギリスやフランスなんかもありそうですね。確実じゃないですが」

といくつか候補を挙げた。私は

「イギリスがあるならオーストラリアもあるんじゃないかな?近いし。でも、探しているのは、もっと確実で、他のチームが選ばなさそうな国だよね」

と須坂くんに確認を取った。すると、須坂君は大きく頷いて

「うん。ここでまた答えが重なって0ポイントになったらかなり厳しいからね」

と答えた。


 しばらく考え込んでいた稜子ちゃんが

「昔、ノルウェーの探検家のアムンゼンの伝記を読んだことがあります。南極点に最初に到達した人です」

と小声で話した。

 須坂くんは

「そうだよ。イギリスのスコット隊は少しだけ遅かったんだよね」

と返事をした。稜子ちゃんは

「南極点に最初に到達したノルウェーならば南極に基地を持っていてもおかしくないのではないでしょうか?南極点到達の手段なのか、その結果なのかは分からないですが」

と答えた。すると、須坂くんは

「それだ!ありがとう。南極にノルウェーの観測基地はあるよ。フィクションだけど『復活の日』という昔の日本映画にノルウェー隊の基地が出て来たから、あながち嘘ではないと思う。もう時間がないからそれで行くね」

と言い、スケッチブックの新しいページに「ノルウェー」と書いた。


 プラスチック製のコップに油性マーカーを差し入れるのとほぼ同時に呼び鈴が鳴った。



 すぐさま尾方先輩が解答席の方へやって来て

「まずはチーム文芸部です。どうぞ」

と声を掛ける。須坂くんはスケッチブックに書かれた解答を示す。


 ピンポーン、というチャイムの音が鳴った。

 正解であった。


 須坂くんは小さくガッツポーズをした。



 次のチーム科学部は「U.S.A.」と解答した。

 当然ながら正解である。



 すぐさま尾方先輩は隣の解答席に移動して

「それでは最後はチーム武道場です。解答をどうぞ」

と元気に声をかける。


 作石先輩の示した答えは「アルゼンチン」であった。


 正解を告げるチャイムが鳴る。


 私はホッとして胸を撫で下ろした。



「第六問まで終わって、3チームは4ポイントで並んでいます」

と尾方先輩が状況を説明すると、場内で大きな拍手が沸き起こった。

 


「さて、1ポイントを獲得して勝ち上がるチームが決まるのか?もしくはまだまだ決着がつかないのか?次は第七問です。頑張って下さい」

と尾方先輩から熱のこもった激励を受けた。それを受けてもなおひかりちゃんは

「問題」

と調子を変えずに言う。ひと呼吸置いてから

「南米大陸でアマゾン川が流れている国を答えなさい」

と問題文を読んだ。そしてもう一度繰り返した。


 すぐに呼び鈴が鳴る。

 須坂くんは

「井沢さん、考えに集中したいから、任せて良い?」

と私に油性マーカーを渡した。

 仕方がないので、私は油性マーカーの太い方のペン先を出して思い当たる国の名前を書き出そうとした。


 ブラジル、と書いたところで手が止まる。

 他に何も思い浮かばない。


 きっと他に答えはあるはずだ。答えが複数ある問題が出される、というのがこのユニーククイズのルールだからだ。

 私は独り言でもいうように、スケッチブックに大きく

「かわ」

と書き、その下に

「かわはどこからくる?」

「かわがながれるさきはどこ?」

と書き連ねた。


 すると、稜子ちゃんが

「川は山の上から流れて来ます。昔、絵本で読みました。中学校でもそう習いましたし」

と答えた。


 須坂くんは

「それだよ。山だ!」

と声を上げてから

「井沢さん、時間がないから新しいページに書いて。答えは」

と意外な国の名前を挙げた。


 迷っている暇はない。

 私はスケッチブックの新しいページに可能な限り素早くその国の名前を書いた。

 油性マーカーのキャップを閉めてプラスチック製のコップへ差し入れるのと同時に呼び鈴が鳴った。


 

 危なかった。

 私が少しでも躊躇していたら間に合わなかった。


 そんな心持ちでいる私の前を尾方先輩はすたすたと歩いて行き、チーム武道場の解答席へやって来た。すぐさま

「さて、それではチーム武道場から解答を見ていきましょう」

と声を掛けると、作石先輩は「ブラジル」と書かれた答案を示した。


 ピンポーン、とチャイムが鳴り正解だと告げる。



 尾方先輩は隣の席に移動して

「次は、チーム科学部です。どうぞ」

と声を掛け、長沼先輩は「ブラジル」と書かれた答案を示した。


 チャイムが鳴る。正解だ。


 そして、尾方先輩はうちのチームの解答席まで来ると

「さて、最後はチーム文芸部です。どうぞ」

とお膳立てをしてくれた。


 須坂くんは「ペルー」という解答を示した。


 少し間を置いてから、ピンポーン、とチャイムが鳴った。


 そのチャイムの音を聞くや否や須坂くんと稜子ちゃんは喜んだが、私はあっけにとられた。


 すると、場内にファンファーレが鳴り響いた。


「チーム文芸部、決勝進出です!おめでとう」

という元気な尾方先輩の声が耳に届いてなお、私はまだ実感が沸かなかった。


 ふと下手を見やると、チーム科学部とチーム武道場の皆さんが拍手を送ってくれていた。

 私は会釈して応えた。



「それでは、惜しくも敗れ去ったチーム科学部とチーム武道場の皆様に温かい拍手をお願いします」

と尾方先輩が観客に声を掛けると、大きな拍手とともに

「お疲れ~」

「よく頑張ったね~」

という温かいねぎらいの言葉がかけられた。

 


 退場する前にチーム科学部の長沼先輩が挨拶に来てくれた。

「本当に強いね~。負けたよ。決勝戦、頑張ってね」

と短く気持ちを伝えて、足早に去って行った。


 その次に、チーム武道場の作石先輩が来てくれて

「有言実行。素晴らしいですね。おかげで後輩たちに良い経験を積ませることが出来ました。ありがとうございます」

とお礼まで言われてしまった。

 美しい所作でお辞儀をして、立ち去ろうとしてから

「あの3人は強いですよ。遊佐さんたちもそうでしょうね。決勝でも頑張って下さい」

と言葉を残してくれた。


 敗者となった2チームが立ち去ると、舞台の上にはクイズ研究部の部員以外はチーム文芸部の3人だけとなる。


 吉田先輩と尾方先輩は何人かの部員さんたちと打ち合わせをしていた。

 そして、マイクを手に取った尾方先輩から

「決勝戦は10分後から開始する予定です」

とアナウンスが入った。



 すると松川先輩がやって来て

「次のクイズの準備をしますので、みなさんも舞台袖で休憩して下さい」

と声を掛けてくれた。



 上手袖へ移動すると、チーム三奇人とチームぎんなんの皆さんが迎えてくれた。


 赤いパジャマを着た最上先輩が開口一番

「マジで決勝まで上がって来たな」

と健闘を讃えた。続けて青いパジャマを着た背が高い短髪の人が

「あの問題を乗り越えてくるとは!それにしても、誰だよ、最後の問題を作った奴!」

と第七問のアマゾン川の問題が前回大会の王者である彼らにとっても難しかったことを伝えた。それを受けて、黄色いパジャマを着た茶髪の人が

「吉田は真面目な奴だから、あんなトリッキーな問題を出さないと思うんだけどな」

と自分の推測を述べた。

 私はアマゾン川の問題はひかりちゃんが作ったんじゃないか、と考えている。細かい知識よりも、発想の柔軟さを重んじている点がひかりちゃんらしいと感じたのだ。


 青いパジャマを着た人が

「アマゾン川の上流を答えるとは、中々やるな」

と褒めてくれたので、須坂くんは

「はい。ありがとうございます」

と答えた。黄色いパジャマの人は

「他のチームはアマゾン川の下流を考えちゃったんだろうね」

と予想した。


 私たちが勝ち上がったのは、やはり川の水源に着目した稜子ちゃんのおかげだ。


 最上先輩は

「ここからは直接対決だから遠慮なく行くよ。とりあえずしっかり休んでおいてくれ」

と須坂くんの宣戦布告を真っ向から受けて立つ心意気を表明した。


 須坂くんは

「はい。やっと対戦出来ます。よろしくお願いします」

とお辞儀をして、奥に下がった。



 遊佐先輩は稜子ちゃんと私に

「本当に勝ち上って来たね。それは私たちも同じなんだけど。最後まで一緒に戦えて嬉しい」

と優しく迎えてくれた。


「文芸部の子たちも秋生ちゃんもとりあえず休憩してきたら?」

と坂田先輩が口を挟むと、鶴岡先輩も

「そうですね。私たちはずっとクイズの成り行きを見ていて休んでませんから」

とそれに賛成した。


 そうか、先に勝ち上がった2チームの皆さんは残りの3チームが戦っている様子を見ていてくれたのだ。


 自然に仲間意識が芽生えていたのだろう。


「そうだね。休憩にしようか」

と遊佐先輩に促されて奥に置かれた長机に行くと、お菓子とペットボトルの麦茶とプラスチック製のコップが用意されていた。この透明のコップは先ほどのユニーククイズでペン立てに使用したものと同じである。


 須坂くんはすっかりチーム三奇人の皆さんと仲良くなって、並んでパイプ椅子に座り、一足先にお菓子とお茶をいただいていた。


 私がその様子を眺めている間に稜子ちゃんが5つのコップに麦茶を注ぎ入れてくれていて、チームぎんなんの3人と私に振る舞った。

 


 私は冷たい麦茶を飲みながら甘くないお菓子を探す。

 幸いにも個別包装された小さいお煎餅があったので3つ手に取って近くの椅子に腰掛けた。

 お煎餅を食べていると第1ラウンドと第2ラウンドの間の休憩の際に見かけた「取扱注意」と赤い文字で書かれた白い箱が目にとまった。


 それをぼーっと眺めていると、舞台の方からやって来た松川先輩がその箱を大事そうに抱えて舞台へと戻って行った。


 お菓子を取るために移動しながらその様子を見ていた最上先輩は私の隣の椅子に座り

「今年もとうとうお出ましだね。QUIZ ULTRA DAWNで一番楽しいところだよ」

と嬉しそうに語った。


 一番楽しいところ、というのは何だろう?


 確か須坂くんが言っていたなあ、決勝戦は、、、。


 そんなことを考えていると

「せっかく1年生なんだから何も考えずに楽しんだ方が良いよ」

と最上先輩が釘を刺した。

「そうですね」

と答えて、私は考えるのを止めた。



 すると、今度は黄色い法被を着たクイズ研究部の男子部員が他の部員たちに

「プランBに決まったよ」

と伝えて回っている。


 最上先輩は

「プランBなんてワードは今までの決勝で聞いたことがないなあ」

としばらく思案してから

「よし!面白くなってきたぞ。何か新しい仕掛けがあるなら、どのチームも条件は同じだ。楽しんでいこうぜ」

と嬉しそうに言った。


 私は内心ワクワクしながら

「はい」

とだけ返事をした。そっけない返事であったが、最上先輩は私の表情を見て

「疲れてるね」

と労いの言葉をかけてから、私の休憩の邪魔をしないように気を遣って仲間の元へと移動した。

 決勝が始まるまではあれこれ考えることをせず、期待感のみを心に抱えて、ポリポリとお煎餅を食べて麦茶を飲むことに専念した。


 松川先輩が再び上手袖へやって来て、機材や小道具がまとめて置かれている辺りで何やら探し物を始めた。


 しばらくすると、縦に長い小さな段ボール箱を手に取って、上部の蓋を開けて中身を確認してから

「あった。あった」

と言って喜び、その箱を持って舞台へ戻って行った。



 その後、5分ほどのんびり休んでいると尾方先輩が上手袖へやって来て

「お待たせしました。決勝を始めます。まずはチーム毎に集まって下さい」

と指示を出した。その隣には資料を持ったひかりちゃんもいる。


 尾方先輩は入場する順番や方法を具体的に説明し

「何か質問がありますか?」

と3チームのメンバーに尋ねたが、誰も質問をしなかった。そのため

「それでは決勝を始めよう。皆さん、頑張って下さい」

と言って舞台中央へ移動した。ひかりちゃんもそれに従った。


 

 私たちは上手袖で入場順に並んだ。


 場内には大音量で私でも知っている海外のスパイ映画のテーマ曲が流された。須坂くんは

「やっぱり、この曲を使うんだね」

と珍しく冷静だったが、私は柄にもなく気分が高揚していた。


 

 

(続く)

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