【50】見よ、勝者は残る(5)
文化祭初日のクイズ大会であるQUIZ ULTRA DAWNは予選ラウンドがようやく終わった。
私、井沢景の属するチーム文芸部はチームぎんなんと協力して無事に予選を勝ち上がった。
昨年の優勝チームであるチーム三奇人も順当に予選を突破した。
残り2チームの枠を賭けたプレイオフのじゃんけん対決で勝利したチームガーニッシュとチーム科学部を合わせてようやく本戦に臨む5チームが出揃った。
「予選ラウンドを突破したチームをご紹介します」
と尾方先輩のアナウンスがあり、場内から歓声が沸く。
その声に反応して舞台を見上げると、舞台の中央に司会の尾方先輩と並んでアシスタントの安住ひかりさんが立っていた。ふたりとも右手にマイク、左手に紙の束を持っている。それらは恐らく台本や資料の類いだろう。
私と目が合うと、ひかりちゃんはにっこり微笑んでからマイクを持った右手を小さく振って応える。
尾方先輩は続けて
「名前を呼ばれたチームの皆さんは舞台に上がって来て下さい」
と言い、少し間を開けてから
「まずは、チーム三奇人の皆さん、どうぞ」
と昨年の王者を招く。
赤・青・黄色のパジャマを着たメンバーたちが階段を登っていくとやはり必然的に場内に笑いが起こる。
赤いパジャマの長髪の生徒へひかりちゃんがマイクを向ける。
尾方先輩が
「最上くん、流石ですね。チーム三奇人だけは単独で予選ラウンドを突破しました。今年も仕上がってますね」
と尋ねると、長髪の最上先輩は頭を掻きながら
「まあ僕らは出場するのが3回目だからコツみたいなのを掴めてるんじゃ無いかなあ」
と、とぼけ気味に答える。
苦笑したと思しき尾方先輩が
「次のラウンドへ向けて意気込みをどうぞ」
と促すと、最上先輩は
「はい。僕らは1年の時に3位になって、去年は優勝してるから、今年は準優勝して完全制覇を達成したいと思います」
と語気を強めて言い放った。
場内で笑いが起こる。
須坂くんも笑っている。どうやら須坂くんはチーム三奇人の大ファンになったようだ。
「最後に。すでに優勝宣言をしているチーム文芸部についてはどう思われますか?」
と尾方先輩が尋ねると、最上先輩は
「まず第一に、みんなが悩んだ難問の答えを知っているメンバーがいたという強運。次に、参加チームの中で一番頭の良い3年生たちのチームと協力関係を築き上げたコミュニケーション能力の高さ。その2点から優勝するポテンシャルを感じさせるチームだと思います」
予選ラウンドでの私たち2チームのやりとりが聞こえていたのね。
ちょうどその時にリーダーの最上先輩が私たちへ視線を向けたので、須坂くんがサムズアップして
「優勝はいただきだ!」
と応えた。
体育館の後方半分に設けられた観客席に詰めかけた生徒たちから
「自信満々でいいぞ!」
「頑張れ!」
「2チームとも決勝まで残れよ!」
といった声援が飛んで来た。
ひかりちゃんが
「それでは、解答席へどうぞ」
と3人を、5つある解答席のうち一番上手側にある席へ案内した。
尾方先輩は
「続いては、チームぎんなんの皆さんです。ステージへどうぞ」
と招いたので、チームぎんなんの3人が階段を上がる。
招待チームであるチーム科学部もいるのに先にチームぎんなんが呼ばれたのが意外だった。
入場時と同様に歓声はないが、場内で大きな拍手が起きた。
尾方先輩が
「初参加のチームぎんなんの遊佐さん。クイズ大会の感想はいかがでしょう?」
と訊くと、ひかりちゃんからマイクを向けられた遊佐先輩は
「はい。世の中には自分たちには分からないことがまだまだたくさんあると再認識させられました。その一方で、そうした問題の答えを知ってる人や、どうやったのか私には見当も付きませんが自力でその答えを見つけられる人が同じ学校の中にいることを知り、とても驚きました」
と回答する。
それを聞いた観客たちから
「おおー!」
と控えめな驚嘆の声が響く。
続けて、尾方先輩は
「最初からチーム文芸部と協力しながら勝ち抜きましたが、遊佐さんから見てチーム文芸部の実力はどうでしょうか?」
と私たちチーム文芸部についての評価を尋ねる。その問いに対し、遊佐先輩はこう答える。
「我々に足りないものを補ってくれる貴重な人材が揃ったチームです。それに加えてとても驚かされたことがありました。日本国憲法の問題に対して私と全く同じ考え方をしている1年生がいたのです。なんと言ったら良いのかな」
そこでしばらく思案してから、言葉を継ぐ。
「まるで鏡で自分の姿を見ているようでした」
すぐさま尾方先輩が
「遊佐さんの再来ですか!?」
と驚きの声を上げたので、場内がどよめいた。
さらに尾方先輩が
「遊佐さんにそこまで思わせた人の名前を教えてもらえますか?」
と尋ねると、一瞬躊躇った後に、遊佐先輩はこちらを顧みて
「良いですか?」
と確認する。私が断る間もなく、須坂くんが大きな声で
「OKです」
と勝手に答えてしまったから、遊佐先輩は小さく頷き
「1年D組の井沢景さんです」
とはっきり答えた。
確かにずっとネームプレートをつけてはいるけど、クラスとフルネームまで頭に入ってたのね。驚いた。
観客席の方から
「すげーー!」
「きゃーー!」
といった歓声がした後で
「井沢って誰?」
「誰か知ってるか?」
とざわつく声が聞こえて来た。
もうやめて。
平穏な学校生活を送りたい、という私のちっぽけな願いが音を立てて崩れていくのを感じた。
気づけばチームぎんなんの3人は既に解答席に着いていた。
チーム三奇人の隣である。
上手から下手へ順番に座るのだろう。
次こそは招待チームであるチーム科学部だろうと勝手に予想していたところへ
「続いては、先ほどから話題に上がっているチーム文芸部です。皆さん、ステージへどうぞ」
と尾方先輩から呼ばれたので驚いた。
チーム科学部はプレーオフを戦っての勝ち上がりだから、先に予選を突破している私たちの方が優先されるのだろうとようやく理解できた。
須坂くん、稜子ちゃん、私の順番で階段を上って舞台へ。
当然ながらインタビューを受けるのはチームリーダーの須坂くんである。
尾方先輩は
「期待の新星のチーム文芸部です。リーダーの須坂くん、まずは予選ラウンドを突破しましたね。おめでとうございます。1年生だけのチームですが、やはりチームぎんなんとの協力は心強かったですか?」
と尋ねる。須坂くんは
「はい。うちのチームはクイズの経験も皆無ですし、1年生なので知識も足りません。優秀な3年生の先輩たちと協力出来たことはまさに『渡りに船』でした」
と答える。続けて尾方先輩は
「それでは、ずばり訊きます。頼もしい先輩チームの実力を知ってもなお、自分たちが優勝する、と宣言できますか?」
と語気を強めて質問する。間髪入れずに須坂くんは
「はい、もちろん僕らが優勝します!」
と断言する。
観客から
「良いぞ!もっとやれ!」
「上級生に負けるな!」
「頑張れ、井沢さん!」
などと声援が飛ぶ。
私はともかくとして、チーム文芸部はもう十分に役目を果たしただろう。
この先はどうせすぐに負けると思うけど、代理出場チームとしては十分すぎる爪痕を残したと思うから、ひかりちゃんも文芸部の先輩たちも許してくれるだろう。
私はひかりちゃんに
「チームぎんなんの隣の席で良いよね?」
と尋ねると、ひかりちゃんは
「うん。そうだよ」
と教えてくれたので、私たち3人は案内なしに指定された解答席に着く。
解答席に使われているのは教室の机とパイプ椅子で、等間隔で5つ並んでいる。
それぞれの机の両橋には段ボールで作った仕切りが取り付けられている。
パイプ椅子は横並びに3つ置かれている。
チーム三奇人の最上先輩、チームぎんなんの遊佐先輩、とそれぞれチームリーダーが真ん中の椅子に座っているのに倣って、須坂くんが真ん中に座った。稜子ちゃんが下手側の椅子に腰をかけたので、私は残ったチームぎんなんに近い上手側の席に座る。
改めて舞台上の高い視座から会場を見渡すと観客の多さに圧倒される。大会が始まった時点よりも明らかに観客が増えていた。
こんなところでクイズに挑まねばならないとは。
緊張が急に増した。
この状況で冷静に解答することなんて出来るのだろうか?
私がそんな風に臆病風を吹かしている間にも尾方先輩は先に進める。
「次は、チームガーニッシュの皆さん。ステージへどうぞ」
とチームガーニッシュを招く。
チーム科学部じゃなくて、こっちのチームの方が先なのか。
じゃんけん対決の第一回戦に勝ったからかな?
そんなことを考えていると、尾方先輩は
「山部さん、予選突破おめでとうございます。このチームはガーニッシュ・ブリッジというバンドのファン3人と聞いていますが、このバンド名はどういう意味なのですか?」
と尋ねるが、山部先輩は
「あー、え〜っと」
と気まずそうに口籠る。すると、ひかりちゃんがマイクを通して
「”The Garnished Fridge”ですよ、先輩」
と口を挟んだ。
その発言に何故か違和感があったが、私の左隣に座っている坂田先輩が
「上手いね」
と呟いたので、ようやく気が付いた。
ひかりちゃんの話す英語が流暢だったのである。同じクラスには英語の成績がクラスで一番の高岡泉さんがいて、高岡さんの英語の発音がとても素晴らしい。それもあって他のクラスメイトの英語についてはあまり意識していなかった。でも思い返せば確かに英語の授業で披露されるひかりちゃんの英語の発音は綺麗だったような気がする。
尾方先輩は
「あっ、すみません。あっ!いけね!」
と取り乱して紙の束を落としてしまったようで、しかも床に落ちてクリップか何かが外れてしまい、まとめてあった資料がバラバラに散乱した。やむなくマイクを脇へ置いて一枚一枚拾い集め始める。
そんな状況なので代わりにひかりちゃんが進行役を引き継いで
「バンド名は日本語に訳すと『装飾された冷蔵庫』なんですね、それにはどういう意味が込められているのですか?」
と尋ねると、山部先輩は
「ちゃんとバンドの方から公式に発表されています。『名前の由来は特にありません。ファンの皆さんの好きなように解釈して下さい』とのことです」
と答えた。後ろから見ているので表情は分からないが、声のトーンが明るい。大好きなバンドの話を振られたのだから当然であろう。
ひかりちゃんが
「予選ラウンドではチーム現地集合と協力していましたが、一緒に戦ってどうでしたか?」
と尋ねると、山部先輩は
「あのチームにはクラスが一緒になったことがある子がいて、ガーニッシュのファンだったから友達なんです」
と答え、突然
「あー!」
と頭を抱えて大きな声を上げた。ひかりちゃんが
「どうしました?」
と尋ねると、山部先輩は
「すみません。この場を借りてどうしても言っておきたいことがあるんです。決して誰かに嫌な思いをさせるような内容ではないです。ダメですか?」
と懇願した。ひかりちゃんは審査員長の吉田先輩の方を見る。
私の席からも吉田先輩が大きく頷いたのが見える。
ひかりちゃんはマイクを山部先輩に渡した。
山部先輩は黙礼で感謝を伝えた後
「ガーニッシュが今年の4月に中府でやったアコースティック・ライブに制服で来ていたうちの高校の男子がいました。校章もちゃんと確認してます。せっかくだから友達になりましょう。もしこの会場にいたら返事をして下さい」
と呼びかけた。
だが返答はない。
段々と山部先輩の背中が丸くなるのが分かる。
千載一遇の機会が巡って来たのに上手くいかなかったのだ。落ち込むのも無理はない。
すると今度は同じチームの男子生徒がマイクを奪い取り
「山部さんはそのライブの後、しばらくの間『あの子、マジでタイプなんだけど!』ってはしゃいでたんだ。俺からもお願いします。山部さん、ホント良い子なんで、それは俺が保証する。後からでも構わないし、俺のところに連絡をくれても良いからよろしく!」
とサポートどころか、むしろ山部先輩の代わりに公開告白をしたことに近い発言をした。
マイクを受け取った山部先輩はしばらく俯いて黙り込んでしまったが、やがて顔を上げると
「それをさあ、今ここで言うかな?まあね、実際そうなんだけど」
と愚痴る。
場内で笑いが起こる。
何人かの女子生徒たちから
「大丈夫だよ~」
「頑張って~」
と声援が飛んだ。
山部先輩は続ける。
「でもさ、その人、ライブにめっちゃ綺麗な彼女さんを連れてたから、そっちの線はないね。とてもじゃないけど敵わないよ」
しばらく言葉を探した後、ようやく続きを話す。
「とにかくガーニッシュのファンはみんな友達なんで、よろしくね~」
みんなに手を振り、吉田先輩、尾方先輩、ひかりちゃんにお礼を伝えて、私たちの右隣の解答席についた。
真ん中に座った山部先輩は
「うわー、やっぱやめときゃよかった。マジで恥ずかしい」
と机に突っ伏してしまっていた。
それをもうひとりの女子生徒がなだめて、先程の発言をした男子生徒は
「マジでごめん。ついつい言っちゃったんだよ」
と言いながら、顔の前で両手を合わせて必死に謝っている。
「チーム科学部の皆さん、どうぞステージに上がって来て下さい」
という尾方先輩の声に引かれて前方へ視線を向けると白衣姿の3人が舞台に上がって来るのが見えた。
司会はまた尾方先輩に戻っていた。ひかりちゃんは長沼先輩にマイクを向けている。
「長沼さん、本戦進出おめでとうございます。流石は強豪チームです。しっかり勝ち抜きましたね」
と尋ねると、長沼先輩は
「はい。確かに苦労しました。でも本当に大変なのはここからですね。頑張ります」
と短く答えて。5つのうち最も下手側にある解答席に着いた。
勝ち残った5チームは指示通りに解答席に着いた。
上手側からチーム三奇人、チームぎんなん、チーム文芸部、チームガーニッシュ、チーム科学部という順番である。
「しばしご歓談下さい」
とひかりちゃんが解答席の5チームに告げる。
すぐに次のクイズがあるのかと思っていたがそうではないらしい。
吉田先輩も尾方先輩もひかりちゃんも上手袖へ消えた。
そして、何人かのクイズ研究部の部員も小走りでそれに続いた。
何かの準備をするのだろう。
私は先ほど「このクイズ大会のルポルタージュを書く」という着想を得たので、この自由時間に落ち着いて他のチームの様子を観察することにした。
チーム三奇人は何故かあのパジャマ姿で真顔で座っているので可笑しかった。
チームぎんなんの3人は静かに佇んでいた、休息を取りつつ、集中力を高めているのだろう。
チームガーニッシュは山部先輩がまだ机に突っ伏していて、他のふたりはそっとしてあげているようだ。
チーム科学部は何やら相談をしているようだ。
それぞれのチームが思うままに過ごしている。
どうせ私が今更頑張ってもクイズが上達する訳ではないから、せいぜい休んでおこうと、参考になればともう一度休憩中のチームぎんなんの方を見る。
すると、遊佐先輩と目が合った。
「次のラウンドはどんなクイズになるか、知ってる?」
と尋ねられたので、私は
「何も知りません。すみません」
と答える。しかし、代わりに須坂くんが
「僕が調べた限りでは、予選ラウンドが○Xクイズで、最後が早押しクイズなのは毎年同じらしいです。でも他のラウンドのクイズ形式は毎年違うみたいです」
と知っている情報を教えてくれた。きっと何がしかの方法で過去の大会データを調べたのだろう。
準備期間なんてそんなになかったはずなのに凄い。
この情報はきちんと伝えておこうと思い
「実はアシスタントの安住ひかりさんが同じクラスなんですけど、ズルはよくないから何も訊いてません」
と私が言い添えると、今度は鶴岡先輩が
「正々堂々と闘おうとしているのは潔いです」
と褒めてくれ、坂田先輩は
「せっかくのお祭りなんだから前情報なしで飛び込んだ方が楽しいよ」
と嬉しそうに言う。
そんなことを話していると、黄色い法被を着たクイズ研究部の部員たちがそれぞれのチームの解答席の机の前に大きめの紙をテープで貼った。
席を立って机の前に回り込んで見てみる。
白い画用紙に黒い太字のマーカーペンで「チーム文芸部」と手書きしてある。
見慣れた筆跡だから、ひかりちゃんが書いたのだろう。
私は時々ひかりちゃんのノートを借りるから分かる。
勝ち上がったチームが決まってから作成したのだろう。
こういう手作り感が学校行事のクイズ大会らしくて良い。
先ほど須坂くんは「最後が早押しクイズ」だと言っていたけれど、テレビのクイズ番組みたいな感じなのだろうか?
多分、専用の機械が必要だと思うけど、一体どうするんだろう?
そんなことを考えていると、上手袖で忙しそうにしていた作業が終わったようで、吉田先輩が審査員長席に戻って来た。
程なく、場内に勇ましいBGMが流れ出した。
舞台袖から元気よく飛び出した尾方先輩が
「お待たせしました!敗者復活戦です。皆さん、準備はできていますか?」
と名誉挽回のチャンスの到来を伝えると、敗者席にいた人たちが
「おおー!」
「よっしゃー!」
「きゃー!」
「待ってました!」
と喜びの声を上げた。
予選ラウンドで敗退したチームの皆さんが下手に設置された敗者席から解放され、再びフロアに繰り出した。
先頭を切って駆け出したのは漆木先輩で、ラグビー部のみんなはそれに続く。他のチームも続いて移動し、彼らはフロア中央部の舞台に近い位置に集まった。
敗者席では他のチームたちから少し離れた場所で正座して待機していたチーム武道場の3人は他のチームが移動し終えてからゆっくりと立ち上がり、他のチームが集まっている大集団のやや後方に移動した。
先ほど敗者席で彼らが正座している姿を見て私が違和感を覚えたのも当然だ。
敗者復活戦が残っているのだからまだ終わってはいない、という心づもりだったのだ。
プレーオフのじゃんけん対決で敗れてもなお闘気を失わず、心を鎮めつつ捲土重来を期していたのだ。
敗者復活戦で何チームが勝ち上がれるのか私には分からないが、チーム武道場の3人には「絶対に敗者復活戦を勝ち上がるのだ」という強い意志がある。
そう感じ取ったのは私だけではなかった。
観客席から
「作石さん、負けるな!」
「さな子先輩、がんばって!」
「作石先輩、勝ち残って!」
と歓声が沸く。
きっとリーダーの作石先輩は昨年の大会で大活躍だったのだろう。
それでなければ作石先輩ひとりに対する応援がここまで起こらないはずだ。
それほどの期待を受けている作石先輩が実力で競えるような真っ当なクイズが敗者復活戦で行われることを願わずにはいられない。
漆木先輩は一歩前に出て
「行くぞ!これからが俺たち『普通の高校生』の本当の出番だ。クイズ戦士じゃねえんだからあんな難しい問題を難問も連続で解けるわけねえもんな!」
と元気に檄を飛ばす。
周りの出場選手たちも同意して
「そうだ!そうだ!」
と鬨の声を上げた。
なんだか漆木先輩が敗者復活戦に臨む25チームのリーダーになったような不思議な一体感がある。
チームの垣根を越えて、参加者が一丸となる。
熱い展開だ。
すると観客も黙ってはいられない。
「普通の奴ら、頑張れよ~!」
「負けるな、リベンジかませ!」
「漆木、漆木、漆木、漆木!」
といった声援で敗者復活戦に挑む出場者たちを後押しする。
ただ、盛大な声援が止むのを待っていたのか、ワンテンポ遅れて
「漆木~!お前だって『普通の高校生』じゃないぞ!」
と野次が飛んだので、場内に爆笑が起こった。
確かにあの先輩は見た目が怖くて体も大きくて声も大きい。
標準的な高校生ではない、と思う。
しばらく笑いに包まれた後、出場選手たちや観客たちから更に大きな
「漆木、漆木、漆木、漆木」
という応援の声が生まれ、それに後押しされて、漆木先輩は舞台上の尾方先輩に対峙する。
「今年の敗者復活は何で決めるんだ?
知力の次だから、体力か、時の運か?
どうせならアームレスリングで勝負しようぜ」
と言い放つ。
すると突然に静寂が訪れた。
その後、女子生徒たちが口々に
「それはない」
「ないわー」
「無理だよ!」
と不満の声をあげた。
それを受けて観客席から笑いが起きて
「早くも反乱かよ」
「お前の天下は2分くらいで終わったな」
と野次が飛んだので笑いが起きた。
舞台の解答席にいるみんなもそれにつられて笑っていた。
会場内が少し静かになると尾方先輩は説明を始める。
「まずはそれぞれのチーム毎にまとまって下さい」
その指示を聞いて人の動きがあり、3人ずつの集合になった。
それを確認して尾方先輩が
「敗者復活出来るのは2チームです」
と伝えると、参加者たちから
「マジで2チームだけ?」
「うわー、厳しいなあ!」
「やっぱ今年もかあ!」
といった嘆きの声が溢れた。
尾方先輩は説明を続ける。
「敗者復活戦はチーム対抗です。チーム内で相談して挑んで下さい。
ただし、他のチームとの相談は禁止します。
今からスタッフが問題用紙と筆記用具を配布します。それを受け取ったら他のチームと適度に距離をあけられるようにフロアに広がって下もらいます。
ここまでで何か質問がありますか?」
特に反応はない。むしろ早くその先を聞きたいのだろう。
質問がないので尾方先輩は続ける。
「問題用紙は一枚のプリントで上半分に問題文があり、下半分が解答欄です。それを半分に折って貼って剥がせるタイプののりで閉じてあります。解答開始の合図が出てから静かに剥がして問題用紙を開いて下さい。下半分の解答用紙の部分にチーム名を忘れないように記入していただき、解答を記入して下さい。用紙は解答欄を切り取らずににそのまま提出して下さい。
くれぐれも合図があるまで問題を開いて見ないように。
フライングは即失格となります。
それから、開いた問題用紙の裏面は白紙なのでメモ書きや下書きなど答案作成のために自由に使っても良いです。
ここまでで、質問はありますか?」
そこでひとりの男子生徒が手を挙げて
「解答時間は何分ですか?」
と質問した
私の知らない人で背が高かった。
隣に座っている須坂くんが
「あの人が水内先輩だよ。囲碁将棋部の」
と教えてくれた。
あの人が昨年の文化祭で伝説を作ったクラスの舞台監督なのね。
今年は文芸部の中野先輩のクラスで舞台監督をするからとても楽しみだ。
その質問に対し、尾方先輩は
「すみません。次に説明する項目だったのですが、先に言います。制限時間は5分です。このまま説明を続けますね」
と答え、マイクを通さず上手袖に向かって
「箱を持って来て」
と声をかける。
すると、黄色い法被を着た男子部員が上面に穴の空いた大きな箱を持って現れた。先ほどプレーオフのじゃんけん対決のくじ引きに使ったものと同じだろう。
尾方先輩は説明を続ける。
「開始のホイッスルが鳴ったら問題を解いて下さい。
もう一度言いますが、制限時間は5分です。
5分経ったらもう一度ホイッスルを鳴らしますので、それまでに解答を記入した用紙を提出して下さい。もちろん残り時間はアナウンスします。くれぐれもチーム名を書き忘れないように。この後、この部員は階段の前に投函箱を持って待機しています。答案はこの投函箱の中に入れて下さい。それと大事なポイントをもうひとつ。一度投函した答案はもう取り出せません。後から訂正することは出来ません。慎重に解答して下さい。ここまでで何か質問がありますか?」
今度は何の質問も出なかった。
「それでは、問題用紙とペンを配ります」
と尾方先輩が言うと、クイズ研究部の部員たちが各チームに配布している。
遠くから見ているのではっきりしたことは問題用紙は恐らく四六判の本よりは大きい。二つ折りにされているから広げるとその倍のサイズになる。
ペンはキャップ付きの黒いもので、恐らくはサインペンだろう。
敗者復活戦は制限時間5分のペーパークイズだ。
問題文は四六判サイズの紙1ページくらいのスペースを使えるのだからある程度の問題数を印刷出来る。ただ、一方で指定された筆記具がサインペンのようなものなので細かい文字をたくさん書かせる意図はなさそうだ。
「う〜ん。分からないな」
と声がするので隣を見ると、須坂くんは腕組みをしながら
「どうやったら2チームだけを選べるんだろう?」
と首を傾げていた。
稜子ちゃんはそれを受けて
「1枚のプリントに問題文と解答欄が半分ずつですから、短時間にたくさんの問題を解いてもらう、という訳にもいきませんよね」
と応える。
私も議論に加わって
「でも、配られたのがサインペンだから、解答欄がマークシートという可能性もあるんじゃないかな?それだったら逆にたくさんの選択問題を出題してスピード勝負ってのもあるのかも」
と頭に浮かんだアイデアを伝える。
すると、須坂くんは腕組みしたまま頭を振り
「それはないよ。だって、裏面を答案作成のために使って良いです、って言ってたから、このクイズは記述式だと思うよ」
と反論する。
「あっ!」
と私は言葉に詰まる。
確かにそうだ。
須坂くんは続けて
「でも、井沢さんのいうとおり、使用するのがサインペンだから、たくさん文字を書かせるような問題は出ないだろうね」
と述べた。
そんなタイミングで尾方先輩が
「問題用紙とペンは全チームに配布されましたか?
もしも届いていたら、リーダーの方がプリントとペンを高く掲げて下さい。
まだ受け取っていないチームがいたら教えて下さい。大丈夫ですか?」
と確認する声がした。
私もフロアを見渡したが、どのチームもちゃんとプリントとペンを持っていたようで困っている人はいないようだ。
「それではフロア全体に出来るだけ均等に広がって下さい」
と尾方先輩が指示を出すと、参加チームは概ね均等に互いの距離を保つように散開した。
尾方先輩は各チームがそれぞれ距離を開けていることを確認して
「皆さん、準備OKなようですね」
と声をかけると、各チームが手を振って応える。
尾方先輩はホイッスルを取り出して
「それでは只今から敗者復活戦を始めます。はい、スタート!」
と言ってから、音を鳴らした。
隣でひかりちゃんが恐らくキッチンタイマーだと思われる小さな白い物を尾方先輩に渡す。
○Xクイズでもあのタイマーで時間を測っていたのだろう。
舞台の上から見ているだけだが、どのチームも開封して問題を見た途端、文字通り頭を抱えて悩んでいるのが分かった。
あくせく問題を解いているような雰囲気はないから「とてもたくさんの問題を解かされている」ということはなさそうだ。
一体どんな問題が出題されたのだろう。
不正行為をするチームがないかどうか、クイズ研究部の部員たちが巡回して目を光らせているようだが、各々のチームは一心不乱に目の前に問題を解いているので監督官から注意されることはなさそうだ。
そうこうするうちに尾方先輩は
「残り時間4分」
「残り時間3分」
「残り時間2分」
と伝えていくので、問題を解いているみんなは否が応でも時間が無くなっていくことを知らされ、さぞや焦らされていることだろう。
そんな状況の中、どのチームも知恵を出し合い必死に答案を作成している。
そして、いよいよ
「残り時間1分」
とアナウンスされるとほぼ同時に最初の投函者が現れた。着物姿のチーム落語研究部だった。
それを契機に各チームの答案用紙を託された者たちが一斉に投函箱に殺到した。
このような切羽詰まった状況に於いても、他の生徒を邪魔したり、ぶつかって怪我をさせたりというトラブルはなかった。
それどころか丁度近くにいた女子チームの答案用紙まで一緒に持って走って投函してくれている男子生徒もいて、とても好感が持てた。
とはいえ混雑を避けたのだろう。
「残り時間30秒」
と伝えられたタイミングで、チーム武道場の剣道着姿の男子生徒が答案用紙を最後に投函する。
それから程なくして、終了のホイッスルが鳴る。
投函箱は担当の部員により審査委員長を務める吉田先輩のところへ運ばれ、その部員が箱から答案を取り出して丁寧に一枚ずつ長机の上に並べた。
早速、吉田先輩が赤いペンを手にして採点を始める。
25チーム分の答案をひとりで確認するのは大変そうだ。結果が出るまでにはしばらく時間がかかるだろう。
もうしばらく待機だろう。私はペットボトルのお茶のキャップに手をかけた。
だがその時、尾方先輩から
「判定結果が出るまでの間に、舞台上のチームの皆さんや観客の皆さんにも敗者復活戦の問題をご紹介しましょう。
安住さん、よろしくお願いします」
とアナウンスが入る。
みんなが悩んでいた問題には興味があるので、私はペットボトルのキャップを開けず、耳をそばだてた。
アシスタント席に座っているひかりちゃんは、それに応えて
「はい。分かりました。
それでは、皆さんも考えてみて下さい。
今年のQUIZ ULTRA DAWNの敗者復活戦は『近似値クイズ』です。
問題(1)
『斎藤茂吉の第一歌集「赤光」が刊行されたのは西暦何年でしょうか?』
この問題の正解に最も近い解答をした2チームが敗者復活となります」
と問題を紹介する。
「おおー!」
「何それ?」
会場内がどよめく。
私はただただ驚いた。
スマホからインターネットを使って検索することは出来ないし、当然ながらこの場に百科事典のような紙の資料もない。どうやったらそんな問題が解けるのだろう。
場内のざわつきがいくらか収まったので、ひかりちゃんは続けた。
「これで終わりではありません。
万が一、同点のチームが出た時のためにもう1問、御用意してあります。
問題(2)
『20▽▽年の統計では全国に消防署と消防本部は合わせて幾つあるでしょうか?』
なお、この問題は総務省消防庁の消防白書を参考にしています」
この第2問を聞くやいなや、会場内には
「え~!」
「そんなの分かるか!」
「無理だって」
とさらに動揺が走る。
インターネットが使えないなら、ひたすら計算するかあてずっぽで予想するか、そのどちらかしかないだろう。
須坂くんは再び腕組みして考え込んでから
「2問目は多分、フェルミ推定を使えば解けるんだろうな。でも僕はやり方を知らないからお手上げだね」
と諦めていた。
稜子ちゃんは
「斎藤茂吉先生はアララギ派ですから、、、。でも『赤光』がいつの刊行かなんて、、、」
と狼狽しつつも真面目に考えて悩んでいる。
せっかく歓談が許されているから、近くにいる賢い人にも訊いてみようと
「遊佐先輩はこのふたつの問題をどう考えますか?」
と尋ねると、遊佐先輩は
「私よりも美也子と薫の得意分野だね」
と答えた。
その言葉を受けて、坂田先輩は頷いてから
「確か斎藤茂吉は東京帝国大学医学部在学中に伊藤佐千夫の門下に入ったんだったなあ。それで『アララギ』が出て、大学を卒業してから『赤光』を刊行したはず。あの頃の医学部って何年かかって卒業するんだったっけ?」
などと考え始めた。
一方、鶴岡先輩も
「日本の都道府県をカテゴリー分けすると、、、うちの県はどの分類なのでしょう?」
と計算し始めた。須坂くんの言ってた何とか推定っていうのをやろうとしているのであろう。
ふたりとも凄い。
敗者復活戦に挑んだチームのみんなはどうやって答えを出したのだろうか?
私だったらどうしただろう?何か窮余の一策でも捻り出せただろうか?
そんなことを考えていると
「お待たせしました!
敗者復活の2チームが決まりました!」
という尾方先輩のアナウンスが入り我に返る。
俄然、場内は盛り上がる。
難問に挑んで疲れ切ったであろう敗者復活戦の参加者たちも顔を上げる。
「敗者復活の1チーム目はチーム武道場です。ステージ上へどうぞ」
と尾方先輩が告げると、盛大な拍手が起こった。
今までと同じく変わらず静かな足運びでフロアを進み、道着姿の3人が遂に舞台に上がった。それを尾方先輩とひかりちゃんが出迎える。
解答席に座っている5チームのみんなも拍手を送る。
尾方先輩が
「作石さん、流石ですね。敗者復活おめでとうございます」
と祝福すると、ひかりちゃんからマイクを向けられた作石先輩は
「はい。ありがとうございます。でも、私じゃなくて、他のふたりがチームを救ってくれました。第一問については1年生のうちの部員が『赤光』は明治と大正にかけて詠まれた歌が掲載されていることを知っていたから、それを信じました。大きくは外れないだろうと考えて大正元年、つまり1912年と答えたのですが、正解は何年でしたか?」
と意外な事実を伝えた。作石先輩からの質問には、ひかりちゃんが
「西暦1913年です。大正2年ですね」
と端的に答える。
それを聞いた他のチームから
「すげー!」
「よく分かったな!」
「うわー1年差かよ!」
と驚きの声が上がり、拍手が起こった。
その拍手の輪は観客席まで広がった。
ひかりちゃんは続けて
「ちなみに、チーム武道場は第二問も正解に一番近い解答をしています」
と伝えると、柔道着姿の男子生徒が右拳を大きく突き上げた。
こちらの問題は彼が解いたのだろう。
彼らのチームとしての強さを知らされて、場内では大きな拍手が再度湧き起こった。
追い込まれた状況でなお、後輩を信じて任せる作石先輩の度量の大きさに私は驚かされた。
そういえば、○Xクイズの最後の問題で、遊佐先輩は私に発言を譲った。また、近似値クイズについて意見を求めた際も、それは鶴岡先輩と坂田先輩の方が得意だから、と発言を避けた。
私も3年生になる頃には、人としてもう少し成長出来るのだろうか?
ついついそんなことを考え込んでしまったが、チーム武道場の皆さんは目の前を通って移動し、いつの間にか増設されていた解答席に着く。
隣に座っているチーム科学部の皆さんはチーム武道場の敗者復活を我がことのように喜んでいた。
「敗者復活の2チーム目は、チーム英語部です。ステージに上がって来て下さい」
と尾方先輩が紹介すると、同様に場内に歓声と拍手が沸き起こった。
程なくして、お揃いの青いシュシュを身につけたチーム英語部の3人の女子生徒が舞台に上がる。
「小牧せんぱ~い!」
という可愛らしい声援が飛ぶ。
尾方先輩が迎えて
「敗者復活、おめでとうございます。接戦を制しての勝ち上がりです。小牧さん、近似値クイズで結果を出した秘訣は何ですか?」
と尋ねると、ひかりちゃんからマイクを向けられた小牧先輩は
「なんとなく、です。流石に20世紀前半くらいの歌人だろうとは予想できましたが、それ以上のことは分かりません。だから、考えても仕方がないから1900から1950までの範囲で3人で思いついた数字を言い合って、その中で真ん中の数字だった1910年を解答にしました」
と答える。
場内に動揺する声と驚嘆する声が混ざりあう。
考えても仕方ない、と割り切って勘に頼るとは!
しかし、それで結果を残したのだから問題なかろう。
尾方先輩はインタビューを続けて
「実は正解の1913年から3年差というのはもう1チームあって、2問目でも僅差だったのですよ。小牧さん、もしかして2問目も?」
と尋ねると、小牧先輩は
「はい。2問目も1問目と同じように決めました。考えても分からないものは仕方ないですもんね」
とあっけらかんと答える。
それを受けて、場内で笑いが起きる。
そんな中、ラグビー部の漆木先輩が突然
「うわ、マジか!」
と大声を出した。
その場にいた全ての者の視線が漆木先輩に集まる。
だが、当の漆木先輩はしばらく黙ったままだ。
恐らく何か考え事をしているのだろう。
やがて、漆木先輩は
「あ~!うわ~!やっぱそうだ。間違いねえ。俺らは1問目を『1916年』って答えたんだ!あとちょっとだったのか!くっそ~、マジか~!」
と声を荒げて悔しがった。
観客席から
「漆木、すげえな」
「大健闘だな!」
と健闘を讃える拍手が起きた。
他のチームの皆さんも拍手をしていた。
それを聞いて漆木先輩は両腕をあげて周りのみんなの声援に笑顔で応えた。
他のチームの男子生徒が
「お前ら、よく答えが分かったな」
と更に讃えた。続けて
「で、どうやって解いたんだ?」
と尋ねる。
漆木先輩たちはどうやって答えを導き出したのだろう?
私も気になった。
会場中から期待の眼差しで見つめられていることを理解しているようで、漆木先輩は
「ゴホン」
と大きく咳払いをし、頭をかきながら
「まあ、俺らもヤマカンだったんだけどな」
と笑顔で応えた。
爆笑が起きた。
「さすがは漆木」
「期待を裏切らない男だな」
「ある意味、優勝だな」
「お前が真の勝者だよ」
と称賛の声が鳴り止まなかった。
漆木先輩はこんなにもみんなから好かれる人気者だったのだ。
確かに体育祭のアームレスリングの試合でも大歓声を浴びていた。
私は漆木先輩について「見た目が怖くて近付きたくない先輩」という印象しかなかったのに。
外見や先入観だけで人を判断してはいけない、ということを肝に銘じた。
やがて場内が静かになると尾方先輩は
「本当に僅差でした。惜しくも敗者復活とはならなかったチーム漆木も含めて、ここまで戦ってくれた23チームの皆様に温かい拍手をお願いします」
と労いの言葉をかけた。
それに応えて
「お疲れ~!」
「頑張ったね~!」
という温かい声援と割れんばかりの拍手が沸き起こった。
それが止むのを待ってか、下手の真ん中辺りからよく通る大きな声で
「漆木~!留年して来年も挑戦しろよ~!」
と野次が飛んだので、場内はまた笑いに包まれた。
あの野次は、間違いなく汐路先輩だ。実際に手まで振って煽っている。
漆木先輩はそれを笑って受け流した。
尾方先輩が
「敗者の皆様には、これから舞台上で繰り広げられる本戦のクイズを特等席で観る権利があります。どうぞお近くでご覧下さい」
と伝えると、漆木先輩は他のラグビー部員たちを引き連れて、体育館前方の舞台に近い「敗者用観覧席」へ移動した。
ラグビー部はみんな仲が良い。
3チームの9人が揃って、下手側にある解答者席の前に座った。
一方、チーム英語部の3人は他のチームに笑顔で挨拶しながら移動し、最も下手にある解答席に着く。
前を通る時に私はリーダーの小牧先輩と目が合った。
にっこり微笑んでくれたので、私は黙礼して応えた。
近くで確認できたから間違いない。
英語部のこの綺麗な小牧先輩は昨日の体育祭で上田くんが借り物競走で「憧れの先輩」としてお連れしていた女子の先輩だ。
長い髪と目尻の下がった優しそうな目が特徴的だった。ネームプレートには「3-B 小牧優」と書かれているから。下の名前は「優」である。まさに名は体を表す、である。
美形というだけでなく美声の持ち主でもある。
2年前の文化祭ではクラスの演劇で英語のミュージカルソングを歌い、当時まだ中学生だった岡谷先輩に衝撃を与えた。
坂木悠先輩とユニット「U Feat. U」を組んで出演する後夜祭のオープニング・アクトも楽しみだ。坂木先輩曰く「あんなに歌える人と組めることはない」とのことだから、一緒に音楽活動をしてみて小牧先輩の歌唱力の凄さを実感したのだろう。
3年B組のクラス展示では小牧先輩が英語詩の朗読をしていて、文芸部の飯山先輩も日本の和歌や詩歌を朗読している。その展示も観に行きたい。でも自分のクラスの演劇と文芸部の販売ブースの当番だけで手一杯だから、先輩たちのクラスの発表を観に行くのは難しいだろう。仕方ない。
そんなことを考えていると、黄色い法被を着たクイズ研究部の部員が解答席の机の上に1本の油性マーカーと1冊のスケッチブックを置き
「次のクイズで使います」
とだけ言い残して、隣のチームガーニッシュの席へ移動した。
油性マーカーは私の家にもあるお馴染みの黒いペンで両端にキャップがあり、用途に合わせてペン先の太さを選べるものだ。
スケッチブックも私にはお馴染みのものである。
「授業で使ってるのと同じだ」
と私が呟くと、稜子ちゃんは
「すみません。私は芸術の授業は音楽を選択しています」
と応じ、須坂くんは
「僕は書道だよ」
と答える。
三者三様である。
思わず3人で笑ってしまった。
すると今度は別の部員が、コースターくらいの大きさの正方形の画用紙を持って来て
「後で説明がありますからそれまではそのままおいておいて下さい」
と言い残した。
早速、須坂くんがその画用紙を確認する。
画用紙は3枚ある。黒いペンで「①」と書かれたもの、青いペンで「②」と大きく書かれたもの、赤いペンで「③」と書かれたものの3枚である。数字はどれも大きくはっきり書かれている。画用紙の裏面には両面テープが貼ってある。当然ながら片側の剥離紙はまだ剥がされていない。
この画用紙はきっと参加者の体にでも貼って使うのだろう。
「お待たせしました。本戦の第1ラウンドを始めます」
と尾方先輩のアナウンスが入ると、舞台のすぐそばのフロアから歓声が湧く。
特等席で観ているクイズ大会参加者の皆さんがとても盛り上がっているのだ。
「作石さん、今年こそ優勝だ!」
「チームぎんなん、頑張って~!」
「ガーニッシュ、応援するよ~!」
「山部ちゃん、みんなでその子を探すから任せてね~」
「三奇人、2連覇だ!頑張れ!」
「英語部頑張れ!俺たちビー部は英語部を応援するぜ!」
「科学部、勝ち上がれ!」
「俺たち1年は文芸部を応援するぞ!」
口々に応援してくれる。
嬉しい。
尾方先輩はこう告げる。
「本戦の第1ラウンドはリレークイズです」
場内がどっと湧く。
どういうルールのクイズなのか、私には分からない。
すぐに説明があるのだから無意味な思索を巡らせる代わりに、私はペットボトルを手に取りお茶を一口飲んで心を落ち着かせた。
(続く)




