【26】大雨降って智集まる
今週の後半から暁月祭が始まる、そんなある日、中府市内と近隣地区が大雨に見舞われた。私、井沢景の住んでいる伊那川町の雨量は特に多かった。
私は通勤・通学ラッシュを避けて早めに家を出るようにしているのだが、この日ばかりは大雨のために私鉄の府島線が大幅に遅れてしまい、中府駅で遅延証明書をもらってから、地下鉄に乗り換えて暁月高校に向かった。
家から最寄りの駅、地下鉄の駅から高校まではそれなりの距離を歩かないといけないので、私は濡れ鼠になりながら学校にたどり着いた。
校内を見回すと幸いなことに、暁月祭の準備はまだ看板やデコレーションを施すところまで進んでおらず、雨による被害はなさそうだった。
教室に到着すると、既に1限目の数学の授業が始まっていた。
中府市内から通っている生徒のほとんどは教室に揃っていた。
伊那川町のある県の西端地域から通っている生徒は私と同じ伊那川中学出身の大町くんだけだが、大町くんはバスケ部の早朝練習に参加していることもあってか、私より先に学校に到着して授業を受けていた。
数学の教科担当でもあり1年D組のクラス担任でもある沢野先生は私の姿を認めると、授業を止めて
「この雨の中、大変でしたね。
風邪を引くといけないから、もし着替えがあるならば先に更衣室で着替えて下さい。
遅延証明書や遅刻の手続きは後ですればいいですから」
と優しい言葉をかけてくれた。
お言葉に甘えて、そのまま更衣室へ行き、カバンの中に入っていた学祭準備用の作業着であるTシャツとジャージに着替えた。
タオル共々ビニール袋に入れてあったので、濡れていない。
伊那川町は雨の多い土地なのでこういう日には、こうして着替えを持ち歩くのが小さい頃からの習慣だ。
私も地下鉄だけで学校までで通える中府市内に生まれたかったな、と少しだけ思った。
教室に戻ると、隣の席の高岡さんが現在どこまで授業が進んでいるかを教えてくれた。
板書したノートが1ページくらいだったので、後で写させてもらうことにした。
校則の厳しい教室ならば、制服以外で授業を受けるなんて許してくれないのだろうけど、今日は私以外にも恐らく雨に濡れたため着替えたと思われるジャージ姿や普段着姿の生徒たちがパラパラと目立った。
こういう柔軟な対応が、この高校の素晴らしいところだと思う。
1限目が終わると、沢野先生から何人かの生徒が呼ばれ、遅延証明書と遅刻届の提出について説明を受けた。
濡れた制服を乾かすために空き教室に物干しコーナーを作ってあるから自己責任で使っていいという案内もあった。
2限目までの休み時間は物干しコーナーへ行った。
一応、女子と男子と分けてくれているのが少し嬉しかった。
2限目以降は普通に授業を受けて、昼休みにお弁当を食べた後、高岡さんから数学のノートを借りて1限目の板書を写させてもらった。
高岡さんもひかりちゃんも綺麗にまとまったノートを取っているので、ノートを貸してもらうたびに非常に勉強になる。
学業成績が優れた人はノートの取り方からして私と違うのだな、と毎回思い知らされる。
「高岡さん、ありがとう」
と、高岡さんにノートを返す。
すると、それをそばで見ていたひかりちゃんが私の机にやってきて、
「景ちゃん、ノートの写しは終わった?」
と尋ねるので、
「うん、終わったよ」
と答える。
ひかりちゃんは真剣な表情で
「じゃあ、私から2人にお願いがあるんだけど聞いてくれる?」
と話を持ちかけて来た。
断る理由もないので、私も高岡さんも話を聞くことにした。
「あのね、暁月祭のパンフレットにも載ってるんだけど、クイズ研で文化祭の1日目に学内クイズ大会をするのよ。
『QUIZ ULTRA DAWN』っていうんだけど、3人ひと組でのチーム戦なのね。
特に優勝賞金や賞品が出るわけじゃないけど、毎年大人気でね、夏休み前に告知するとすぐに定員が埋まっちゃうんだ」
とひかりちゃんは切り出した。
ひかりちゃんはクイズ研究部の部員であり、今年は1年生ながら部内で行われた予選を勝ち抜いて、エースである部長の相棒に選ばれ、高校生クイズ全国大会の地区予選に出場した。
決勝戦で同じ中府市内随一の名門校にしてクイズ強豪校でもある玲成高校とN県代表の座を争って接戦を繰り広げた。しかし、あと一歩及ばず全国大会には出場できなかった。
その模様はN県ローカルのテレビ局で放送されていたので、私も録画して見た。悔しくて泣いた。
負けてなお下を向かず気丈にインタビューを受けていたひかりちゃんは私の中で憧れのヒーローだったりもする。
確かに文化祭で開催される学内でのクイズ大会の話題は確かに夏休み前に出ていた気がするのだけれど、その時は文化祭のクラス演劇のことで頭がいっぱいだったからすっかり忘れていた。
そういう大会は、うちの高校のような学校だったら、放っておいても出場者が殺到しそうなものである。
それにクイズ大会というのはクラス内で成績トップのひかりちゃんのように頭のいい生徒が頭脳を競わせる場所な訳で、私のような凡人の出る幕ではないのだ。
ひかりちゃんは続ける。
「それでね、全部で30チームってのが毎年の恒例なの。
それ以上出場チームを増やすと会場の体育館が混乱するし、優勝チームが決まるまでの時間がかかるからスケジュール的にも難しい。
ちょうどいい出場チーム数が30なのよ」
出場チーム数についてちゃんと工夫が施されていたことを知り驚いて思わず
「それで?」
と私は相槌を打つ。
ひかりちゃんは少し声のトーンを落として
「今年も30チーム揃ったところで応募を打ち切ったんだけどね、1チームが辞退しちゃったのよ。
メンバーの一人が足を骨折して入院しちゃったらしくて」
と恐らく今回の相談事の原因となったアクシデントについて言及した。
私は頭に浮かんだ疑問を伝えた
「だったら、別の人を入れて3人組になって出場すればいいじゃない?
なんで辞退なの?」
ひかりちゃんは小声のまま
「クイズ研からもその提案をしたんだけどね、そのチームは骨折した生徒がクラス1の優等生で他の2人を誘ってなんとかチームを作ったらしくて、他の2人は『自分たちだけで出場するのだったら、もっとクイズに強い生徒が出場するべきだ』と辞退を申し出たそうなの」
と詳しい事情を付け加えた。
それは分かる。
私だって、ひかりちゃんに誘われてクイズ大会に出るっていう時にひかりちゃんがいなくなったら出場やめるもん。
すると今までは黙って話を聞いていた高岡さんから
「じゃあ、29チームで大会をすればいいじゃないですか?」
と尤もな解決案が出た。
私も同感だ。
30チームが29チームに減ったって大会は開催出来るよね。
ひかりちゃんは肩を落とし
「29チームだと、伝統が崩れるし、せっかく作った問題が勿体無い。ある先輩がそう言い出してね」
と部内の確執も話す。
あまり人の言動を咎めるようなことはしないひかりちゃんが身内の恥を晒す覚悟でこうして話してくれている。
余程困っているのだろう。
ひかりちゃんは大きくため息をついてから
「そんな訳で、本末転倒ながら30チーム目を探しているのよ。
文化祭はもうすぐだし、大ぴらに応募すると抽選とか大ごとになるし、みんな文化祭の受け持ちの予定も決まっているだろうしね」
と話の核心部分に辿り着いた。その30チーム目を探す役割を恐らく丸投げされたであろう。周りから人望のあるひかりちゃんならではの苦労だね。
そこまで話すと一転してひかりちゃんの目が輝きを帯び
「それで、お願い!
景ちゃん、泉ちゃん、クイズ大会に出てくれない!
私を助けると思って、お願い」
とお願いされた。
「ちょっと待ってよ。
私はクイズなんてできないよ。
ひかりちゃんじゃないんだから」
と私は驚きとともに固辞する。
「私も自信ないなあ。
それにそういう大勢の前で競り合うのはあまり得意じゃないので出来たら他の人に当たって欲しいです」
と意外にも高岡さんはきっぱり断る。
高岡さんは病気で長期入院していた都合で1年遅れで高校に入学した。
故に、私より1歳年上で、勉強もできるし、物知りなのだが、生来の性格として引っ込み思案なところがある。
高岡さんが早押しクイズで他のチームと競っている姿は全く想像出来ない。
「それに、2人じゃダメでしょ。
3人目はどうするの?
ひかりちゃんは部員だから出られないんでしょ?」
と私は尋ねる。
これが余計だったかもしれない。
ひかりちゃんは笑顔になって
「大丈夫、もし、景ちゃんと泉ちゃんが出場してくれるなら、もうひとりは私がなんとしても見つけるから」
と逆に火に油を注いでしまった。
確かに、クラスを探せば誰かひとりくらいは一緒に出場してくれそうである。
クラスの演劇チームの川上くんや上田くんや大町くんは誰が出ても戦力になりそうだ。
むしろその3人で出場したらいいんじゃないかな?
そう思いついた時に
「川上くんたち3人は真っ先に頭に浮かんだんだけど、ただでさえ負担の多い舞台監督やキャストの人には頼み辛くてね」
とひかりちゃんに釘を刺された。
さらにひかりちゃんは話を続ける。
「チームはクラスの仲間でも部活の仲間でもなんでもいいから誰かいない?」
ついに候補者を探す範囲がクラスの外へ広がった。
そうなったら、田舎の中学出身の私や1歳年上の高岡さんなんかより、中府市内の有名中学である白川中学出身で顔が広く人望厚いひかりちゃんの方が候補となる生徒をたくさん知ってそうである。
先ほどから高岡さんは黙ったままだ。
自分は出場しない、という意思表示であろう。
それはひかりちゃんにも伝わっていると思う。
自分のことはともかく、真剣に困っている高岡さんを候補から外してあげたくて、私もない知恵を絞る。
だが良いアイデアは出ず、ひかりちゃんとふたりで腕組みをしてしばらく考え込んだ。
「おーい、井沢さ~ん!
連絡があるんだけど、お取り込み中かな~?」
と私を呼ぶ声がしたので、声のする方を見ると文芸部の須坂くんが教室の入り口からひょっこり顔を出している。
「ごめんね、ちょっと文芸部の用事みたいだから行ってくる」
と断りを入れてから、私は席を外し、須坂くんのところへ向かう。
いつも通り笑顔の須坂くんに
「須坂くん、どうしたの?」
と尋ねて早速本題に入る。ひかりちゃんと高岡さんを待たせているから前置きはなしだ。
須坂くんは教室の中をしばらく眺めてから
「中野先輩からなんだけど、今日、帰りのホームルームが終わったらクラスの文化祭準備の前に部室に顔を出して欲しいって。
文化祭の店番のシフトを決めるから。
2年生の先輩も最優先で来てくれるからよろしくねって」
と大切な伝言を伝えてくれた。
いつも忙しくて顔を揃えることが少ない文芸部の先輩たちがなんとか全員揃おうとしているところだから、これは遵守しなければならない指示だ。
川上くんたちもわかってくれるだろう。まあ、私は演出補佐だから居なくても問題ないよね。
「わかった。
クラスの子達にはOKがもらえると思うから大丈夫だよ」
と快諾する。
大事な要件が終わったのでホッとした表情になった須坂くんはもう一度1年D組の教室内を見遣って確認してからこう呟いた。
「ところで、井沢さんが今話していた子って、クイズ研究会の安住さんだよね。
高校生クイズ大会、惜しかったよね。
いつかインタビューしてみたいな」
好奇心旺盛な須坂くんはクイズ大会まで観ていた。
相変わらずの守備範囲の広さである。
私は自分の友達ふたりを紹介することくらいは出来るので
「じゃあ、今からひかりちゃんと話す?
ひかりちゃんは物知りだから須坂くんと話が合うと思うよ」
と請け負った。
須坂くんは目を輝かせて
「えええっ!いいのっ?
ありがとうございます。
じゃあ、お願い」
と即答した。
「うん、良いよ」
と須坂くんに答えてから、私は教室内にいるひかりちゃんに
ひかりちゃん、ちょっとお願い、こっちに来てもらえる?」
と声をかけて呼ぶ。
ひとり取り残してしまった高岡さんには手を合わせてお詫びした。
ひかりちゃんは私と須坂くんに向かって
「用って、何?
もしかしてメンバーが見つかった?」
とおっとり刀で切り出した。
あ、まだその問題が解決してなかったね。
須坂くんはまず
「安住さん、初めまして。
F組の須坂です。
井沢さんとは文芸部で同じです。
うわー、本物だ!
地区予選、テレビで観てました。惜しかったですね」
とひかりちゃんに自己紹介して一頻り喋った後で
「ところで、メンバーってなんの話?」
とやっぱり食い付いた。
ひかりちゃんは意図せず、恐らくこの高校で一番好奇心の強い生徒を召喚することに成功したようだ。
運も実力のうちである。
そこで、ひかりちゃんから須坂くんに今年の文化祭の「QUIZ ULTRA DAWN」で起きているトラブル についてざっと説明をした。
案の定、須坂くんは
「あ~思い出した!
掲示を見た時に絶対出場しようと思ったんだけど、その時は、、確か追試で忙しくて、気付いたら募集が終わっていたんだった」
と、嬉しそうに声をあげた。
ほんの一瞬だけ須坂くんが遠い目をしたのを私は見逃さなかった。
須坂くんは、前期の中間試験で数学2科目と理科2科目で赤点をとった猛者なのである。
それを聞いたひかりちゃんは
「じゃあ、是非とも出場してよ。須坂くん」
と提案する。
「勿論、喜んで!」
と二つ返事の須坂くん。
「他のメンバーはどうするの?」
とひかりちゃん。
「え?
井沢さんは出るんでしょ?
もうひとりは、、、」
と何故か私が出場する前提で話が進んでいると須坂くんは勘違いしているようだ。
「うん、そう。
もうひとりはね、まだ決まってないのよ」
とひかりちゃん。
私の運命はとっくに決まっていたのか。
思わず高岡さんの方を見るが、話は聞こえていたらしく、顔の前で両手の人差し指でバツを作って拒否している。
その姿を見た須坂くんは
「じゃあ、筑間さんを誘って、チーム文芸部で出ようよ」
とさらなる提案を出した。
やはり私が出場することは既定路線のようだ。
「じゃあ、ふたりから、その筑間さんにお願いしてくれないかな?」
とひかりちゃんが顔の前で手を合わせてお願いしている。
まあ、仕方ない。
文芸部の先輩たちにお願いするわけにもいかないから、稜子ちゃんに頼るしかない。
「分かったよ、今から文芸部の連絡事項を伝えにA組に行くから一緒に話してみる。
井沢さんを少し借りてもいいかな?」
と須坂くんは段取りを付けた。
「須坂くん、景ちゃん、助かります。
くれぐれも筑間さんによろしくお伝え下さい」
とひかりちゃんはお礼を述べて深々と頭を下げる。
遠くでは、高岡さんも深々とお辞儀している。
私と須坂くんは1年A組の教室へ向かう。
さて、稜子ちゃんは承諾してくれるかどうか。
可憐な純文学少女がクイズ大会に興味を持ってくれるのだろうか?
あの子が早押しクイズで我先にとボタンを押して回答している姿も想像できない。
そんなことを考えるとあっという間にA組の教室の前である。
幸いにも稜子ちゃんは教室の自分の席にいた。
クラスの女子生徒に取次を頼んで廊下へ呼び出してもらい、須坂くんが要件を伝える。
さて、どう反応するか?
真剣な表情で話を聞いた稜子ちゃんは、しばし思案してから
「クイズ大会ですか?
この3人で出場ですか。
私がお役に立てるかどうか分かりませんが、人数が足りない、チーム数が足りない、というのでしたら、仕方がないですもんね。
いいですよ」
と快諾した。
そうだった、この子はとても優しいのだった。
それに中学までは体育会系でテニスの強豪選手だったってことも忘れていた。
おとなしい性格で控え目なだけで、高岡さんのような引っ込み思案ではないのだった。
「ただ、文化祭の1日目に1年生が3人とも抜けて大丈夫でしょうか?」
との心配事項が持ち上がった。
その疑問に対しては
「それなら多分大丈夫だよ。
『QUIZ ULTRA DAWN』は文化祭1日目の夕方からだから、クラス展示・演劇・部活動の発表は終わっている時間なんだ。
後片付けとかをちゃっちゃとやれば問題ないよ。
今日、先輩たちにお伺いを立てよう」
と須坂くんが即座に答えた。
この人の頭の中には学祭のスケジュールが入っているのね。
そういえば、須坂くんが自治委員なのも忘れていた。
これにて文芸部三人衆は解散した。
私は1年D組の教室に戻って、ひかりちゃんと高岡さんに報告をする。
「景ちゃん、本当にありがとう。
文芸部の先輩方にもよろしくお伝え下さい」
とひかりちゃんは私の手を握って感謝の意を示す。
横にいた高岡さんもホッと胸を撫で下ろす。
さて、帰りのホームルームが終わると、私は川上くんの了解を得た上で、足早に文芸部部室へ向かう。
部室にはすでに稜子ちゃんと須坂くん、2年生で部長の中野先輩と副部長の岡谷先輩、3年生の飯山先輩と松本先輩という私以外の全員が揃っていた。
いつも思うのだが、何故私は部室に到着するのが遅いのだろう。
みんな秘密の通路とか近道とか使っているのだろうか?
そんなことはない、単に私の要領が悪いだけである。
「井沢さんも来た。
これで全員揃ったね」
とみんなに声をかける松本先輩は相変わらず眠そうでやつれ気味である。
国公立大学の医学部を目指して猛勉強をしているのが原因である。
中府にある大学の医学部は難しくて入れないから、と最初から遠くの地方大学を目指している松本先輩の覚悟をみんな知っている。
故に「先輩、勉強しすぎですよ。無理しないで下さい」などとは間違っても軽々しく言えない。
すると、部長の中野先輩から
「話は須坂くんから聞きました。
クイズ大会が開催される時間帯には店番がないから、3人で楽しんで来て下さい。
せっかくの文化祭なんだから楽しまないとね」
とあっさり「QUIZ ULTRA DAWN」への出場許可が下りた。
他の先輩方もそれには賛成している模様である。
「僕も1年生の時に出たことあるけど、なかなか本格的だよ。
優勝すると1年間はクイズ王と呼ばれる栄誉に預かれるんだ。
クイズ研の部員が出ないから真のクイズ王が誰かはわかんないけどね」
と松本先輩は補足説明した。
確かに、話題の豊富な松本先輩ならばクイズ大会でもいいところまで行けたであろう。
「文芸部はあまり他の部活と交流がありませんから、これを機に色んな人と知り合えるといいですね。
私も特に急用がなければ応援に行きますよ」
と前部長の飯山先輩が激励の言葉をかけてくれた。
すかさず須坂くんが
「もう準備時間がないからぶっつけ本番ですが、文芸部の名を全校に轟かせてみせます!
僕ら3人の頭脳が揃えば簡単には負けませんよ」
と胸を張る。
相変わらずだが、その自信の根拠を教えて欲しい。
なにせ、私も稜子ちゃんもクイズ初心者なのだ。
先ほどの飯山先輩の言葉が引っかかる。
確かに、文芸部員として活動していて知り合った他の部活の生徒といえば、、、映画研究部の宮田先輩くらいか。
あとは私の個人的な探偵活動で遭遇した自治会の小諸先輩とか、部長連の桑村先輩とか、、怖かった思い出しかない。
クラスの生徒からも「文芸部って本当に活動してるの?」と不思議がられているくらいだもんね。
まあ、どちらかというと閉鎖的な部活だけど、そこに集うメンバーがこんなに素敵なのなら問題ないかな?
私は自分のクラスと文芸部とくらいにしか校内に知り合いがいない。
今更気づいた。
同じ中学から来た生徒も同じクラスの大町くんのように親しい訳ではない。
この学校にいる全ての生徒と仲良くなることはまずあり得ないし、人には心がある以上、知り合いでも仲が悪いとか複雑な人間関係になることもざらである。
そう考えると、私は自分の周りの人と仲良くできて、楽しく毎日を過ごせている、これって、実は奇跡なんじゃないかとさえ思う。
暁月高校になんとか入学して、出席番号順が前後だったひかりちゃんとすぐに友達になって、大町くんや川上くんや上田くんも友達になって、高岡さんとも仲良くなって、文芸部に入っても稜子ちゃん、須坂くんという素敵な1年生部員と、優しい先輩に囲まれて楽しく高校生活を過ごせている。
先生だってそうだ。
中学の時みたいに生徒を子供扱いしてうるさく怒ってばかりじゃない。
私たちをひとりひとりの人間として尊重してくれて、それでいていつも見守ってくれている沢野先生。
沢野先生のおかげで苦手な数学も嫌いにならないで済んでいる。
素晴らしいのは沢野先生だけではない、須坂くんのように赤点だらけの生徒でも先生たちは見限ったりしないし、当然甘やかしもしない。
だいたい、教室が生徒によって改装されてそのまま劇場になりつるある状態で授業をやっているような高校なんて他にないだろう。
中には私のように中府市内有数の進学校に入って学業面で悩みを抱えている生徒もいるだろうし、大町くんのように先輩方から強烈な洗礼を浴びた生徒もいるだろう。
うちの高校の全てが決して素晴らしいとは思えないが、それもこれも年に一度もお祭りを全力で楽しんで明日の糧にしよう、そういうしなやかな強さを持った人間に育てていこう、という学校の理念だけは正しいと信じたい。
あと数日で暁月祭が始まる。
あれだけ練習したクラスの演劇がうまく行って欲しいと心から願っている。
100部も印刷してしまった「文芸・東雲」がなんとか完売して欲しいと願っている。
私の書いた「傲慢な知性と千里眼」はみんなに読んで欲しいようで、恥ずかしいからあまり拡散しないで欲しいような気持ちである。
それ以前に、店番などしたことないので、それも緊張して来た。
さらには、クイズ大会である。
私は運動神経が悪いので早押しクイズなんて出来そうにない。チームの足を引っ張ることもあるだろう。
稜子ちゃんのように勉強ができる訳でもないし、須坂くんのように博覧強記な訳でもない。
人数合わせ要員とはいえ、「全員が答えないといけない」ルールらしいので、私が原因で負けたなんてことになったら文芸部のみんなだけでなく、私に出場を依頼したひかりちゃんの顔にも泥を塗ることになる。
ますます緊張して来た。
当日、お腹が痛くなりそう、、、。
私は楽しみな気持ちよりも不安に押しつぶされそうになって来た。
先のことまで心配しても仕方ない。
とりあえず、この雨が早く止むこと、私がちゃんと家に帰るまで府島線が運休にならず運行していること、私が風邪を引かないこと、目先の3つだけ願っておこうと真っ黒な雨雲に覆われた空を見上げながら心に決めた。
(続く)




