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【15】メトロノームは学園モノで陳腐な夢を見させるか?

 さて、もう1作書こう!

 デビュー作「惑星ルフナであなたと永遠(とわ)に」を書き終えた私、井沢景は、ひと山超えた感慨にふける間も無く、すかさず次の締め切りに追われることになった。



 夏休み最初の全校出校日に文芸部で提出した部誌の「季刊・暁天(ぎょうてん)」に掲載される「惑星ルフナであなたと永遠に」に関しては、校閲と推敲を行って校了を目指せば良い、と先輩方からのOKが出た。

 次は文化祭で販売する部誌の「文芸・東雲(しののめ)」へ寄稿する作品を書くことになった。

 締め切りは次の全校出校日までで、8月下旬の最後の全校出校日には原稿を揃えて印刷所へ入稿しないといけない。

 電子書籍である「季刊・暁天」よりも紙の雑誌である「文芸・東雲」の方が実際の締め切りは遅いので執筆スケジュールが矛盾している印象があるのだが、先に「季刊・暁天」の原稿を書かされたのは、「季刊・暁天」が主に学内生徒に向けてダウンロード配信される部誌であるのに対して、「文芸・東雲」の方は文化祭で一般販売するための部誌だからである。

 先輩方には、先に「季刊・暁天」へ載せる原稿を書かせて経験を積ませよう、という考えがあったのである。

 執筆経験のない部員は例年、そういうスケジュールで書かされているそうだ。


 今年の1年生でも筑間稜子(りょうこ)さんと私はそう指示された。

 同じ1年生でも、中学時代から小説投稿サイトで連載を続けていて執筆経験の豊富な須坂公太くんだけは、早く提出するに越したことはないけれど、両方の原稿を夏休み最後の全校出校日までに出せばいい、ということになっている。

 


 私は早速、自室でMacBook Proに向かって、プロットを練った。

 須坂くんに教わった通り、あまり難しく考えずに、身の丈にあった物語を考えればいいのだ。


 しばらく考えて、ひとつの物語を思いついた。

「高校に入学した主人公が憧れのミステリー研究部への入部を志す。

 そこにはとても個性的な部長がいる。その人は名探偵役。若干の変人で、どうせなら美形にしよう。

 『この研究部には無能な人材はいらない』という部長の方針だったので、やむなく主人公は入部テストに挑戦するという話」


 よしプロットが出来た!

 

 次は、主人公の設定から考える。


 主人公は当然、高校1年生の男子。

 ミステリーの主人公は伝統に従って探偵役じゃなくて、助手役の方がいい。

 名前は浅田久太(あさだきゅうた)

 由来はエルキュール・ポアロとアーサー・ヘイスティングスから。

 小柄で、気が弱い子にしよう。何と言ってもワトソン役なのだ。

 見た目は中性的な顔立ちで、メガネをかけている。

 もちろん、ミステリー好き。

 ミステリー研究部に入部を希望する。

 いきなりコンビを結成にしたりしたらあっさりしすぎているから、簡単な「入部試験」を受けさせられることにしよう。

 

 一方の探偵役のミステリー研究部の部長は羽色大(はいろだい)

 名前の由来は、ファイロ・ヴァンスとS・S・ヴァンダイン。

 物憂げな目をして荒んだ感じの印象を受ける銀髪の美男子で、校則を無視していて、詰襟学生服の前のボタンを全開にして下に白いTシャツを着るのがトレードマーク。

 この探偵役はミステリー研究部にひとりだけ君臨する個性の強いキャラクターにしよう。

 逆にその探偵役の個性が強すぎて、他の部員が全て辞めてしまった、くらいの設定が良い。

 その後も誰ひとりとして入部試験に合格していないため、ミステリー研究部はずっと部長の羽色大だけの状態だから廃部寸前である、という寂れた雰囲気にしよう。ベーカー街の例の下宿っぽくていい。


 物語は久太が部室を訪れるところから始まる。

 ノックをすると中から

「入りたまえ」

と返事がある。

 部室の中に入るとそこら中に本が散らかっている。

 入りたまえ、とは言われたものの、床に本が散乱していて部室内を奥へ進むことが出来ない。

 中にいるのはたったひとりの部員だけ。

 部室の奥に置かれた大きなデスクの上に片膝を立てて座り、缶コーヒーを飲みながら文庫本を読んでいる。

 その表紙を見て、中井英夫の「虚無への供物」だ、と久太にはわかる。


 久太が自分が入部希望で訪れた、と伝えるとその部員はおもむろに自己紹介をする。

「俺は、ミステリー研究部の部長の羽色大だ。

 入部希望者には入部テストを受けてもらう。

 もちろん、それに合格しないと入部させない。

 君が我が部にふさわしい頭脳の持ち主かどうか判断させていただく」

とのいきなりの厳しい要求もして来る。

 やるしかない、と久太は入部試験に挑む覚悟を決める。

「はい。分かりました」


「テスト内容は簡単だ。

 校内に貼ってあるミステリー研究部の部活勧誘のポスターにヒントがある。

 15分以内にキーワードを見つけてこい。

 1秒でも遅れたら失格だ。

 答えるチャンスは1回だけだ」


 久太は部室から飛び出す。

 校内の掲示板は4箇所のはずだ。

 走らないギリギリの早足でポスターを見て回る。

 ミステリー研究部のポスターをよく見ると、角に小さく字が書いてある。

 1枚目のポスターには右下に「リ」、次は左上に「ミ」、その次は右上に「ー」、最後は左下に「ス」。

 あれ?

 ポスターを確認して回っている途中からてっきりキーワードは「ミ」「ス」「テ」「リ」「ー」だとばかり思っていたのだけれど、「ミ」「ス」「リ」「ー」の四文字しか見つかっていない。

 校内をもう一度探して回ったが、もう1枚のポスターが見つからない。

 時間を確認するとタイムリミットまであと3分しかない。このままでは時間オーバーで失格になってしまうので、やむなく部室に戻る。


 部室のドアを再びノックして

「浅田です」

と伝えると

「入りたまえ」

と許可が下りたので入室した。

 ドアを閉めると羽色から

「そこから近づくな」

と制止をされたので、ドアの前で立ち止まった。元より散らかっていて足を踏み入れることが出来ないのだが。

「早速、君の答えを聞かせて貰おうか」

 羽色は懐中時計で時刻を確認してからそう問うた。


 久太は既に一か八か、「ミステリー」と答えようと決めていた。

 しかし、久太がまだ何も答えてないというのに羽色が何か確信めいたものを持ち、勝ち誇ったような表情をしているので、「自分はきっと間違っている」という予感がして踏ん切りがつかない。

 久太はそのまま羽色の表情を読み取ろうとしばらく見つめ続ける。

 しかし、羽色からは「勝ち誇ったような表情」しか読み取れない。


 そうして羽色の顔を覗き込むように観察していると、視野の周辺部に違和感があった。

 よく見ると、羽色先輩の背後の壁にも1枚ポスターがある。校内の掲示板に貼ってあったのと同じミステリー研究部の部活勧誘のポスター

 部室の中も当然ながら「校内」なのでこの掲示場所は盲点だが、羽色が明示したルールからは外れてはいない。


 そこで、久太が

「少し待っていてもらっていいですか?」

と尋ねると、羽色が

「いいぞ。時間はもうあまり残っていないがな」

との返答を貰えたので、久太は立っていた場所からメガネを外してその壁のポスターもじっくり見る。

 

 実は久太の両眼は遠視で、メガネも「遠視を矯正するため」にかけていたのだった。

 おかげで少し離れた部室の奥の壁に貼ってあるポスターでも、細かいところまでよく見える。

 見えた!

 「ミステリー研究部」という大きなロゴの下に、他のポスターに書かれた文字よりは比較的大きめの文字で「ド」と書かれてある。

 よし「ド」だ!「テ」じゃない。


 考えろ、考えろ

「ミ」「ス」「リ」「ー」に「ド」だ!

 懐中時計を見ながら羽色が15分経過を告げようと右手を上げた瞬間に久太は、

「ミスリード」

と答える。


 すると、羽色は座っていたデスクの上から舞い降りて、華麗にステップを踏んで床中に散らばった本を踏まずに久太の元へやって来ると

「正解だ!ようこそ我がミステリー研究部・華麗なる頭脳の殿堂(ブレイン・パレス)へ」

と久太の肩を掴む。


 こうして浅田久太と羽色大とのふたりだけのミステリー研究部の冒険が始まったのだ。

 



 そういうストーリーを膨らませて小説にした。

 久太の繊細な性格を描いたり、久太のミステリーに対する愛情や蘊蓄を入れたり、羽色のミステリアスな魅力の描写をもっと客観的に描いたり、書いているうちに楽しくなってこんな単純なお話でも指定された枚数に達した。




 夏休み最後の全校出校日の午後に、私は文芸部室でこの第1稿の入ったUSBメモリを飯山先輩に渡し、文芸部のみんなに読んでもらった。



 読み終えたみんなから、しばらく何の反応もない。

「あれ?私の原稿、そんなにダメだったですか?」

と私は悔しくて泣きそうになりながら、肩を落とす。



 すると、飯山先輩が

「BLね」

とボソっと一言。


「ああ、BLだな。

 しかもちょっと厨二が入っている」

と松本先輩も同意見。



「え?BLって何ですか?どういうことです?」

と私が慌てていると、飯山先輩が

「言った通りです。

 これはBL作品ですね、見事なまでに。

 私はこれでいいと思いますが、皆さんはどうですか?」

 飯山先輩は他の部員にも意見を求める。


 

 一瞬、気が遠くなるのを感じた。


 私は、

「高校に入学した主人公がミステリー研究部の入部テストに挑戦する」

というアウトラインを作って小説を書いた。


 今回は主人公をミステリー好きの男の子にして、個性的な部長との出会いを描いた。

 ふたりの好対照なキャラクターを丁寧に描き分け、主人公のミステリー愛を存分に語らせもした。

 陳腐と思われるかも知れない入部試験というエピソードを通じて、この当初は小馬鹿にされていた主人公が部長との間に信頼を深めていく様が描けて、1作の中編としてまとめることができた。

 若干の文字数の不足はあったものの、自分では満足のいく小説が書けたのだ。



 それを評して一言で「BLね」って、どういうこと?



 私は味方を探して

「ねえ、稜子ちゃん」

と稜子ちゃんの方を見るが、稜子ちゃんはお目々が点になっちゃってて

「景ちゃんは、こういうのもお好きなんですね」

と固まっている。

 前回と反応がまるで違う。


 今回はプロットを見てもらわなかったけども、私のスーパーバイザーだと思っている須坂くんはといえば、

「えっ!あの百合小説の大家の井沢さんが、どうしてこうなった?

 だが、これはこれでありだ」

と満足げである。

 え?須坂くん、腐男子だったの?


 中野先輩は、

「私はこういうのもよく分からないけれど、別にいいんじゃないかな。

 個々の部員の作風について、私はとやかく言わないよ。

 こういうのが好きな読者もいるだろうし」

と、とりあえず肯定。


 岡谷先輩は、

「まあ、人にはそれぞれ趣味嗜好があるから、いいんじゃない?

 ミステリーに登場する探偵と助手の男性コンビってのは古来こういう解釈をされがちだしね。

 せっかくキャラ立ちしているんだから、この作品はシリーズ化したらいいんじゃないかな?」

とサクッと肯定。


 松本先輩も

「シリーズ化というのはいいアイデアだね。

 僕もそれはいいと思うよ」

と賛成した。


 そんな感じで多くの賛同者を得た。シリーズ化まで決定した。




 こうして、私の第2作の第1稿は認められ文化祭で発売される部誌の「文芸・東雲」への掲載が決まった。

 今回も先輩方による厳しい推敲の指導と校閲を賜った。

 その結果、完成した作品は


「傲慢な知性と千里眼(クレアボヤンス)」(シリーズ化決定!)


 とタイトルが決まった。



 私の書いた2作品は、1作目が百合SFで、2作目がBLミステリーとまるで両極端に振れてしまった。

 そもそも私は恋愛小説を書いたわけではないのに、どうしてこうなったの?

 私は次の作品を書くのが自分でもちょっと怖い。




(続く)

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