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【10】穿つ心眼と虚飾の抛棄(後編)

(承前)



 翌朝、天候は快晴。

 7月初旬なのでいささか暑い。


 セミナー合宿は2クラス単位で行くので、D組はC組と一緒に第2陣として行く。

 第1陣がどうだったかを聞くのもどうかと思ったが、とりあえず教室に集まり、川上の作ったくじを引く。

 

 移動に利用するバスはクラス全員が1台のバスに乗って行くが、班ごとに席を割り振ってある。

 うちの班は真ん中あたりだ。

 8人が8席のどこに座るかをくじで引くことにした。もちろん隣の人がバスに酔いやすい人だったら窓側を譲るとかは問題ない。

 たかが数時間の移動だが、くじに臨む川上と上田の目が怖い。


 あみだくじをした結果、俺と上田、川上と高岡さん、が前列、井沢さんと鹿田、安住さんと国師、が後列、と決まった。

 写真が趣味の高岡さんがカメラを持ってきていたので、早速、出発前に写真をパチリ。


 出来れば、こんなワクワクする朝にあみだくじは見たくなかった。これは俺にしか理解できない気持ちだろう。

 高岡さんの隣が女子か盛り上げられる川上か上田だといいなとは思っていたが、結果的に川上でよかった。

 高岡さんはバスが苦手ということで窓際に席を替わってもらっていた。

 後列は真ん中に女子が並ぶように席を入れ替え、早くもトークが弾む。

 問題なのは俺の隣で死んだ魚の眼になっている上田だ。


 すまん、上田は犠牲になったのだ。

 俺は生きた屍と化した上田を隣に乗せ、窓から眺める景色を見ながら、、、寝てた。



 気づいたらトイレ休憩のサービスエリア。

 上田は1人静かにスマホの画面を眺めていた。ただ眺めていた。


 他のみんなが降りてしまったので、

「上田、一旦降りるぞ」

とまるで戦場で撃たれて死んだ戦友を運ぶ映画のワンシーンのように上田をトイレまで連れて行き、なんか元気の出そうなドリンクを買って飲ませ、遅れないようにバスに戻った。


 ドリンクが効いたのか、人間性を回復した。

 ダメな方向に。

 その後、1時間半、上田のモテなかった人生を語り聞かされて、思わずもらい泣きしそうだった。

 先ほどまでのゾンビ状態よりは上田らしいので、テキトーに買ったポーションが効いたのだろうと信じたい。



 「上田物語」がちょうど暁月高校入学式に入ったところでバスが市の研修センターに到着した。

 隣の席を見ると、川上と高岡さんが楽しそうに話しているようだ。高岡さん、バス酔いしなくてよかったなあ。



 研修センターの周囲は完全に森であり、中府市と違って空気も澄み渡り、やや涼しいか?と言ってもいいくらいの爽やかな場所だ。


 班ごとに男女に分かれて(当たり前だが)部屋に入る。

 畳敷きの大部屋である。

 夜は押入れにある布団を自分たちで敷かないといけない。

 部屋を破壊すると来年から使えなくなるから枕投げはするな、と厳命されている。


 荷物だけ置いて、食堂へ移動。


 C組も一緒に昼食。

 テーブルは班ごとだ。


 武士の情けで、8人がけのテーブルの女子側の端に上田を座らせる。

 上田は隣の井沢さんと会話しながらぺろっと平らげてご飯のお代わりへダッシュ。現金なものである。



 食後は一旦部屋で小一時間ほど休憩して、セミナー室2へ移動。セミナー室1はC組が使っている。


 初日は、班ごとに議論をする。

 「リア王」のどこにテーマがあるのか?それに対して自分はどう思うのか?我々の人生に活かせる教訓は?などなど。

 とにかく意見を言い合った。

 いわゆるブレインストーミングではなく、もっと原始的な対話である。

 うちの班は川上と安住さんがうまくセッションを取り仕切っていた。

 最初は発言を控えていた高岡さんも徐々に発言が増え、その鋭い切り口に誰もが舌を巻いた。

 曰く

「伊達にみんなより長く生きてないですから」

とのこと。

 ごめん、笑っちゃいけないところかも知れないけれど、みんなで大笑いしてしまった。

 高岡さんってそういうジョークも飛ばせる人だったんだな。


 初日の午後のセッションも終了。

 いつも自分の周りにいる人たちがいかに真剣に考えて、真剣に発言できる人なのかを知り、俺は感動した。

 暁月(あかつき)高校に来なかったら、ついぞ知ることもなかった事実と思う。



 少し時間が押してしまったので、そのまま食堂へ移動し夕食をとる。

 C組は先に食べ始めているようだ。


 座る席は自然と昼食と同じ。

 まあ、別に問題ない。


 あれだけ喋るとさすがにお腹が空いたのでみんなで美味しくいただきました。

 男子は全員体育会系なので2~3杯ずつお代わりをした。


 さて、一旦部屋に戻って風呂だ。

 上田は、バレーチームで一緒だったハンド部の深間と剣道部の横手に声をかけている。何故だ?



 

 男湯の大浴場はでかいが、いささか人数が多すぎる。

 さっさと体を洗って浴槽に浸かっていると、

「大町!」

と小声で呼ぶ声がする。


 声のする方を見ると、海パンを履いた上田がいる。

 上田の横には、川上、深間、横手が並んでいる。


「なんだ、上田?

 お前はみんなと一緒にお風呂に入れない現代っ子か?」

とからかうと、上田は顔の前で右手の人差しを振りながら

「チッチッチ。

 違うよ。俺はここに入浴しに来ているのではない。シャワーで済ませた」

などというので、

「じゃあ何を、、」

と質問する俺を上田が制した

「大町、声がでかい」



 読めた。

 上田、お前、「やる気」だな?

 

「とりあえず、第1陣からの情報だと、浴室の間の壁に隙間や穴はないそうだ。

 おまけに壁が高くて通常の肩車では届かないらしい」


 俺は「壁」を見上げる。確かにあの高い壁の上には肩車では届かないだろう。


「実際見てみても、第1陣の報告通りあの壁には隙間も穴もない。

 あの壁の高さではクラスで一番背の高い大町の肩を借りてもとかないだろう。

 だがしか~し!俺には考えがある」

と上田は妙にかっこいいポーズで小声で話す。


「もしかして、お前、ワイヤーが出て空を飛べる機械でも作ったのか?」

と川上が茶化す。


「そんなものはな~い!

 だが、発想は近いぞ、川上訓練兵。

 俺は飛べない、しかし、俺には俺を空へ羽ばたかせる翼がある。

 川上、大町、深間、そして、横手、お前たちは、俺の翼だ!」


「は?」

 思わず突っ込んだ。

 羽が4枚ってお前はバッタか?



 作戦はこうだ。

 チアリーディングのリフトのような要領で、俺、川上、深間、横手が2人ずつ上田の足を持って持ち上げて壁の向こうを望もう、ということだそうだ。

 大きい人と戦う戦士じゃなくて大きい人になろうという逆転の発想だ。

 上田はチアリーダーみたいに軽くないから、土台を4人でやろうというのだ。


 夜にテレビで放送していたチアリーディングの全国大会を見て思いついたらしい。

 大会関係者に全力で謝れ!


 

 細かい準備についてはあえて伏せておくが、床のタイルや上田の足を持つ手が滑って転倒するのだけは避けたいので十二分に準備をして、俺と川上、深間と横手のコンビでしゃがんだ状態の上田を持ち上げ、そして上田が立ち上がる。

 それでも上田の頭は壁の上にまだ届かないので俺たち土台4人組が腕を伸ばして目一杯持ち上げる。

 上田は「壁」を這い上がる要領でどんどんどんどん登っていく。

 届け!俺たちの夢!


 あと一歩で届く、というところで、湯気で見えなかった壁の上端の部分に「ねずみ返し」のような構造があって進めない。掴もうにもつるつる滑って登れない、という万策尽きた状態になってしまい、リタイアとなった。


 その諦めの良さが上田のいいところで、万が一、怪我でもしたら目も当てられなかっただろう。


 後日、俺たち第2陣からの情報を元に作戦を練ったクラスが、組体操の3段タワーを作って悲願を達成したらしいが、相手の方々も情報共有により進化を遂げてみなさん水着着用だった上に、次の日には違う議題の熱いディスカッションが繰り広げられたそうな。

 俺には関係のない話だ。




 翌日は、朝食の後から早々に、担任の沢野先生も入ってのクラス全体での討論。


 各班の代表がそれぞれの意見を述べたあと、みんなでクロストーク。

 議論が脱線しすぎると、先生がうまく補正をかけて議論を戻す。

 数学の先生だけあって論理的に物を考えるのが得意なんだな。

 俺はこの先生のことを本当にすごいと思う。


 最終的にどういう結論に達したか?はここではあまり問題でなく、自分の心に何が残ったのかが重要で、そのことを再確認して2日間の討論会は終わった。




 昼ごはんを食べて荷物をまとめ研修所を後にした。


 帰りのバスもくじ引きで席を決めた。

 あみだくじをした結果、安住さんと上田、川上と高岡さん、が前列、俺と鹿田、井沢さんと国師、が後列、

 


 帰りは、上田が生き生きしていた。

 安住さんありがとう。


 トイレ休憩を挟んで夕方には予定通りに学校に到着。


 翌日提出するレポートを書かなくてはならず、部活禁止、即刻帰宅、と部長連からお達しが出ているので、やむなくそのまま帰宅した。



 帰宅して、シャワーを浴び、夕食を食べて、セミナー合宿のレポートを書く。

 dynabookを立ち上げ、書き始めたところで手が止まる。

 いっぱい議論したけど、俺がレポートに書くべきことってなんだろう?

 書きながら考えるのではなく、考えてから書こうと思い立つ。

「ふう」

 天井を見上げるがそこには答えはない。


 すると、ドアをノックして姉貴が入ってくる。


「おかえり、あの山の中まで行って何してきたの」

「文学作品をクラス全員で読んで、それを題材に、そこから学ぶものは何か?みたいな議論」

「で、あんたのクラスはどんな作品を読んだの?」

「シェイクスピアの『リア王』だよ」

「へ~、シェイクスピアかあ!

 それでどんな話し合いをしてきたの」

「『親子の愛と信頼、虚飾の抛棄(ほうき)』がテーマ。

 議題は、信頼とそれを失ったものの末路について」

「虚飾の抛棄とな、、、あんた、よくそんな言葉知ってるね」

「『親子の愛と信頼、云々』は、この文庫本の解説にあった。

 後半の『信頼とそれを失ったものの末路』はセミナーの主な議題を俺が要約しただけ」

「あれ?おかしいな。

 『リア王』って、部下に騙されて奥さんを殺す話じゃなかったっけ?」

「それは『オセロー』だ。

 『リア王』は、どういう話かというと、、、」

と俺はかいつまんであらすじを話した。


「うん、思い出した。

 私、どこかで演劇を観たことある」

「で、結論としては人の真の言葉を聞く耳を持ち、誰を信頼していいのかしっかり判断しないといけない、ってことが重要だ、ということだな」

「そんな当たり前のことをわざわざ泊まりがけで討論してきたの?」

「ああ。

 でも、そこに至るまでは色んな意見があって『あっ、こいつは普段こんなこと考えてたんだ』って驚くことが多かった」

「へ~、良かったね。

 『互いを理解しあった』って、青春真っ盛りじゃん」

「確かに、そういう意味でも楽しかった」

 珍しく姉貴と同意見である。



 引っかかるところがあったのだろうか?

 姉貴は怪訝そうな顔をして切り出した。

「でもさあ、そのセミナー合宿?っていう行事って今年からいきなり始まったんでしょ?なんで?」

「知らねえよ」

「だって、学校休まなきゃならないし、お金もかかるし、保護者にも説明しなきゃならないし、面倒だわ。

 私が校長だったら教室で討論会を行うだけで済ませちゃうなあ」

「確かにそうだな?

 その辺りの説明は一切なかったよ」

「あんた何か噂を聞いてない?

 学校で大げんかがあったとか、いじめがあったとか」

「さあ?

 姉貴の方こそ、高校の同級生のお友達がうちの高校の3年生にいるんだろ?

 何か聞いてない?」

「え?玲成の同級生の子の友達?

 あ~、いや、まあ、それは、、、友達の友達だからねえ、そこまで深い話は聞いてない」

 姉貴はなぜか照れ笑いしながら部屋から出て行った。




(続く)

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