第5話 幼い天使と大人な悪魔
元の物語を残したままリメイクしています。
まだ(新)第1話から読めていない方は、174ページからお読みください。
お母さんズが大暴走です。
「ほら千佳。何を思ってるか言ってごらん」
「あわわ……な、何でもありません……!」
察しが良すぎる花ちゃんママにじーっと見詰められながら、失言すらしていないのにどうして詰問されているのだろうと心の中で悲鳴をあげる。ここは開き直って謝るか……いや待て、別に私悪いことしてないから堂々としていればいいのでは。
「久しぶりに腕が鳴りそうだ……」
ひええ、臨戦態勢だ……! 指が凄い滑らかに動いてるから、絶対にコチョコチョしてくるつもりだ。以前は10分くらいやられて、呼吸出来なくなりそうなくらい笑わされたから……二度目の悲劇はごめんだよ。
それにしても、そこまでして暴かれたくない過去なのでしょうか。学生時代の思い出なんて笑い話にしてしまえばいいのにと思いつつ、触らぬ神に祟りなしということで知らない振りをしましょう。
視線を迷わせた矢先、テレビの前に置かれた小さなデジタル時計が目に入りました。ダラダラと冷や汗が垂れているような感覚の中、私は抱き着いている二人の拘束を優しく解きます。
「こほんっ……二人とも、そろそろ行かなきゃだから」
「「ええー!?」」
もう出発時間は近付いている。一応早めに出て、通学路の確認なんかもしておきたい……そう、決して花ちゃんママから逃げている訳ではないのだ。これは言うなれば後ろへの前進、または転進……
「やだ、やだー! もっとお姉ちゃんと一緒にいたい!」
「ねぇねと遊びたい、遊びたいの~!」
くっ、こんな所にも伏兵が。天使たちからおねだりされると弱いけど、これから1年間は続くから慣れてもらわなきゃならない。それに来年からも登下校は一緒に出来たとしても授業中は離れ離れになっちゃう訳だし。
「ごめんね、小学校に行って勉強しないとだから……」
「こら、花。千佳を困らせちゃ駄目だろ?」
意を決して二人へと視線を合わせながら話しかけた私に、花ちゃんママからの援護射撃が入ります。よかった、少なくとも彼女からは逃げられたようだ……いやチラチラと私に意味深な視線を向けてきてる。二人きりになったら危険だ!
しかし妹たちは頬を膨らませて不満げ。ならば更に助っ人を呼ぶしかあるまい。さあお母さん、貴女の力を見せてくれ!
「恵も流石にそんな我儘は駄目よ。千佳が好きなのはすごく分かるけど、もう私だって離れたくない気持ちだけれど、本当はずっとずっとずーっと膝に乗せて抱き締めていたい……そうよ千佳! 小学校なんて行かずに私のお膝にいらっしゃい!」
「お母さん!?」
伏兵多すぎるんですけど!? というかあんたは一緒に入学式行かなきゃでしょうが!
「美佳、馬鹿なこと言ってないでお前も準備してこい。エプロン姿で式に行く気か?」
「……あっ、忘れてた」
てへへと笑うお母さんは、花ちゃんママのチョップにより涙目で準備に取り掛かりました。大丈夫だろうか、このお母さんは。
「ったく……二人とも、今日はお前たちの姉の大事な日だ。自慢の千佳をもっと多くの人に見てもらえるんだぞ? 悲しむよりも誇らしく思わなきゃな」
「……うん。でも寂しい」
「ねぇねともっと一緒にいたいもん」
少しだけ形勢がこちらに傾いたようです。ありがとう花ちゃんママ、そのままさっきの疑念は忘れておくれ。
ここ流れに乗って彼女たちの我儘に終止符を打ちましょう。辛いけど……すごく断腸の思いだけど……やるのだ、諸弓千佳! 片腕ずつ、二人を強く抱き締め、出来る限り優しい声音で囁きました。
「ごめんねメグちゃん、花ちゃん。これから一緒にいられる時間は少なくなっちゃうけど、家にいる時は今まで以上に遊んであげるから。だから……ね?」
身体を離し、また二人を見詰める。するとぽやーっと熱を浮かせた表情でこくりと頷いて。
「うん! 我慢するよ、お姉ちゃんっ」
「帰ってきたら遊んでね、約束だよねぇね!」
何とか鎮まってくれたのを確認してホッとする。姉を慕ってくれるのは嬉しいけど、やっぱり断るのは胸が痛む。帰ったらいっぱい遊んであげるから待ってろよ!
「千佳、準備できたわよ~」
「それじゃあ出発しようか。お留守番よろしくね、二人ともっ」
こうしてようやく私の小学校生活が始まります。
転生して6年、家族や天使たちに囲まれて幸せな日々を送ってきた。その時間が楽しいからこそ、新しい場所に行くことが少し怖かったりする。転生したくせに我ながら何とも小心者だと思うが、仕方ない。ここまでが順調過ぎたんだ。
でもやる前から立ち止まってはいられない。この扉を開けて次の一歩を踏み出すんだ。心配しなくても大丈夫。私にはいつも見守ってくれて、辛い時は助けてくれて、駄目なことをしたら叱ってくれる大好きな両親がいる。花ちゃんのパパとママがいる。そして――
「「――行ってらっしゃい!」」
――愛する天使たちがいる。それだけでもう何だって出来るんだ!
「行ってきますっ!」
……扉が閉まり、玄関ではしょんぼりとした様子の少女二人が立っていた。本当は行って欲しくなかった、でも大好きな姉に嫌われたくなかった。実際は万に一つもない可能性ではあるのだが、そこまで理解することは5歳の彼女たちには難しくて。
「それじゃあ二人とも、綺麗な服に着替えるぞ」
花の母親である私は二人へとそう告げた。きょとんと見詰める顔に不敵な笑みを浮かべ、これから笑顔になるであろう彼女たちを想像しながら。
「千佳の入学式だ。お姉ちゃんの入学式、行くだろ?」
「「……行く!!」」
さあ、待ってろよ千佳。
「お前の大好きな天使と花ちゃんママが、見守ってやるぞ」
……あと、次に変なこと考えてたら逃がさないからな。笑い地獄にご招待してやる。
「ふっ、千佳の身体を好き放題……笑わせてる間に成長の確認もして……ふふふふふっ」
「……花ちゃんママ、また壊れてるよー?」
「へいじょーうんてん!」
次回は同級生がチョロっとだけ登場する予定です。
また、先生と先輩も一人ずつ出せる……かも?
応援よろしくお願いいたします。




