茨の奥
しばらく複雑な表情でこときれたクイーンを見つめていたBランクさんは、小さく息をついて視線を上げ、そしてそのまま土砂の奥に足を踏み入れた。
クイーンの作った茨のバリケードが、可哀想なくらいあっさりと切り捨てられて、人ひとり通れるくらいの穴を開けたBランクさんがその穴を通過していく。無言で、アルマさん達も後を追った。
茨のすぐ向こうに、女の人がいる。
壁にもたれて、こっちを見ているその人は……クイーンにソックリだった。肌の色が違うだけ、ホントにそれくらいそっくり。
「……久しぶりね」
女の人が、寂しげに笑う。それに応えたのは、Bランクさんだった。
「ずっと、探してた。こんなに近くにいたとはな」
「まあ、そんなところまで巣が広がってたのね。この巣、コールサイドまで繋がってるわよ」
二人の会話に、後ろから「山ひとつ越えた街じゃねえか」「でも、なら納得だ。あそこにゃオークもオーガも相当数棲息する」「それであのガタイのいい亜種がいたのか」なんて会話がひそひそと聞こえて来た。
あたしはそんなとこ、行ったこともないから分からない。
それにしても人間って、誰か居なくなったら探すのね。だって、そんなものだと思ってた。ある日誰かが帰って来ないってのはつまり、そう、そういう事だ。
「巨大な巣だったでしょう?激戦だったのね、ジーンったら真っ青だもの、酷いわ」
「そう、か?」
「酷いわよ、ついでに私もね」
初めて、Bランクさんが戸惑った、困った顔をした。出会ってからずっと悪鬼のような怖いところしか見てなかったから、あたしはなんだかびっくりしてしまった。
なんだ、普通の人じゃない。
「アルマ」
初めて、Bランクさんがアルマさんの名前を呼ぶ。アルマさんも驚いたのか、弾かれたみたいに顔を上げた。
「浄化、してくれるか」
「あ、ああ」
アルマさんが何やら小さく呪文を唱えたら、Bランクさんも女もあっという間にキレイになって、ああ、魔法って便利なんだなあ、って実感する。
「恩にきる」
アルマさんにお礼を言って、女の人に視線を戻したBランクさんは、ハッキリと分かるくらい顔を顰めた。
「……腱を、切られたのか」
「ええ、もう剣も握れない」
女の人は諦めたみたいに笑うけど、Bランクさんの顔には静かな怒りの表情が浮かんでいた。
「あの子、死んだの?」
「クイーンか。……俺が、討った」
「そう。すぐにあの子が生まれてね、おかげで思ったほど酷い扱いじゃなかったわ」
「そうか」
「人間には手を出すなって、忠告しといたんだけど」
「どんな組織も、巨大になれば末端の行動を全て抑えるのは難しいからな」
「あの子が、私をいつも守ってくれたわ。この群のなかでも」
「……最後まで、お前の命乞いをしていた」
「そう……」
お互いに、泣きそうな顔で話す二人の声だけが、静かな空間に響いている。
「ねえジーン、約束、覚えてる?」
「……ああ」
「良かった、あなたをずっと待ってたの」