行くしかない
「待て」
いきなり、武闘家が声をあげた。珍しいなあ、と思っていたら。
「静かに」
そう言って耳をそばだてる。みんなの顔には???が浮かんでいたけれど、武闘家の顔はその間にもどんどん険しくなっていって、眉間の皺なんかボッコボコに深くなっている。
なんなの?
どうしたの?
不安でちょっぴりだけ魔術師さんの体にすり寄る。トク、トク、という優しい音が近くなって、あたしは少し安心出来た。
心音、って言うんだって。
心臓が動く……動物が生きてる音なんだって魔術師さんは言ってたけど、それってなんだか素敵よね。体がたくさん動いたり、気持ちがたくさん動いたりすると、音が大きくなったり早くなったりするんだって。
心臓ってきっとあたし達の核みたいに大事なものなのね。
なんて、そんな事を考えていたら。
「悲鳴だ」
武闘家が、縁起でもない事を言い出した。
「悲鳴?でもこの森は通行止めになってる筈だろ」
「商隊には通達がなされてる筈だね」
剣士も魔術師さんも怪訝な顔だったけど、武闘家さんは間違いない、と一歩も引かない。
「ちっ!行くしかねえか」
舌打ちして、剣士が大剣を鞘から抜いた。
「ジョット、どっちだ」
「あっち」
それはあたし達の進行方向とは真逆、完全に、ゴブリンの巣があるらしい方角だった。全員の顔が「うわあ」って感じで歪んだ。
「しょーがねえ、行くぞ!気合入れろよ!」
「リョーカイ!」
武闘家が指した方角へ、全員が一斉に走り出す。剣士が放った「気合入れろ」の一言に、魔術師さんの心音が大きく跳ねたのは、緊張なのかな、高揚?恐怖?
あたしにはまだ、人間が戦いに向かう時に感じる感情までは読めなかった。
それにあたしだって結構必死だ。魔術師さんが出来るだけ走りにくくないように、体を平べったくして無駄に懐の中で跳ねたり転がったりしないよう工夫したり、しがみついたりと割と忙しい。
それでも時々確かめるように魔術師さんの手が懐を押さえて、結局心配させてしまっている事が感じられた。
他の人に比べたら走るのが得意じゃないんだって苦笑いしてたのに、あたしが一緒にいるから余計に走りにくくなってるんだと思うと、ただただ申し訳ない。
本当に、ごめんなさい……。
武闘家さんの先導で走って走って、道からもとうに外れてしまった。
でも確かに不穏な空気が近づいてる、そんな中。
「いやああぁ!やめて!来ないで!」
ハッキリと、叫び声が聞こえた。
「そこか!」
目前の視界を遮る太い枝を、剣士の大剣が切り落とした。