スードニア戦役 其の十
遅くなって申し訳ありません、師走は忙しく更新が滞ってしまいがちになるかもしれません。
出来る限り更新していくつもりですので今後ともよろしくお願いいたします。
ルーアルト王国近衛騎士団長ジョージ・ブラハムの年齢は五十六歳、力は衰えたが技は円熟の極みに達していると評判されていた。
良識家で知られているが、武官として仕え政治には一切口を挟まない。
ブラハムは現国王ラーハルト二世に忠誠を抱いてはおらず、その忠誠は前国王に捧げられていた。
前国王ジョージ四世に名前が同じだと特に目を掛けられ、前国王の四女を妻としていた。
ジョージ四世が逝去する間際、筆頭侍従武官として傍らに控えていたブラハムは後事を託されるが当時から放蕩者で知られる現国王ラーハルト二世では国は保てないであろうことはわかっていた。
だがジョージ四世に対する忠義と、妻の腹違いではあるが姉弟であるとのことで、見限る事は出来ずに今日まで生きて来たのだ。
――――政治に口を出せばこの未来を変える事はできたであろうか? 無理だな……あの男は愚かである。諫言する忠臣を幾人もその一族ごと葬って来た。その内の一人になるのが関の山であろう。どうやら俺の人生もここまでのようだな……目の前の男の凄まじいとしか言えぬ豪剣をどこまで受け流せるやら……
一方のシンは、焦燥感を隠せない。
こうして対峙している間に、敵の国王が逃げて行く。
焦りは直に剣に現れてしまい、騎乗での数度の交叉は力は入って斬撃は鋭いが、どこか雑さを感じる単調な攻撃になってしまっている。
何度目の切り結びであろうか? シンの斬撃を往なし、受け流していたブラハムの剣が突如攻撃性を含むものに変わり、受け流した後の鋭い突きが顔の中心目掛けて突き出される。
寸での所で首を捻り斬撃を躱したかと思えたが、その突きは今までの攻撃限界距離よりも僅か数センチではあるが奥へと伸びてきた。
そのため完全に避けたと思われた突きを避けきることが出来ず、右の頬に灼熱を帯びたかのような鋭い痛みがはしり、顔面の右反面を真っ赤に染め上げる。
――――やってくれるじゃねーか、今の攻撃に伸びがあったのは突きを出した瞬間握りを緩め数センチ滑らせたのだろう。俺も剣道で遊びで何回かやったことがある、あの時は師範に気付かれて散々怒られたがな……クソ、俺としたことが焦り過ぎた。目の前の男は紛れもない強敵、さっさと倒して逃げる国王を追うなど無理な話、ここからは本気で行かせてもらうぞ!
既に掛かっているブーストの魔法の出力を上げ、目の前の強敵に向かい龍馬の腹を蹴って吶喊した。
シンとブラハムの周囲でも傭兵団ヤタガラスと王国軍近衛騎士たちとの激しい戦いは起こっている。
幾人かがシンに、ブラハムに助太刀しようとするが、両者の巻き起こす剣風の凄まじさに近付くことすらできずにいた。
刃渡り百三十センチの巨大なグレートソードを片手で軽々と振り回すシン、対するブラハムは先端を丸めた変わった形のロングソードを優雅に振るう。
これだけ激しく打ち合っても折れない所を見ると、ブラハムの持つ剣も魔法武器に違いない。
シンが斬りつけブラハムが受け流す、ブラハムがカウンターを仕掛けシンが力任せに素早く斬り返し防ぐ。
魔法武器がぶつかり合うたびに障壁のようなものが爆ぜ火花のような輝きが飛び散る。
両者とも額からは脂汗が滲み出て鼻梁を伝い、剣を振る度に空へと飛び散らせていた。
剛と柔、その斬り合いは無限に続くかと思われた。
両者とも譲らず、正攻法では決着は着かないであろうことは周りで見ている者たちにもわかっていた。
互いの手の内を少しずつ晒しあい何とかして裏を書こうとするが、技の引き出しの多さはブラハムの方が圧倒的に上である。
徐々に追い込まれるシン、何とか渡り合えているのは龍馬のサクラの力も大きい。
ブラハムは軍馬に騎乗している。四足の軍馬より二足の龍馬の方が小回りが利くのだ。
ただし、突進攻撃では軍馬の方に軍配が上がる。
時間と共に薄手の数が増えて行く。
その一つが額を浅く切り、流れる血が左目に入り視界を妨げていた。
――――拙い、このままだと負ける。こうなったら一か八かに賭けるしかねぇか……やるなら死を覚悟しないとな……
シンの右目の赤い光が強まり、血が流れ込んでいる左目はより赤く光り輝いた。
睾丸がキュッと縮み上がる感覚を感じ、シンは慌てて大きく息を吐いて全身の力を一瞬だけ抜き凝りを解す。
その様子を見たブラハムはシンが次に仕掛けて来るであろう決死の攻撃を受け流しやすいように、馬上で僅かではあるが斜めに構えた。
「見事だ青年よ、儂とここまで渡り合うとは実に見事。名乗るのが遅れたが、儂はルーアルト王国近衛騎士団長ジョージ・ブラハムと申す。良ければ貴公の名をお聞かせ願いたい」
ブラハムは目の前の青年の剣技とタフネス、その意志の強さに敬意を払わざるを得なかった。
王国軍で自分とここまで渡り合える者は十指に満たないであろう、それもこの若さでこの強さ戦場でなければ殺したくはないとさえ思っていた。
一方のシンは目の前の強敵と斬り合うたびに、魂を削り取られるかのごとき錯覚を抱いていた。
その剣技の奥の深さ、数えきれない程の技を的確に出して追い詰めて来る。
逃げれるものならば恥も外聞も無く逃げ出していたであろう。
余裕の無い笑みを口端に浮かべながらシンは返答する。
「俺はシン、帝国軍特別剣術指南兼相談役兼軍務卿、今は訳があって傭兵団ヤタガラスの団長をしている。いざ、参る!」
シンの名乗りを聞いたブラハムの両目が僅かに開かれる。
何度目か見ている者達にさえわからない激しい斬り合いが再び始まる。
シンは手綱を捨て両手で剣を構え、両足の動きのみで龍馬のサクラの制御を試みた。
人馬一体、サクラはシンの思いに良く応えてくれ、シンは剣に意識を集中させる。
だがそれでも目の前の強敵には届かない、焦る気持ちを強引に意志の力でねじ伏せようとするがそれも敵わずシンの表情に現れた影は一合ごとに大きくなっていった。
交差する剣と剣、次第に劣勢になったシンはフェイントを掛けた後、ブラハムの乗馬目掛けて死の旋風を振り下ろす。
シンにとっては本気のフェイントも相手は易々と見破ってくる。
――――それでいい、こいつを演技などで騙すのは無理、経験が違いすぎる。だから嘘の中に本当を混ぜるのではなく、本当の中に嘘を混ぜなければこいつは倒せない。
ブラハムは予期していたかのような鮮やかな動きで剣を打ち払おうとするが、剣と剣がぶつかろうかとした瞬間にシンの考えがわかり判断に迷いを生じた。
シンは剣と剣が交差する瞬間、握りを緩めそのまま死の旋風を離すと素早く腰の刀、天国丸を抜き放ち力任せの一撃を放った。
ブラハムは死の旋風を打ち払い、返す剣で迎え撃とうとするも僅かに及ばず手綱を握る左手を肩からばっさりと切り落とされた。
傷口から血しぶきが上がり、両者の顔と体を汚していく。
――――これが老いか……この若者のように捨て身になれなかった儂の完敗じゃな……
ブラハムは左手の剣を落とし、血の吹き出す肩に手を添えてシンに真っ直ぐに向き直った。
「すまねぇな、あんた強いからさ……正攻法じゃ勝てなかった」
「ここは戦場だ、貴公が正しい。この儂に勝ったのだから胸を張って欲しいものだな……シン……そうか貴公が……さぁこの首を獲れ竜殺しのシンよ、儂の最後の相手が貴公であったことを光栄に思うぞ」
そう言ったブラハムの顔には死相が色濃く現れており、放って置いても死は確実と思われた。
だがブラハムは、馬をゆっくりとシンの方に進めて自分の首を差し出したのだ。
シンは口中の生唾を飲み込んだ後、短く別れを告げると見事に一撃でその首を刎ね激闘に終止符を打った。