表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帝国の剣  作者: 0343
94/461

スードニア戦役 其の九


 怒号と悲鳴、剣戟の交わる音が戦場に響き渡る。

 戦況は王国軍が高低差と堅陣によって進撃を阻まれ、また歩兵を全面に密集させたために矢と魔法の集中砲火に晒され甚大な被害を被り士気が著しく低下していた。

 王国軍は遊兵と化している騎兵をスードニアの丘の左右に展開するが、丘はぐるりと一周空堀や逆茂木が張り巡らされており騎兵の突進を阻んでいた。

 後方からはひっきりなしに前進の命令が発せられるが、前線の歩兵たちは隙あらば後退しようとするほどに士気が下がっていた。


 その様子を丘の頂上から見ていた皇帝は、傍に控える将たちの進言を受け最前線である第五陣を引き払うことを命令する。

 帝国軍が陣を敷くスードニアの丘は五層による陣が敷かれている。

 敵を引き付け後方に下がらせないように、ワザと第五陣を放棄して敵を引き込み、前線と敵本陣との距離を開けさせてシンが率いる傭兵団ヤタガラスの進軍を助ける。


「今のところは上手くいっているようだな。このまま勝てるのではないか? 左右に展開した敵の騎兵の動きはどうなっている?」


 皇帝が後ろを振り返り傍に控える将に問う。


「はっ、今のところは十分な戦果をあげております、しかしながらそれは敵が強引に押してきているからであり、一度兵を引き冷静に対処されますといささか拙いかと……左右に展開した敵の騎兵は下馬して攻めるかどうか迷っているようですな」


「このまま作戦通りに、もうしばらく第四陣で支える。第三陣まで味方が押し込まれたら投石器を使って少し押し戻すように」


 皇帝は眼下に繰り広げられる地獄絵図をしばらくの間眺めた後、遠く煌めく敵本陣の旗に視線を移す。

 震える右手を左手で強く抑え無理やり震えを止める。

 ――――シン、頼むぞ!


---


 サータケ団長ことシンが率いる傭兵団ヤタガラスは隊旗をはためかせながら速歩でエームス川の川沿いを北上していた。


「そろそろ敵の哨戒網に引っかかるはずだ。ボロを出すなよ、傭兵らしく振る舞え」


 シンが振り向き声を掛けると、傭兵らしいぶっきらぼうな返事が返って来て思わず顔が綻んでしまう。

 予想通り、敵の哨戒部隊に発見された傭兵団ヤタガラスは一旦足を止める。

 シンが一騎で集団から抜け出し、敵の哨戒部隊と接触した。


「おおい、味方だ。ハーベイ連合からやってきた、この部隊の隊長はどいつだ?」


 シンが手を振りながら大声で叫ぶと、百人程の敵集団の中から二騎駆け寄ってくるのが見えた。


「援軍だと? 聞いておらんぞ、ハーベイ連合の傭兵か?」


 隊長とおぼしき男が並走する部下に問いかける。


「はっ、あの風体はまさしく傭兵でありましょう。ハーベイ連合からの援軍に間違いないのでは?」


「取り敢えずもう少し近づき様子を見る、おそらくお前の言う通り味方だろうが……敵はスードニアの丘に籠っているはずだしな」


 シンと敵の哨戒部隊の隊長が馬を寄せ合う。


「御役目ご苦労さん。俺たちは傭兵団ヤタガラス、ハーベイ連合に雇われて援軍に駆け付けた。連合のお偉いさんから親書も預かっている、本陣まで案内を頼めるか?」


「なに? 親書だと? 見せて見ろ」


 シンは懐から偽造させた親書を取出し、敵の隊長に渡す。


「封は切るなよ、国王陛下に直接渡せと言われている。もういくさは始まっているんだろ? グズグズしてられねぇ、こっちは稼げるときに稼いどきてぇんだ。さっさと案内頼むぜ」


 荒々しい言葉づかいでしびれを切らしたような振りをすると、敵の隊長は偽の親書を突き返してきた。


「わかった、部隊はこのまま待機させてお前はこのまま着いて来い」


「あぁん? 俺一人でどうやって戦争しろってんだ? さっさと本陣に行って親書を渡して手柄を稼がなきゃならねぇ。丁度いいじゃねぇか、本陣まで部隊を進めりゃ直接指示を仰げるわけだしな。ほら、さっさと案内しろよ」


「ちっ、傭兵風情が……着いて来い……」


 心底不愉快といった顔をして、馬首を翻した敵の隊長の案内に従って哨戒線を突破したヤタガラスは大手を振って敵陣内を駆けて行く。

 ――――上手く行きそうだ、後はどこまで敵の本陣に近づけるかだが……


 敵の本陣が遠く微かに見える位置まで来ると、敵の隊長は馬の足を止める。

 遠くから数騎、煌びやかな恰好をした騎兵が駆けて来る。

 おそらく近衛騎士や親衛隊のようなものだろう、どうするかシンは迷う。

 もう少し近づきたい、だが新手に今までのように嘘が通じるであろうか? シンは密かに合図をして副官のヨハンを呼ぶ。


「取り敢えずは様子を見るが、俺が合図したら突撃しろ」


 ヨハンは兜に手を掛け頷くと部隊の方へと静かに離れて行く。


「そこの者達、それ以上近づくことまかりならぬ。所属を言え」


 哨戒部隊の隊長が口を開く前に、シンは大声で名乗りを上げる。


「俺たちはハーベイ連合から援軍に遣わされた傭兵団ヤタガラス、ハーベイのお偉いさんから国王陛下に親書も預かっている。通して貰おうか」


 近衛騎士らしき者たちが顔を見合わせて、何か言葉を交わしている。


「よし、親書を持つ者のみ着いて参れ」


 ――――ここまでか……


 シンは背負っているグレートソード、死の旋風をおもむろに取り外すと片手で素早く横に薙いで案内をしてくれた哨戒部隊の隊長の首を刎ねる。

 首を失った身体は血の噴水を撒き散らしながら馬から転げ落ちる。

 

「突撃せよ!」


 シンの号令と共に傭兵団ヤタガラスは抜剣し、猛然と馬を走らせる。

 突然のことに、何が起きたかわからないといった顔をした近衛騎士達を斬り伏せながら、馬の速度を駈歩から襲歩へと切り替え雄叫びを上げながら敵本陣目掛けて突撃を開始した。


---


 遠くから雄叫びと共に土ぼこりを上げながら迫り来る騎馬軍団を見た近衛騎士団長は、突然の事に呆けた部下たちに大声で命令を下す。


「第一、第二小隊は陛下をお守りし、この場から落ち延びさせよ! 残りの者は敵を防ぐ、抜剣!」


 我に返った近衛たちが次々に剣を抜き、天幕の外側に敵を食い止めるべく次々と集まる。


「前線に伝令を飛ばせ、急ぎ本陣に戻るように伝えろ!」


 慌てて数騎が馬に駆け寄り前線へと駈け出すが、おそらく間に合わないだろう。

 近衛騎士団長以下、近衛騎士達は国王が落ち延びるための時間を稼ぐために覚悟を決めた。


---


 ――――ちっ、やはりまだ距離が遠かったか……


「狙うは国王ただ一人! 損害を気にするな、突き進め!」


 傭兵団ヤタガラスは雄叫びをもってシンの号令に答えると、眼前の国王の盾となりし敵の近衛に向かってより一層速度を上げて突っ込んで行く。

 金属がぶつかり合う甲高い音、肉と肉がぶつかる鈍い音に怒号と悲鳴が混ざり一瞬にして地獄と化した中をシンは手綱を操り駆け抜けて、本陣にそびえ立つ大きな国王旗の支柱を叩き斬り旗を落とす。

 手綱を口に咥えると、空いた手のひらから魔法で炎の矢を生成し天幕へと撃ち込んだ。

 瞬く間に炎に包まれた天幕の中から、近侍の者や侍女などが転がり出て来るが、それらを無視して国王を探す。


 ――――国王は何処だ? クソ、何処にいやがる。


 油の浮いた額から焦りの汗がしたたり落ちる。

 突きかかってくる近衛騎士たちを斬り捨てながら、龍馬を輪乗りにし周囲を見渡し国王を探すと川の方へ向かう集団が遠くに見えた。


「しまった! 国王は川へ逃げたぞ、ヤタガラス全軍で追うぞ、急げ!」


 シンの怒号にも似た号令に呼応するかのようにあちこちから雄叫びが上がる。

 脚でサクラの腹を蹴り、国王の逃げた方へ駈け出すと後ろから迫り来る影が一つ、並走した瞬間に強烈な打ち込みがシンの兜を掠める。

 思いもよらぬ一撃によろめきながらも体勢を整え、ひしゃげ歪んだ兜を放り投げると相手を振り切るようにとサクラの腹を蹴り速度を上げさせた。

 だが、相手は猶もしつこく追い縋ってくる。

 並走しては激しく打ち込まれてくる剣撃に業を煮やしたシンは、この相手を先に片付けるべく龍馬の速度を落とし相手に向き直る。

 ルーアルト王国近衛騎士団長ジョージ・ブラハム……ルーアルト王国有数の剣の使い手と称される強敵との戦いの火蓋が今まさに斬って落とされたのだった。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ