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帝国の剣  作者: 0343
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スードニア戦役 其の六


 宿営地は騒然としていた。

 見渡す限り人、人、人、それらが慌ただしく動き回っている。

 シンは人の波をかき分けるようにして、皇帝旗の立つ一際大きな天幕に向かって進んでいく。

 何重にも敷かれている警備に、挨拶をして通してもらい天幕の入口を潜ると皇帝と会議で見た貴族達の幾人かが、テーブルの上に広げられた地図を見て配置の確認をしているところだった。


「シン、丁度良い。紹介しよう、お主の欲していた決死隊の中級指揮官の三名だ」


 貴族たちの中に、シンの注文通りの傭兵然としたむさい男が三人いる。


「剣術指南殿、某はヨハン・フォン・ハルパートと申します。どうぞよしなに」


 そう言って頭を下げた後、人の良さそうな笑みを浮かべて手を取って来た男は、歳の頃は三十代前半といったところだろうか? がっしりとした筋肉に覆われた重厚な身体つきをしている栗色の髪をした、いかにも頼れそうな男であった。


 次に名乗ったのはフェリス・ルートンという若い男で、歳は二十五だという。

 赤毛で背が高く甘いマスクをした優男といった雰囲気を纏う、傭兵というよりは劇団の俳優といった感じのする男だった。


 最後に名乗り出たアロイス・クルーマーは、土方焼けをしているどこからどうみても軍人といった男で、以前は南方の砦で賊の取り締まりをやっていたとのことだった。


「悪いがもう今この時から傭兵になりきって貰うから敬称は付けない。ヨハンは俺の副官もやって貰う、フェリスは索敵を引き受けてくれ、アロイスは輜重の管理を頼む。それと俺は偽名を使う、今よりサータケと名乗る事にする。呼ぶときはサータケ団長か、ただ団長と呼んでくれ。それと傭兵団の名前はヤタガラス、導きと太陽を守護する俺の生国の古い神の名だ。これが旗印、三本足の鴉……同士討ちを防ぐために皆にもこの旗を覚えておいて頂きたい」


 そう言ってシンは持ち込んだ布を広げ、自身の書いたヤタガラスの絵を見せる。


「ほぅ、三本足の鴉か……一度見たら忘れられん形だ、皆もしかと見て覚えよ。シン、いやサータケだったな、卿の言っていた準備全て整うまでは流石に待てぬ。今現在用意出来ている者達だけで先発したいがどうか?」


 流石に会議からたったの三日で全て用意するのは無理なのは承知していたので、シンはその案を了承する。


「麻袋と鍬と縄と荷車は民間から徴収し何とかある程度の数は揃えたが、斧が少し足りぬが問題はないか?」


「まぁ柵が足りない場合は荷車を並べて柵の代わりにしましょう、騎兵の突撃と矢が防げれば良いのですから」


「わかった、ここにいるのは三万程で後の者は自領から駆けつけ途中で合流することになる。全土に兵を出すように呼び掛けはしたが、恐らく集まっても総勢で六万程にしかならんだろう」


 当初の予定より多い数に少し驚く。

 この総勢六万というのは純戦闘員の数であり、人夫などは含めていない。

 シンは早速机の上に広げられている地図に目を通す。

 敵の予想進路も書かれており、それを防ぐように自軍の部隊の数や指揮官の名が書かれている。


「待った、待った! これじゃ地形の理を半分ほどしか活かせていない。俺はここに簡易的な城塞を築いて立て籠もろうと思っている」


 そこにいる皆はシンの考えについて行けない。

 丘の勾配を利用した弓による攻撃と勢いをつけた騎兵の突撃、これがここにいる皇帝と諸将の考えであった。

 勿論それもある、だが敵の騎兵を空堀と逆茂木で止め、矢と魔法は土嚢で防ぎ、歩兵は空堀と柵で防ぐ。 

 その為の麻袋と鍬と斧と縄である。

 ――――野戦陣地構築の考えがまだ未発達なのか……土嚢の使い方も今一つピンときていないな。


「ちょっと出発前に見て貰いたい物があります。用意した麻袋を百枚と鍬を持った兵を二、三十人集めて貰えませんか?」


---


 皇帝の旗がひらめく天幕の外に、緊張を隠せず小刻みに震えている兵士が二十人整列して立っている。

 シンは一人につき鍬一本と麻袋五枚を渡し、堀を掘らせ、掘った土を麻袋に入れるよう指示を出す。

 出来上がった土嚢をシンが交互に積み上げていくと、地球の現代人には馴染みの深い土嚢の壁が出来上がる。


「空堀で出た土をこうして使えば、簡単に壁が出来上がります。騎兵もある程度は防げますし、弓矢や魔法の被害も抑えられるでしょう」


 強度もそこそこあるというのを見せるために蹴りを入れたり、矢を撃たせる。

 ――――麻袋に小麦を入れているから土嚢の考えはすぐ思いつくと思うのだが……麻が地球に比べると高いので消耗品として見る事が出来なかったのだろうか。


「これらを使って丘を城塞として出来るだけ敵兵を引き付けて欲しい。そうすれば密度の薄くなった所を傭兵団ヤタガラスが味方の援軍の振りをして、敵本陣に迫りやすくなる」


 諸将も蹴りを入れたりして強度を確かめている。

 諸将のみならず、兵士や果ては皇帝自ら蹴りを入れていた。


「これは良いな。作るのにも時間は左程かからん上に空堀もついでに出来るのだから。皆もどうか?」


 皇帝が振り返り諸将に問うと、皆口々に土嚢の利点と発想を褒める。

 後始末を兵達に任せて一度全員で天幕に戻り、野戦陣地構築の仕方や配置を見直していく。


「シン、あ、いやサータケ……ええい、まだシンでよかろう! 卿の国の戦い方は腰の刀をはじめ独創的で斬新じゃ、これには敵も度胆を抜かれ即座には対応出来まい。シン、卿をこの戦の間、軍務卿とする。皆も異存はないな?」


「はっ、剣術指南殿の智謀に皆感服するばかりにございます。異存など無論ございませぬ」


 シュタウデッガー男爵が間髪を入れずに返答し、諸将も頷いている。

 ここにいる貴族たちの腹はすでに決まっているのだ、シンに賭けるしかないと……

 

 地図に空堀の位置や土嚢の配分、柵や逆茂木の位置、簡易的な馬出などの作り方や配置を記していく。

 そこに諸将の名と兵種や数を書き加え、一応の配置図を作り上げると準備の出来ている部隊から進発して行った。


---


 シンは集まった決死隊三千人を組み上げた土嚢の上から見下ろしていた。

 皆の顔は注文通り薄汚れ、無精髭を生やし髪はボサボサ、装備も不揃いな上、華美な装飾などは一切見当たらない。

 だがその顔には戦意が溢れんばかりに表れており、危険な任務だと言うのに臆した様子は微塵も無かった。

 

「俺がこの傭兵団を率いることになったシンだ。だが、これより先は偽名を使いサータケと名乗る。俺を呼ぶときはサータケ団長か、ただ団長と呼ぶように。それとこの隊には貴族、平民入り混じっていると思うが、傭兵になりきって貰うために敬称は使わず身分の違いも無しで名前を呼び捨てにしてもらう。不服がある者は隊を抜けて欲しい」


 シンはそう言うと暫しの間、口を噤み目を閉じる。

 再び目を開け、隊を離れた者が出ていないことに満足すると、作戦の概要を説明した。


「以上が本作戦の全てである。我々の成否が帝国の存亡に直結することを各自、肝に命じて貰いたい。目指すは敵国王の首、ただ一つ! 他の貴族や将軍などの首なんぞに用は無い、討ち捨てにしろ。それと酷いようだが、動けなくなった者や死者はその場で置き捨てるので、覚悟はしておくように。最後にこれがこの傭兵団ヤタガラスの旗、三本足の鴉が旗印だ。俺の生国の導きの神を旗印にした、敵国王の所まで導いてもらえるようにな。そこから先は神頼みではなく各員の奮闘次第、ここに集まっているのは帝国選りすぐりの猛者だと聞いている、期待してるぞ!」


 傭兵団ヤタガラスは一度掲げた旗を治め、帝国軍の中に隠れるようにしながらスードリアの丘を目指し進軍を開始する。


---


 後世の戦史研究家たちはこのスードニア戦役を古代と中世の境とする者も多い。

 限定的ながらも地形を利用した野戦陣地構築を施した初めての戦いであり、以降の土嚢の普及などを考えるとここが丁度境になると考えることが出来る。

 当初研究者たちの間でシンの使った偽名、サータケとシンは別人だと考えられていたが複数の貴族の手記に傭兵団ヤタガラス結成の事が書かれており、そこで名を改めたと記してある事が決定的な証拠となり、シンとサータケは同一人物であると現在は認定されている。

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