スードニア戦役 其の五
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戦争が始まる! 帝都は蜂の巣を突いたような喧騒に包まれる。
家財をまとめ逃げ出す市民、戦争特需に喜ぶ商人、帝都の中から外から人や物が出入りし、四方の城門は何処も渋滞し怒号や悲鳴が響き渡っていた。
シンはクラウスを伴い戦の準備を整えるために鍛冶屋を訪れていた。
どの鍛冶屋も突如訪れた戦争特需で客が賑わっており、数打ちの安物でさえ平時の数倍の値段で取引されている。
「シンさん、いらっしゃい。頼まれていた物は出来上がってますよ」
「ああ、それの引取りと後、兜と龍馬用の防具が欲しいんだが」
店員は頭を掻き困った顔をする。
「シンさんの頼みなら聞いてやりたいところですが、見てもわかるとおり戦争のせいで品薄でして……値も普段に比べたら馬鹿みたいに跳ね上がっちまってますが……」
「仕方ないさ、頼んでいた鎧も値上げかい?」
「いえいえ、あれは注文時の値段で構わんですよ。ただ、兜と馬鎧は時価でお願いします」
「わかった、ありがとう。早速だがまず兜を見せてほしい」
クラウスは日頃から欲しいと思い目をつけていた板金鎧の値段が、三倍以上に跳ね上がっているのを見て驚きを隠せない。
良く見れば質のあまり良くない数打ちの幅広剣に、いつもの倍の値札が付いている。
「クラウス、ここは良心的な方だぞ。酷い所だと五倍、十倍の値を吹っかけて来るからな」
「原価が上がっちまうんで値上げはどうしようもないんですわ、荷運びの人夫でさえ平時の倍以上の賃金で……それだけなら未だしも国がね、斧や鍬を作れって命令して来ましてね。戦争だって言うのに何考えているんだか、更に荷車までもが徴用されちまいまして……まったくたまらんですよ」
「それを差し引いても特需で儲けは出るんだろう?」
「まぁ、それはね、へっへっへ、儲けが出なきゃとっくに逃げ出してますわ」
商人の逞しさに感心した二人は、奥に通されそこで幾つかの兜を手渡される。
その中の一つに黒鉄鉱製の飾りの全くない無骨なサーリットがあり、シンは迷うことなくそれに決めた。
今回の作戦にあたり、あまり派手な装飾などが施されている物は避けたかった。
いかにも傭兵が好みそうな、質実剛健な作りの物を求めていたのだ。
龍馬用の鎧も、矢が通らなければ取り敢えずは良しとし、華美な装飾を施されている物は除外した。
皮製の物を買うが、平時ならばその値段で金属製の上物が買えるほどの値段がしたのに驚く。
「なんでも龍馬用の防具が飛ぶように売れてるんですわ、しかも装飾の派手な物は全然売れなくて地味な物ばかりが……こんな事初めてで、まったく気味が悪いったらありゃしないですよ」
シンは諸将が抽出してくれた決死隊の偽装を、真剣にやってくれている事がわかりホッとした。
「じゃあ、後は頼んでいた鎧を持って来てくれ。調整も出来るなら済ませたいので」
店員は奥から板金鎧一式を抱えて戻ってくる。
「クラウス、着けて見ろ。合わない所は調整して貰え」
クラウスはシンと板金鎧を交互に見る。
「師匠、これ……」
「ああ、お前の鎧だ。皆で金を出し合って買ったんだ、お前の一次試験の合格祝いさ」
クラウスは目を瞑って唇を噛みしめて必死に涙を堪えようとするが、無駄であった。
まったく良く泣く奴だとシンはクラウスの肩を叩く。
「さぁ、着けて見せてくれよ。騎士見習いの見習い、クラウスの勇士を」
服の上から綿当てを着こみ、その上から板金鎧を着る。
今後の成長も考えて、少しだけ大きめだが綿当ての綿を増やして調節していく。
すべてを装着し終えたクラウスは、銅鏡の前で固まっていた。
「いいね、似合うぜ。そのまま着て帰るぞ、みんなにも見せてやろうぜ」
興奮して真っ赤な顔をしているクラウスを伴い、代金を支払って鍛冶屋を後にすると、シンは大きな白い布地と黒い塗料、長い棒を買って家に戻る。
「師匠、そんなもの何に使うんだ?」
板金鎧を着こみ馬鎧を持たされているクラウスは、荒い息を吐きながらシンに問う。
「クラウス、明日からはそれ来て走り込めよ。戦場で簡単に息が上がっちまう騎士なんて役に立たないぞ。
これはな、旗を作るんだよ」
これを着て走るだって! クラウスは目の前が真っ暗になり立ち止まって茫然とする。
だが、シンの言っていることは正しい。
クラウスは覚悟を決めると、馬鎧を担ぎ直してシンの後を慌てて追いかけた。
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クラウスが鎧姿で家に戻ると、皆は口々に鎧を褒めからかう。
クラウスの口から明日からこれを着て走ると聞いた皆は黙ってシンを見つめた。
「おいおい、なんだ? これを着て今まで通り走れなけりゃ、次の試験なんぞとてもじゃないが受からないぞ」
その言葉を聞いて、皆に口々に慰めの言葉を掛けられたクラウスは意外にもあっけらかんとしており、逆に走ることが出来たならば試験に受かると喜んでいた。
この二人の無茶は今に始まった事ではないと、皆は呆れた。
シンは龍馬のサクラに鎧を着けて各部を調整する。
サクラは最初は嫌がったが、根気よく宥め、餌で釣り鎧の着用を認めさせた。
それが終わると、大きな白い布を広げ木べらに黒い塗料を塗り、大きな羽を広げた鳥の絵を描き始めた。
シルエットだけの簡素な絵だが、誰が見ても鳥とわかる。
「師匠、足が多いよ。一本多い、俺もう一枚布を買って来るよ」
クラウスがそう言って鎧を着たまま駈け出そうとするのをシンが止める。
「いいんだ、これは三本足の鴉で俺の国の導きの神様なんだ。名前はヤタガラスと言うのさ」
「鴉が神とはシン様の生国は変わっておられますね。他にも神はいらっしゃるのですか?」
「ああ、八百万の神と言ってな神様が数えきれない程一杯いるんだ」
その言葉を聞いた皆は混乱した。
カイルは、そんなに神様の名前を覚えられないと、エリーは、どの神様にしたらいいのかわからないじゃないと、レオナはそれ程の数の神をどう祀るのかと、クラウスは八百万=沢山と言う事が理解できていなかった。
準備も終わり、シンは城外の宿営地に向かう事にする。
「レオナ、お前に頼みたいことがある。俺が戻るまでにクラウスの算術を鍛えておいてくれ、この前の試験は戦闘技術が評価されただけで、算術はギリギリ合格点だった。次の試験に備えて時間の許す限り鍛えておきたい。頼めるか?」
「はい、お任せ下さい。次の試験は余裕を持って突破出来るように徹底的に鍛えておきます」
レオナの目が細められ口元が僅かに吊り上がるのを見て、クラウスは背筋に鳥肌が粟粒のように立った。
「カイルとエリーも訓練と勉強はするんだぞ、それと……レオナを頼む」
「まかせて! 私とカイルが交代で護衛に就くわ、誰も近づけさせはしないから安心して」
「師匠、お任せ下さい。レオナさんに近づく者は容赦しません」
「いや、容赦はしろよ? クラウス、お前はレオナの護衛と算術の勉強、それに訓練と忙しいぞ。出来るか?」
「師匠、心配しなくても大丈夫さ……算術以外は……」
「それが一番心配なんだよ! まぁいい、それじゃ行って来る。レオナに金は預けてあるから、何か必要な物が出たらレオナに言って金を受け取ってくれ」
「ご武運を、それとこの度は申し訳ありませんでした」
そう言って頭を下げるレオナの頬をシンは撫で、唇にそっと指を這わす。
真っ赤になって顔を上げたレオナの尻を叩いて笑うと、龍馬のサクラに颯爽と跨り騎乗の人となって城門へと颯爽と駆けて行った。
腹痛が酷く、下痢が止まらないので病院に行って検査したら、ウィルス性腸炎と診断され一日入院させられました。
皆さんもお体を大切に




