スードニア戦役 其の四
作戦方針は決定した。
次は部隊編成と配置決めである。
ここで邪魔になる存在が、近衛騎士団である。
主に貴族の子弟によって構成されている近衛は、特権意識だけが肥大し戦闘技術は拙く戦意は低い、お荷物というに相応しい部隊であった。
しかも貴族の血は複雑に交わっており、反乱に加担した者たちや日和見を決め込んでいる者たちと血縁関係である者もいるのだ。
戦闘では脆く、いつ敵に寝返るかわからぬ信用出来ない部隊……それが現在の近衛騎士団であった。
はっきり言って前線に出て来られても邪魔になりこそすれ、役には立たない。
シンは近衛騎士団を前線から排除することにした。
だが、皇帝が前線に出ると言うのに近衛が出ないというのはありえない。
そこで敵に小細工を仕掛けるついでに近衛を帝都に釘付けにするよう策を打った。
「陛下、近衛騎士団は帝都に置いて行かれますようお願い申し上げます」
シンの発言に皇帝の片方の眉が少し吊り上がり、口元には笑みが産れる。
「何か策があるのだろう? 申せ」
「はっ、失礼ながら陛下には臆病者を演じて頂きます。陛下は敵軍に怖気づいて帝都に籠ったと、敵に偽の情報を流し油断を誘います。陛下も帝都を御出になる際には変装をして頂き、その存在を敵に悟らせないようにお願いします」
「ふむ、良かろう。打てる手は全て打つ、卿の進言通りにしよう」
皇帝はシンの考えを直ぐに見抜き、その配慮に感謝した。
――――それにしても譜代である近衛が信じられず、外様の方が信用出来るとはなんと情けなきことよ。
「はっ、ありがとうございます。それと丘の上から投石器で敵兵を迎撃出来るように、幾つか用意して頂きとうございます」
その後の諸将の配置についてはシンは一切口を挟まない。
満場の一致で帝都防衛の総指揮はハーゼ伯爵が執ることになった。
皇帝の信任厚く、先の城塞都市防衛で武名を轟かせたハーゼ伯爵以外の適任者は居ない。
帝都に残留が決まった近衛騎士団長のマッケンゼン、他に数名がハーゼの指揮下に入る。
帝都防衛部隊の総数は二万、残りは全て皇帝と共に出陣となる。
この場にいる貴族は近衛騎士団長以外は、皇帝が信に足ると思い集めた者達であり、この未曾有の国難に際しても怯まず士気も高い。
「シン、隠しても無駄じゃぞ、お主は兵学を学んでいることは先の作戦の説明でバレておるわ。現状に合っている恐らく最上の作戦じゃ、一体誰から学んだのかの?」
そう言って目を細めたハーゼ伯爵に何と答えるかべきかシンは迷う。
――――全部本で読んだことの応用だしなぁ、兵学なんてこれっぽっちも学んではいないんだが……
「伯よ、良いではないかシンが何者であろうとも。先の神託の件といい、神が帝国を救うためにこの者を遣わしてくれたのだと余は思っておる」
皇帝の言にハーゼの目が大きく見開かれる。
いやハーゼだけではない、皇帝の声を聴いた諸将皆がその言葉に驚愕した。
「おお、あの噂は……神託を授かりし者というのはシンであったのか!」
部屋の中がどよめきに包まれる。
「鎮まれ、聞いての通りよ。この戦、神が与えたもうた試練である。来るべき更なる難関に対し帝国が立ち向かえるかを神は試しておるのだ。神は我らを見ておられる。諸将、力戦せよ!」
この世界の人間は信仰心が日本人とは比べものにならない、更に皇帝自身が神託の石によって神の存在を確信している。
シンは頭を抱えたくなる。――――まぁベースとなった世界が中世ならこうなってしまうか……
「剣術指南殿、我が手勢百をお預け申す。武芸達者な者どもゆえ、きっと役に立ち申す」
そう言って来たのは敵に渡河を許すというシンの策を良しとせずに激昂した初老の貴族、ヘルムート・フォン・シュタウデッガー男爵であった。
先程の激昂のことなど、最早忘れたと言わんばかりの豹変ぶりにシンは吹き出しそうになる。
この世界の人間は、喜怒哀楽は激しいが現代の日本人と違い簡単に言えばスレていない。
日本では人付き合いが苦手だったシンでも、この世界の人間はそれ程苦手では無かった。
シュタウデッガー男爵が口火となり、多数の貴族が次々に自家の手勢を決死隊に送り込んで来る。
中には当主自ら参加を表明する者まで出て来る程、戦意は高まっていた。
シンは諸将に感謝し、先述の傭兵への偽装を再度お願いする。
作戦会議が終わり、皆が出陣の準備に取り掛かる。
シンも一度家に戻り、出陣の準備に取り掛かることにした。
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家に帰ると、中々戻って来ないシンを皆が心配して待っていた。
応接室に全員を集め、茶の用意を整えてからシンは口を開いた。
「これから言う事は他言無用、いいな?」
皆が頷いたのを確認してから、今回の戦争について語る。
「帝国にルーアルト王国とハーベイ連合が協力して攻めて来た。俺は皇帝陛下から特別剣術指南兼相談役を仰せつかり、参陣せねばならない。そこで戦が終わるまでしばらくの間、碧き焔は活動を停止せざるを得なくなった」
「戦争だって! 師匠は戦に行くのか! じゃあ俺も」
立ち上がりかけたクラウスを手で制し、落ち着かせるために茶を飲ませる。
「落ち着け、お前たちとはしばらく別行動になる。俺が戦に行っている間、お前たちにはやって貰いたいことがあるんだ」
「私は共に参ります。よろしいですね? 元帝国騎士でもありますしお役に立てると思います」
レオナがさも当然といった顔でこちらを見ている。
「いや、レオナを連れて行くことは出来ないんだ」
一瞬の沈黙の後、顔を真っ赤に染め立ち上がったレオナはシンに食って掛かる。
「なぜ? なぜです! 私では足手まといとでも言うのですか?」
「違う! 落ち着け、今から事情を話すから……今回の戦、ルーアルト王国とハーベイ連合が攻めて来るのに合わせて、国内で反乱が起こった。その反乱軍の首謀者の一人がレオナの父、ルードビッヒ男爵だ」
自分の父が反乱を起こしたと聞き、流石にレオナも平静を保つことは出来なかった。
「馬鹿な、なんという愚かなことを……」
「お前ならもう言わなくてもわかるだろうが、レオナはこの家から一歩たりとも出る事は禁じる。下手に動けば反乱に加担したと思われ死を賜ることになる可能性があるからだ。幸い勘当の身なので、反乱が鎮圧されるまで大人しくしておけば反乱の罪に連座せずに済む。だからレオナ、全てが終わるまでここでじっとしているんだぞ」
レオナは力なく席に着くと俯いたまま顔を上げることができない。
レオナはこう考えていた。今まで再三帝国に仕えるように陛下に懇願されても断っていたのに、急に任官するのはどうしてか? もしかすると自分のせいかもしれない、陛下は私の助命と引き換えにシンに任官を強いたのではないだろうか。
元近衛騎士とはいえレオナは皇帝の人となりを詳しくは知らない。
知っていればそのような事をする人間ではないとわかるのだが、今のレオナには真実を知る術はない。
そのためにこのような誤解を産むことになり、苦悩することとなる。
「俺たちは連れて行ってくれるんだろ、師匠!」
クラウスの問いにシンは首を横に振る。
「駄目だ、お前たちにはやって貰うことがあると言っただろう、それはレオナの護衛だ。この前の手紙を渡して来た女中みたいに、反乱軍の奴らがレオナに接触してくる可能性がある。それを未然に防いでほしい、でないと戦後にレオナの身が危なくなる可能性が出て来るんだ」
「そ、そんな……」
「頼む、カイル、クラウス、エリーお前たちだけが頼りなんだ。しっかりレオナを守って欲しい、この通りだ」
シンは三人に頭を下げた。
「わかりました、師匠。御安心を、レオナさんは僕たちが必ず守り抜いて見せます。ただし約束してください必ず無事に帰ってくると」
「おい、カイル! 師匠一人を行かせる気か!」
クラウスは立ち上がりカイルを睨みつける。
「クラウス! 多分これが皆が無事に再会できる最善の手なんでしょう、ならば私たちは私たちに出来る事を全力でやるのよ!」
エリーがクラウスの腕を引っ張って無理やり席に座らせる。
「カイル、必ず無事に戻ると約束しよう。エリー、ありがとうな。それともし自分達に手におえない事態が起こったら、ハーゼ伯爵を頼れ。話は通してあるからきっと力になってくれるはずだ」