スードニア戦役 其の一
新居祝いということで少しだけ豪華な夕食を楽しんだ後、家に帰り明日のために早めに体を休める事にする。
それぞれに個室が与えられてはいたが、寝具などの手配がまだ行き届いていないためベッドのある部屋は女性陣に、男どもは床に毛布を引いて休むことになった。
レオナは割り当てられた自室に入ると精霊魔法でスプライトを召喚し光源を確保した後、直ぐに手紙を取出して封を切り読むが、全てを読み終える前に破り捨てクズ籠へと放り投げた。
翌日、早朝から庭の草刈りを全員で行う。
全員で取りかかっても広い敷地の全てを一日で終わらせるのは難しく、まずは訓練用のスペースを確保し残りは毎日少しずつやっていくことにした。
作業中にレオナがシンに手紙の内容を告げる。
「仕事を与えてやるから家に戻ってこい、働き次第では勘当を解いてやると書いてありました……クズが」
シンは草刈りをしながら念のために聞いて見る。
「戻るのか?」
「まさか! たとえシン様の命令であっても戻りはしません。あの家には愛着も未練も何もありませんから。母の墓すら作らせては貰えなかったのです、そんな家に二度と戻るもんですか!」
レオナの頬が怒りで赤く染まって行く。
それを横目で見たシンは不謹慎ながらもその怒った顔の美しさに見とれてしまう。
何をしても絵になる美少女に少しだけ羨望を感じながら、短くそうかと一言だけシンは言った。
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翌日は訓練を再開し、朝食後に小休止を挟んでからまた草刈りをする。
午後からは日用品や食材、家具など生活に必要な物を買いに商業区へと向かう。
それを数日繰り返し、やっと広い庭の草刈りを終えると不動産に紹介してもらった大工を呼んで庭に厩舎を建ててもらう。
以前から建っている厩舎は手入れがされずに放置されていたため、所々痛み腐っており使い物にはならないので取り壊しも同時に行ってもらう。
大工もシンの演劇を何度も見る程に入れ込んでおり、本人からの依頼だと知ると狂喜乱舞して仕事に取りかかった。
翌日には大工の数は倍に増え、そのまた翌日にはその倍に膨れ上がる。
「竜殺しのシンの依頼を受けたと仲間に自慢したら、皆俺にも手伝わせろって言われちまって……」
そう言って日に日に大工の数は増えていき、僅か数日で厩舎の解体と建築が終わってしまった。
シンは賃金を来た全員に支払い、庭に酒樽や料理を買い運んで宴会を開くと大工たちから大歓声が湧き上がる。
これで野放しだった龍馬二頭も、雨の日や夜は厩舎に戻り体を休めることが出来るようになった。
さらに嬉しいことに手伝いに来たものの人数が多すぎて仕事にあぶれていた大工たちが、寝具や家具を作ってくれたので不自由なく生活できるようになった。
シンは皆に今後の方針として、クラウスの試験が終わるまでは冒険者としての活動は控えて、今まで通り訓練と勉強をしようと話す。
皆の承諾を得て、新居にて本腰を入れて訓練と勉強に取り組もうと思った矢先に、シンは皇帝から呼び出しを受ける。
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迎えに来た役人に、もう特別剣術指南と言う役を仰せつかっているのだから、転居などは知らせてくれないと困ると馬車の中で叱られながら宮殿の門を潜ると、疲れからであろうか顔色が悪く、精気の衰えを感じさせた皇帝ヴィルヘルム七世が自ら応接室へとシンを招いた。
「シン、家を持ったそうだな水臭いぞ言ってくれればこちらで用意したのに。執事や女中の手配は済んでいるのか? 何か足りないものがあれば遠慮なく申せよ」
「執事? 女中? 貴族じゃないし要らないよ。でもお手伝いさんは必要かも、まぁ身寄りのない近所の年寄でも雇おうかと思っている」
何気ない一言にもシンの優しさが感じられ、皇帝は口許に笑みを浮かべる。
「今日呼び出したのは、レオナの事だ。最近レオナに実家のルードビッヒ男爵家から何か接触は無かったか?」
「……家の使いと称する女中がレオナに手紙を渡した。内容は家に戻ってこいとの事だそうだ」
皇帝の目が細まり、口元には皮肉を含んだ笑みが浮かび上がる。
「シン、これから余の申すことは他言無用。誓えるか?」
「わかった、誰にも漏らさないと誓おう」
先程までの穏やかな顔つきから一転、目を開き口許を引き締める。
「よし、まずレオナの件だがよいか、絶対にレオナを家に帰してはならんぞ。あの者、ルードビッヒの奴は不逞の企みを抱いておる……すなわち反乱だ。レオナを家に帰せば例え反乱に直接加担していずとも、連座は免れない。今のまま勘当状態でここ、帝都で反乱が終わるまで大人しく籠っておれば罪に問われることは無い。だから、レオナを帝都から一歩も出さず大人しくさせておけ」
「反乱だと? たかが一男爵ごときがか?」
「奴だけではない、ゲルデルンに組していた者どもなど余に不平不満がある奴等が群れ集まり反旗を翻すらしい」
そう言う皇帝の目には、まるで冷気を伴ったかのごとき殺意がありありと浮かんでいた。
「しかも奴等は国を、この帝国をルーアルトとハーベイに売り渡しおったわ。反乱と同時にハーベイ連合の後ろ盾を得たルーアルト王国が攻めて来る」
内と外からの挟撃、これは厳しい……シンの額から冷たい汗が吹き出す。
「どうする? 先に反乱軍を討ってからルーアルト王国軍を追い払うのか?」
皇帝はもう忌々しげな表情を隠そうとはしなかった。
「それは出来ない。何故ならルーアルトのゴミどもが攻め込む先は旧ルーアルト王国西方辺境領、現在はガラント帝国の東部だ。見殺しにすれば、国内の日和見主義者も反乱に加担する恐れもある、それに見殺しにしたことでルーアルトの愚王は領土を大きく失う結果となった。あの馬鹿の真似をする気にはなれんよ」
「二正面作戦か、厳しいぞ。もう敵の動員する人数に当たりはついているのか?」
「うむ、大凡のところはな……反乱軍は二、三万だが帝国内の要衝に一度立てこもり、こちらがルーアルト王国に全力を注いだ瞬間に帝都を急襲するつもりらしい。ルーアルト王国軍の総数は十五万、もっともこの殆どがハーベイ連合が雇って送り込んだ傭兵だが……対するこちらは帝都の守りを残して動員できるのは精々五万、北部の治安維持に送り込んだ者たちは時間的に間に合わないだろう……話にならんな」
想像以上の厳しさにシンも唸り声さえ出せずにいる。
皇帝はテーブルの上に置かれていた果実水を一気にあおると、眉間により一層深く皺を刻みながら再び話し始めた。
「しかもあの愚王、もう勝ったつもりでおるらしい。普段は戦なぞまるで興味を示さぬのに今回は自ら出陣してきおるわ。敵の国王が出て来るので、余が帝都におるわけにはいかなくなった。余には軍才は無い、もうどうすればいいのかわからぬ…………すまぬ」
皇帝が吐いた弱音にシンの心は激しく揺さぶられる。
目の前で肩を落とす友人のために自分が出来る事を必死に探すが、見つからない。
――――ならば、共に死んでやるしかねぇか。