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帝国の剣  作者: 0343
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新居

体調が悪く、トイレの住人と化しております。皆さまも体調管理にくれぐれもお気を付け下さいませ。

 「では、クラウスの一次試験合格を祝って乾杯!」


 銀の羊亭に乾杯の声と木製のジョッキがぶつかり合う音が響き渡る。

 クラウスは近衛騎士養成学校一次試験を辛くもではあるが、合格した。

 模擬戦闘で見せた戦闘技術を高く評価され、平均点以下であった算術を補う事が出来たのだ。

 シンは結果を聞いて喜びつつも、やはり算術は駄目だったかと苦笑いを浮かべた。


「二次試験は二か月後、それまでまた訓練と勉強の日々だが皆いいな?」


 勉強と言ったところで三人が多少の怯みを見せたが、表立っての異論は無い。


「そこでだ、宿をずっと借りるのもいいが、帝都に碧き焔のセーフティハウスを持とうと思うのだが、どうだろう?」


 シンの発言に皆が着いて行けずにキョトンとした表情を見せる。


「セーフティハウス? って何だ?」


 クラウスとカイルが、頭の上にクエスチョンマークでも浮かべているかのような仕草で首を傾げる。

 エリーとレオナも似たようなもので、首は傾げてはいないがその瞳に疑問がありありと浮かんでいた。


「秘密基地、つまり拠点となる場所のことさ。ちょっと帝都の事を調べてみたのだが、結構空き家が多いんだ。理由は反乱に加担した貴族たちが立ち退きさせられたからで、普通じゃ考えられないほどの値で今は売りに出されている。そこで安い内に一軒買って拠点にすれば、宿代が節約できる。料理はレオナとエリーに任せて、掃除や雑事を男三人でやれば何とかなると思うんだが……」


 シンが話している内に、四人の目がキラキラと輝きだす。

 特に女性二人のテンションの上がり方は異常で、まだ物件すら見てもいないのに間取りの話をし始めている。

 どの世界、いつの時代でも帝都や首都にマイホームは憧れなのかもしれない。


「秘密基地、拠点、カイルお前どんなのがいい?」


 少年二人も盛り上がっている。

 秘密基地や拠点という言葉が二人の心をくすぐったらしい。


「よし、じゃあ明日から早速物件を見て回ろう。しばらく色々と忙しくなるぞ」


 五人の明るい歓声に包まれながら銀の羊亭の夜は更けていった。


---


 翌日、一通りの訓練と龍馬の散歩を終え、皆で不動産に押しかけ手頃な物件を漁っていく。


「空き家でございますか……失礼ですが、お客様のご希望なされる程の空き家となると今は安いとはいえ、相当の値が張りますが……」


 そう言って訝しげな目でみる主人をよそに、五人は羊皮紙に書かれている物件の情報を見て良さげなものを選んでいた。


「大丈夫だ、大きい屋敷などは無理だし必要ない。小さくていいから庭や空き地が広い所を探している」


「ですが、安いと言いましても元は貴族様の御屋敷ですので、それなりのお値段が……重ねて失礼を申しますが、お客様は貴族様であらせますのでしょうか?」


 相も変わらず渋い表情を浮かべながら、主人がシンに聞いてくるがシンの身形を見れば貴族でないことなど一目瞭然である。

 つまり、冷やかしに付き合う気はないから帰れと言っているのだろう。


「貴族ではないが、この度皇帝陛下から新たに設立される近衛騎士養成学校の非常勤剣術指南に任命された。それで帝都に家を持つことにしたのだが……」


 主人の顔がみるみる青ざめていき、手がワナワナと震えだす。


「し、ししし、失礼ですがお名前をお伺いになってもよろしいでしょうか?」


 シンが名乗ると、主人は飛び上がらんばかりに驚き、非礼を詫びると店の奥から羊皮紙の束を持ち出し条件に合った物件を選び出した。


「私も家内も逆臣成敗の演劇を何度も拝観させて頂きました。いやぁ、本物の竜殺しのシン様にお会いできるとは、なんと喜ばしい日か! これなどはどうでしょうか? ご希望通り、広い庭……というよりも空き地ですが手入れをされれば訓練場にもなりますし、小規模な厩舎も立てられるかと……」

 

「私も観ましたがあれはとても良いものです」


 レオナが言うと他の三人も頷いている。

 

「お前ら何時の間に……それになんだか恥ずかしくなってきた」


 シンは今すぐにこの場を立ち去りたい気持ちを押さえつけて、お奨めの物件を見に行くことにした。

 貴族の多く住む中央からはかなり外れた場所にその家は建っていた。

 前に住んでいたのは、言っては何だが地方の貧乏貴族だったらしく広大な敷地の割には邸宅は一般家庭より少し広い位しかない。

 その広大な敷地も、手入れが行き届いておらず草は生え放題であり、そのせいで陽当りは良いのに陰鬱な雰囲気を醸し出していた。

 

「狭いと申しましてもそれは貴族の館としてはと言う事で、部屋も十を超えますし改築すればまだまだ増やすことが出来ます。御希望の広い空地も、今は荒れ放題ですが手入れをすれば良いかと……」


 狭いと言っても流石は貴族が使っていただけの事はあり、シン達はその広さに開いた口が塞がらない。

 レオナだけが平然とした顔をしていたが、そのレオナもこれ以上広いと自分たちの手に余ると言う。

 シンはもっともだと思い、この邸宅の値段を聞いて見た。


「実は、少々困っているのです。この物件は貴族様から見れば狭く魅力が無く、平民から見れば高すぎて手が出せないので人気が無くこの先も売れ残る事必定でして……もしお買い上げ頂けるなら相場よりもお安くさせて頂きます。はっきり申し上げると維持費がかかって不動産としては手元に置いておきたく無い物件なのです、お安くしますし、厩舎を建てる大工もご紹介致しますのでいかがでしょうか? 」


「みんなどうだ? 羊皮紙を見た感じだとここより値段が手頃で良い物件はなかったしここでいいか? で、幾らなんだ?」


「勉強させていただきまして金貨二百枚でいかがでしょうか? 殆ど買い取りと同じ金額でこれまでの維持費を考えるとウチに利益は殆どありません。ただこのまま不良物件として朽ち果てるよりかは、元だけでも取り戻したいと言うのが本音でして……」


 値段を聞いて再度皆の了承を取ろうと後ろを振り返ると、レオナを除く三人が真っ青な顔をして首を横に振っている。

 シンはその様子を見なかったことにして、主人に購入の意思を伝えた。


「ありがとうございます! 何時からご入居のご予定でしょうか? 造園の者を手配致しますので……造園の方は別に費用が掛かってしまいますが……」


「ああ、造園業者は必要ない。庭ではなく訓練場にするつもりなのでね、大工も教えてくれれば自分で交渉にいくからいいよ。早速今日から入る事は可能か?」


 勿論ですともと上機嫌の主人と共に一旦店に戻り、権利書と鍵を受け取り金貨二百枚を払った。

 レオナを除く三人は未だに顔を青く目を白黒させていたが、金が無くなりゃまたダンジョンに潜りに行けばいいだけだと諭し、これから掃除や手入れで大変だからしっかりしろと気合いを入れた。

 店を出たその足で、生活に必要な雑貨や掃除道具などを手分けして買いに行き、ついでに宿も引き払って龍馬を伴い荷物を持って新居へ向かう。

 邸内に入り、手分けして掃除を始めひと段落付いた時には日が暮れはじめていた。


「今日はここまでにしよう。今日は外食で済まして早めに寝て、明日は日の出と共に庭の草刈りをしよう。

出来るだけ早く今までと同じような生活が出来るようにするつもりだから、みんなよろしく頼む」


 広い庭に龍馬のサクラとシュヴァルツシャッテンを放し、シン達は夕食を食べに繁華街へと足を運ぶ。

 

「レオナ様、レオナ様……」


 レオナを呼ぶ声に皆が振り向くと、一人の身形の良い女性がレオナを呼んでいた。

 皆と笑顔で話していたレオナの表情が、まるで薄氷を纏ったかのように険しくなる。

 誰かとシンが聞くと、レオナが実家の女中の一人ですと答えた。


「何か用でしょうか? 私は勘当された身でもう貴族とは何のかかわりも持たない平民ですが」


 レオナの美しい澄んだ声には、真冬のような冷たさが含まれていた。


「これを……御当主様からレオナ様へお渡しせよとの仰せでして……」


 懐から一通の封をされた手紙が取り出され、恭しいが押し付けるように差出し、それをレオナが受け取ると一礼をした後逃げるようにして女中は去って行った。



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