謀議
風邪を引いてノックダウンしてしまい、更新が遅れてしまいました。申し訳ありません。
ルーアルト王国の南に位置する南方商業都市国家群であるハーベイ連合。
幾つかの小国や都市国家が議会制政治をして統治している連合国家である。
昔は小国同士の諍いが絶えなかったが、現在は何代にも渡る婚姻政策のおかげで、日本の戦国時代の東北地方のように周りはみな親戚状態である。
軍隊も常備軍は国家規模に対して少なく、有事の際は傭兵が主力を担うという商業国家らしい仕組みであるが所詮は傭兵、攻勢には強いが守勢に回ると驚く程脆い。
近年は強力な軍隊を持たないため領土拡張政策は取らず、他国を借金漬けにして実利を貪る方向で舵を取っていた。
目を付けられたのはルーアルト王国。北方動乱により国家体制に罅が入り、辺境領をほぼ全て手放すという失政を犯した愚王ラーハルト二世を借金で縛り、ハーベイ連合の操り人形に仕立て上げようと画策していた。
華美な装飾を施された、長大なテーブルには十六の席が設けられている。
そこに座っているのは華やかな衣装を纏った壮年から老人までの十六人の男たち。
ハーベイ連合首都イーシンにある連合議事堂の一室に、連合の主だった酋長や領主が集まっていた。
「では、北方経済侵攻計画の最終確認を始める。先ずは報告から述べさせて頂く、ルーアルト王国南方辺境領は既にこちらに付いている。ルーアルト王国、国王ラーハルト二世に対する工作も順調で早ければ来月にも、元王国西方辺境領……現ガラント帝国東部に侵攻を開始する」
「あの愚王を焚き付けるのに成功したのは良いが、反対していた者たちが居たはずだ。そちらの方はどうなった?」
「反対派は対エックハルト王国に備えると言う名目で、東部国境に釘づけにしてあるので問題はあるまい」
「ならば良し、ルーアルトに貸し出す傭兵は先月から逐次送り込んでいる。計画通り十万人、資金と輜重込みで行かせたがあの愚王の指揮で大丈夫か? 側近も欲深なクズしか残っておらんぞ」
「側近にクズばかりが残っているは我らの工作が著しい成果を上げたからだが、我らの仕事ぶりにご不満がおありか?」
「そうではない、だが勝てるのか? この計画には膨大な時間と資金が費やされている、ルーアルト王国を借金まみれにするところまでは順調に進んだが、返済出来ぬ借金など意味はないのだぞ」
「……増員しますか? 派遣する傭兵を」
「いや、いや、これ以上はこちらの負担も馬鹿にならなくなる。帝国の現状出せる兵力は半数以下であろう? それに現皇帝に不満を持つ反乱分子どもも、開戦と同時に兵を挙げ帝都を攻めのぼる手はずになっている。どう見ても負けはあるまい」
「うむ、もう勝ちは確定したようなもの。勝たなくても戦が長引けばそれはそれで良い、そうなれば今度は帝国に金と兵を貸し付ければ良いのだからな」
「確かに、では以降は戦後の利益配分の話に移りたいと思うが異存は?」
大規模な国家間戦争を長い期間経験していないハーベイ連合の領主たちは、用兵などについては疎い。
だが、経済政策に於いては他国を一歩も二歩もリードしていた。
彼らは他国で戦争を起こし、それをコントロールすることで莫大な利益を得ようと画策してた。
商業都市国家群ハーベイ連合は商人は商人でも、正に死の商人であった。
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ルーアルト王国の国王ラーハルト二世は、国内どころか他国にまで暗愚と揶揄されるほどの愚劣な王であった。
その生活は華美を好み、無駄に贅を尽くした生活は国家財政を傾け、民の生活を圧迫した。
肥大した選民意識と実力に見合わぬ強烈な自己顕示欲は、留まる所を知らず贅を凝らした新たなる宮殿の建築など、民から搾り取った税だけでは足りずにハーベイ連合に多額の借金を抱える事となる。
諫言する忠臣たちは相次いで粛清され、王の周りには阿諛追従の輩と日和見主義の者しか残っていない。
今回の出兵計画に反対した少数の良識ある家臣たちは、エックハルト王国に対する備えとして東部国境へと追いやられていた。
もはや、王を止めることの出来る者は居ない。
国王ラーハルト二世は、自分の事を王朝始まって以来の不世出な王だと思っていた。
近年相次いで北東西と辺境領を失ったことについて、我慢がならない。
そこをハーベイ連合は見逃さなかった。言葉巧みに自尊心を煽り、戦争へと駆り立てる。
愚劣なる王はハーベイ連合の謀略に容易く掛かり、西方辺境領を取り返しそのままガラント帝国を滅ぼさんと考えていた。
眼下に続々と集まるハーベイ連合から派兵されてきた傭兵を見て、ラーハルト二世は酒杯を片手に不気味に笑い続ける。
贅沢に慣れ切っただらしのない脂肪のついた身体をゆすり、ハーベイ連合の使者の労を労うとまだ昼間だというのに後宮へと消え、荒淫にふけるのだった。
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同時期、ガラント帝国帝都のルードビッヒ男爵邸に於いて多数の現皇帝不平派の貴族が集まり、決起についての謀議にふけっていた。
現皇帝を帝位から引きずりおろした後、ゲルデルン公爵直系の女児の内の一人を帝位に据え自分たちが後見人となり帝国を支配するというのが謀議の内容である。
その中に一人の男がいた。名はブナーゲル男爵といい今日の謀議でも人一倍気焔を上げ皇帝を非難していた。
ブナーゲル男爵は六十を過ぎた老人で、顔は四角く花崗岩を削ったような荒々しい容貌をしている。
現皇帝が幼少の頃から傍に仕えており、その忠誠心の厚さは周囲の知る所であった。
ゲルデルン公爵との対立の折りにも当然、現皇帝ヴィルヘルム七世に組する。
逆臣討伐後、同じように仕えていたハーゼ子爵は陞爵し伯爵となった。が、ブナーゲル男爵はそのままであり、不満を周囲に漏らしていた。
さらに褒美として新たに与えられた土地は、旧ルーアルト王国の北方辺境領内で荒れ果てており税収などまるで期待出来ない土地であった。
これに大して激昂したブナーゲル男爵は、密かに現皇帝不平派と手を組み今回の計画に参加することになったのである。
だがこの男、ブナーゲル男爵は皇帝の放った間者であった。
ゲルデルン公爵を排除した後、密かに皇帝に呼び出された男爵は、間者という危険な任務を二つ返事で引き受けた。
不平派の動きを逐一知らせる事と、出来れば不平派を一つにまとめ上げる事、これがブナーゲル男爵に与えられた密命であった。
皇帝はゲルデルン公爵に組した貴族を粗方粛清したが、まだ居る潜在的な逆臣の存在を肌で感じ取っていた。
一々一人ずつ逆臣を成敗していてはキリが無いうえ、警戒もされてしまう。
皇帝はいっその事、叛意ある逆臣達をまとめ上げ、時期を見て反乱を起こさせて一気に成敗しようと考えた。
荒療治であるのは承知している。だが建国以来長い年月が経ち、腐敗した帝国貴族を正すためには血を流すことは厭わない覚悟が必要であると確信していたのだ。
「来月、ルーアルト王国が十二万の軍勢をもって帝国東部に攻め入ってくる。我らはそれに呼応して一気に帝都を攻め、玉璽を手に入れゲルデルン公爵の遺児であるドロテーア様に帝位について頂き、帝国を正しい姿へと導いて行くのだ」
「ドロテーア様は御年三つ、しかも女児。これは後見の我々がしっかりせねばなりませんぞ」
「然り、然り。して決起の際は合流地点を何処に設けるのか? 遠方の者は直ぐにでも用意にかからぬと間に合わなくなるぞ」
ルードビッヒ男爵は地図を広げ、ある一点を指す。
そこは帝国の要衝、フュルステン……そこには強固な城塞が築かれており、国内有数の要衝として名高い場所であった。
「フュルステン城主、オルナップ男爵はこちらの人間でな。決起の際にはすぐさま副城主を排し、城塞を掌握する手はずになっておる」
「おお、オルナップ男爵が! これは心強いですな」
大仰に驚き感歎する風を装いながら、ブナーゲル男爵は冷たい汗を掻いていた。
――――まさか、帝国の要衝を預かる程の者が、このくだらない見え透いた野心家たちに組するとは……急ぎ陛下に知らせねば……




