夢を追う者
その夜、シンはシュトルベルム伯邸を訪れ伯爵にパーティメンバーが世話になっている礼を述べる。
一室を借りパーティメンバーを集めると、今後の方針を打ち明けた。
「明日にもここを出て帝都大図書館に近くの宿に移ろうと思う。理由はクラウスの近衛騎士養成学校受験のため、試験は来週なので時間が惜しい。異存はあるか?」
突然のことに皆が驚く。
特にクラウスは口を大きく開けて呆けていたが、カイルにわき腹を肘で突かれて正気を取り戻す。
「師匠、近衛騎士養成学校って……なんだ?」
シンは膝の力が抜けそうになるのをなんとかこらえながら一から説明した。
「つまり、それって俺が騎士になれるってことか?」
クラウスは俯き握った両の拳には力が入り微かに震えている。
「ああ、ただし試験がある。模擬戦闘と筆記試験、それに受かったら最終試験がある。それらに全て受かれば近衛騎士を養成する施設に通う事が出来る」
レオナがゆっくりと手を上げて質問する。
「近衛になるのは貴族の子弟のみのはずですが……」
「今年から広く民間からも集める事にしたそうだ。その代り厳しい試験を突破せねばならないし、学校に通ってからも度々試験があり、不合格とされれば近衛騎士にはなれない」
「成程、門は広くとも中の道は細く厳しいということですか……」
レオナは心配そうにクラウスを見つめる、カイルとエリーも同じようにクラウスを見ていた。
「うむ、少しでも試験に受かる確率を上げるために大図書館に近い場所に移り、試験まで集中してクラウスの弱点である算術を鍛えることにする。カイルとエリーもいい機会だから一緒に学んでおけ」
「師匠、俺……試験は受けないよ……」
三人が口を開こうとするのを手で制して、シンは静かな口調でクラウスに問う、なぜだ? と。
「……俺は、俺は、碧き焔の盾だし、何より師匠に恩を返していない。剣術も武器も、身に着けている物すべて、師匠にいただいた物だ。これだけ世話になっているのに、碧き焔を抜ける訳にはいかないよ」
「……俺の国の言葉に初志貫徹と言う言葉がある、初めに抱いた志を貫くという意味だ。俺がお前を碧き焔に入れたのは志を持っていたからだ。もし俺に恩を感じているのなら見せてくれよ、平民でも努力すれば近衛騎士になれるってことを。死ぬほど努力すれば夢が叶うってことを」
俯いたクラウスの両の目から次々と涙が零れ床に落ちる。
クラウスは泣いた、声も上げずにただただ泣いた。
故郷では自分の夢を語って笑われたり馬鹿にされたり、挙句の果てには気違い扱いされていたが、シンは違った。
自分の夢を認め応援してくれる、初めて会った大人だった。
初めて会った時のことを思い出す。屋台の串焼きを二人で食べたこと、新しい服を買ってもらったのも初めてだし靴だって生まれて初めて履いた。
訓練は厳しく文字通り血反吐を吐くほど過酷なものだった。
その中で出来た同年代の友達、自分よりよっぽど過酷な状況に置かれながらも、弱音の一つも吐かない尊敬すべき親友。
戦闘でも何度も死に掛けたし、心が折れそうになった事も数えきれない程だ。
だが、どんな難敵にも堂々と渡り合いパーティを勝利に導く竜殺しのシン、その姿を見る度に憧れと勇気が湧いてきた。
尊敬すべき人たちが自分の夢を後押ししてくれている、胸がいっぱいになり声も出せずに涙が止まらない。
「師匠、ありがとうございます。俺は……俺は、騎士になります!」
シンはそうかと一言だけ言って、クラウスの肩を力強く叩いた。
周りを見れば、皆が泣いている。
カイルもエリーも顔をくしゃくしゃにして大泣きしている。
レオナも両手で顔を覆いしゃくり上げていた。
クラウスはこの日産れて初めて、この世に生を受けたことを神に感謝した。
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翌日から早速宿を手分けして探し、二人部屋と三人部屋が空いており、厩舎もある銀の羊亭という宿に移った。
猛勉強が始まった、朝は戦闘訓練、昼間では城外に出て龍馬の騎乗訓練、午後から夜寝るまでは苦手の算術の勉強と休憩時間と睡眠食事の時間以外はすべて訓練に費やした。
教師役のシンとレオナは勿論の事、カイルとエリーも共に学んだ。
試験に受かればクラウスはパーティからいなくなる、そんな寂寥感を吹き飛ばすように全員が真剣に訓練に勉強に取り組んでいく。
あっという間に一週間は過ぎ、試験の日がやってくる。
「クラウス、緊張しすぎよ。もっと肩の力を抜いて」
エリーがそう言いながら肩を揉みほぐそうとする。
「だ、大丈夫だ。も、問題無い……多分……」
クラウスが引き攣り気味の顔で無理矢理に笑うと、皆から大きなため息が漏れる。
「先ずは模擬戦闘だ、適度な緊張は必要だが緊張しすぎて身体が硬くなっていると、試験に落ちるどころか大怪我しかねんからもう少しだけ肩の力を抜け」
そう言ってシンがバンバンと力加減無しにクラウスの背を叩く。
クラウスはゲホゲホと咽て、涙ぐんだあと肩の力が抜けているのに気が付き驚く。
こうしていられるのも後僅か、寂しさを紛らわせるかのように皆でワイワイと騒ぎながら、近衛騎士養成学校に向かう。
「行って来るよ」
クラウスが両手で頬をパンパンと叩き気合いを入れる。
「頑張ってね、あれだけ勉強したんだもの絶対に受かるわよ」
「クラウス、君なら受かると僕は信じているよ」
「模擬戦闘は問題ないわ、あなたは十分強い。筆記試験頑張りなさい」
「まぁ、落ちたら落ちたでしょうがない。また来年もあるから気楽に行け、気楽にな」
門前で全員から一言ずつ激励の言葉を受けたクラウスは、両目に決意の火を灯し力強く試験会場へと歩き出して行った。
姿が見えなくなるまで見送り、学校を後にしたシン達は屋台で買い食いをしながら時間を潰すことにした。
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「レオナ、そんな上品に喰うな。もっと思いっきりガブりとやれガブりと、エリー、そんなに食うと太るぞ、カイルはもっと喰え」
シンが珍しくお道化ているのを見て、三人は内心で驚いていた。
良く見ればいつもと違いソワソワし、服にもソースをこぼしたりと落ち着きが無い。
クラウスのことが心配でしょうがないのが、丸わかりである。
マイペースでグングンと皆を引っ張り、戦闘では鬼神のごとき強さを見せるそんなリーダーの意外な一面を見せられた三人は、顔を見合わせて声を上げて笑ってしまう。
「クラウス大丈夫かなぁ?」
エリーが果実水を飲みながら心配そうな表情を浮かべる。
「模擬戦闘は大丈夫だろ、やっぱ算術だよなぁ問題は」
シンは溜息をつきながら答える。
「やるだけのことはやりました。後はクラウスの頑張りに期待しましょう」
レオナは何処か遠くを見つめるように目を細めながら、果実水を口に含んだ。
「だ、大丈夫ですって! 何でみんなそんなに暗い顔するんですか?」
カイルはそんな三人を順番に見て、自分の中にある不安を振り払うかのように声を上げた。
宿に戻って来て何をするのでもなく、今のようなやり取りを何度も繰り返す。
「ああ、そうだ! あいつ騎士になったら革鎧じゃ拙いよな……」
クラウスの鎧は革鎧、冒険者としては標準装備だが騎士は板金鎧、プレートメイルやチェインメイル、スケイルメイルなどの金属製の鎧が主流である。
「そうですね、私の板金鎧はもう処分してしまいましたし……」
「ねぇ、みんなでお金出し合ってクラウスに合格祝いのプレゼントをしない?」
「エリー、いいアイデアだけど落ちてたらどうするのさ?」
「カイル! あなたクラウスを信じてないの?」
エリーが勢い良く立ち上がって両手でテーブルを叩く。
「まぁ、待て待て直ぐに買わなくてもいいだろう。取り敢えず何もする事ないし鍛冶屋でも覗いて見るか」
「一軒良い店を知っています。先ずはそこから回って見ましょう」
レオナの先導で宿を出て、帝都西にある商業区へと一行は向かう。