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帝国の剣  作者: 0343
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聖戦士

遅くなってしまいました、申し訳ありません。

 

 レオナの騎士位剥奪のやり取りの後レオナを下がらせ、皇帝はシンと二人きりになり近衛騎士養成学校が開校の目途が立ったことを告げた。

 シンは少なくとも数年先の事だろうと思っていたので驚き、皇帝の本気で入れ込んでいることを今更ながらに知った。


「すごいな、もっと時間が掛かると思っていたが……でも、肝心の生徒はどうやって集める?」


「うむ、逆臣どもから没収した金を使って急がせたからな。募集は、郷里ごとに試験をして優秀な者を帝都に集め、そこでまた試験をしてふるいにかける。最初なので定員は二百名程と抑え気味にしてあるのだがどうだろうか?」


「いいんじゃないか? 数を集めすぎて収拾が付かなくなるよりは、少数精鋭のがいい。そこからも離脱者は出るだろうし、半分の百人ってとこかな卒業できるのは」


「百か、そうだな……最初から高望みは良くないな。先ずは確実な一歩を踏み出して、それから次の一歩か」


 皇帝は窓の外に視線を向け、沈みゆく太陽の光に目を細める。

 つられてシンもまた窓を見て、同じように太陽の眩しさに目を細めた。


「試験の内容はどんな事をするんだ?」


「先ずは模擬戦と筆記試験を考えている。受かった者は帝都に集めてから、シンの考えた試験を受けて貰うことにした」


 シンは首を傾げ、考えるが試験の内容を打ち合わせた覚えは無かった。


「ふふふ、レオナの報告書に書いてあった竜殺しの死走デス・ランだよ」


「ああ、ってかレオナにそんな事をやらせてたのか!」


 皇帝は、お前が手紙を寄越さないからだとカラカラと笑った。

 シンは筆不精を自覚していたので言いかえすことができずにいた。


「なるほど、エル……一つ頼みがあるんだが……」


「なんだ? まさか試験官をやりたいと言うのではなかろうな、よせ、生徒が死んでしまうわ」


「違う、違う、一人試験を受けさせたい奴がいるんだが……」


 皇帝の目がすぅと細まる。

 竜殺しのシンの推薦する人物に興味が湧いたのだ。


「いいだろう、だが試験は受けて貰う。模擬戦闘と筆記試験もだ、よいな」


「ああ、ありがたい。それと少し話は変わるが、学校は武官だけでいいのか? 文官は育てなくても間に合っているのか?」


「それについては考えてあるが、武官ほどには平民に開かれた門とはなり得ないかも知れん。武官に比べると比ではない程の学力が要求されるからな。だが、学校は必ず作る」


 シンは顎に手を添えて成程と納得する。

 確かに文官となるには国語と算術、外国語も必要になってくるだろう。

 農民はこの時点で望み薄だ、商人ならなんとかこの条件をクリアする者がいるかもしれない。

 家庭教師を付けて学べる貴族が圧倒的に有利だろうが、これは仕方のないことだろう。

 平民には全くチャンスが無い今現在よりは遥かにマシだろうから……


「そこでだシン、お前に教師をやって貰いたいのだ。いや、なにずっとではない、帝都に立ち寄った時だけで良い。そこでお前が旅をして得た物を生徒に授けてくれればよい」


 要するに客員教授か、給料は出るのかと聞くと弾んでくれると言うので、深く考えずに了承した。

 この時は軽い気持ちで受けてしまったが、後で途轍もない後悔がシンを襲う事になる。

 この時良く考えて、エルの表情を良く見ていればと……


「ああ、それで試験はいつ行うんだ?」


「来週には各地で一次試験が始まる。お前の推薦者は帝都の試験を受けられるように計らっておく」


 シンは礼を述べると、皇帝は上機嫌で手を振り明日、宗教関係者を集めるのでもう一度神託の石を使ってくれと頼まれる。

 シンがお安い御用だと快諾すると、皇帝は再び政務を行うために、名残惜しげな表情を隠さずに別れを告げ退室した。


---


 翌日、宮殿にシュトルベルム伯爵も再び招かれて、シンと共に皇帝と朝食を共にするという名誉を授かるが、伯爵は見ているのもかわいそうなくらい緊張し、食が進んでいない。

 対照的にシンは、食事は取れるときにはどんな時でもしっかり取ると言わんばかりに、胃に押し込んでいく。

 その後、昼前に各宗教団体の者達が集まったので、応接室にて早速神託の石を使った。

 シン以外は何度見てもトランス状態になるらしく、伯爵も皇帝も宰相も再び神託を聞き入っていた。

 シンは先程紹介された宗教関係者の顔ぶれを見る。

 

 まず最大派閥の創生教、創造神ハルを主神として崇めいるフレルク大司教、歳は六十を超えているだろう鷲のような鋭い目つきと、長く良く手入れされた顎鬚が特徴的な老人で、シンが紹介されたときは胡散臭げな視線を隠そうともしなかった男である。

 今は這いつくばり、歓喜の笑顔と共に涙を流している。

 創造神ハルは万物を作りし神として大陸中で広く崇められているうえに、他の神たちの頂点に君臨する存在である。

 

 次に月と星の神アルテラを崇めている、星導教のカスパル大司教は穏やかな性格で民衆の人気も高い。開いているのか閉じているのかよくわからない眠たげな目をしていて、表情が全く読み取れなかった。

知恵と人の結びつきの神であるアルテラは、日本でいう所の菅原道真と大国主を足して二で割ったような神様であろうか? この世界では結婚式で誰もがお世話になるメジャーな神様であるらしい。


 最後は力と勝利の神ガルグを信仰する力信教、これは主に軍人が信者の実にわかりやすい神である。ザムエル大司教は若く四十代半ばであろうか? 盛り上がった筋肉が僧衣の中からその存在を主張している。顔も岩のように厳つく、僧衣を纏っていなければ誰も宗教関係者だとは思わないだろう。シンのことを鋭い目つきで値踏みするように凝視してきたのが印象的であった。


 やがて神託が終わり、それぞれの大司教達が正気を取り戻すと今後のことについて再び協議に入る。

 だが、その前に大司教達はシンの手を取り、神託を授かりし聖戦士殿と言い出し、是非総本山に赴いて欲しいと懇願しだした。

 予想外の展開にシンは驚愕し、皇帝に視線で助けを求めるが、神託を見た後の大司教達は興奮冷めやらず聞く耳を持たない。

 シンはやりたくはなかったが、やむを得ず創造神ハルの威光を借りその場を治めた。


「まずは神託の内容を協議することです。全てはそこから、神託をないがしろにしてはいけません」


 そう言われると大司教達は跪いて口ぐちに謝罪の祈りを上げ始めた。

 シンは内心辟易していたが、この世界には電波もインターネットも無い、情報を伝播するのは人の口が一番早く安上がりであり、宗教ならば国境を越えて情報を伝える事が出来て、他国の権力者にも注意を喚起できると考えていた。


「我ら創生教は創造神様の御心に叶うよう全面的に協力しますぞ」


 他の二人の大司教も口々に協力を申し出る。

 神の頂点である創造神ハルの神託に従神であるアルテラとガルグの大司祭が協力を拒むことは出来ない。

 具体的には、それとなく注意を喚起するように教義に神託の一部を混ぜ、自国他国を問わず権力者や有識者に教義を広め、いざという時のために備えさせること。

 聖職者や信者達に協力を求め、迷宮を見張らせたり情報の共有や速やかな伝達を図ること。

 侵略軍ではなく防衛軍としてならば軍事的にも帝国に協力することなどが提案され、それぞれの総本山に持ち帰って教皇や枢機卿などと協議することが決まった。


 各教団から神託を授かりし聖戦士と認定されてしまったシンは、事が上手く運ばなかった場合には、それぞれの総本山に出向くことを約束させられてやっと解放された。


「お疲れのようだな、聖戦士殿」


 皇帝ヴィルヘルム七世は満面の笑顔を浮かべてシンの肩を叩く。

 

「冗談じゃない、聖戦士って何だよ……そんなものになるつもりはないぞ」


 シンは疲れた顔で大きな溜息を吐きながら、不機嫌そうに口をへの字に曲げた。


「地位というものはな、必ずしもなりたくてなる物ではないのだ。総本山に向かう際には優秀な補助を付けてやるゆえ……だが気を付けよ、教皇や枢機卿はクセ者揃い。決して気を許すでないぞ。まぁ、しばらくは向こうの出方を待つしかないのだ、今の内に心身共に休息を取っておけ」


 シンは力なく頷くと、思考を切り替えて近衛騎士養成学校の試験について考え始めた。

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