世界に警鐘を鳴らす
近未来的な一見すると殺風景な部屋で二人の問答は続いていた。龍馬のサクラはシンの傍らに寝そべり、面白くなさそうに欠伸を繰り返す。
「そういえば中央管理施設は数百年後には機能停止に陥る可能性があると言っていたが、ここはどうなんだ?」
シンは管理者に会う機会など頻繁にあろうはずも無いと考え、出来る限りの情報を引き出そうと思っていた。
「そうですか、中央管理施設ですら数百年程度しか維持できませんか……こちらも似たようなものです」
「数百年後、この施設の管理が行き届かなくなるとどうなるんだ?」
「はっきりとしたことは申し上げられませんが、まず迷宮のモンスターの制御不能に陥った場合、今までは迷宮から出ないようにコントロールしていたのですが、モンスターが自由に迷宮から出られるようになります。それと、現在はモンスターを生産、再生しているのですがこの機能が停止すると迷宮からモンスターが発生しなくなります。素直に停止すれば良いのですが、もし生産施設が暴走状態になりますと資源が尽きるまでモンスターを生産し続け迷宮から溢れ出る恐れが生じます」
やはりな……シンの想像通りの返答が返ってくる。
「自分で機能が暴走する前に停止出来ないのか?」
「当園は未だ開発中であります……実質無期限延期状態ではありますが、そのためプログラム等に不備がございまして、如何ともしがたい状態になっております」
「最悪だな、作りかけのまま放置してあとはどんな被害が出ようと見て見ぬふりか、銀河連邦も臭いものに蓋をしただけで誰も責任をもって管理しようとは思わないわけだ……クソが、悪い意味で何千年、何万年経とうとも人類はあまり変わっていないんだな。それともこの星の人類はもう一人歩きしていると見たのか?それくらい自分達でどうにかしろってことか?」
「私にはお答え致しかねます。そこで、真一様に一つお願いが御座います」
そう言うとハルは手のひらに収まるサイズの小さな正四面体の物体を、シンに渡して来た。
「これは?」
「それは私から現生人類に対するメッセージが入っています、使い方は後で教えましょう。真一様の記憶を覗かせて頂いたときに、この地を治める権力者達と接触していることがわかりました。このメッセージをその者達に見せて頂きたく思います」
「どんな内容なんだ? 内容によっては拒否させてもらうぞ」
「メッセージの内容は、先程申し上げた世界各地にある施設の機能不全のことを、出来るだけ自然に彼らの文化、風習に沿って伝えたものです」
シンは驚きのあまり目を見開き、手のひらの物体に視線を落とした。管理AIが現生人類の心配をするとは思いもよらなかったのである。
「どうして? この行動は施設管理AIの行動を逸脱しているのではないか?」
ハルはそっと目を閉じ、静かに思いを語り出した。
「確かに、管理AIの行動としては正しい行動とは言えないでしょう。我々管理AIは作られた時に疑似人格を与えられました。私はこの試練の迷宮の管理AIとして作られ、この迷宮をクリアした者に神として接するように役割を与えらたのです。その後もより完成度を高めるため、私は現生人類の事を調べ続けました。そうしている間に、私に感情……いえこれも恐らく神として振る舞うように仕組まれていたプログラムなのでしょうが、プレイヤーだけでなく現生人類も慈しむようになったのです。故にそれは神としての振る舞いの範疇であると判断し、行動を起こすことにしたのです」
人工知能が感情を持つか……数千年の時間があったし、ありえない話ではないかもしれない。
このハルの言う事を鵜呑みにしていいのだろうか? だが、他にこの世界の未来に対して警鐘を鳴らす方法は無いだろう。
俺はいい、どうせ長生きしてもあと数十年の命だ。
だが、もし俺が結婚でもして子供が生まれたら? 何も知らない子孫が途轍もない被害を被ることになるかもしれない。
結婚なんてしないかもしれないし、する前に死ぬかもしれないが打てる手があるのなら打って置こうではないか。
「わかった。この装置の使い方を教えてくれ」
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柔らかな日差しと、時折吹くそよ風にシンは目を細めながら大きく伸びをする。
シンが迷宮で行方不明とされてから七日後、迷宮の入口に転送された一人と一頭は、地上に出た開放感に全身で喜びを示していた。
「う~ん、やっぱり太陽の光はいいな! 風も心地いいし最高だな、なぁサクラ」
龍馬のサクラも目は眩しそうに細めてはいるが、喉をゴロゴロと鳴らしていてご機嫌の様子である。
「よし、取り敢えず皆の所へ戻るか。行こう、サクラ」
突然、迷宮の入口からシンが出て来たのを見た衛兵たちは、皆口をポカンと開けて呆然としてしまう。
「り、竜殺しのシン、碧き焔のシンだよな? お前、生きていたのか! こりゃ大変だ、伯爵様に急いで知らさなければ!」
シンに確認を取るや否や、大慌てで衛兵の隊長が走り去って行った。
「勝手に殺すなよ、足だってちゃんとあるだろう? おい、伯爵様に知らせるって何をだ?」
シンが残っている衛兵の一人に話しかけると、話しかけられた衛兵はぎょっとしながらシンの顔と足を交互に見てから答えた。
「あ、ああ、お前さんが迷宮で行方不明になったってもんだから、伯爵様が捜索隊を出そうと手配している最中だったのさ」
「そいつは悪いことをしたな、伯爵様には用もあることだし早めに顔を出した方がいいな、こりゃ」
「そうしてくれ、それにしてもよく生きて帰って来たな。もう駄目かと思っていたが、流石竜殺しなだけはある」
シンが本物で生きているとわかった衛兵たちは集まり、口ぐちに無事の生還を喜ぶ。シンは謝辞を述べてその場を後にし、郊外の牧場へサクラを預けるために向かう。
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「シュヴァルツ、どうして言う事を聞いてくれないの? お願い、時間が無いの、ちゃんと言う事を聞いて頂戴!」
レオナは今日も自分の龍馬であるシュヴァルツシャッテンをポーターにしようと調教をしていたが、今日はいつもにも増して言う事を聞いてくれない。
朝からソワソワと落ち着きが全く無く、レオナの言う事などまるで聞いていないかのような振る舞いに、若干腹を立てていた。
手綱を離した瞬間、シュヴァルツシャッテンは待ってましたと言わんばかりに、牧場の入口へと全力で走り出した。
慌ててレオナも追いかけるが、龍馬の速さに追いつけるはずも無く、見る見るうちに離されていく。
息を切らせながら追いかけて行くと、複数の龍馬の鳴き声が聞こえて来る。
まさか……息切れ激しい体に鞭を打ち全力で走るとその先に見慣れた黒い大男が二頭の龍馬と戯れているではないか。
「っ……ン様、シン様!」
弾丸のように勢いを殺さずに大男の胸に飛び込む。大男はよろめきながらもしっかりと勢いを殺しながら受け止めると、照れて困ったような表情を浮かべた。
「ただいま、レオナ。心配かけてごめんな、皆も無事か?」
レオナは答えず大粒の涙を流ししゃくり上げる。
シンは片手で抱きしめ、もう片手で頭を撫で落ち着かせようと努めるが一向に泣き止む気配が無い。
感情豊かに揺れ動くほんのりと赤く染まった耳を摘まむと、不意を突かれたレオナが色っぽい声を上げ、直後に猛然とシンを睨み付けて来た。
シンは、謝りながら牧場で何をしていたのか聞くと、シュヴァルツシャッテンをサクラのようにポーターとするべく調教していたと聞き、調教に悪戦苦闘していたころの自分を思い出す。
「上手く行かないだろ? 最初は俺も苦労したからな。上手くやるにはコツがあるんだよ、コツがな」
大声で笑いながら戯れ合っている二頭の龍馬を牧場へと戻すべく手綱を取りに行った。




