またまた改造人間
昨夜ログイン障害で繋がらなかったので、朝出る前に投稿します。
創造神ハルこと迷宮管理AIハルは、修復されていくシンの身体を見て不可解な点だらけなことに気付いた。
シンのボディが未調整なこと、元の身体のパーツを強引に移植してある事、脳内に埋め込まれているプレイヤー情報を記した生体チップに異常が見られることなど、通常ではありえない処置が施されているのを見ると、脳内から記憶を閲覧し事情を把握し対処することにした。
「これは……当園が開園したのではなくゲートの劣化による事故によって迷い込んだ古代地球人と認定されている。プレイヤーでは無いと言う事か……通信網が断たれて久しい中央管理施設の事も把握出来たのは幸いである。疑似人格を与えられたとはいえ、直接人間と接触の無かった中央管理AIはまた随分と機械的な処置をしたものだな。外的刺激を断たれて人格の形成に支障が出たか。当施設で施せる処置はボディの調整と生体チップの修正、早速取りかかろう」
宮管理AIのハルはシンの身体を一瞥すると、半透明のスクリーンを宙に出し各所の調整と修復作業に取り掛かった。
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シュトルベルム伯爵の出した早馬が帝都に到着したのは、シンが迷宮で行方不明とされてから六日後の朝であった。
使者の言と現時点での報告が書かれていた手紙を見た皇帝、ヴィルヘルム七世は傍らに控えていた宰相エドアルドの顔をちらりと見た後、顔を引き攣らせながらもう一度手紙を見た。
「陛下、捜索隊をお出しになりますか?」
エドアルドが若き皇帝を試すように問う。内心でヴィルヘルム七世はこの様な時に自分を試す宰相に怒りを覚えたが、顔には出さず平静を装いながら返答した。
「いや、その必要は無い。シンの信頼する仲間が嘘をつくはずもない、十日後……つまり後四日後にはシンは戻ってくるだろう、何の心配もいらぬわ」
使者は無礼を承知で皇帝の顔をちらりと覗き見ると、そこには神色自若とした皇帝の姿があった。
シュトルベルム伯爵家に皇帝が責を問う様子が無いことを知り、安堵する。
一方で宰相は皇帝の聡明さを改めて思い知ることとなる。
もしここで捜索隊を出せば、臣下でもないシンに対する寵愛ぶりを貴族達は快くは思わないだろう。
まだまだ足場を固めたい時期でもある、貴族達との間に要らぬ波風は起こしたくは無かった。
使者を労い、十分な休息を取るように言い渡し下がらせた後、宰相は一つの懸念を口にした。
「陛下、ここだけの話、シンは王侯貴族かそれに準ずる身分の者と私は考えております。学力といい、年の割には見識高いところといい、幼少より叩き込まれたであろう不思議な剣術といい平民であるとは思えませぬ」
皇帝もそれは感じていたし、ハーゼ伯爵もそのような見解を示していたのを思い出す。
「だが、シンが言うには国に貴族はいないと言っておったではないか」
「ですが、皇帝はいると言っておりました」
「……卿の言いたいことはわかった。つまりシンは皇帝に連なる者だと言いたいのだろう?」
「はっ、御明察恐れ入ります。宮廷などのしきたりなどに不慣れなところをみますと、皇室の御落胤などで市井にて育てられたのかも知れませぬな」
「前にハーゼも言っておった、どこかちぐはぐな感じを受けたとな……卿はこの後こう言いたいのであろう? もし、シンが遠国の皇室の出だとすれば国際問題になるやも知れぬと」
「はっ、その通りでありますれば、この件如何にいたしましょうか?」
「卿の優しさに感謝するぞ、だが兵を出すにはちと無理がある。シンが自分が遠国の皇族だと公の席で話したならともかく、そうではない。憶測に過ぎん以上、動くわけにはいかんよ」
「出過ぎた事を申しました。臣の不見識お許し下され」
皇帝は片手を上げ、宰相を労うと暫し休憩すると言い残して執務室を去る。
中庭で妻が朝日を浴びながらお茶を嗜んでいるのを見て、ヴィルヘルム七世は自分も一服して気を落ち着かせることにした。
「ごきげんようマルガ、我が子は息災か?」
立ち上がって返礼しようとする皇后を手で制し、皇帝は対面の席に腰掛ける。
お茶の用意を侍女にさせ、少しの間二人きりにしてほしいと言って下がらせた後、皇帝は重い口を開いた。
「マルガよ、皇帝とは平民にも及ばぬ存在であると痛感させられたわ」
皇帝に勝るとも劣らぬ聡い皇后は笑顔を絶やさずに、茶菓子を勧める。
「……シンがな……迷宮で行方不明になったそうだ。絶対権力を持っている皇帝という地位にあって、友の危難に際して何も出来ぬとはなんとも情けない限りではないか」
皇后は事の詳細を聞いた後、皇帝の髪を指で軽く梳き、撫でながら言う。
「お話を聞いた限りでは、お仲間の方々はシン殿を信じて待っておいでの御様子、陛下もシン殿を信じてあと四日お待ちくだされば良いではありませぬか。神様云々の件はよくわかりませぬが、もし本当に創造神様が約束なされたのであれば、何も心配はございません。明日、神殿に共に拝礼に行きましょう」
「すまぬな、愚痴をこぼせるのはそなたしか居らぬゆえつい甘えてしまう。我が子が産れるまでは余だけのマルガであってほしい」
ヴィルヘルム七世は大きく息を吐きしばらく空を見つめて心を静めた後、皇后に軽く口づけすると英邁なる皇帝としての仮面を被り直し再び政務へと戻って行った。
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治療を受けてから六日目の朝、シンは目覚め治療室から解放された。
周りを見渡せば、かつての中央管理施設のような科学文明の粋を極めたかのような異質な空間に、僅かだが懐かしさを感じた。
迷宮管理AIのハルに案内され着いた部屋には、シンの装備とそれを守るかのように鎮座している龍馬のサクラが居た。
サクラはシンを見るとすぐさま立ち上がり、身体ごとぶつかるように駆け寄るとシンの顔を大きな桃色の舌でベロベロと舐めまわす。
病み上がりの身体には持て余すような熱烈な歓迎にシンは辟易しながら、サクラを撫でまわし今までの労を労った。
サクラも怪我をしていたので治療を施したとのこと、暴れなかったかと聞くと催眠状態にしたので問題は無かったと言われ、改めてシンの知る科学力を遥かに凌駕する文明の存在に背筋が寒くなった。
「プレイヤー名、真一様の現在に至るまでの状況は失礼ながら記憶を拝見させて頂き、把握しております。真一様には負傷の治療の他に、ボディの調整もさせて頂きました」
「調整? どういうことだ?」
「真一様の現在お使いになられているボディは、未調整のおそらく規格外として弾かれた物であると思われます。プレイヤーとしてのポテンシャルを十分に引き出す事が出来ない部分を修正しておきましたので、以後は今回のようなマナの滞留による器官の破裂などは起こらないかと思われます」
「あれってつまりは体の不具合ってことなのか?」
「簡単に言えばそうなります。本来身体を循環するか、体外に放出するかするべきマナが体内の一部で留まってしまう現象により今回の事故が起きてしまいましたが、未調整だったが故の事故でありまして調整後はこの様なことは起こらないと思われます」
シンは再生した両手を握ったり開いたりして具合を確かめる。
「わかった。治してくれてありがとう」
「それと脳内に埋め込まれている生体チップも不具合を起こしておりましたので修正しておきました」
「は? 俺の頭の中に何か入っているのか?」
思わず頭に手をやり、髪を掻き分け頭皮に触れる。
「御安心を、生命活動に何ら支障をきたす物では御座いません。この迷宮は試練の迷宮と言いまして、本来ならば生体チップを入口で読み取り敵の強さの調整などを行ったりするのですが、真一様に埋め込まれていた生体チップは異常をきたしており読み取りに不具合をおこして、敵の強さのレベルを大幅に引き上げられてしまっていたのです」
「え? じゃあ本来ならばもっと敵は弱かったってこと?」
「当園はあくまでもテーマパークであります。お楽しみ頂くために接戦を演出する事はあっても、戦力差が偏り過ぎている戦いを強いるような事は本来ならばありえません」
確かに思い起こせば、ミノタウロスには完全に力負けしたし、骨で出来た異形の四本腕の戦士にも一人では完全に負けていた。
どれも紙一重の戦いばかりであり、パーティメンバーの奮闘によりシンは生き残ることが出来たのだ。
「だが、まぁ何とか乗り越えることが出来たぜ。仲間が優秀だったからな、じゃあもうあんな強い連中は出てこないってことか?」
「私の管理するこの試練の迷宮においてはそうなりますが、他の管理者の迷宮や野生個体についてはその限りでは御座いませんのでご注意下さい」
つまりはヤバイ奴等がこの世の中にはまだまだ沢山居るって事か、正直言って怖いが……面白くもあるな。
シンは鳥肌を立てると共に心の奥底から燃え上るような闘志も感じていたのだった。