それぞれの思い
最近少し忙しく、投稿時間が遅くなってしまい申し訳ありません。
迷宮都市カールスハウゼンのメインストリートを一台の馬車が走る。
その馬車は一目で貴族の馬車だとはわかるが、華麗さよりも質実剛健といった造りをしており乗っている人物の性格を如実に表していた。
馬車の中でシュトルベルム伯爵は眉間に皺を寄せ顎に手を置き唸っている。
同乗している家令のデムバッハはその様子を見て、まるで機嫌の悪い猛獣が喉を鳴らし警告しているようだと思ったが、間違っても口には出さない。
伯爵は意外と繊細で自分の厳つい容姿について甚く気にしているのである。伯爵が大きくため息を吐いたのを見てから、デムバッハは自然な風を装って声を掛けた。
「伯爵様、如何いたしましたか?」
眉間の皺は刻んだまま、面白くなさげに伯爵は答える。
「どうもこうも……竜殺しのシンがまさか死ぬとはな……いや、まだ決まった訳では無いが……」
「ですが、迷宮の深層ではぐれたとあっては流石に……それとも伯爵様はあの者達の言っていることを信じておいでで?」
「う~む、嘘をついているとは思えんのだが、突拍子もない話ではある。神か、もし本当ならおいそれと口に出すことも憚られる……それは置いておくとしても、シンの事をどうするべきか……」
「人の口に戸は建てられませぬ。何れは国中に広まるでしょう、そこで一つ提案があります」
「何だ?」
「伯爵様と竜殺しのシンは懇意であると世に知られております。このまま放置いたしますと伯爵様の名に傷がつく恐れがあります。無駄だとわかっていても一応の捜索隊を出すか、あるいはギルドに捜索の依頼を出すなりした方がよろしいのではないでしょうか?」
「もっともな意見だ、シンが行方不明になって怖気づく者も多々おろうが、高額の懸賞金を掛ければ迷宮に潜る者も出て来るであろう。それで迷宮産の素材の供給も途切れることは無いじゃろう」
伯爵個人としてはシンを気に入ってはいたのだ。
伯爵はおそらくシンは生きてはおるまいと考えていた。
故人を政治や経済に利用する事は好まなかったが、統治者としてなら幾らでも利用する気でいた。
伯爵領に住む人民の命と生活の為ならば幾らでも冷酷になる腹積もりであったのだ。
統治者としての面と、個人としての伯爵の違いを知る者は家族と近しい者たちだけである。
その中には家令のデムバッハも含まれていた。
故に伯爵が自分から非情な策を口に出す前に、先回りして意見具申をしたのである。
伯爵は馬鹿では無い。
家令の心遣いに直ぐに気付き、口には出さず感謝した。
「それともう一つ問題がある。こちらの方がある意味大事だ……陛下に何と申すべきか……」
その呟きを聞いたデムバッハも額に手をやり顔を持ち上げた。
皇帝とシンの友誼は広く知れ渡る所である。
どう話せば勘気を被る事無く収められるか……場合によっては伯爵家そのものが危うくなる可能性も秘めている。
「ここは誠実さを見せた方が良いかと、隠しおおせる事ではありませんし。先の案もやはり捜索隊を伯爵家も出した方がよろしいでしょう」
「儂が見誤っていたのだ、冒険者には二種類ある。富貴を目指す者と、知識欲や探究心を満たしたくて冒険者になる者とな。最初は地竜の素材を売りに出した時は前者だと思っておった……だが、纏まった金を手に入れても迷宮に潜る所を見ると後者だったのだな。爵位を授けようとした陛下を袖にしたと聞く、その話を聞いた時点で気付くべきであった。探究心などを満たす為に、周りを顧みず無茶をする者も多いと聞く。こうなったのも必然か……もっときつく手綱を持つべきであったな」
主人の長い後悔を含む独白を聞き、デムバッハもいささか冷静さを取り戻す。
主従二人で長い溜息を吐いた後、腹を決めた伯爵はデムバッハに今後の事を告げた。
「お主の言う通りにする。先ずは皇帝陛下の元に早馬を出す。内容は碧き焔の言っていたことをそのまま伝える事とする。それと近日中に……彼らの言っていた十日後を目安に捜索隊の派遣とギルドに依頼を出すことにしよう」
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夕暮れに染まる郊外の牧場で、レオナは龍馬シュヴァルツシャッテンにポーターとしての調教に勤しんでいた。
成果は芳しくなく、シンがどうやってサクラをあれ程までに仕上げたのか不思議に思っていた。
シュヴァルツシャッテンは龍馬として騎乗する分には完璧といっていい仕上がりであり、レオナにも懐いていたが、いざポーターとして調教をしてみると全くと言っていいほど言う事を聞かない。
シンが最初に龍馬のサクラをポーターにと言い出した時には頭を抱えたが、あれ程優秀なポーターは探しても中々いないであろう。
持てる荷物の重量は人間の比では無く、戦闘力も申し分ない。
パーティメンバーとしてサクラに戦いで何度も助けられている。
そして鋭い感覚による索敵、特に暗闇でもある程度目が見えるのは大きかった。
自分でやってみて初めてサクラをあれ程までに調教したシンの凄さに気付いた。
シンはどうやってサクラを手懐けたのか? これには種も仕掛けもあったのだ。
シンは犬の調教をまねて、命令をちゃんと聞いたらご褒美をあげていた。
ただそれだけだが、効果は絶大で元々賢く人懐っこかったサクラは、今まで以上にシンの言う事を聞くようになったのである。
このままでは十日後、シンが戻らなかった時に探しに行けないではないか……シンの護衛を果たせば然るべき地位に引き上げるという皇帝陛下の下した密命の為……いや、今はそうではない。
レオナは気が付いていなかった、あえて自分で気が付いてないふりをして自分を偽っていた。
自分がシンに惹かれていると言う事を……思えば今まで恋をしたことなど無かった。
特殊な出自故に蔑まれるか、ハーフエルフで整った顔立ちと父親が貴族のため、下心を持って近づいて来るかのどちらかの男しかいなかったのだ。
容姿や地位では無く実力を評価してくれたのは、シンが初めてだった。
エルフを見るのは初めてだと言って、耳を触ってくるのはくすぐったくて困ったものだが、戦闘に於いては勇猛果敢で決断も早く、難敵に堂々と立ち向かう様はお伽話の英雄を彷彿させた。
さらに聞いたこともないスポーツ科学とか言う特殊な考えを取り入れた訓練をし、その効果が短期間で現れると畏敬の念を抱かざる負えない。
碧き焔を任された自分は一体どうすればいいのか、レオナは自分に問いかけるも答えは返ってこない。
カイル、クラウス、エリーをどう引っ張って行ったらいいのか、それすらもわからない。
元々人に使われる身分であり、さらに単独行動が多く他人の人生を背負うような今の立場を経験したことは無い。
これはシンも同じでかなり悩んでいたが、誰にも漏らさず顔にも出さないように努めていたため知られてはいなかった。
初めて背負った重圧にレオナは息苦しさと、改めてそれらを今まで背負いながら戦って来たシンに畏敬の念を越えた感情を抱くのであった。
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クラウスは宿に戻ると直ぐに一人酒を浴びるように飲んだ。
誰が話しかけても返事すらせずにひたすらにアルコール度数の高い酒を、味わいもせずにただ胃に流し込む。
次の日の朝になっても飲み続ける姿を見たカイルが、酒の入ったジョッキを取り上げる。
「何しやがる、カイル!」
カイルはジョッキの中身を窓から捨てると、クラウスを睨み付けた。
「クラウス、飲んだくれてる場合じゃないだろう」
「いいか、カイル! 神様なんかいねぇ、俺は神様なんか信じてねぇ! 師匠は、師匠はもう……」
「それは僕も同じだ。神様なんかこれっぽっちも信じてなんかいやしない。だから、だから僕は迷宮に再び潜り師匠を迎えに行くんだ!」
「神様を信じていないのは私もよ……むしろ神様を恨んでいるわよ。私も勿論行くわよ」
いつの間にか二人の後ろにエリーが立っていた。涙の痕がまだ残る顔には強い決意が表れていた。
「勝算はあるのかよ? 六層まで俺たちだけで行けるのか? 無理だろうが!」
「クラウス、君は勝算が無ければ諦めるのか? 師匠が一人待っているのに諦めるのか!」
カイルが荒々しくクラウスの胸倉を掴み無理やり立たせる。普段のカイルに似つかわしくない行動にクラウスの酔いは一気に醒めた。
「なら俺はどうすりゃいいんだ! 教えろよカイル! 俺はどうすればいいのかを」
「どうすればいいのかじゃなくて、大事なのはどうしたいのかでしょう?」
エリーが優しく諭すように言うと、クラウスは静かに瞼を閉じた。
「エリー……俺は、俺は師匠を救いたい……二人ともすまない……おかげで目が覚めたぜ、顔洗って来る」
三人はまず武器の手入れから始める。
準備には時間が掛かるもので、再び潜れるのは一週間後位にはなりそうであった。
シンと共にサクラが居るのならば、食料は問題ない。
サクラにはパーティメンバーの分の食料も積んであるので、節約すれば一月近くはもつだろう。
だが、怪我の問題がある。
早く救い出すのに越したことはない。
三人は毎日限界近くまで訓練に励み、武具の修理が終わるのを待っていた。
 




