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帝国の剣  作者: 0343
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 淡く光り輝き音も立てずに地面を滑るようにして移動するそれを見て、全員がまるで金縛りにあったように動けなくなった。

 辛うじてレオナが口を開くが、口から出る言葉には畏怖が混じっており、目の前の存在が尋常でない事を示していた。

 無学な若者の三人ですら、それが神と呼ばれているであろう事が直感的にわかってしまう。


「さぁ、願いを一つだけ叶えてあげましょう。ただし、私に出来る範囲内の事ですが」


 パーティの皆がシンの顔を見る。

 その顔はどれも悲嘆の涙に濡れ沈んでいたが、神の一言に僅かな光明が差したかの如く、目に希望の明かりが灯り始めていた。


「何でも叶えてくれるのか?」


 そう神に問うたのはクラウス、涙を腕で拭い赤く腫れぼったい目で神を直視する。


「さぁ、望みを言いなさい」


 クラウスは皆の顔を順に見る。カイル、エリー、レオナは頷き、クラウスの望みと同じだと無言の意思表示を示した。


「師匠を、俺の師匠である竜殺しのシンの身体を治してほしい」


「その願い、聞き届けましょう。この者の怪我を治し無事に地上に送り返すと約束しましょう」


 いとも容易い事と言ったように、創造神ハルは後ろ振り返る。

 何時の間に復活していたのだろうか? ストーンゴーレムが近付いて来るとシンの身体を持ち上げて、これもまた何時の間に出来たのであろうかわからない転送陣に乗ると、一瞬の内に転送陣ごと姿が掻き消えてしまった。


「あっ、師匠!」


 カイルが慌てて転送陣のあった場所に駆け寄るも、そこにはもう何も無く普通の地面があるだけであった。


「ご心配には及びません。必ずや約束は果たしましょう、あなた方はこの転送陣で地上にお送りしましょう。用意が出来次第これに乗って地上へと戻るが良いでしょう」


「シン様は? シン様は何時お戻りになるのでしょう?」


 いつもの気丈さは失われ、弱々しく肩を落としているレオナが創造神ハルに問いかける。


「そうですね、万全を期して一週間から十日程でしょうか……きちんと地上へ送りますのでご安心を」


 レオナは深々と頭を下げる。

 それを見た皆も同じく頭を下げ、口ぐちにシンを頼むと懇願する。

 創造神ハルの指差す転送陣にパーティは集まるが、龍馬のサクラがシンを探して言う事を聞かずにうろつきまわる。

 誰が宥めても言う事を聞かず、怪我をした体を引き摺って唸りながら部屋の中を歩き回る。


「そのドラゴンホースも私が預かりましょう。治療してかの者と共に送り返しますので、安心して行きなさい」


 創造神ハルにサクラも任せることにした一行は転送陣に乗る。

 ほんの一瞬、浮揚感を感じ皆は思わず目を瞑る。

 僅かな時の後、恐る恐る目を開けると一行は迷宮の入口に立っていた。

 眩しい光が天から降り注ぎ、爽やかな風が身体を優しく撫でる。

 誰もが待ち望んでいた地上への帰還、だがそこにはシンの姿は無い。

 崩れ落ちるように皆が膝を着く、その顔には無事に生還した喜びの色は無く、不安と疲労の混じった翳りが現れていた。


 レオナはシンの発した最後の言葉を思い出すと、脚に力を込め立ち上がり自分の役目を果たすべく心中で気合いを入れる。


「さぁ、一度宿に戻りましょう。神が約束を違えるとは思いませんが、十日経ってもシン様が戻らなかった場合にはもう一度潜って迎えに行きます。だから念のため各自体調と装備を整えておくように」


 レオナの一言でカイル、クラウス、エリーは立ち上がる。その眼はもう涙に濡れてはおらず、強い意志の光が宿っていた。

 その中でクラウスのみが、いつまでも肩を落としていたが……


---


 シンはバスタブのような入れ物に裸で横たわっていた。

 鼻と口には呼吸をするためのチューブの着いたマスクがあてがわれており、息苦しさは感じていない。

 やがてドボドボと音を立てて濃い緑色の液体がバスタブを満たしていく。

 入浴剤のようだなと少しぼやけた感じの目でそれが身体を覆うのを見ていた。


「聞こえますか? 聞こえていたら頷くかそれが無理なら瞬きをしてください」


 以前にも聞いた甘いソプラノのような声、惑星管理型AIのハルの声だ……言われた通りに頷こうとするが体に思うように力が入らない。

 仕方なく瞬きを数度繰り返した。


「プレイヤー名、佐竹 真一様で間違い御座いませんね? では、現状の説明をしたいと思いますがよろしいでしょうか?」


 シンは同意の瞬きを繰り返す。

 ハルは頷くとシンに見えるように小さなスクリーンを空中に浮かばせ今の状況を説明し出した。


「現在、真一様の身体には大小三十二ヶ所の擦過傷、十八ヶ所の骨折、両肘から下は手としての機能を完全に失っております。これらの治療におよそ五日程かかりますがよろしいでしょうか?」


 シンは宙に浮かんだモニターに映し出された自分の身体の傷を見て思わず眉を顰めた。

 特に肉が爆ぜ骨が僅かに残っているだけの腕の部分を見たときは、絶望しかけたが間髪入れずに再生可能ですとハルに言われほっと胸を撫で下ろす。

 これだけの怪我を僅か五日で完治すると言われ、驚くと共に進んだ科学文明に感謝した。


 完治するまでの五日間、シンは暇を持て余していた。

 時折ハルが様子を見に来るが、それ以外は誰も来ず、体は相変わらず身じろぎさえ出来ない。

 痛覚などの感覚はどういうわけだか切り離されており、それはそれで助かるのだが、動くのは瞼のみという状況は何とも言い難いもどかしさを感じた。

 一日のうちで起きていられる時間はあわせても数時間程度であったが、考える事以外は何も出来ず精神的苦痛を感じずにはいられない。

 仕方がないので迷宮での数々の戦闘を思い出し、分析と反省点を洗い出すと脳内で戦闘シミュレーションを繰り広げた。


---


 竜殺しのシン、迷宮から還らずの報に迷宮都市カールスハウゼンは騒然となった。

 ハンク達暁の先駆者も慌てて黄金の楓亭にやって来て事情を聴くが、神に会ったなどと言うレオナたちを見て眉を顰めた。

 迷宮の地下で創造神ハルに会った事を話しても誰も信じない。

 むしろパーティリーダーのシンを失って気が触れたのだと言う者さえ出る始末である。

 ハンク達も最初は同じように悲しみで現実逃避しているのだと思っていたが、遅くても十日後にはシンが戻ってくると言われ、それで気の済むならばそれまでは放って置くことにした。


 シュトルベルム伯爵もその知らせを部下から受け、黄金の楓亭に足を運びレオナ達から話を聞いた。

 神については半信半疑と言った所であったが、最下層が六層であることや、持ち帰ったミノタウロスの角などを見せられると、貴重な情報を後日ゆっくりと彼らの精神が落ち着いてから聞きたいと思い、十日後にシンが帰って来なかったら再び迷宮へ潜ると息巻く彼らにその場では許可を与えたが、後で部下に迷宮の入口で人数不足を理由にして止めるように言い渡した。


 レオナ達は、帰るや否や再び迷宮に潜る準備をし出す。

 武具を鍛冶屋に修理と手入れに出し、保存食や薬草を買い集める。

 レオナはシンが龍馬のサクラをポーターとしてパーティに加えたように、自分の龍馬のシュヴァルツシャッテンをポーターとして潜れるように調教を施し始めた。

 カイル達も、帰って来て体を休めた後、次の日からいつも以上に訓練に励む。

 その姿を見た大半の人は痛々しい目で見ると共に憐れみを感じていたが、当人たちはそのようなことは微塵も気にせずに黙々と再突入の準備に取り掛かっていた。

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