異形の戦士
生物の気配が全くしない静寂の中、規則正しく配置された通路や部屋を丁寧に調べながら先へ進んでいく。
上に戻る道、若しくは階段を探すが、今の所それらしき物は発見出来なかった。だが、部屋と通路を虱潰しに調べることにより、幾つかの宝箱を見つけることが出来た。
「よし、この小部屋で少し休憩しよう。ここなら入口を見張っていればいいだけだしな」
探索が長引くことを考え、薄暗く狭い石室のような小部屋で交代して休憩を取ることにした。先ずはレオナが歩哨に立つ。皆思い思いにくつろぎ始める中、シンがクラウスに魔法で即席に作った白湯の入ったカップを手渡しながら問う。
「クラウス、お前まだ騎士になりたいか?」
「そりゃ、俺の夢だしなれるならなりたいよ。でも……無理だろうな」
「どうして無理なんだ?」
「俺は農民の子だし、家柄もなけりゃ位を買う金もない。ああ、違うんだ、別に冒険者で金持ちになって騎士の位を金で買いたいわけじゃないんだ。……騎士か……いくら鍛えても結局は無理なんだよな」
「もし、もしもだが、農民の子が騎士になるチャンスがあるとしたらどうする? 挑むか?」
「そりゃそんな機会があればやるさ! でも、そんなのありえないよ」
「……夢か……クラウス、さっき俺は偉そうにお前に色々言ったけど、少なくともお前は俺より先に進んでいるな。俺はまだ自分が何を成して生きていくのか、どの道を進むのかまだ迷っている最中だ……」
「師匠……」
「さて、今の内に体力を回復させておこう。おそらく中央の神殿みたいな建物に上に行くか下に行くかわからないが、階段なり道なりなんなりがあると思うんだが……なるべくなら行きたくないな、また地竜やミノタウロスみたいなやっかいな敵がいる気がしてならないんだよなぁ」
シンが顔を顰めながら呟き、おもむろに天国丸を抜くとうんうんと唸りながら刀身をじっと見つめる。やがて薄っすらと刀身が光を纏い始め、シンが大きく息を吐くと光は徐々に小さくなり消えて行った。
「「師匠、今のは?」」
クラウスとカイルが、抜き身の天国丸を食い入るように見ながら同時に問う。
「うん、今のは純粋なマナを刀身に流し込んでみたんだ。クラウスやエリー、レオナの武器と違って天国丸そのままだと霊体を斬れないから、こうしたらもしかして斬れるんじゃないかなぁと思ってな」
シンの言葉を最後まで聞く前に、カイルは自分の腰に差す岩切を抜きシンの真似をしてマナを流し込む。しばらく同じようにうんうん唸りながら続けていると、一瞬だけ刀身が煌びやかに輝いた。
「出来た! でもすぐ消えちゃった……」
肩をしょんぼり落とすカイルに、シンは笑いながらある提案をする。
「いや、別に一瞬でいいんだ。斬るその一瞬だけマナを刀身に込めればいいからな、これでもし霊体を斬ることが出来るか試してみて、もし出来たならば中央の神殿に乗り込もうと思ってる。食料の問題もあるし、何よりここは壁抜けしてくる霊のせいでゆっくり眠りこける事も出来ないからな。さっさと六層に降りたいとは思っているんだ」
エリーが激しく何度も縦に首を振って頷いているが、エリーの場合は食料や睡眠云々ではなく単に霊が怖いからだとわかっている皆は、口元に笑みを浮かべる。
「今は少しでも休もう。そして適当な霊体を探して試してみてから、またどうするか皆で考えよう」
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充分とは言えないまでも交代で休息を取り、若々しい体に活力を取り戻した一行は、計画通りにシンとカイルの新しい技の試し斬りをするために霊体を伴うアンデッドモンスターを探し、神殿周辺を彷徨い歩く。
上空に浮かんでいるスプライトの光が降り注ぎ、一行とその周辺を明るく照らしている。神殿の影とシンの影が一瞬だけ交わった後、シンの影が大きく揺らいその瞬間、影の中から真黒な人型のモンスターが突如現れ背中に張り付いて恐るべき力で両手で首を絞めだした。シンの顔色が瞬く間に赤くなり、間をおかず黒味を帯びて行くのを見て、カイルが抜き打ちの一撃を放つが、影を斬ることは出来ず空を斬る感触だけがその手に残る。シンも振りほどこうとして、首にかかる手を掴もうとするも影を掴む事は出来ずに、ただもがき苦しむ事しかできない。クラウスが近付く素振りを見せた瞬間、背後から新手の影が突如現れて、シンと同じように背後から首を絞めようと両手を伸ばして来た。レオナが素早く前に出てクラウスの背後の影を横に斬り裂くと、影はもがき苦しみながら再び闇へと溶け込んで行った。
シンは顔を赤黒く染めながら、カイルの刀に目線を落とす。視線に気づいたカイルは大きく一呼吸すると、刀身にマナを込めて影を背後から縦に斬り裂いた。手応えは先程と同じく空を斬った感触しか無かったが影は二つに裂けた後、形を保つことが出来ずに闇に消え去った。咽ながらシンはパーティにここからの移動を促す。互いに背後からの襲撃に備えつつ、神殿外周部を回り正面入口前で一旦停止した。
「カイル、上手くいったな。助かったぞ、ありがとう」
「いえ、でもこれで僕も師匠も、霊体とも戦えますね!」
「ああ、だがあの影のモンスターは危険だな。なんせ接近してくるのが全く分からない、音も立てないし姿も見えないからな。やはりここ五層は一気に突破したい、そこで今から神殿に突入しようかと思うが異存はあるか?」
皆を見回してみるが、瞳にはそれぞれ決意の炎が灯っている。口ぐちに賛成の意を表すのを聞いたシンは、頷くと神殿へと堂々と足を踏み入れて行った。
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神殿の中は広く、装飾の施された円柱が規則正しく立って屋根を支えている。スプライトが天井を照らすとそこには宗教画のような物が描かれており、神秘的な雰囲気を醸し出していた。先程の影のモンスターを始め霊体などにも注意しながら、ゆっくりと確実に前へと進んでいく。やがて神殿の中央までパーティが進むと突然、円柱に付いている松明に次々に火が灯り出す。辺り一面が明るさに包まれた後、中央の床がせり上がり下り階段が現れた。降り階段の中から武装したスケルトンが次々に現れ、パーティに襲い掛かって来た。
「隊形を維持しつつ迎撃! カイル、霊体が出たらさっきの技を使え」
ここまで来た碧き焔はスケルトンごときに後れを取ることは無い。だが、倒しても倒しても湧いて来る敵にパーティは消耗していく。――まるで一層のレアモンスターのようだな……しかも段々と装備の質が良くなってきている。
最初のスケルトン五体はショートソードのみを装備していた。それが次にロングソードになり、更にランドシールドを装備し、皮鎧を着た者が出て、今度は鎖帷子を着たのが出て来た。何れも数は決まっていて五体である。
「このまま倒し続ける。どんどん装備が良くなっているから気を付けろ!」
連戦に次ぐ連戦にさすがのシンも息が切れ始めた。だが新手のスケルトンは途切れることなく現れ、武装も強化されていく。何体倒しただろうか、足元には骨が散らばり邪魔なので蹴り散らすがすぐにまた溜まって行く。遂に兜を被りプレートメイルを着て、ロングソードとヒーターシールドを装備した完全武装のスケルトンが現れた。そしてその後ろから一際大きいスケルトンが出て来たが、その姿は異形と呼ぶにふさわしく、背中の部分から二本腕が生えており四本の腕にそれぞれロングソードを装備していた。目には青い炎が不気味に燃え盛っており、声帯などないはずのそれは大声で吠えた。
「いよいよお出ましだぞ! あれがここのボスだ、あれは俺が相手をする。なるべく早く取り巻きを倒して援護に来てくれ! いくぞ!」
シンの掛け声とともに皆一斉に敵に襲い掛かる。クラウスが二体を相手に奮闘するが、重武装の相手に交互に牽制を掛けられ防戦一方に陥る。カイルやレオナも重武装の相手に決定的なダメージを与えられず、焦りばかりが募ってくる。一方エリーは龍馬のサクラの援護もあり、戦いを有利に進めていた。敵のプレートメイルとエリーの聖銀の槌鉾の相性は良く、鎧の上から打ち込んで中の骨を砕いて行く。
仲間の奮戦を背にして、異形の骨の戦士とシンは睨み合いを続けていた。シンは天国丸を納刀し、背から死の旋風を取り出すと、八相の構えをとる。一対一だが、腕が四本もあるのだ……単純に手数は四倍、一対一と思っていたら敗れると、乱戦に向いた構えを選んだ。
どちらが先に動いたであろうか? ほぼ同時とも思えるが、僅かにシンのが早いか……八相の構えから横凪に一閃、しかし敵はロングソードを交叉させて受け止め流そうとする。背から長い二本の腕が突き刺そうと襲い掛かるが、受け流されるがままにさらに身を捻り一回転し下から死の旋風を打ち上げる。上からの剣は弾かれるが、今度は胴ががら空きになりそこに左右からの挟み込むような斬撃が襲い掛かる。足のブーストをさらに強化し後ろにでは無く、前に強引に飛び込むと僅かに剣が胴を掠めるもスケイルメイル、黒竜の幻影を斬ることは出来ず骨の戦士は体当たりを喰らってたたらを踏み後ろに下がった。その隙にシンも後ろに下がり呼吸を整え再び八相の構えをとる。
シンと骨の戦士、二人の間だけに静寂が訪れる。シンの額から脂汗が吹き出し眉間を伝い鼻梁へと流れ、先端から床に落ちた瞬間、二人は再び地を蹴り猛然と斬り合い始めた。