先へ……
シンはミノタウロスを止めるべく必死に追いかけようとするも、脚に力が入らずに縺れさせて転倒してしまう。
レオナを見るとまだ片膝を着き、上体は微かに揺らいでいる。万事休す――また俺は救うことが出来ないのか……
シンの心に絶望が広がろうとするその瞬間、小さな影が弾丸のような速さでミノタウロスに突っ込んで行き、吠えるような雄叫びと共に飛び掛かりながらその背を袈裟斬りにする。
鋼のごとき筋肉が割れ、噴水のように血が辺り一面に降り注ぐ。
ミノタウロスは二歩、三歩と足を進めるがやがて、どうと音を立ててうつ伏せに倒れた。
しばらく痙攣を繰り返したのち、瞳から急速に力が失われていきその後、二度と立ち上がることはなかった。
安堵のために全身の力が抜け尻もちを着いたシンは、返り血を浴び息を切らしている隻腕の剣士に深く感謝すると同時に畏怖を感じてもいた。
剣を習ってたったの数ヶ月でこれ程強くなるとは、一体どれ程の才能を秘めているのかと。
ミノタウロスが息絶えると、立っていることが出来ない程に地面が揺れ始め小部屋自体が音を立てて回転し、来た道は壁に塞がれて目の前に新たな真っ直ぐな道が現れる。
「くっ、みんな大丈夫か?」
「シン様! 退路が……退路が断たれました……」
「なに!」
振り向くとあったはずの道は無く、厚い壁が一面に覆われているのみである。
流石に激戦の連続でパーティが疲弊していたので撤退をしよう考えた矢先の出来事に、動揺を隠せない。何度か大きく深呼吸をして、心と体を落ち着かせる。
「よし、今は出来る事からやっていこう。エリー、みんなの怪我を調べて治療を頼む。クラウスは俺と一緒に前の道を警戒だ。カイル、よくやってくれた礼を言うぞ。念のためにマナ回復の丸薬を飲んでおけ」
シンはそう指示を出すと自分も先程飲んだ丸薬を再び口に含んだ。
唾と一緒に無理矢理飲み込み、渋い顔をしながら前方の道の警戒に当たる。
ふと横を見ると、クラウスのいつもの無邪気さを伴う元気が無く肩は落ち視線は地面に落ちている。
「どうした? どこか痛めたか?」
「…………俺、役に立てなかった…………あいつは、あいつは俺と同い年なのに……それなのに俺は!」
「ふふっ、ふははははは」
突然笑い出したシンに驚くも、馬鹿にされたかと思い瞬間的に頭に血がのぼる。
奥歯を音が出んばかりに噛みしめ眦を上げシンを見上げると、シンは通路を警戒する目を外さずに語り始めた。
「さっきの戦いに限れば、そりゃ無理だろ。位置取りから言ってお前はエリーとサクラの護衛なんだからな。パーティには役割がある、俺とカイルが攻撃、レオナが遊撃、エリーが回復、サクラは荷物持ち、お前は盾だ。パーティに限って言えば、盾が攻撃担当と同じ強さである必要は無い。そもそも役割が違うからな。それに何でお前を盾に選んだかわかるか?」
「……わからない」
「小柄なお前は一見すると盾は不向きかに思えるが、俺は外身ではなく内に潜む不屈の闘志、折れない心を買ったのさ。初めてだったよ……俺の試験に何度も諦めずに挑戦してきた奴はお前だけだった。こいつならハンデなんて関係なくどんな難関も越えていくと思ったんだよ。だからパーティの盾を任せたんだ。お前は碧き焔の盾なんだぞ、胸を張れ! ……それとな、お前はカイルにはなれない」
その言葉を聞いたクラウスは今にも泣きそうな表情を浮かべ、鼻をすすり出す。
「だが、カイルもお前にはなれないんだ。そもそもカイルには片腕が無い、そしてお前には魔法の才が無い。条件が違えば目指す強さの場所も違う。だからお前は自分だけの強さを見つけろ、もし見つけたら脇目も振らずに突っ走れ。だが、死ぬまでゴールなんてない過酷な道だから覚悟はするんだな」
クラウスは唇を噛みしめ何かを決したかのように頷くと、前を向きそれっきり一言も話さなかった。
それを見て、あることを思いつくが先ずはこの迷宮を脱出してからのことだと頭の隅に追いやり、集中して警戒にあたった。
やがて皆の治療が終わり、今後について軽く協議をする。
レオナは多少落ち込んでいるかに見えるが、今はそんな余裕はないから集中しろと肩を叩くと、いつもの凛とした表情を取り戻す。
「退路を断たれた以上、選択肢は無い。先に進むしかない。前に聞いたことがあるんだ、この迷宮で一番進んだパーティは五層だって……それが分かっているということは、つまり五層から戻って来たってことだろ? 下に進めば戻る道があるのかも知れない」
「先程は申し訳ありませんでした……食料は二週間分あります。水は魔法で作ればいくらでも……ポーションや薬もまだ潤沢にあります」
「カイルに礼を言って置けよ、俺は何も出来なかった……すまない。では、先へ進もう。そして五層への階段を見つけて長めの休憩を取ろう」
ミノタウロスの角だけ根元から切り取り、サクラに積むとパーティは先へと進む。
その後は敵と遭遇せずに五層への階段を見つけた。
――ふん、アトラクションか……クソが! シンは何故自分の前に強敵が度々現れるのか、薄々だが察することがあった。
この迷宮の管理人が嗾けているのは間違いないだろう、この事を皆に言うべきか? いや、説明しても科学文明によって今の世界が作られたなど信じまい、やめておこう。
計画通りに長めの休憩を取ることにし、先ずはカイル、エリーを休憩させる。
シンは合間を見て、魔法でお湯を沸かし持ってきたハーブを使い、ハーブティーを作り皆に振る舞った。
ハーブの香りが高ぶった緊張感を解し、心と体に沁み込んでいく。
食事も精がつくように大蒜や生姜などを使って少しだけ豪勢にし、ワインも飲むことを許可する。
――おそらくまた、地竜やミノタウロスのような強敵が現れるだろう。
これは間違いなく確信できる。
だが絶対に全員生きて迷宮を出る、絶対にだ。
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十分な休憩を取った一行は慎重に五層へと降りて行く。
降り立った五層は、四層と同じく人口的な迷宮で規則正しく通路や部屋が配置されており、何かの建造物の一部のような感じを受ける。
「師匠、敵だ! なんだ、スケルトンか……でも、なんだろう変な感じがする」
クラウスが見つめる先にいる骸骨は淡い光を放ちながらゆっくりと近付いて来る。
「降りた途端に敵か……スケルトンじゃないかもな、油断はするなよ!」
壁から半透明の人型の幽霊のような敵がふわふわと宙をさまよいながら出て来る。
「ひぃ!」
恐怖に叫び声を上げて震えているのはエリー、パニックにならないようレオナがそっと肩を抱く。
「エリー、恐れるな! お前の持っている聖銀の槌鉾は魔を払う。つまりそいつで殴ればいいんだ、むしろ出番が来たと喜べ!」
音も無くスライドするように骸骨が目の前に現れる。
それと同時に、左右の壁から幽霊が後衛のエリーとレオナに襲い掛かった。
シンは抜き打ちに打ち込むと、骸骨は脆くも崩れ去る。
だが淡い光は消えずにそのままシンに纏わりつかんと襲い掛かってくる。
クラウスが左から魔剣である力の洗礼を突き込むと、淡い光は渦を巻き始め収縮し少しの間のあと霧散する。
エリーが滅茶苦茶に振った聖銀の槌鉾に当たった幽霊は音も立てずに派手に爆散した。
もう一体の幽霊も、レオナのモーントシャインの蒼白く輝いた刀身で斬られると、そのまま体を維持する事が出来ないのか闇に溶けるように消えてしまった。
「アンデッド特攻ってやつか、こりゃ凄いぜ。クラウスとエリーを前にして進むか」
シンの一言にエリーは顔を青くしながら首を横に振る。
わかったわかったと言い、今まで通りの隊形で進むことにして落ち着かせると、ゆっくりと敵と罠を警戒しながら先へ先へと進んで行った。
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