激闘に次ぐ激闘
「クラウス、大丈夫か? 大丈夫ならカイルの左から援護しろ!」
クラウスは血の混じった唾を吐き捨てると、闘志の籠った目でガーゴイルを睨み付けながら立ち上がり叫ぶ。
「カイル、絶対に正面から攻撃を受けるな! そいつの攻撃は重くて速い、盾越しの衝撃で腕の骨が折れたぐらいだからな」
シンはクラウスの声を聴いてそこまでの力かと内心焦るが、表情には出せない。
「レオナ、スプライトを部屋の中に入れて照らしてくれ。エリー、クラウスの治療は後だ。部屋に入ってくるなよ、バックラーで受けようものなら腕ごと持ってかれるぞ」
シンは松明を捨て、投げナイフを投げつつ一気に距離を詰めた。
ガーゴイルは大きく後ろにジャンプしてナイフ躱すが背に壁を背負ってしまう。
シンはこのチャンスを逃がさない、横に薙ぐように斬りかかり一気に勝負を決めようとする。
が、何とガーゴイルはその場で大きく上に飛び上がると翼を羽ばたかせ空中で制止し、更には壁を蹴ってシンの背後に着地する。
慌てて振り返るが今度はシンが背に壁を背負ってしまう事になった。
カイルがガーゴイルの背後に回り込み斬りかかるも、またしても素早く上へ跳躍して羽ばたき、難を逃れてしまう。
「こりゃ剣だけじゃどうしようもねぇな……レオナ、エアバーストで叩き落とせるか?」
「わかりません、バランスを崩すくらいなら確実に出来ると思いますが……」
「頼む! 俺も魔法を使う、だがこの魔法を使った後は俺はしばらく使い物にならなくなる。カイル、クラウス、援護してくれ!」
カイルは果敢にガーゴイルに斬りかかるが、宙をも自在に動く軽やかな動きに翻弄されて有効打を与えられずにいた。
レオナは宙に浮いたガーゴイルにエアバーストを放つが、僅かにバランスを崩すだけで撃墜には至らない。
シンは時間を稼いでくれる仲間を信じて手のひらにマナを集めていく。
イメージするのは水、岩をも切り裂くウォータージェット……カイルの死にもの狂いの攻防を目の当たりにしながらも、心を乱さないように必死にマナの流れをコントロールする。
ガーゴイルはカイルとクラウスの挟み撃ちを躱す為に大きく上に飛び上がったその時、シンの手のひらから加圧された太さ一ミリ程の水が凄まじい勢いでガーゴイルの身体を斜めに薙いだ。
ガーゴイルは突然バランスを崩したかと思うと、空中で大きく二つに切断され音を立てて地面に落下する。
シン以外のパーティの誰もが何が起きたのかわからなく、口を開け唖然とした表情を浮かべていた。
「……やったか……」
そう呟いたシンの顔は汗に塗れ、膝はガクガクと笑っている。
呼吸も荒く、マナ欠乏症の初期症状が身体に現れていた。
震える手で鞄からマナの回復を早める効果がある丸薬を、包み紙から取出し口の中に放り込む。
何とも形容しがたい苦み走ったピリピリと刺激感のある味が口に広がり、吐き出したいのを我慢しながら水筒を取り出すと水を含み無理やり胃に流し込んだ。
「師匠!」
近付いてきた弟子二人が心配そうに顔を覗き込んで来る。
それを手で大丈夫だとジェスチャーしつつ荒く息継ぎをしながら素早く指示を出した。
「俺は大丈夫だ、エリーはクラウスの腕の治療。カイルとレオナは警戒にあたってくれ、俺はすまんが少しだけ休ませてもらう」
サクラが心配そうに顔をベロベロと舐めるのを止めさせて首筋を軽く撫でた後、ガーゴイルの死体を見に近づいてみると、死体の在るべき場所には細かく砕けた石の破片が散らばっていて、ガーゴイルは石像のモンスターだと再確認させられる。
破片の一つを拾ってみるが、どう見てもただの石であり価値があるとは思えなかった。
「これだけ苦労したのに金にならないとはな……」
「師匠、大丈夫か? それにしてもどうしてあいつはいきなり死んだんだ?」
治療を終えたクラウスとエリーが近付いて来る。
クラウスにはウォータージェットの細かい水は見えなかったのだろう。
エリーも不思議そうな顔でガーゴイルの残骸を眺めていた。
丸薬の効果が表れて来たのか、青かった顔に赤みが戻り始めたシンは、自分が何をやったかを説明する。
「手のひらにマナを集中させて、水の魔法を唱えたんだ。それも限界まで細く、勢いを強くしてな……想像以上の威力が出て俺も驚いたよ。本来なら石を切ることが出来てもあの一瞬じゃ無理なんだがな」
「へ? 石を水で切る? なんで? どうして?」
クラウスもエリーも何が何だかわからないという顔をしている。
「その話、帰ってからでよいので詳しくお聞かせください」
少し離れているレオナが喰いついて来る。
地獄耳かよと思いつつ、帰ってからなとだけ返事をしてクラウスの腕の様子を確かめる。
「師匠、俺はエリーの魔法で腕はすっかり元通りになったから大丈夫だ!」
笑顔で盾を構えてみせるクラウスに苦笑しながら、進むべきか退くべきか考えていると、小部屋の入口から通路を警戒していたカイルがジリジリと下がり、警戒を促して来た。
「みんな、何か来るよ!」
サクラとエリーを下がらせ、代わりにレオナを呼ぶ。
クラウスに目線で臨戦態勢を促すと、クラウスは声も出さずに頷き、即座にカイルの援護に入れるよう位置取りを始めた。
カイルは目に見えぬ重圧に押されるかのように少しずつ後ろに後退する。
やがて小部屋の中央付近まで下がると、納刀し腰を低く落としてやがて部屋に侵入して来るであろう敵に備えた。
暗闇の通路に光る赤い二つの点……シンは冷静に観察を続ける。
おそらく目であろうそれはシンの身長よりも遥かに上にある。
二メートル半から三メートルってとこか……まだ完全にマナは回復しておらず、マナを節約するためブーストの魔法を目だけに限定的に掛けて通路を見ると、そこには雄々しい筋肉に包まれた身体と両手には大きな斧、そして頭は人間ではなく牛の頭がのっていた。
「ミノスの雄牛……ミノタウロス……」
「シン様、ミノタウロスとは一体?」
「牛頭の化け物だ、両手に馬鹿でかい斧を持っている。絶対に受けるなよ、全て躱せ! 逃げて他のモンスターと挟み撃ちになるよりはここで迎え撃つ方がいいだろう、俺が正面を受け持つから左右から援護してくれ!」
身長差があるため天国丸を納刀し、背中から死の旋風を取り出す。
ブーストをフルに掛けてもまともに打ち合えるかわからない。
しかもさっき消耗してまだマナが回復しきっていないため長期戦は出来ない……
「カイル、時間を稼げばあれを打てるか?」
「え?! はい、少し時間を頂ければいけると思います!」
「よし、クラウスはカイルの援護、俺が正面から打ち合って時間を稼ぐ! レオナは側面から俺を援護してくれ!」
やがて敵が小部屋に足を踏み入れ、その全貌が明らかになる。
鼻息荒く口から涎を垂らし目を怒らせている姿は正に猛牛、鋭い二本の角が猛々しさをより強くアピールしてくる。
首から下は贅肉などまるで無いかのような鋼のような筋肉の塊、両手に持った巨大な斧は、刃が所々掛けているもののかえってそのこと自体が禍々しい雰囲気を醸し出し皆の心胆を寒からしめた。
「いくぞ! 化け物!」
シンは気合いと共にブーストの魔法をフルパワーで唱え、大上段から死の旋風を地面に叩きつけるかのように振り下ろす。
ミノタウロスはシンの気合いに呼応するかのように吠えると、両手斧を同じように力任せに振り下ろした。
激しい火花と衝撃、態勢を崩しつつも両者譲らずミノタウロスが頭の角で突いて来れば、シンは躱しながら顎にショートアッパーを放つ。
レオナたちも援護に入りたいが、暴風の様な音を立て振り回される剣と斧を前にして中に入り込む事が出来ない。
一際大きな音を立てて剣と斧の刃が噛みあい力比べの態勢になると、ミノタウロスの口の端が僅かに吊り上がった。
段々とシンの方が押し込まれていく、顔は赤黒く染まり歯を食いしばったその様は正に鬼神の如し、口の端から泡を吐き両の鼻の穴から鼻血が吹き出す。
フル回転でマナを体中に回しブーストの魔法の効果を上げるが、それでも堪えきれずにシンの膝が徐々に曲がって行く、その時レオナが後ろからミノタウロスの脹脛に横凪の一撃を放った。
人の首など簡単に刎ね飛ばす斬撃はミノタウロスの厚い筋肉に阻まれ、薄皮一枚を切るに留めた。
だが、不意を打たれたミノタウロスはバランスを崩し、その隙にシンは一旦距離を置くことに成功する。
「助かった、レオナ」
息も絶え絶えな様を隠そうともせずにシンが喘ぎながら礼を言うと、ミノタウロスの両目に怒りの色がより濃く浮かび上がり息を大きく吸ったかと思うと、途轍もない大音量で咆哮する。
鼓膜が破れるかと思うほどの音量に一番近くで晒されたレオナは一瞬、平衡感覚を失い地面に膝を着く。
剣を杖にして立ち上がろうとするもふらつき上手く立ち上がれない。
ミノタウロスはその様を見て、ターゲットをシンからレオナに切り替え斧を振り回して猛然と突進する。
「レオナ!」
シンの叫びごえは耳を傷めたレオナには届いていなかった。
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