三層を抜けて
持ち帰ったアイアンビートルの部位は高値で売れた。
装甲のような殻は勿論のこと、角は先端をそのまま槍として使い、太い鉄管のような脚も色々と役に立つ。
だが碧き焔に喜びの色は無い。
余りの重さに体力自慢のシンでさえ嫌になった。
パーティで協議の結果、金に困っていないうちは持ち帰るのは辞めようということになる。
倒し方も様々なやり方があることを知り、ついでに三層と四層の情報も仕入れて来る。
先ず、アイアンビートルの倒し方の情報を集めた。
やり方は幾つかあり、一つは落とし穴に嵌める、二つ目は脚に丈夫な縄や鎖を何本も絡ませて動けなくする方法、三つ目は鈍器で頭を殴って失神させるか、鉄管のような脚を叩いて折って動きを止めるなどこれらの方法が比較的楽な倒し方とのことだった。
三層の情報は、暁の先駆者から酒を奢るのと引き換えに入手することが出来た。
以前ポーターとして潜ったのとは逆にも四層へと続く道があるのだが、そちらには目当てのギガントードがいないために通らなかったらしい。
そちらの道を選ぶメリットはジャイアントリーチとギガントードがいない事、デメリットは遠回りである事と地底湖沿岸部にモンスターが多いとのことであった。
四層は人口的な迷宮になっていて迷って出られなくなったパーティも数知れずあるとの事。
ここはハンク達暁の先駆者も攻略中でまだ五層への階段は見つけていないらしい。
彼らが遭遇した敵は屍食鬼と石像鬼だけで、他にもいるのだろうが後はわからないらしい。
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「以上が昨日手に入れた情報だ。そこでだ、俺たち碧き焔は三層は遠回りになるが、地底湖方面から迂回して四層に向かおうと思っている。何故かと言うと、まぁ滅多に会わないだろうが地竜との遭遇を避けるためと言うのが一つ、二つ目はジャイアントリーチとジャイアントスラッグが厄介な為だ。何か異議はあるか?」
ジャイアントリーチとジャイアントスラッグと聞いて嫌な顔をしていた女性二人組は安堵の表情を浮かべる。
松明を持つことの出来ないカイル、クラウス、サクラの事を考えれば遠回りでも回り道をした方が安全だと考えていた。
「異議も無いようだしルートは地底湖大回りで行くぞ。地底湖にはブラインドキャットフィッシュという目の無い大鯰がいるらしく、水を飲もうとして近づく生き物を丸呑みにしてくるらしい。だから湖には絶対に近づかないように。後はギガントクラブという巨大な蟹がいるらしいが、身は水っぽくて不味いらしいのでこれとも積極的には戦わない。他にも水の中にはデカいクラゲとかがいるらしいが、潜らないからあんまり気にしなくていい。特に注意するのはその二種類だけだ、三層は出来れば時間を掛けずに一気に駆け抜けたいと思っている」
「四層は迷いやすい迷宮との事ですが、迷った時の事を考えて、食料を大目に持って行った方が良いのではないでしょうか?」
「そうだな、レオナの言う通りにしよう。食料はサクラに積んで、途中の敵の戦利品も価値の高い物以外は拾わないで、今回は迷宮探索に主眼を置いた準備をしてから潜ろう」
方針を決すると各々準備をし、万全の態勢をもって迷宮に挑むためにゆっくりと体を休めた。
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淀んだ湖畔は水分を含んだねっとりとした空気に包まれており、高すぎる湿度が呼吸を苦しくし肌に纏わりつく湿気が不快感を増していた。
碧き焔は三層の地底湖の湖畔を水辺から出来るだけ距離を取り、四層の階段へと向かって足を進めていた。
頭上にはレオナが呼び出した光の精霊スプライトが燦々と輝いて辺りを照らしている。
湖畔を見ると時折巨大な影が岸辺近くを通り過ぎて行く。
あれが話に聞いたブラインドキャットフィッシュなのだろうか? その大きさは五、六メートルはあるのではないかと思われ、影が通り過ぎる度に皆に緊張がはしった。
「水辺には絶対に近づくなよ、あれは話に聞いていたよりもヤバそうだ」
シンが低い声で警戒を促すと、皆が湖面を見ながら頷いた。
しばらく何事も無く静かな湖畔を歩いて行く。
このまま四層の階段まで敵に出会わずに行けるのではないかと皆が思った瞬間に、それは現れたのであった。
巨大な二つの鋏に分厚い甲羅をもつギガントクラブは久しぶりの獲物を逃すまいと鋏を大きく振り上げ道を塞いでゆっくりと近づいて来る。
ギガントクラブ対策を考えていたシンは、前に出るとマナを手に集めフレイムスローワーの魔法を唱え、蟹の表面を炙る。
突然の炎と熱に驚いた蟹は熱した体を冷やすべく湖へと慌てて飛び込む。
「俺がこのまま殿を務めるから、レオナが先頭に立ってそのまま駆け抜けろ! 四層への階段はすぐそこだからそのまま駆け込んでしまえ」
何度か湖面に向けて炎を噴射して牽制し、皆が離れたのを見てシンも身を翻し後を追った。
背後をちらりと振り返るがギガントクラブは追っては来なかった。
帰りもこの手は使えるな……しかしあの大鯰が悪食なのかそれとも地底湖という特殊な環境のせいなのか、湖畔の生き物の種類が少ないな。
無駄な戦闘で怪我や体力の消耗は避けたかったから助かるが。
シンは帰り道のことも考えながら急ぎ足で先行するパーティの後を追う。
無事に四層への階段で合流すると、もう一度確認の為に皆にグールとガーゴイルの説明をした。
「グールはアンデッドモンスターで、普段は墓場に現れ死体を喰らうモンスターだが、ここでは生きた人間を積極的に襲って来るらしい。噛みつかれると麻痺毒で次第に身体が動かなくなるので要注意だ。それと複数の群れで襲って来るのでこちらも連携を密にして対抗しよう。ガーゴイルは普段石像に扮していて、人が近付くと襲い掛かってくるモンスターだ。その爪や牙は鋭く、力も強く更には羽ばたいて空も飛ぶらしい。だから怪しい石像には決して近寄らない事、いいな。四層に行く前に交代で休憩をしよう、先にカイル、クラウス、エリーが休め」
クラウスは黙々と干し肉を齧り、皮の水筒に入れておいたワインを飲むと盾を枕にして眠りに着く。
数分もしないうちに鼾が聞こえてくるのを、カイルとエリーはその神経の図太さに驚き半分呆れ半分の目で見るが、冒険者としてはクラウスが正しいと思い見習って少しでも眠り体を休めることにした。
四時間後、交代したシンたちも同じように軽く食事をし、ワインを飲んで体を温め無理やり眠りに着く。
休憩を終えた一行はシンですら初めての四層へと足を踏み入れた。
四層は三層までと違い、明らかな人工的に作られた迷宮であった。
足元に薄っすらと積もる埃が、侵入者の少なさを物語っている。
空気は乾き、湿度も低く呼吸は若干楽になるが、埃っぽさが鼻につきクラウスが何度か盛大なクシャミをして全員から白い目で見られていた。
「仕方ないじゃないか、両手は塞がってるしさぁ」
「鼻に布でも詰めとけ、よしここからは全くの未知の世界だ、今まで以上に慎重に行くぞ!」
いきなり人工的な迷宮か、幅は五メートル、高さは四メートル位か? 入って直ぐに左右と中央に分かれるのか……ここは基本の左手法で行くか。
「先ずは左手沿いに進んで行こうかと思う。俺の国では左手法ってのがあってな……」
左手法の説明をし、何故左を選んだかを納得してもらってからゆっくりと慎重に羊皮紙に地図を書き込みながら進んでいく。
明かりは松明と先程と同じくスプライトを頭上に飛ばして確保している。
奥に進むと小部屋があり、中には左右に並んだ翼のある悪魔のような像が二体鎮座している。
「ふん、見え透いた罠だ。いや、あれは見せかけで他に罠があるかも知れないな……よし、試してみるか」
シンはホルスターから投げナイフを抜き、石像の一つに向かって投げる。
甲高い音が響いてナイフは弾かれ地に落ちるが、続けて別の石像にも投げると今度のナイフは鈍い音をして床に落ちた。
「どう思う?」
「石像の材質が違うからか……あるいはどちらかがガーゴイルなのではないでしょうか?」
「よし、どのみち先に進むにはここを通るしかない。左の石像は俺が、右をカイルとクラウスに任せる。いくぞ!」
レオナ中衛に配置換えをして、エリーとサクラに退路の確保を命じてシンたち三人は小部屋の中に慎重に入って行く。
「両方ガーゴイルと想定して掛かるぞ、油断するなよいくぞ!」
三人は小部屋に入ると石像に向けて走り一気に距離を詰める。
右の石造の両目が赤く光ると同時に台座を蹴りクラウスに向かって両腕を伸ばし飛び掛かって来る。
咄嗟に盾でガードするも勢いを殺せずに後ろに吹き飛ばされ尻もちをつくが、カイルが素早くガーゴイルとの間に割って入る。
シンは左の石像の目に刀を突き刺してみるが反応が無いので身を翻してカイル達の援護に向かう。
ガーゴイルとはいかなる技を放ってくるのか? 飛び掛かった時の身のこなしと、クラウスを吹き飛ばした力強さに否が応にも強敵を予感させるのであった。
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