古道具屋
「ハンク達は地竜以外のレアモンスターに遭遇したことがあるのか?」
シンがハンクに酒を勧めながら聞くと、向かいに座っていたハーベイがジョッキを片手に立ち上がる。
「よくぞ聞いてくれました! 聞くも涙、語るも涙の暁の先駆者の冒険譚、レアモンスター油虫を討伐した話を諸君に聞かせようではないか!」
「油虫?」
「そう油虫、よく食堂とか酒場の床を走っている黒いあれだよ、あれ」
「モンスターなのか? 虫だろ?」
「モンスターだよ! なんせこんなでかいんだぞ、しかもうじゃうじゃ群れてやがるんだぜ!」
ハーベイが手を広げて示した大きさは大体四、五十センチか……五十センチ? 化け物じゃないか! ハーベイはなおも雄弁に油虫討伐の様を語り続ける。
乾いた音が隣のテーブルから聞こえたので目を向けると、レオナが取り乱してスプーンを落としていた。
エリーの顔色も青ざめているように見える。
この世界でもゴキブリは嫌われてるのか……
そんな隣のテーブルの二人の胸中を知らずか、ハーベイの油虫討伐の話は益々熱が籠もっていく。
「なんせ馬鹿でかい油虫がわんさか群がってくるんだ、斬っても斬っても全然数が減らねぇし、服も鎧も齧りやがってボロボロにされちまう。何匹にも集られて噛みつかれてもう駄目だと思ったその時! 依頼で獲って来たギガントードの毒腺を、グラントさんが群れの中心に投げつけたんだ。そしたら毒腺を喰った奴等がバタバタ倒れだしてな、後はひっくり返ってもがいてる奴等にトドメを刺したってわけさ! だが、服も鎧もボロボロ、奴らの体液が体中に付いてドロドロで臭いわ気持ち悪いわで大変だったんだぜ」
レオナの方をそっと見ると、青ざめた顔をして口許を手で覆っていた。
エリーは両手で耳を塞ぎ、目を瞑っている。
ハンクもその様子に気が付いて、まだ油虫について語ろうとしているハーベイの口に骨付き肉を突っ込んだ。
「で、全てが終わった後に宝箱が見つかって、中には幾つかの魔法武具が入っていたんだ」
「魔法武具か、そういやあのスケルトンも宝箱を持ってたな。中身は指輪一つだけだったが……」
「その指輪、魔法が掛かっている可能性があるな。鑑定したのか?」
「いや、まだなんだ。何処で鑑定して貰ったらいいかわからなくてな」
「そうか……じゃあ、真実の目に行けばいい。俺たちはそこでいつも鑑定してもらっている、腕も確かだしお奨めするぜ。ただ、主人が偏屈でクセがあるから注意しろよ」
「わかった、ありがとう。早速明日行ってみるよ」
その後も和気藹々と宴会は続き、様々な役立つ情報を教えて貰った。
ハンクたちは酒場で更に飲むらしく、誘われたが迷宮から帰って疲れが溜まっているからと断わる。
グラントさんが、そうだなゆっくり休んだ方がいいと言って暁の先駆者の連中を連れて夜の街に消えて行った。
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翌日早朝、軽い二日酔いと微睡の最中に女将に自分に客が沢山来ているよと起こされ、寝ぼけ眼を擦りながら下に降りると、いかにも冒険者と言った風貌の連中が二十人近く押し寄せていた。
「竜殺し、例の一層のレアモンスターの情報を教えてくれ!」
「何で知ってるんだ? レアモンスターのこと」
「昨日ハーベイの野郎が酔っ払って話してくれたのさ。で、何処に出るんだ?」
シンはこの黄金の楓亭で朝食を喰った奴に教えると言ったら全員が二つ返事で了承し、女将に注文をする。
女将はニコニコ顔でシンに笑いかけ、軽い足取りで厨房へと向かう。
皆で朝食を喰いながら、シンは昨日の事を話す。
遭遇した場所や、敵の戦法、強さなどを話し、自分もかなり苦戦したと言うと場は騒然となり、対策を練るためか張り込みに行くのか、皆慌てて宿を飛び出していく。
慌ただしい朝が過ぎ、シンはハンクのお奨めの古道具屋、真実の目に鑑定品を持って向かう。
真実の目は街の中の商店街の外れの方にひっそりと建っており、中は薄暗く外からは様子を覗う事は出来なかった。
偏屈な老人だが腕は確かだと、ハンクが苦笑いをしながら言っていたのを思い出し、外見からは繁盛していなそうな店へと入って行く。
店の中は思っていたよりも広く、客であるシンが入ると勝手に天井のランタンに火が灯った。
天井のランタンを見て、これも魔道具かと驚いているシンに店の奥から老婆が話しかけて来た。
「何か用かい若いの。冷やかしならお断りだよ」
ハリは無いが良く通る声で老婆は声を掛け、シンを足先から頭のてっぺんまでまるで舐めるように見て値踏みする。
「お前さんが竜殺しのシンか、確かにそこいらのゴロツキよりかは少しだけマシのようだね。今日は何をしにここに来たんだい?」
自分の事を知っていることに驚きつつ、ゴロツキより少しだけマシと言われたことに軽いショックを受けながら来店の目的を告げる。
「一品につき銀貨一枚、払わないなら出て行きな」
シンはその値段で了承し、例のレアモンスターのドロップ品のロングソード、サークレット、指輪の鑑定をお願いした。
「ほぅ、どれも魔法が掛かっているじゃないか。お前さんこれを何処で手に入れた?」
昨日の出来事を包み隠さず話すと、老婆はモノクルを取出しまず指輪から鑑定をする。
「どれ、ふん、こりゃそこそこの品だね……力の増幅か……力の指輪……次は」
今度はサークレットを手に取りしげしげと見つめた後、つまらなそうに解説する。
「このサークレットは装着者を一日に一回だけ、頭部に受ける激しい衝撃を弾く。名前は……障壁の輪だとさ」
最後に見たロングソードは、面倒臭そうに立ち上がり剣を持ち鑑定すると僅かに眉を動かしながらニヤリと笑う。
「若いの、当たりだ喜べ。これは魔剣、名前は力の洗礼……力の増幅、硬化、軽量、アンデッド特攻……二つの宝石にそれぞれ二つずつ魔法が込められておるわ、よかったの」
「婆さん、宝石に魔法が込められているのが魔法武具なのか?」
「なんじゃ、そんなことも知らんで冒険者やっとるのか! 最近の若いもんはこれだから……宝石に魔法を込め発動状態を維持したものを魔法回路と言うんじゃ、ほれ指輪にもサークレットにも宝石が付いておるじゃろうが」
「俺の持っている魔剣、死の旋風に宝石は付いてなかったぞ」
「ふ~む、おそらくじゃが柄の中にでも隠されているんじゃろう。稀にあるんじゃよ、宝石が付いていれば魔法武器だとバレてしまう。それを嫌って隠す者もおるのじゃ、逆もある。魔法武器では無いのに宝石を付けてさも魔法武器に見せかけたりとな、えっひゃひゃ」
気味の悪い笑い声を立てながらシンに手を出し、報酬の催促をする。
銀貨三枚を渡してもその手を下げずにもっともっとと突き出してくる。
「足りんわ! 私の講釈を聞いておいてタダな訳なかろうが! 更に銀貨一枚上乗せじゃ」
シンは苦笑しながら更に銀貨を一枚支払う。
老婆は笑みを浮かべてまた来い、と言って店の奥に引っ込んでしまった。
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その夜、碧き焔は戦利品の分配をするために集まった。
まずサークレットの障壁の輪をレオナに渡す。
「レオナには何も買ってやらなかったしな、それに後衛を任せているから不意打ち対策にもいいだろうと思って」
レオナは銀に輝き中央に小さなブラックオニキスの付いた障壁の輪を装着すると、シンの顔を見て頬を赤く染める。
が、シンはもう次の指輪の分配に移行しておりこっちを見ておらず、レオナは奥歯をギリギリと噛みしめた。
「この指輪は力を増幅する効果があるらしい。これはエリーに渡そうと思う」
「えっ? 私? 何で?」
「エリーの主武装が鈍器だからだよ、力があったほうがいいだろう? みんなも異存は無いな?」
皆が頷く。
カイルが勢いよく頷いたのを見て、エリーはカイルを睨み付けながら指輪を受け取る。
腕相撲に勝ってしまったがために怪力認定されているのが残念でならない、しかしパーティの事を考えるとこの状況を受け入れざるを得なく、複雑な気持ちのままに受け取ったが、思いのほかデザインが可愛らしく気に入ってしまい効果の事など忘れて愛用の品となる。
最後にクラウス、このロングソードを受け取れ。こいつ魔剣らしいぞ」
シンが軽く言うと、クラウスは飲みかけの水を気管に詰まらせ真っ赤な顔をして咽た。
「し、師匠、そんな凄いもの受け取れませんよ!」
「いや、受け取れよ。武器壊してしまって無いんだしこれ使えって。名前は力の洗礼って言うらしいぞ、効果は軽量、硬化、力の増幅、アンデット特攻の四つだそうだ」
剣を受け取ったクラウスの全身が震え顔は興奮で紅く染まっている。
「カイルは今回はすまんが、何も無しだ。その代り分配金を倍にしといた、これで我慢してくれ」
屑鉄やスケルトンの持っていた武器を売った金から、鎧の修繕費用などを引いて皆で分配すると、カイルが銀貨二枚、他が銀貨一枚となった。
思いの外稼げた喜びを噛みしめながら、次の迷宮探索について夜が更けるまで意見を交わし続けた。




