慢心と苦戦
案の定、迷宮入口を守る守衛に止められるが、シンがサクラを六人目だと言い張り無理やり押し通る。
守衛も相手が竜殺しだとわかると、渋々ながら通してくれた。
龍馬を迷宮に入れたのはお前が初めてだと言われるが、シンは一番最初とは光栄な事と、どこ吹く風の如く軽く受け流した。
埃と黴の臭いが微かに漂う迷宮にパーティ碧き焔は初めて足を踏み入れた。
レオナとエリーは臭いが気に入らないのか少しだけ顔を顰めている。
「さぁ、行くぞ。隊列を組め、先ずは打ち合わせ通りにやっていこう。油断するなよ」
シンの掛け声と共に隊列を組み、松明を用意する。
「シン様、精霊魔法のスプライトを召喚して光源に致しましょうか?」
レオナが提案するもシンは一瞬考えた後、首を振った。
「いや、一層と二層ではやめておこう。確かにスプライトの光は明るくて頼りになるが、相手にも見つかりやすくなる。賊どもが押し寄せて来るのは出来れば避けたい、賊が出なくなる三層からにしよう」
「わかりました、考えが足りず申し訳ありません」
「いや、いいさ、レオナも迷宮は初めてなんだから気にするな。これからも遠慮せずに言ってくれよ」
壁の光苔が微かに発光する狭い通路をパーティはゆっくりと慎重に進んでいく。
まるで顔に緊張が張り付いているかのように皆の表情は硬くぎこちない。
シンも初めてのリーダーに身体のあちらこちらに必要以上の力が入っていた。
いくつかの分かれ道を全て左を選び進み、長い通路を抜けると小部屋に出た。
小部屋の中では松明の明かりに微かに照らされた複数の人影が音も立てずに直立していた。
以前にも遭遇したことがあるシンはすぐさまその正体に気づく。
「戦闘準備! スケルトンだ、複数いるぞ。肩慣らしには丁度いい相手だが、油断はするなよ」
シンは皆をちらりと一瞥し、全員の準備が整っているのを見た後、率先して突っ込んでいく。
「武器を持っている奴には気を付けろ、頭を砕けば完全に動かなくなる。行くぞ!」
まるで綱を解かれた猟犬のように勢いよく部屋に突っ込み、こちらに反応する前に頭蓋骨を叩き割る。
カイルとクラウスもシンに続いて一体ずつ仕留める。
頭蓋骨を砕かられたスケルトンはその場で音を立てて崩れ落ち、動かぬただの骨になるが新手が次々と骨を踏み越えて襲い掛かってくる。
戦闘は激しさを増し、各々の身体から汗が飛び散るほどに熱を帯びていった。
スケルトンはいつもと違い、巧みに連携を取りこちらを分断しようと仕掛けて来る。
強力なモンスターではないので、今は優勢に戦えてはいるが幾ら倒しても新手が現れ、肉体だけでなく精神も疲労を見せ始める。
おかしい、どうも様子が変だ……スケルトンはこんなに効率的に連携を取ってくるモンスターでは無かった、それにこの部屋に何体いたというのかもう三人で二十体は仕留めているぞ……嫌な予感がする……
「ちくしょう、一体何体いるんだ! 倒しても倒しても出てきやがる!」
「全然数が減らない! いったいどうなっているんだ!」
拙い、カイルとクラウスが焦り出している。
この敵たちははっきり言って異常だ、スケルトンだから何とか耐えているがこのままでは数に押されて圧倒されるのも時間の問題か。
「レオナ、スプライトの力を借りてこの部屋を照らしてくれ! エリーとサクラはレオナの護衛を! カイル、クラウス、このまましばらく支えるぞいいな!」
皆の力強い返事が次々に返ってくる。
まだ、もう少しは耐えられるだろう。目の前のスケルトンの脳天に一撃を加え、前に蹴り飛ばし次のスケルトンと相対する。
スプライトの光が部屋の中央天井付近から降り注ぎ、部屋の中の全貌を暗闇から暴き出すと、そこには驚くべき光景が広がっていた。
部屋の最奥に一回り大きい長剣を持ったスケルトンが居り、そのスケルトンが腕を振ると地面から次々と新しいスケルトンが現れたのである。
「なっ、何だあいつは? これじゃ幾ら倒しても減らない訳だぜ……」
光源が確保されたため無用になった松明を投げ捨てるとともに素早く天国丸を納刀すると、背負っていた死の旋風を抜きざまにスケルトンに叩きつけた。
「レオナ、手を貸してくれ! あの奥のでかい奴をやらなきゃ無限にスケルトンが湧き出て来る。俺が道を作るから奴を仕留めてくれ、エリーとサクラはカイルとクラウスの援護、いくぞ!」
シンはブーストの魔法を唱えると、グレートソードの死の旋風を両手で、時には片手で、まるで小枝のように軽々と振り回し一度に二体、三体のスケルトンを吹き飛ばしていく。
シンによって作られた道をレオナはシルフの助けを借りて、雌豹のごとき身軽さをもって進み、スケルトンのボスらしき魔物の頭蓋骨目掛けて剣を振るう。
これは避けられない、決まったと誰もが思った瞬間、目に見えない障壁のような存在に剣が弾かれてしまった。
レオナは予期せぬ出来事に体勢を崩してしまい、そこにボスの長剣がレオナの頭を唐竹割にせんと襲い掛かる。
万事休す、傍にいるシンですら間に合わない。
だがレオナは無理に体勢を整えようとせず、空いている左手を突きだし至近距離でエアバーストの魔法を発動させた。
衝撃によって僅かに剣の軌道が変わり、更にレオナの身体も後ろに弾き飛ばされる。
辛くも攻撃を躱したレオナだが、至近で炸裂させたエアバーストの衝撃に腹を抑え咽せ喘いでいた。
「交代だ、レオナは雑魚を頼む!」
尚もレオナに向かって行こうとするスケルトンリーダーに横から力任せに上段切りを浴びせかけるも、片手一本で剣を振り受け止められてしまった。
「な、なにぃ! 片手一本で止めただと、筋肉も無いくせにどうなってんだ!」
その後もシンはブーストの魔法を掛けた状態でボスに何度も斬りかかるも、躱され、受けられ、軽く受け流されてしまう。
途轍もない焦燥感が襲い掛かって来て、シンの額やこめかみからは脂汗がダラダラと滲み出て来る。
拙い、このままじゃ俺もみんなも長くは耐えられない……剣が当たらねぇ……どうすればいい、距離を取ればスケルトンを召喚されるから下がるに下がれない……距離、そうか! 迷っている暇は無い、やるしかねぇ。
「レオナ、武器を持っているスケルトンを優先して片づけてくれ、みんなもうすこしだけ頑張ってくれ!」
皆の苦しげな返事を背中で受け止めたシンは、敢然とボスに立ち向かって行く。
剣と剣が交差したその時、剣と剣を噛ませ鍔迫り合いへと持ち込んだ。
凄まじい力でスケルトンリーダーが押し倒そうとしてくるのを、シンもマナを限界近くまで回し耐える。
しばらく力の拮抗が保たれていたが、シンの目が紅く光ると次第にボスは壁へと押し込まれていく。
雄叫びを上げシンが力を振り絞りボスを壁に押し付けると、ブーツの踵でボスのむき出しの足の甲の骨、楔状骨を何度も蹴り、踏みしめた。
繰り返すこと幾たびか? 遂に楔状骨に亀裂がはしり、乾いた音を立てて砕けるとシンは一度間合いを取る。
本当はそのまま勝負を決めたかったが、シンの身体がそれを拒否したのだ。
顔は紫色で血中酸素濃度の低下によるチアノーゼが起きていた。
大きく息を吸い、吐く。
その間にもスケルトンがひっきりなしに襲い掛かってくるが、レオナの必死の援護により息を整える時間が稼げた。
スケルトンリーダーは足の骨を砕かれて剣を杖にして立ち上がるが、こうなってはもはやその怪力も活かすことは出来ず、シンの猛攻によって最後には頭蓋骨を砕かれ敗れ去った。
残っていたスケルトンは今までの統制のとれていた動きが嘘のように鈍くなり、一体、また一体と数を減らし、さほど時間を掛けずに全滅した。
シンは全員が傷を負いながらも生きていてほっと胸を撫で下ろす。
俺の油断で皆を危険な目に会わせてしまった。
俺はとんだ大馬鹿野郎だ、スケルトンだと侮って事前に確認しなかった。
しかも焦ってしまい撤退することすら思いつかなかったとは、リーダー失格だ……兎に角一度地上に戻って体勢を立て直さなければ……
パーティメンバーは一人たりとも無傷のものは居らず、皆の息を切らし苦しげな表情を浮かべているが、その眼には勝利の喜びがはっきりと表れていた。




