名刀
夕暮れ時の街中の裏路地で、カイルとクラウスは複数の浮浪児に囲まれていた。
浮浪児たちが手にするのは木の棒や石だが、どちらも当たれば怪我は勿論のこと運が悪ければ死ぬ可能性もあり得る。
ジリジリと包囲の輪を狭めて来る浮浪児たちに、クラウスは腰の短剣を抜こうとするがカイルに視線で止められる。
では、どうする? とクラウスが視線で問うと、カイルは落ち着いた表情で包囲甘いの一角を軽く一瞥し逃走を促した。
息の合ったコンビネーションで浮浪児の脇を抜け、振り返らずに一目散に街中を走り抜ける。
浮浪児たちは口々に何かを喚きながら追いかけるが、二人の速さと持久力の前に一人、また一人と脱落していった。
しばらくして後ろを振り返り、安全を確認して二人はやっと足を止める。
「なぁ、カイル、俺たち強くなってるな。これだけ走っても軽く息が切れるだけだ」
「うん、師匠に感謝しないと。たった一月でこれほど変わるなんて思わなかったよ」
「あと二ヶ月か……あと二ヶ月したら俺たちどの位強くなれるんだろう?」
「わからない、でも僕は死ぬ気で頑張るつもりだ。僕はこの道を突き進むと決めたから」
「そうだな、死ぬ気でやるしかないな。よし、宿まで走って帰ろうぜ!」
二人の顔は明るく精気に満ち溢れている。
この二人が課せられている訓練量は既に相当の物であったが、両名ともそれを苦にはせず、更なる厳しい訓練を求めていた。
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二ヶ月目から基礎体力作りに加え、本格的に戦闘訓練が始められた。
カイルの育成の方向はシンが前もって決めていた通り、抜刀術と魔法剣を主軸に鍛え上げて行く。
カイルの素質と性格から来る丁寧さ、器用さから細かいマナの調整などを得意とし時間をそれ程掛けずに魔法剣はものにするだろうとシンは睨んでいた。
クラウスは騎士を目指しているとの本人の夢を尊重して、長剣と盾のオーソドックスなスタイルで育てることに決めた。
シンは盾は使ったことがないので、講師として暁の先駆者にいる同じ戦闘スタイルのモリッツを、手の空いている時に雇いクラウスの指導をお願いした。
さて問題はエリーである。
エリーの持つ回復魔法は日を追うごとに成長を見せ、今ではかなりの大怪我も治せるだろうと思われる。だが、剣術は目を覆いたくなるほどセンスが無い。
シンを除く四人の内ではなんとエリーが一番の力持ちであった。
前に仲間内で腕相撲をしたのだが、あっさりとシンを除いた三人を降した。
クラウスなどは納得がいかないのか、何度も挑戦していたが尽く惨敗。
勝ったエリーは自分が怪力だと知りかなり複雑な表情を浮かべていたが……
シンは持ち味を生かすべくエリーには打撃武器を持たせようと考えている。
レオナは既に戦闘スタイルは完成している。
素早さで圧倒し手数で押し切り、それに魔法を組み合わせる戦い方だ。
後は地力と精度を上げていく方向で訓練に励んでいた。
シンは魔法と魔法剣の研究と訓練に余念がない。
今では安定して魔法剣、真空斬を放つことが出来るようになった。
他にも剣術の更なる高みを目指すための訓練に日々、汗を流していた。
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頼んでいた刀が完成したとの報を受け、シンはカイルを伴い鍛冶屋アイアンフィストへ向かった。
店員のセアドが上客のシンを笑顔で迎え、親方のグンターが天国丸と新しい刀、そしてヒーターシールドとメイスを抱えてやってくる。
久しぶりに見たグンターの顔は痩せこけて頬骨が浮き出ており、目が窪んでいるがいささかの精気の衰えも感じさせない程の鋭い眼光を放っていた。
「まったく、刀だけでも厄介じゃと言うに盾とメイスを追加しおってからに、儂を殺す気か!」
「すまん、すまん、親方の腕を買ってのことだから大目に見てくれ」
シンはまったく悪びれる様子も無く笑い、武具の出来栄えを目を輝かせて惚れ惚れとした表情で見ていた。
その様子を見て、多少の溜飲も下がったのだろうか、グンターが一つずつその性能を語った。
一辺だけ長い変則的な五角形をしたヒーターシールドは縁を盾とは違う金属で補強されついでに細やかな装飾が施されている。
盾の表面は若干丸みを帯び、攻撃を受け流しやすい形状となっていて、中央には堂々たる地竜の姿が装飾されていた。
名前は、偉大なる大地の盾と名付けられていた。軽量と硬化の魔法が込められていて、装飾と共にルーン文字が刻まれている。
裏面にこっそりとグンターの名前が彫られているのを見たシンは吹き出しそうになるが、その気持ちも分からなくはないので黙っていた。
次はメイスで名前は、聖銀の鎚矛と言うらしい。
これはグンターの作ではなく、倉庫で埃を被っていた物をエリー用に手直ししたものである。
これにも軽量、硬化の魔法が込められており更には聖銀で装飾がされており魔を払うとも言われている。
上品で美しい聖銀の輝きが、武器であることを一瞬忘れそうにさせる。
何故倉庫の肥やしになっていたのか聞くと、男の冒険者が打撃武器を選ぶと大金槌などのもっと重量のある品を選ぶことが多いらしくメイスは人気が無く売れないらしい。
取り敢えず仕入れて見たが、売れないので店頭から下げたとのことだった。
そして最後は新しい刀、シンは早速鞘を抜いて見ると細かい刃紋の浮き出た蒼白い刀身が、陽光を反射し眩いばかりに光り輝く。
試し斬りをしたいと言うと、藁人形の立つ裏庭に通された。
シンは刀をカイルに渡し試し振りをさせ、藁人形に魔法剣の真空斬を打ち込んでみろ言ってグンターと共に少しだけ下がる。
カイルはいきなりのことに戸惑うが、シンがさっさとやれと急かすので刀を鞘に納め、精神を集中させマナを操作し気合いと共に抜刀し藁人形を袈裟斬りにする。
空気を切り裂くような音と共に、藁人形が真っ二つになった。
カイルがシンを見ると、シンの視線は藁人形にではなくその後ろの岩に注がれていた。
シンが突然、大きく足を踏み鳴らすと岩が音を立て真っ二つになった。
カイルとグンターは驚き、口を大きく開けたまま指先ひとつ動かせないまま茫然としている。
「いい刀だな、流石親方が精魂込めて打っただけのことはある。ミスリル銀を使っているだけあってマナの通りも良さそうだ。名前は……そうだな、岩切にしよう」
シンはカラカラと笑っていたが、内心カイルの才能に驚愕していた。
僅か二月で魔法剣まで使いこなすとは思いもよらなかったのである。
これは自分を越えるかもしれないという喜びと、負けるものかという闘志が体の奥底から湧き上がるのを感じていた。
「カイル、それがお前の刀、岩切だ。打ってくれた親方に感謝しつつ、上手く使いこなせよ」
グンターはカイルの試し斬りを見て、自分の仕事に満足感を得ることが出来た。
神の造りし天国丸には及ばないが、近付くことはできたのだと。
更なる創作意欲が沸々と湧き上がってくる、シンが支払った金で今度は何を作るか? もうグンターの頭の中はまだ見ぬ次の武器のことで一杯で、その他の雑事などどうでもよくなり後のことは店員のセアドに任せると再び工房に籠ってしまった。
カイルはシンにこの刀が自分の刀だと言われ、手にしている刀を再び細部まで無言で見つめる。
蒼白く輝く刀身に心が吸い込まれそうになりながら、手の震えを無理やり抑え刀を鞘に戻した。
「師匠、こんな凄い刀を頂くわけにはいきません」
頭を下げ、右手で恭しくシンに向かって差し出すも、シンに突っ返された。
「それはもうお前の物だ。お前用に素材から選び抜いたお前専用の刀だから、俺が使っても性能を引き出せないかも知れん。もし恩を感じていると言うのならば、その刀、岩切を使いこなすところを俺に見せて欲しい」
カイルは俯いたま声を上げずに泣いた。
そして差し出していた岩切を腰に携えるとシンに向かって宣言する。
「必ずやこの岩切を使いこなして見せます。師匠、ありがとうございました」
どうして師匠は僕にここまでしてくれるのだろう? どうやって恩を返せばいいのだろう? いや、恩の返し方はわかっている。
この岩切を使いこなし、師匠の教えが正しいことを世に知らしめる。
片腕だろうと何だろうと関係ない、僕は世界一の剣士を目指す!
カイルの心に新たなる目標と決意が刻まれた瞬間であった。
後に剣術馬鹿とまで言われるカイルの出発点は、ここ迷宮都市カールスハウゼンの鍛冶屋アイアンフィストの裏庭であったという。