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帝国の剣  作者: 0343
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冒険者クラウス

 夏真っ盛りの朝日を浴びてクラウスは今日も牧場を走る。

 シンのペースに着いて行ける者は辛うじてレオナのみである。

 カイルは完走はするものの着いて行くことは出来ない。

 エリーに至ってはクラウスより先にダウンしてしまう始末である。

 今日もシンに不合格を告げられたクラウスは悔しげな表情を隠そうともせずに、牧場を去ろうとする。

 その背に向かってシンが一言問う、あきらめるのか?と……


「明日も来る!」


 そう叫んで去ろうとするクラウスの首根っこを掴んだシンは更に幾つかの質問をした。


「お前、何処の宿に泊まっているんだ? 仕事は何をやっている?」


「……宿はとっていない……仕事は探してるけど、無いんだ……」


 シンの予想通りの答えが返ってくる。今は冒険者やそれにあやかろうとする人々で街は溢れ返っている。

 そんな中で子供が受けられる仕事というものは少ないだろう。

 おそらく野に出て食べ物を探して一日が過ぎているであろうことは、身形みなりとやせ細った体を見れば大体想像がついた。

 シンはこの時点でもうクラウスをパーティメンバーに加える気ではいたのだ。


「よし、クラウスと言ったな。お前をパーティメンバー見習いとして加えてやる。この試験に合格するまでは見習いだからな、いいな」


 クラウスは一瞬茫然とした後、飛び上がらんばかりに喜んだ。

 年相応のまだあどけなさを残した笑顔にシンは、まるで眩いばかりに輝く宝石でも見るように目を細めた。

 レオナに後を任せると、シンはクラウスを連れて街へと向かう。

 まずは身形を整えて、生活必需品の買出しをするためだ。


 串焼きの屋台の前を通るとクラウスの目が串焼きに釘づけになり、盛大に腹を鳴らす。

 シンは笑いながら串焼きを買い与えると、シンと串焼きを交互に何度も見る。

 シンが遠慮せずに食べるように促すと、夢中になって齧り付きながらクラウスは涙を流した。

 年上の人間に初めて優しくしてもらった、初めて人として見て貰った涙であった。

 後年、クラウスは串焼きを食べる度にこう語ったと言う。

 あの時の串焼きの味が忘れられない、あれを越える串焼きは無いだろうと……


 クラウスを連れ立って服屋に入り、服を何着か作ってもらう。

 この世界では服はオーダーメイドで高価なものだ。

 取り敢えずの一着を大急ぎで仕立てて貰い、着替えさせるとやせ細ってはいるが元の顔立ちが良いので多少は見れるようになった。

 初めて新品の服を与えられたクラウスは何度も銅鏡の前で姿を確認し、シンがからかうと顔を赤らめてはにかんだ。


 次いで靴屋に行き靴とブーツを買う。これもオーダーメイドで高価である。

 クラウスに聞くと生まれてから今まで裸足で、靴を履いたことは無いと言う。

 足の裏を見れば、皮が厚く硬くなっており本人の言う通りずっと裸足だったことがわかった。

迷宮に潜るにはブーツは必須である。

 これと靴を作ってもらい、後日受け取りに来るとして間に合わせのサンダルをその場で調整してもらい履かせる。

 初めての履き物にクラウスは興奮し、何度もその場で足踏みをしたり、飛び跳ねたりしている。


 鍛冶屋アイアンフィストに向かうとクラウスの興奮は最高潮に達する。

 飾ってある武器を目を輝かせて食い入る様に見ている。

 シンは店員のセアドに挨拶をし、新調している刀の出来具合を聞くともう殆ど出来上がっていると言う。

 後は鞘の素材が届けばそれ程日を置かずして完成するとのことだった。

 クラウス用に出来栄えの良い短剣を一振り買って店を後にする。


「クラウス、今日からこの短剣を肌身離さず持つように。冒険者は荒っぽいから嫌でも揉め事に巻き込まれることもある。だが、冒険者なら自分の身は自分で守らなければならない。いざと言う時にはこれで自分の身を守れ、いいな」


 そう言って短剣を渡すと、クラウスの顔つきが年不相応の精悍な顔つきに変わった。


「わかった……わかりました、それと……師匠って呼んでもいいか……いいですか?」


 こいつもかとシンは思ったが言いなおさせるのも面倒に思い、好きにしろとぶっきらぼうに言い放つ。

 するとクラウスは今日一番の笑顔を見せシンに礼を言った。


---


 黄金の楓亭に戻ると他のメンバーは訓練を終え、シンの帰りを待っていた。

 昼飯に軽い食事を注文し、クラウスの部屋を借りて案内を終えると今後の方針について話し出す。

 宿に着いてからクラウスは驚きのあまり終始口を空けて呆けていたが、シンに頭を叩かれて正気を取り戻す。


「先ず、今いきなり迷宮に入るのは無理だ。満足に戦えるのが俺とレオナだけ、三人は素人同然では死にに行くようなものだからな。だから先ずは、三か月徹底的に鍛える。休みは十日に一回、朝は体力作りと戦闘訓練、昼は宿に戻り軽く飯を食った後、カイル、エリー、クラウスは読み書きと算術を覚えてもらう。そして夜は魔法の訓練、クラウスお前には魔法の才はない、だから夜も訓練して剣を極めろ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ、何で迷宮に行くのに字を覚えなきゃいけないんだ?」


 クラウスが首を傾げながら聞く。

 これにはカイルとエリーも同じように疑問を抱いていた。


「クラウス、お前騎士を目指しているんだろう? 字の読み書きも出来ない騎士なんて見た事ないぞ。それに算術も簡単なのは出来ないと騎士にはなれんぞ。カイルとエリーも覚えておけ、必ず役に立つときがくるのだから」


 クラウスは強いだけじゃダメなのかと驚愕の表情を浮かべている。

 カイルとエリーはいまいち納得していないようだが、シンが後で役に立つと言いその横でレオナが頷いているのを見て、素直に教わることにした。


 その後すぐにスケジュール通りに訓練が開始された、先ずは読み書きの訓練だが早速暗礁に乗り上げる。

 猟師の子と農民の子である三人は、話すことは出来ても読み書きは出来ない。

 先ずは字を教える所から始めなければならない。

 見ているとレオナの教え方が中々に上手だったので、その場を任せシンは今後必要になるであろう羊皮紙などの買出しに向かった。


 夜は魔法を使える四人は室内でマナの制御など学び、クラウスはシンが教えた腕立て伏せや腹筋、素振りなどをして各々鍛え上げて行く。

 魔法が使えないと知ったクラウスは悔しそうな顔をするが、シンにその分剣を極めれば良いと言われると気を取り直して黙々と訓練に励む。


 あっという間に一月が経った。

 あれから欠かさずシンたちは牧場で訓練を重ねた。

 せっかく作った休みの日も誰も休もうとせずに訓練をしようとするのを、シンが止めるくらい皆真剣に励んでいた。

 カイルとクラウスは年も近いこともあって直ぐに打ち解け、まるで長年の親友のように仲良くなっている。

 また、レオナとエリーも、二人とも同い年と言う事もあり関係は良好である。

 若いシンたちは日を追うごとに強く逞しく成長していった。

 日本と違い何をするにも命懸けのこの世界では物事に対する真剣さがまるで別物である。

 電燈も無く、日が落ちれば闇に包まれてしまってやることが限られてしまうこの世界の人間は、時間の大切さを肌で知っている。

 夜も明るく何不自由しない日本人とは時間の上手な使い方や集中の仕方が段違いであった。


 エリーの存在も大きかった。

 多少の怪我をしてもエリーの回復魔法ですぐさま治るので続けて訓練が出来る。

 また回復魔法を何度も使う事によって、エリー自身も鍛えられていく。

 最初は掠り傷を治すのにも額に汗を浮かべていたが、今では楽に骨折まで治せるようになっていた。


 やっとだ、やっとここまで来た。

 皆このままの調子で鍛えて行けばきっと迷宮に潜れるようになる。

 それでもやっとスタートラインに立つことが出来ただけだ、先は長いがこのメンバーならきっといつかは迷宮を攻略出来るはずだ。

 ジリジリと照りつける太陽の中、シンは皆を見ながら心の奥から湧き上がる興奮と感動を噛みしめていた。


ブックマーク、評価、感想ありがとうございます!

私のやる気を後押ししてくださる皆様には本当に感謝しております。これからもよろしくお願いします。

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