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帝国の剣  作者: 0343
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挑戦者現る

 拳骨の痛みに耐えかねて頭を押さえうずくまるレオナの首根っこを掴んで宿の中に引きずり込む。

 中で一から説明をすると、レオナの顔色は段々と青くなりしまいには床に跪き許しを乞い出した。

 シンの頭にある閃きが湧く。

 エリーの買出しにレオナを同行させようと……前にレオナの買出しに付き合ったが、いつの時代でも女性の買い物は長いと決まっているようで、出来ればもう二度と女性の買い物に付き合いたくはないと考えていたのだ。


「レオナには罰を与える」


 そう言うとシンはレオナを立たせ、その手に金貨一枚を握らせる。


「エリー、こいつは俺の従者のレオナだ。今から必要な物を買出しに行って来い、もしそれで足りなければレオナが払うから遠慮しなくていいぞ」


 呆けてるレオナの尻を平手で思いっきりはたくと、可愛らしい叫び声を上げ顔を真っ赤にしながら慌てて宿を飛び出して行った。

 それを見てエリーもレオナの後を急いで追いかける。

 シンはその様子を見て溜息をつくと、色々と馴れないことをした疲れが出て来たので、女将に更に一人増える旨を伝え宿代を払うと夕食まで自室で休むことにした。


---


 尻を叩かれ宿を飛び出したレオナは顔を赤らめながらもその心は晴れやかだった。

 シンが昼間から娼館に入り浸る様な人間ではないと知り喜ぶと同時に、主を信じなかった自分の不明を恥じた。


「さん……レオナさん……」


 エリーの呼びかけにもしばらく気が付かず、顔を赤らめ片手で尻をさすり腰をくねらせている変な女が今のレオナである。

 エリーはそんなレオナ見てを不安を隠すことが出来ない。

 何度目かの呼びかけで我に返ったレオナは咳払いをして襟を正し、真面目な顔で自己紹介してきたのでエリーは耐え切れずに吹き出してしまった。

 その後は二人で街に買い物に行き、当面必要になる物を買い集めて回った。


「タオルと下着は大目に買って置いた方がいい、私もついでに買い足しておくとしよう」


「わかりました、でもそんなに沢山必要なんですか?」


「うむ、朝の訓練後は汗だくになるのでまず一回着替えるし、夜の訓練後もやはり汗を掻くので着替えるからな」


 朝と晩に訓練と聞きエリーは着いて行くことが出来るか不安を隠せない。

 その様子を見てレオナは優しく励ました。

 同性のパーティメンバーが増えたのが嬉しかったのだ……女性は余程特別な理由が無い限りは年頃になると嫁がされてしまうので、女性冒険者の数はそれ程多くは無い。

 生活必需品を買うだけなのだが女性にとって買い物は楽しいらしく、二人は買い物を通して急速に仲を深めて行った。


---


 夕暮れ時になり部屋の扉をノックされてシンは眠りから覚めた。

 扉を開けると顔を若干赤くしたレオナが買い物から戻った報告とお釣りを手渡してくる。

 シンはレオナにカイルとエリーを連れて一階の食堂に集まるように言うと、先に一階へと降りて行く。


 一階へと降り食堂へ向かおうとするシンを女将が呼び止める、何でも宿の前に客が来ているそうだ。

 宿の前に行くと、やせ細った背の低い少年が一人立っていた。

 まさか、この少年では無いだろうとその脇を通り抜けようとすると、その少年に呼び止められた。


「……あんた、竜殺しのシンだろ? あんたの試験を受けに来た」


 シンは少年に顔を向けると、もう試験はやってないと言い宿に戻ろうとする。

 宿に戻ろうとするシンの前に少年は回り込み必死に試験を受けさせてくれと懇願し出した。

 まぁ一人くらいなら良いかと軽い気持ちで了承し翌朝、日が昇ったら郊外の牧場に来いと言って少年を追い返す。

 少年は満面の笑みを浮かべ、礼を言うと元気に走り去って行った。


 食堂に四人が揃う。

 カイルはエリーが何故いるのかシンとエリーを質問責めし、理由がわかるとむくれた。


「何も身請けしないとは一言も言っていないだろうが、お前の馬鹿さ加減を叱っただけだぞ」


 シンにそう言われるとカイルは顔を恥ずかしげに赤く染め俯いてしまう。

 エリーにこれからよろしくと言われ恥じらいからはにかみの赤に変わっていった。


---


 竜殺しのシンの試験……通称、死走デス・ランを受ける約束を取り付けた少年は日の落ちる寸前の夕闇の街中を笑みを浮かべて走っていた。

 少年の名はクラウス、帝国領の最北端の寒村の農家の生まれで六人姉弟姉弟の末っ子である。

 寒村の農家の長男以外の扱いは酷いものだった、特に末っ子ともなると食べ物すら碌に与えられないのだ。

 飯も他の兄弟が食べ終えた残り物で、まだ残り物があればマシなほうで上に五人も姉弟がいると、クラウスの番になる前に食べ物が無くなることもしばしばあった。

 常にお腹を空かせて過ごして来たクラウスは野草を食べ、木の皮をみ飢えを凌いで過ごして来た。

 成長期に碌な栄養を取れなかったクラウスの身体は周りに比べると一回り小さく、やせ細っている。

 それでも何とか生き延びて成人すると、今度は口減らしの為に成人にかこつけて家を着の身着のままで追い出される……つまりは死ねということだ。

 だがクラウスは生を諦めなかった。

 山野を歩き飢えを凌ぎ、街や村を転々とし竜殺しの一攫千金の話を聞き、ここカールスハウゼンにやって来た。

 カールスハウゼンに着き、竜殺しのシンの話を詳しく聞くと試験を受けて受かればパーティに加えて貰えるというではないか! クラウスは飛び上がらんばかりに喜ぶが、まだ誰も受かった者はいないと聞いて逆にチャンスだと思う。

 まだパーティに空きはあるのだと……


 宿で試験を受ける約束を取り付けた翌朝、クラウスはまだ日の登らないうちから牧場でシンが来るのを待っていた。

 汚れが染みつきあちこちが擦れたり破れたりした、服と言い難いボロを纏ったクラウスの顔はやる気に満ち溢れていた。

 口をもごもごと動かしているのは、先程見つけたタンポポの葉むしって食べているからである。

 日が昇ると同時に口の中の物を喉を鳴らして飲み込み、近づいてきたシンに頭を下げる。


「試験のルールは簡単、俺と共に一時間程走り遅れなければ合格だ」


 クラウスは頷くと頬を両手で叩き気合いを入れ、合図と共にシンと一緒に走り始める。

 一周、二周、三周とクラウスは遅れることなくシンに着いて行く。

 だが二十分もすると、顎が上がり息を切らせ足がふらつき始め、三十分後には倒れ込んでしまう。

 息を切らして喘ぐクラウスにシンは無情にも不合格を告げた。


「あ、明日だ……また明日受けさせてほしい」


 息も絶え絶えにクラウスが言うと、口の端に笑みを浮かべながらシンは了承した。

 そして翌日、同じ時間に試験を始め、ほんの僅かだが昨日よりは長く走り、そして倒れてまた不合格を告げられる。

 またしてもクラウスは翌日に試験を受けさせてほしいと頼み込んだ。

 シンは何も言わずに頷くとまた黙々と走り出す。

 内心ではクラウスを気に入り始めていた。

 初めての複数回試験を受けさせてほしいと言って来た挑戦者である。

 明日もおそらく倒れるであろう、それでも諦めないのならば理由を聞いてみようと思った。

 肩を落とし、ガクガクと足を震わせながら牧場を去るその背中に、心の中で明日も待っているぞとエールを送りながらシンは決められた時間いっぱい牧場を走り続けた。


 次の日の朝、少年クラウスはさも当たり前のように試験を受けに来た。

 シンは内心でこの少年の根性に拍手喝采を送る。

 こいつはいい、即採用したいがもうちょっと根性見させてもらおうか。

 その日も試験は開始され、クラウスは必死に走るが結果は無残にも不合格となる。

 息を切らし、大の字に寝転がるクラウスになぜ冒険者を目指すのか問いかけた。


「俺は貧農の六人姉弟の末っ子で口減らしのために村を追い出された。ただ生きるだけなら山に籠ればいい。だが俺には夢があるんだ。」


「ほう、どんな夢だ?」


「笑うなよ? 俺が幼い頃、村に害獣が度々訪れて夥しい死者が出たんだ。それを領主様の騎士団が追い払ってくれたんだけど、その時の恰好良さが目に焼き付いて離れないんだ。だから俺は騎士を目指すことにしたんだが、金も無けりゃ力も無い。だからまず冒険者になって金を稼いでそれから騎士になるんだ」


「そうか、夢を追うか……明日も待っている」


 そう言うとシンはいつも通り黙々と走り出す。

 シンの一言にしばし呆然とした後、クラウスはその両目に決意の色を携えながら牧場を後にした。

明日は投稿出来ないかもしれません。なるべく日を開けずに投稿するよう努めます。

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