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帝国の剣  作者: 0343
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四人目の仲間

 この世界の奴隷には大まかに分けて三種類ある。

まず借金奴隷、読んで字の如くである。帝国には自己破産制度などは無く、金を払えなければ即奴隷行きである。

 奴隷の身分から解放されるには自分を買い戻す必要がある。

 次に犯罪奴隷、帝国では犯罪を犯せば直ちに犯罪奴隷とされ犯した罪によって奴隷としての期間や仕事が変わる。

 罪によって決められた期間勤め上げれば解放される。

 三つ目は戦争奴隷である。

 捕虜になった敵兵などがこれに当たる。

 身代金を払うか、捕虜交換などで自由になれる可能性がある。


 カイルが申し出たのは借金奴隷である。

 自分の身体を担保に金を借りようとしたのだ。

 カイルは自分が奴隷となった時の価値をわかっていなかった。

 片腕の無い奴隷はいくら若くても二束三文である。

 例え五体満足でも成人しておらず、特別な技能を持たない子供の奴隷は価値が低い。


 改めて理由を聞くと、同郷の女の子が借金奴隷となって娼婦をしているので身請けしたいとのこと……

気持ちはわかる、だが自分を安売りするのも許せないし何よりも考えが無さすぎるのだ。


「で、身請け金はいくらなんだ?」


「あっ、えっと、その……」


「馬鹿かお前は!」


 拳骨がカイルの頭に落ちる。

 痛みよりも自分の愚かさに気付いたカイルの両目に涙が溜まっていく。

 常日頃、カイルを可愛がっているシンも今日は心を鬼にした。


「大体身請けしてどうするつもりだ?自由になったよ、それじゃ御勝手にとでも言うつもりか?それじゃまた借金奴隷になるだけだろうが、無責任にも程があるぞ!それともその子をお前が養ってやれるのか?全く考えも無しに先走りやがって、馬鹿者が!」


「……助けたいんです……」


 ぽたり、ぽたりと涙が堪えきれずに床に落ちる。

 歯を食いしばり手をきつく握り首を垂れながら、胸の奥から絞り出すようにその一言だけを口に出す。

 乾いた音が室内に響き渡る。平手打ちを喰らったカイルは又しても壁まで吹き飛ばされる。


「お前は何様のつもりだ?金も権力も力も無い、それで誰かを助けるだと?思い上がるなよ!片腕しかないお前に寄り道する暇はあるのか?今まで散々屈辱を味わってきたんだろう?片腕だからと言って職に在りつけず山野を彷徨ってきたお前が生きるには、もうこの道しか……武を極めるしか無いんだよ……他人の心配なんかしてる暇は今のお前には無いんだ、わかるか?」


 地球の現代とは違い、この世界では義手などの技術はほぼ無いに等しい。

 仕事も手作業が主なため、片腕のカイルはどこに行っても門前払いされてしまう。

 カイルがこの世界で生きていくには、生まれ持っていた魔法の素質を伸ばして荒事の世界で身を立てるしかないとシンは考えていた。

 自分が死んでも生きていけるように一日でも早く一人前にしなければならない、それが助けた自分のカイルに対する責任だろうと。

 若い伸び盛りの今だからこそ、脇目もふらず集中して学んで欲しいと思っていた。


 一方カイルはシンの言わんとすることがわかり、改めてシンの優しさに感謝し涙した。

 カイルの噛みしめた唇から一筋の血が流れ落ちる。

 僕は弱く愚かだ、自分自身の命を救う事も出来なかったのに他人を救おうだなんて……師匠の言う通りだ。

 少し魔法が使えるようになったからといって思い上がっていた。

 数分前の自分を殴ってやりたい、片腕の子供の奴隷など銀貨1枚の価値すら無いだろう。

 今は師匠が面倒を見てくれているから自分は生きていけるのだ……僕は甘えていた。

 片腕というハンデを背負っている以上、僕は人より遥かに強くなってやっと普通に生きていけるんだ……


「顔を洗って今日はもう休め、いいな!」


 シンはワザと荒々しく扉を閉めた。

 これでわかってくれるとよいが……この世界ではカイルのようにハンデを背負った子供は、セーフティネットが無いため生きるだけでも厳しい。

 シンは何とかしてカイルを助けてあげたかった、あの時見せた生への渇望はかつての自分を彷彿とさせたのだ。

 シンとて手に職は無く荒事のみで生きて来た……指し示してあげられる道がこれしかない未熟な自分に激しい憤りを感じていた。


「あーっもう、畜生!」


 宿を後にしたシンは悪態を突きつつもカイルから聞いたエリーという少女の居る娼館へと向かっていた。

 身請けするのはいいとして、本人はどうするのか聞いて見ないことには始まらない。

 娼館の扉を叩くと支配人が顔を出し、まだ開店時間では無いとぶっきらぼうに言うが竜殺しのシンと知り特別に中に通してくれた。

 その様子を少し離れた場所から偶然にもレオナが目撃していた。

 自分が認めた男が夜も更けぬ内から娼館で女を買い漁るとは……レオナの心に怒りと失望が渦巻いていく。

 所詮、竜殺しだのと言っても父と同じ男……くだらない、あのような者に仕えていたのか、馬鹿馬鹿しい。

 怒りに顔を顰めながら宿に戻ると、顔を腫らし頭に大きなこぶを作ったカイルが泣いているではないか。

 誰がやったのか言わずとも見当がついた。許せん! 弟子に不当な暴力まで振るうとは、成敗してくれる! 宿の前で仁王立ちになりシンが戻るのを待つ。

 もう帝国も家もどうでもいい、あの男を叩きのめしカイルを連れて逐電するとしよう。

 半ば自暴自棄となりながら普段から釣り目気味の目尻をさらに吊り上げてシンの帰りを待ち続けた。


---


 支配人は竜殺しのシンだと知ると先程とは打って変わって手のひらを返したように慇懃に接してきた。

 今いる女たちに急いで支度するように命じるのをシンは止め、エリーと話をさせてほしいと言い支配人の手に銀貨を握らせる。

 支配人はホクホク顔で応接室にシンを通した後エリーを呼んできて、かの有名な竜殺しの英雄だから粗相のないようにと言うと部屋を出て行った。


 シンはエリーを見て思う。

 ああ、この子は娼館向きではないなと……艶やかさといったものが殆どなく、瑞々しさが前面に押し出され過ぎていてこの場に相応しくない違和感を与えてしまっていた。

 エリーは何故シンに呼ばれたのかわからず、混乱のあまり目が宙を泳いでいた。


「俺はシン、弟子の怪我を治してくれてありがとう」


「え?弟子?あっ!カイル君の師匠って竜殺しだったの!」


「まぁな、エリー……君に話があるんだが……」


 シンが宿での経緯を話すとエリーは目を伏せ涙を流しだす。


「カイル君の申し出はありがたいですがお断りします。あの子の方が私よりも辛く大変なはずですし、それに私結構この仕事好きなんですよ。色々なお客様のお話も聞けますし」


 嘘だ、無理してるのが見え見えじゃないか。

 シンは目の前の少女をどうしてカイルが気に入ったのかわかる気がした。

 この二人は似ている、境遇だけでなく考え方も……この二人は優しすぎる。


「夢があるって聞いたが、あれは冒険者になるってことかい?冒険者は見た目以上に荒っぽいぜ?」


「カイル君に聞いたのね……自由を取り戻す頃、おそらく私はもう若くは無いでしょう……薹が立った女、しかも手に職も無い女に居場所なんて無いでしょうから最後くらいはやりたいことをやって死ぬわ」


「そうか……もし若くして自由になれたらどうする?」


「そのときは……ううん、やっぱり私には何もないから冒険者やるしかないわね。戻る場所すらないんだもの」


「わかった、支配人を呼んできてくれるか?」


 エリーは涙を拭いて頷くと応接室を出て支配人を呼びに行った。

 すぐに支配人が部屋に入ってくる。


「支配人、エリーを身請けするにはいくらかかる?」


 支配人は驚きを隠せない。

 エリーは娼婦としては失格、艶が無く全くと言っていいほど人気が無い。

 それを身請けしようとは竜殺しも女を見る目が無いなと思いながら値段を示す。


「エリーはかわいそうな子でね、両親が死んだ途端に親戚中の借金を背負わされてましてね、身請け金は金貨四十五枚にもなるんですよ。今証文を持って来ますんで……」


 支配人が証文とエリーを伴って戻ってくるとシンはその場で金貨45枚を支払い証文を破り捨てた。

 竜殺しの妾にされると思っていたエリーはシンの一言で大きく目を見開いて驚き、涙を流した。


「エリー、君には夢を叶えてもらう。冒険者になって生きろ、出来れば俺のパーティに入ってもらいたいんだがどうかな?」


「エリー、良かったな。君に娼婦は向いていない、何たって人気が無いからな。無茶が出来るのも若いうちだけだ、行きなさい」


 支配人はそう言ってエリーの背をそっと優しく押し出した。


「今までお世話になりました。シンさん、これからよろしくお願いします。」


「こちらこそよろしくな、さっきも言ったが冒険者は荒っぽいぞ覚悟してくれ」


「はい、でも今までの生活よりはマシです。もう逃げるだけは嫌なんです、私も戦いたんです!」


「わかった、じゃあ行こうか」


 娼館を出た二人は黄金の楓亭に向かって歩く、一度だけエリーは振り返って深々と頭を下げた後、力強く前を見据えて再び歩き出す。

 宿に着くと鬼の形相のレオナが立っていて、シンを見るなり木剣を放り投げてくる。


「シン、昼間から娼館通いとはいい身分だな!それにカイルに不当な暴力を働くとは許せん、叩きのめしてくれる。さぁ、その木剣を拾うがいい」


 見られていたのか……だがシンは頭を抱えた。

 馬鹿弟子の次は馬鹿従者かと……木剣を拾い、後ろにいるエリーに預けると、つかつかとレオナに歩み寄りその頭に思いっきり拳骨を食らわしたのだった。

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