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帝国の剣  作者: 0343
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エリー

 カイルが訓練に加わって十日が過ぎた頃、宿にセアドがやって来て頼んでおいた剣の仕立て直しが終わったから取りに来てほしいと言ってきた。

 シンは早速セアドと共に鍛冶屋アイアンフィストへと向かう。

 もう一つの件はどうなのか聞くと、親方が殆ど寝ないで何かに執り付かれたように鉄を叩いているとの事だった。

 長剣から短剣に仕立て直したカイルの父の形見は飾り気のない作りはそのままに、刀身と柄を切り詰められており見事に短剣として再生していた。

 丁寧な仕事ぶりに感謝しながら受取り、宿に戻るとカイルを呼び出す。


「師匠、お呼びでしょうか?」


 カイルはシンを師匠と呼ぶようになっていた。

 最初はシンは恥ずかしがって辞めさせていたが、カイルは剣術を教わっていますのでと、頑なに呼び方を変えなかった。

 そのうちシンも慣れてしまい今に至る。


「カイル、この短剣はお前の父の形見の痛んだ長剣を短剣として甦らせた物だ。これからは肌身離さず身に着けておけ。長剣としての寿命は尽きていたために、勝手に短剣として仕立て直したことについては許してほしい……すまん」


 シンは短剣を差しだして頭を下げる。

 カイルは震える手で恐る恐る受け取ると涙が溢れて止まらない。

 長剣として役に立たないのはわかっていた、もうとっくに捨てられてしまったと落胆していたのだが、まさか自分の思いを酌んで仕立て直してくれるとは……シンの優しさに触れ、カイルは声が出せずただただ涙した。


 その様子を扉越しに覗っていたレオナは、口の端に笑みを浮かべると音を立てずにその場を離れた。

 翌日、カイルの腰にくだんの短剣が差してあるのを見て、レオナが声を掛ける。


「あら、いい短剣ね?」


「はい、父の形見の痛んだ長剣を短剣に仕立て直してもらったんです」


「そう、なら大事にしなさい。常に身に着けておくのよ、きっとお父様があなたを助けて下さるわ」


 レオナは羨ましかった。

 いい父親だったのだろう……誇らしげに短剣を腰に差す様子からそれが窺える。

 自分の父親を思い出すと心の中が不快感に染まっていくのがわかる。

 そんなレオナの胸中を知らずに、カイルは嬉しさを隠さずシンの配慮に感謝している旨を告げた。


「そう…………」


 素っ気なく言うと翻るようにしてその場を離れたレオナは、父親に対する憎しみが顔に現れて悟られるのを恐れ、心を落ち着かせるために郊外の牧場へと向かうのだった。



---


 シンは残りのメンバー集めに奔走している。

 売り込みに来る者の大半がシンにおんぶにだっこで楽して稼ごうという輩ばかりで辟易していた。

 そこで売り込みに来る連中を試験してふるいにかけることにしたのだ。

 条件は簡単、シンが毎日やってる長距離走について来ること。

 誰もが皆、楽勝だと挑むが誰一人として合格者は出なかった。

 竜殺しの死走デス・ランなどと呼ばれ、遂には一人の挑戦者も居なくなってしまう。

 シンとしては何回も挑戦してくる者がいれば採用するつもりだったのだが、そういった気合いの入った者は居らず落胆するばかりであった。

 迷宮攻略とて一回で成功するはずは無い、何度も粘り強く挑むことになるだろう。

 その何度もでも挑むという気概を見たかったのだ。

暁の先駆者たちも面白がってこの長距離走に挑戦し、年輩のグラント以外の皆が辛うじて完走することに成功した。

 流石は勢いのある今売出し中のパーティだけの事はあるなと、シンは感心する。

 彼ら自身この長距離走で各々思う所があったらしく、以後ちょくちょく自主練として走っている姿を見かけることになる。

 こうして竜殺しシンのパーティメンバー探しは失敗に終わったのだった。


---


 あくる日の昼下がり、カイルは朝の稽古の内容を頭の中で反芻しながら街中を歩いていた。

 注意力散漫だったカイルは曲がり角で同い年くらいの少女と出合い頭にぶつかってしまう。


「あいた~っ……ちょっと何処見て歩いてるのよ!」


 プラチナブロンドの髪を後ろで結わえた少女は目を吊り上げ猛然と食って掛かってくる。


「ごめんなさい……っ!」


 カイルは謝り立ち上がろうとするが、倒れた時に砂利で脛を深く傷つけてしまい血が滴り始めていた。


「い、痛そうね……ちょっとこっちに来て!」


 少女はカイルの左腕が無いのを見て目を少しだけ見開き、右腕を掴むと有無を言わさずに狭い路地裏に連れ込む。


「もう少し我慢しててね」


 少女は真剣な表情をして傷口に手を当て、何か呪文のような呟きを唱える。

 すると徐々に出血は止まり、傷口も塞がっていくではないか! カイルは驚き目を何度も瞬かせ、しばらくして我に返ると何度も礼を言った。


「いいの、いいの。あたしはエリー、あなたの名前は?見た所同い年くらいよね?」


 気さくな感じで話しかけて来るエリーと名乗る少女に、女慣れしていないカイルは顔を赤く染めながら名乗る。


「へぇ~カイル君て言うんだ、歳は十四歳?なら私の方がお姉さんね。生まれは何処?この街の人?」


「いえ、僕の生まれは元ルーアルト王国北方辺境西端にあるウォルズ村です」


 そうカイルが告げると先程までの溌剌さが嘘のように消え、翳りを帯びた顔でエリーはポツリとこぼす。


「……そう……まさかこの街で同郷の人に会うとは思わなかったわ……私も北方辺境領の生まれよ、アンドリューズって街なの知ってる?」


「行った事は無いけど、名前だけなら……確か南よりだって聞いたことがあるよ。まさかこんな遠くの帝国領で同郷の人に会えるなんて嬉しいな」


 カイルが素直な感想を述べ笑顔を見せると、エリーの顔にも明るさが戻ってくる。


「ねぇ、良かったらちょっとお話しない?」


 溌剌さを取り戻したエリーの美しさに、カイルは頬を染め何度も頷くのであった。


---


 昼下がりの心地良い日差しの中、郊外の草原に来たカイルとエリーは青々と茂る緑の絨毯の上に座り、互いの身の上話をする。


「そう……それで左腕を……辛かったね」


 そういうとカイルの頭を胸に抱き寄せそっと包み込む。

 何ともいえない良い香りと柔らかい感触に、耳まで真っ赤に染めたカイルはドギマギしながら今は幸せだと言った。


「今は師匠に剣術を教えて貰っているんだ。命を救ってもらったばかりか、生きる術まで教えてくれて師匠には本当に感謝しているんだ」


 笑顔でそう言うカイルの顔はエリーには眩しすぎた。

 片腕というハンデを背負いながらも必死に生きようとする精神こころの強さに軽い嫉妬を覚えてしまうくらいに……カイルは屈託のない笑顔でエリーはどうしてこの街に来たのかを聞いた。

 エリーは逡巡のあとでポツリポツリと話し始めた。


「私の住んでいた街、アンドリューズは一年前に盗賊に襲われたの。街には石壁があったけど打ち破られてね、私は偶々買い物に出ていて街の中心にいたから大聖堂に避難出来て助かったけど……逃げ遅れた家族はみんな死んじゃった。子供一人で生きていける程甘くはなくてね、娼館に身売りしたの……あ、でも悪いことばっかりじゃないのよ、ほらさっきのあれ、回復魔法をお客さんから教わることが出来たしね」


 話を聞いているカイルの右手は色が変わるほどきつく握られ、顔は先程までの恥じらいでは無く怒りによって赤く染まっていた。それを見たエリーはわざとおどけて見せる。


「あたしにも夢があるんだ~いつか自分を買い戻して自由を取り戻すの!そして色んな所に行って色んなことに挑戦するのよ。勿論戦いからも逃げはしないわ、今度は盗賊だってやっつけちゃうんだから!だからカイル君、迷宮でお金を稼いだら私を指名してね」


 そう言ってエリーは立ち上がると次はお店でねとウインクをして立ち去った。

 カイルは追わずに眦を上げて空を睨み、ある決断をする。


---


「師匠!僕にお金を貸してください!」


 息を弾ませて宿に戻るや否やシンに借金を申し込む。

 シンはいきなりのことに驚き理由を聞こうとするが、その前にカイルの一言に腹を立てる。


「僕を奴隷として買ってください、お願いします」


 馬鹿野郎!と怒声とともに鉄拳がカイルの顔にめり込み、体重の軽いカイルは壁まで吹き飛ばされる。

 カイルの鼻の奥からのツーンとした鉄錆の匂いとともに鼻血が吹き出した。

 一体こいつは何を考えていやがるんだと思いながらも、這いつくばって必死に頼むカイルの姿を見て再び理由を聞くことにした。

ブックマーク、評価、感想ありがとうございます。

とても参考と励みになります、感謝です。

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