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帝国の剣  作者: 0343
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従者兼弟子

 シンは甲斐甲斐しくカイルの世話をする。

 栄養満点の温かい食事に柔らかいベッド、若いカイルは見る見るうちに回復していく。

 聞いた所カイルは十四歳とのこと、この世界の成人は十五歳なのでわずかに届いていない。

 ルーアルト王国北方辺境出身だと告げるとシンの表情に一瞬暗い影がよぎった。

 ある意味で街の名物的存在の竜殺しことシンが、若い女のしかもハーフエルフの従者と片腕の少年を従者にしたという話は瞬く間に広まった。

 街ですれ違う人々にシンはからかわれ、野次を飛ばされ、自分もと売り込みを掛けられる。

 そのことごとくを無視し、泰然自若の構えを崩さないよう努めた。

 シンはある意味成功者である、常に羨望や嫉妬の目に晒されていた。

 地位や権力を持たない者は実力を示し続けるしかない。

 自分が力を示すことで従者の二人も守ることが出来ると考えていた。


 暁の先駆者の耳にも噂話として伝わり、心配して様子を見に来てくれた。

 またシュトルベルム伯爵の耳にも届いたようで、諜報員らしき人影がちらほらとシンの周りを探っていた。

 カイルが回復するまではレオナと毎朝の稽古に励む。

 レオナは負けず嫌いで、シンが辟易するほど勝負を申し込んで来る。

 あまりにしつこく勝負、勝負と言われるとシンはレオナの耳を摘まんだ。

 これは偶然見つけたレオナの弱点で、以前ピクピク動く耳をついうっかり摘まんだときに、ひゃいとか、はうぅなどと呻き顔を真っ赤にして体が硬直したのだ。

 面白くてついつい調子に乗って耳を触りまくっていたら、最近は警戒され触ろうとした瞬間に鋭い眼光を飛ばされるようになったので、しばらくは控えることにしていた。


 レオナが乗って来た龍馬の名前はシュヴァルツシャッテン……黒い影と言う。

 何でその名前にしたのか聞いたところ、色が多少黒く軍で使われる龍馬には勇ましい名前を付ける習わしがあるのだと言われ、自分の龍馬がサクラと言う名前で本当に良かったのかシンをしばらく悩ませることになった。

 サクラの名前の由来を聞かれ答えたときにレオナが驚いた後に勝ち誇ったような表情を見せたのが気になって仕方がない。

 当のサクラとシュヴァルツシャッテンは雌同士ですぐに互いに慣れた。今では2頭で仲良く過ごしている。

 龍馬というのは強い雄がハーレムを形成する習性があり、雄同士は主導権を取るために激しく喧嘩をする。

 この為、軍などでは雄は滅多に使われず主に雌を使うのだそうだ。

 雌同士なら喧嘩もせず、元々群れる習性があるので運用に問題が無いからだ。

 シュヴァルツシャッテンと呼びにくいシンはクロちゃんと勝手に命名し呼んでいた。

 これにはレオナが不満を示し、シュヴァルツシャッテンのどこがいけないのかとまなじりを上げて食って掛かってくるほどであったが、単に名前が長くて異国人の自分には呼びにくいだけだと言うと、渋々ではあるが納得した。


 そのようにして一月程経つと、カイルも元気になり訓練に参加するようになる。

 だがここで問題が生じる。

 片腕のカイルは長剣を振るとバランスが取れない。

 槍は片手では無理だし、短剣では殺傷力に欠ける。

 試行錯誤の末、天国丸を振らせてみると長剣よりは軽いためバランスをそれ程崩すことも無い。

 刀はシン以外の者が身に着けているのを見た事が無い。

 取り敢えずは日中は体力づくりを中心にとして、夜はマナの使い方を教える事にした。

 ある日馴染みの鍛冶屋アイアンフィストを訪れると、カイルの父親の形見の長剣を出し直せないかと相談する。


「旦那、こりゃ刀身に細かいひびが入っていやすぜ……新しいのを買った方がいいですぜ、これだといつ折れてもおかしくない。旦那はおわかりでしょうが、武器だけはしっかりしたのを使ったほうがいいかと……」


 店員のセアドは渋い表情を浮かべる。

 言っていることは全くを持って正しい。

 だがシンは、この長剣をどうにかして武器として甦らせてやりたかった。


「……旦那、ひょっとしてどなたかの遺品ですか?…………そうですなぁ、長剣としてはもう駄目でしょうが、短剣に仕立て直すってのならやりようがありますよ」


「それで頼む!もう一度武器として甦らせてくれ、それともう一つ……」


 シンは腰の天国丸を渡しこれと同じものを作れないか聞く。

 奥でそのやり取りを聞いていたドワーフ族の店主、グンターはつかつかと歩いて来ると天国丸を手に取りしげしげと見つめる。

 長い時間無言で細部まで見てからシンに無理だと告げる。


「ただし、似たような物は作れる……性能も当然落ちるがな。それと金も掛かるぞ、それでも良いのなら引き受けよう。それと片腕の小僧を連れてこい、色々と調整しなければならんからな。」


 シンは驚いた。噂話が伝わっているとはいえ武器を注文しただけで誰が使うか見抜いた店主に、任せて見ようと思う。


「お願いします。どのぐらいの費用と期間が掛かるでしょうか?」


「費用は前金で金貨百枚、後で金貨二百枚でどうだ?希少な素材を使い、魔法を掛けさらには短期間でとなるとその位は覚悟して貰わねばならん」


 店員のセアドは目玉が飛び出さんばかりに驚く。

 そしてシンが了承するとまたしても驚き、シンとグンターの顔を交互に見た。

 シンは金貨百枚相当に当たる宝石を支払に充てた。

 長剣を短剣に仕立て直す費用はおまけだと言ってタダにしてくれたので素直に甘えることにした。

 シンは天国丸をそのまま預け、店を後にする。


「セアド、この事は誰にも言っちゃならねぇぞ!言えば儂らの命に関わってくる。わかったな?それにしても久しぶりの大仕事、腕が鳴るわ!神が作りしアーティファクトにどれだけ迫ることが出来るか……」


 グンターの言にセアドの全身に鳥肌が立った。

 神のアーティファクトだって? この剣がそうなのか! 確かに見た事ない作りで美しく品があるがまさかそのような品だとは……グンターの口止めも尤もである。

 この事が知られたならば強盗が大挙して押し寄せて来るであろう。

 このまま何事も無くこの仕事が終わるように神に祈らずにはいられなかった。


---


 夕食を食べ、夜はシンとカイルとレオナの三人でマナの操り方や魔法の練習に励む。

 筋肉と同じで、マナも使えば使うほど総量が増えて行く。

 ただし気を付けなければならないのが、使い過ぎによる魔力欠乏症である。

 魔力が底を尽きかける程に減ると、眩暈や吐き気、眠気や頭痛などの危険信号が身に起きる。

 それを無視して使い続けると最悪死に至るのだ。

 オーバーワークは禁物であるため、ゆっくりと時間を掛けて強化していく方法を取った。

 レオナは元々精霊魔法を使っており、マナの制御も巧みであった。

 適度に負荷を掛け、マナの総量を増やす方向で訓練をする。

 シンはマナの循環を速め、より強化魔法を速く効率よく運用すべく訓練を重ねている。

 またブースト中に瞬間的に一部だけ増幅させるような使い方も研究していた。

 カイルはてこずりながらも何とか体内のマナの存在を感知し、ぎこちなくではあるが循環させることに成功していた。

 シンが地面に全身と心臓の絵を書き、血液の流れを教えそれをイメージさせてマナも血液と共に流すようにさせてようやくつたないながらも強化魔法を使えるようになった。

 翌日も朝から訓練に励む。

 シンたちは郊外に冒険者用に解放されている訓練場は使用しない。

 代わりに宿の主人の許可を貰い、牧場で訓練をしていた。

 その理由はなるべく他人に、特に同業者に手の内を知られたくなかったからである。

 迷宮で幾度も同じ冒険者に襲われたシンは、誰が敵となるかわからない以上、用心に用心を重ねるべきだと考えていた。

 ラジオ体操を教え、念入りに柔軟などの準備運動をする。

 当然の如くこの世界ではスポーツ科学などは発展していない。

 これらを行うことで怪我を防ぎ、体の動きが滑らかになると教えてその後で先ずは体力作りを行った。

 牧場の中をただひたすらに走る。

 サクラとシュヴァルツシャッテンも遊びと勘違いして一緒に走る。

 レオナはあの腐敗した近衛の中で訓練を欠かさなかっただけあって地力がありシンについて来るが、カイルは猟師の跡取りとして鍛えられていたものの二人に着いて行けず遅れがちになる。


「サクラ、カイルがへばったら尻に噛みついていいぞ!」


 シンが振り返って叫ぶとサクラが呼応したように鳴く。

 それを見てカイルはぎょっとした顔をして懸命に着いて行こうと走るがどうしても遅れてしまう。

 時々後ろからカイルの叫び声が聞こえて来るが、サクラも加減しているのがわかっているので気にせず走り込みを続けることにした。

 シンは走りながら考える。

 迷宮に挑むには後3人は必要……その3人をどうするか? ギルドに募集を掛けるか、それともカイルのように一から鍛えるか……まだ武器も出来上がってないし、レオナも自分を磨き上げる事に不満は無いようだし追々考えていくか……迷宮攻略を諦めたわけではないが、まだスタートラインにすら立っておらず、現実の厳しさに頭を悩ませるのだった。



ブックマーク、評価、感想ありがとうございます。

これからも頑張りますのでよろしくお願いします。

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