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帝国の剣  作者: 0343
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隻腕少年

 レオナとの模擬戦を終え、シンは一度宿に戻る事にした。

 ハンクたちとは後日一杯やる約束をして途中で別れる。

 帰り道にシンはレオナに幾つか疑問に思っていることを聞いて見た。


「レオナさん、どうして近衛を辞めさせられたんだ?父親のせいだけでは名分が立たない、もう一つは何故実家に戻らなかった?」


「シン様、レオナと呼び捨てで構いません。私はシン様の従者なのですから。近衛をクビになった理由は、陛下専用の狩場に無許可で入っていたことによるものです。これは自業自得ですし、今の近衛には少々嫌気が差していたのである意味では好都合でした。実家に戻らなかった理由については、私は奴隷娼婦との間に出来た子であり実家には身の置き所がありません。まして近衛を辞めさせられたなどと言ったら命の危険すら考えられます。陛下はそのあたりの事もお考えになった末、シン様の従者になるよう命じたのだと思われます」


 シンは正直そこまでレオナの立ち位置が危ういとは思っていなかったので驚き、かつ現状最善とも思える道を示したエルを頼もしく思った。

 父親が何かしでかした時に、連座して罪を負う必要がないようにとの計らいであろう。

 中央に近ければレオナの存在は無視できない、皇帝が許しても側近が許すとは限らない。

 忠誠心ゆえの暴走と言うのもあり得る話だ。

 ならば近衛を辞めさせ、地位を無くし中央から追放する。

 そうなれば不名誉な娘をルードビッヒ男爵は勘当せざる得ない、これで男爵が罪に問われてもレオナが連座することは無くなるのだ。

 そして表向きは従者とだが、どちらかといえばシンが用心棒を務める形で保護をする。


「わかった、俺の従者をしている方が今は安全か……そういうことならよろしくお願いする」


 シンが立ち止り頭を下げると、レオナは慌てて跪こうとする。

 それを止めて今後の方針を話す。


「とりあえず、俺は冒険者として一度迷宮に挑んでみたいんだ。レオナが嫌なら無理強いはしないし、従者が嫌になったら何時でも辞めて構わない」


「いえ、お供します。……どこまでも…………」


 後の方の言葉は聞き取れなかったが、取り敢えずはパーティも揃っていないし迷宮に潜るのは先の話として今しばらくは従者をやって貰おうとシンは考えていた。


 二人が黄金の楓亭に着くと、宿の女将が前に出て困った顔をして腕組をしている。

 シンは何事かと思い声を掛けた。


「女将、どうかしたのか?」


「あら、シンさんおかえりなさい。…………それが…………」


 女将の視線の先には宿の正面の壁に背をもたれて座っている一人の少年がいた。

 服と言うのも拒絶したくなるようなボロを纏い、腰には刃こぼれ甚だしくノコギリの様になってしまっているショートソードを履いている。

 痩せこけ肌の色も悪く、これは汚れのせいだけではないだろう。

 目だけは不気味なほど爛々と輝いており、まるで死を拒絶するかのようであった。

 そして何よりの驚きは少年の左腕が無いことだろう。

 これ程の怪我を負って今日まで生き延びて来たのか……シンは何かざわつく直感を感じ、ブーストの魔法を唱える。

 青い瞳が赤に染まり強化された目で少年を見ると、無くした左腕の傷口のあたりにマナが集まっているのがわかる。

 これは…………傷口にマナを集め強化……いや治癒を促進させているのか……強化魔法にこんな使い方があるとはな、だがこの少年の体力もマナも限界だな……このままでは確実に死ぬな……


 シンは悪人ではないがとりたてて善人でもない、まだ地球の頃の感性を引きづる普通の青年である。

 かわいそうだとは思うが、こういった孤児などを助けるのは個人としては無理なこともわかっている。

 こういった社会的弱者を助けるのは為政者でなければならない。

 だが地球と違いセーフティーネットの目は粗く殆ど機能してはいないのを気には病んでいた。

 出来れば助けたい、だがこの少年を助けその後も面倒を見ることが出来るのか? 理性と感情のせめぎ合い、双方を納得させる理由を見つけ出す。

 シンは少年の前に行き、水筒を差しだす。


「水だ、ゆっくり飲め」


 少年はひったくるように奪うと、忠告を無視して貪るように咽ながら水を喉に流し込む。


「あ、あ、あ、あり、がと…………」


 礼を述べ水筒を返すとよろよろと立ち上がり宿を離れようとする。

 その少年にシンは問いかける。


「腕を失い、満足に歩くことも出来ない程やせ細って、それでもまだ生きたいか?」


 その問いに少年の目は大きく見開かれ、シンを睨み付けながら魂の奥から絞り出すように答えた。


「当たり前だ…………僕は死んでいった家族や村のみんなの分まで生きなければならない」


「そうか……では着いて来い、お前を従者として雇ってやろう」


 シンは少年の答えに対し、口の端に僅かだが満足そうな笑みを残して女将に何かささやくと宿へと入って行く。

 女将もうなづくと足早に奥へと消えて行った。

 レオナがシンに問いかける。

 なぜ、この少年を助けるのかと……この様な光景、どこでも見られる当たり前の光景である。

 飢える孤児、餓死した子供の死体など帝国内でいくらでも見て来た。

 この少年は知り合いなのか? 片腕の無い少年が従者など勤まるはずもないと……

 シンは後で話すから服を買ってきてくれと銀貨の入った小袋を渡し、服を買いに走らせた。


 少年を宿の一階の食堂の端にあるテーブルに招く。

 厨房から流れて来る匂いに少年の腹は鳴りっぱなしだ。

 しばらくしてシンの注文通りに具の無いスープが持ってこられた。


「よく聞け、お前の身体は相当弱っている。普通の食事を摂っても腹を壊すか最悪死ぬことも考えられる程にだ。だからこのスープをゆっくりと時間をかけて飲むんだ。いいな、慌てて飲むと腹が驚いて死ぬからな、ゆっくりだぞ、ゆっくりだ」


 少年は言われた通りに木のスプーンを使いゆっくりと時間を掛けと一口ずつスープを飲み込んでいく。

 大きく見開いた少年の目から涙が零れ落ちテーブルを濡らした。

 シンは前に本で読んだことがあった、鳥取の飢え殺し……戦国時代に羽柴秀吉が吉川経家の籠もる因幡鳥取城を包囲した作戦で講和がなされた後で食事が振る舞われたが、弱った体が固形物を受け付けずにたらふく食った者から死んでいった話を。

 スープを飲み干したが少年の腹の音はおさまらない、それを聞いて女将がおかわりを持ってこようとするが慌ててシンが止めた。

 今度は安堵死を恐れたのである。

 命に関わる絶対的な危機を乗り越えた後、安心できる環境で満足すると突然死することがあるのだ。

 かわいそうだが満腹はお預けにすることにして、シンは少年を背負うと自分の部屋に担ぎ込み、ベッドに寝かせる。


「そういえばまだ名前を聞いてなかったな、なんて言うんだ?」


 少年はベッドから身を起こすことも出来ず、ポツリと呟いた。


「……カイル……」


「カイルか、良い名だ……今日はもう寝ろ、体が治ったら飯をたらふく食わせてやるからな。その代りしっかり働いてもらうがな」


 カイルのすすり泣く声がベッドから聞こえて来る。

 シンはカイルにちゃんと寝て身体を休めるように言うと下に降りて女将にカイルとレオナの宿泊費一年分を金貨で払った。

 女将が目を丸くしながら震える手で受け取るのを見届けたシンは街の薬屋に様々な薬品を買いに出かけることを告げ宿を後にした。


 必要な物を買い宿に戻るとレオナが戻っており、宿の代金は自分で払うと言い出したので次からはそうしてくれと軽くあしらう。

 レオナが低い声であの少年は何者かと聞いてきたので、シンは思う所を打ち明けることにした。


「あの少年はカイルと言う。いいか、他言せぬと誓え……おそらくカイルは魔法が使える」


 レオナの耳がぴくぴくと動く。

 その様子を見て、ウサギのようでかわいらしいなと思いながら話を続けた。


「お前には話すが、俺はマナの動きが微かだが見える。カイルを見た所、無意識にだろうな、左腕の傷口にマナを集めて腐敗を止め、傷口を塞いでいたのだ。あんな大怪我を負って碌な治療もせずによく生きているなと思ったが、マナの動きを見て納得したよ。だが、もう体の方がもたない……あのまま放って置いたら数日のうちに死ぬだろう」


 レオナもカイルを何故助けたのか納得した。

 それと、模擬戦でのシンにこちらの動きを読まれているかのように思ったのは、マナの動きを察知されていたからかと……


「で、どうなさるのです? 魔法使いにするおつもりですか?」


「先ずは体を治してから、本人の意向も聞いて見たいからな」


 従者ならば主人の意向に従うべきでは? と思いながらも、レオナはシンの言う通りにすることにした。

評価、ブックマークありがとうございます!感想もありがとうございます、大変参考になりました。これからもよろしくお願いします。

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