出会い side レオナ
暁の先駆者のリーダー、ハンクが黄金の楓亭の女将に竜殺しのシンの居場所を聞いている。
どうやら郊外の牧場で龍馬の世話をしているらしい。
女将に龍馬を預けるのに幾らかと聞くと一日銀貨一枚だと言う。
値段の高さは帝都と同じぐらい高い。
取り敢えず乗って来た龍馬を預け宿代を一泊分だけ払う。
一日に自分と龍馬合わせて銀貨三枚の出費、正直痛い。
一応陛下から支度金を渡されてはいるが無駄遣いは極力避けて来た。
郊外の牧場へ着くと、一人の黒髪の大男が木剣を一心不乱に振っているのが見えた。
あれが竜殺し……私より二つほど年上だと聞くがとてもそうは見えない。
目に見えぬ威圧感やその厳つい顔つきから五つ六つ上と言われてもおかしく思わないだろう。
「おーい、シン! ここにいたのか、宿に居なかったから探しちまったぜ」
手を振りながら近づいて行く暁の先駆者たちに竜殺しも素振りを辞め、返事をしながら近づいてきた。
「無事に帰って来て何よりだ。帝都はどうだった? 楽しんで来たのか?」
暁の先駆者たちと無事の再会を喜び合っているが、ちらちらとこちらに視線を投げかけて来る。
警戒されているようだ、流石は竜殺しと呼ばれるだけの事はある。
女とて油断はしないと言う事か……
「いや、まぁ色々あったな。頼まれてた件は無事に済ませて来たぞ。それと、紹介しよう。こちらは皇帝陛下からの依頼で帝都より一緒に来たレオナさんだ」
紹介をされてしまっては前に出て名乗らずにはいられない。
もう少し竜殺しを見ていたかったが……陛下より預かり物をさっさと渡すべく、前に出て跪き恭しく手紙と包みを差しだすと、竜殺しは戸惑いをその身に表した。
陛下からの手紙に驚いたのかそれとも……まだどういう男かわからないな、素振りを見た限り惰弱ではなさそうだがくだらない男の下に付くのは近衛で十分に味わっているので、御免こうむりたい。
無礼を承知で上目づかいに竜殺しを見ると、手紙を読み続けながら表情が段々と険しくなる。
おそらく私の出自や父親の事が書かれているのだろう、無理もない。
私は私生児でハーフエルフだし母親は娼婦、父親は貴族の間でも良い噂のない男爵風情である。
このような厄介者を押し付けられもすれば怒るのも当然だろう。
そう思っていると、なんとこの男は陛下を罵倒し始めるではないか! どうやら私の処遇に対して怒っているようだが……確かに表向きは近衛を追い出されたように見えるだろう……だが、陛下はこう仰っていた。
私の父親が政治の中枢に入り込もうと色々と動いているが、その一つに反皇帝派の人間たちを匿い自分の派閥に属させると言ったような不穏な動きも多く見られる。
このまま帝都で近衛を続けていれば嫌でも政争の道具にされるだろうと……実際帝都で近衛をし貴族のバカ息子たちと一緒に行動するのはうんざりしていたところで、今回の話は私にとっては実家から遠ざかる事の出来るいい機会でもある。
それに近衛の身分など私にとっては何の未練も無い、この事を一応説明しておこう。
「皇帝陛下の御決定に逆らう気ははございません。それに私は近衛として帝都にいるほうが危険なのです。
おそらくその手紙にも書いてありましょうが私の……私の父は野心家で帝国の中枢に入り込み不遜にも陛下を意のままに操ろうと企んでおります。そのために私を近衛に入れ陛下に近づけたのです。私の意思は兎も角、父の野心を挫くためにはまずは私を排除するのが一番。本来ならば危険な戦場にでも送られるか事故死を装っての死を与えられるはずですが、陛下の御恩情により命を長らえさせて頂きました。もし、私を拒絶なされれば今度こそ死を賜る事になるでしょう。私個人としても陰謀渦巻く帝都にいるよりはこちらにいるほうが遥かに良いのです」
こう私が言うと竜殺しは複雑な表情を見せる。
そして思い出したかのように包みを解き箱を開けると、紫色の宝石の付いたペンダントを取り出した。
早速首から掛けているが、お世辞にも似合っているとは言い難い。
突然手を取り引き起こされる。
ごつごつとした岩のように硬い手、弛まぬ訓練と実戦で鍛え上げられた手だろう。
私の手も硬くなっているが、いつかはこの様な戦士の手になるのだろうか? 従者になるのはいいが、柔弱な男に従う気はない。
竜殺しの持っている木剣は二本ある。
私は竜殺しの実力を試すべく模擬戦を申し込むと一振りの木剣を放って来た。
何度か素振りをして具合を確かめると十歩程離れた場所で、竜殺しが中段に剣を構えていた。
帝国式剣術の基本である中段にこちらも構える、すると半身を前に出し剣を斜め後ろに下げる変わった構えをしてきた……半身を晒すとは……誘いか……突きの距離まであと少し、このまま摺り足で距離を縮める。
竜殺しは距離が縮まるとまた中段の構えを取る。
やはり誘いだったか……だがそのおかげで突きの間合いに入ることが出来た。
心中ほくそ笑みながらタイミングを計る。
今だ! 私は体のバネを使って喉目掛けて突きを放つ。
手加減はしていない、渾身の突きである。
だが、剣先に木剣を掠められ突きの軌道が変わってしまう。
驚く間もなく袈裟斬りに打ち込みが来る、速い! 慌てて剣を戻し剣の腹で受け流すが、凄まじい力に体ごと後ろに押し込まれてしまう。
くっ! 何て馬鹿力だ! 竜殺しを見ると今度は上段に構えなおしていた。
このままでは力に押されて負ける、ならば一気に勝負を掛けるべき……風の精霊の力を借りて速さで振り回してやる。
風の精霊シルフよ……お願い力を貸して……体内のマナを放出させ精霊へと渡す。
私の願いを聞き入れてくれたシルフは私の身体を風でそっと包み込んでくれる。
心地良い感触、そして漲ってくる力……いける、これなら竜殺しとて倒せるはず! 竜殺しの目の色が青から赤に変わった! まさか、魔法? 不気味ではあるが、精霊に力を借りていられる時間は刻一刻と目減りしていく……このまま仕掛けるしかない! 最速の動きで連続攻撃を仕掛けるも全て防がれてしまう、直後にまるでエネルギーの塊をぶつけられているかのような猛烈な反撃が襲い掛かって来た。
馬鹿な! 何故動きについてこられる? くっ、このままでは押し切られる! 猛攻を辛うじて防ぎながら、左手にマナを集めエアバーストの魔法を唱える。
集中力が足りない! 威力不十分のエアバーストは竜殺しの頭を直撃するが、僅かに姿勢を仰け反らせただけだった。
袈裟斬りを右手一本で防ごうとするが、木剣どころか自身も弾き飛ばされてしまう。
大地に叩きつけられた衝撃で一瞬視界が黒く染まり肺の中の空気が強制的に吐き出され、無様にも咽て呻き声を上げてしまう。
エアバーストの魔法をきちんと出せたなら勝てたであろうか? いや、エアバースト程度で止められたとは到底思えない。
例え気を失っても最後の袈裟斬りは振り下ろされてたのではないか? どちらにせよ私に勝ち目はない……竜殺しの実力は本物、初めて私を負けを認めさせた男……頭を振り、ふらつく足取りで近づいて来ると手を取り一気に引き上げられる。
「大丈夫か?」
「はい、竜殺しの強さ、身に染みてわかりました。これからよろしくお願いします。我が主よ」
強さは申し分ない。
主と呼ぶに相応しい力量を誇っているだろう。
目を見ると赤い瞳は元の青い瞳に戻っていた。
従者の礼を取り、跪くと手を取ってその甲に軽く口づけをする。
すると頭に硬くごつごつとした手が添えられ、ぐりぐりと撫でまわしてくるではないか……不意に母上を思い出す。
白く柔らかい手とは似ても似つかないごつごつした大きな手なのに……精霊魔法の訓練の後、こうやって頭を撫でてくれたことを……何故か涙が溢れだして止まらない、その涙を無骨な指が掬い上げるともう一度力強く頭を撫でられた。
嫌な気持ちはせずむしろ心地良ささえ感じながら、しばらくなすがままに頭を撫でられ続けた。




